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zoom RSS 夏色四片 第10話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:10   >>

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最近、学院長オスマンの生傷が増えたという噂が広まっているそうである。
本当かどうかは不明。なにせ本人から聞いたのだから。
「んな、わけ無いっての」
ロングビルは大量の書類をまとめながら舌打ちした。

そもそも、昨日今日で知れ渡るようなことはしていない。
尻を触ってきた学院長を、八つ当たり気味に叩きのめしたのは数日前だ。
少々力を入れ過ぎたせいだろうか。恨めしそうな目で嫌味を言うだけならともかく、仕事まで増やしてきた。
(まあ、忙しいのは事実だけどさ)
自業自得は否定できないし。
早いとこクビにしてもらおうと、ここ二、三日サボタージュしていたツケである。
これだけ明確な業務指示では、さすがに遊んでいられない。有能秘書なんぞに化けた弊害だろう。
かと言って、無能を演じるのも疲れるのだ。

「ったく、さっさと放り出してくれりゃいいのにさ」
一日だって、こんな所にはいたくないのに。
文句を言いながらも業務を進めていく。根が真面目である事については、本人の自覚無し。
ちなみに。
コルベール教師がある女性に冷たくされて、相当落ち込んでいるという噂もあるそうだが。
こちらは全くの事実である。

「あら?」
「げ」
息抜きに出たロングビルは、最も会いたくない姿に顔を歪めた。
「そんな露骨に、嫌そうな顔しないで。傷ついちゃうじゃない」
「あんたが、そんなタマかい」
いつも怪しげな笑みを浮かべているくせに。
「だいたいね、あんたのツラ見て好意的になれるわけ無いでしょうが」
「なぜ?」
「言わせたいわけ? 化け物のくせに」
「酷いわねえ。化け物じゃなくて、使い魔でしょう?」
使い魔――リンディは、困ったように眉をひそめた。
いつものバリアジャケット姿だが、数日前からは背中に長剣を背負っている。
「化け物が使い魔やってんでしょ。……それ、使えるの?」
「少しはね」
「へー。少しね。どんな『少し』なんだか知りたくもない」
自分が真っ二つにされる姿を想像して、フーケは身を震わせた。
だいたい、武器なんか使う必要があるとは思えない。杖無しで幾らでも魔法を使えるのだから。

「口が悪いわよ。他の誰かに聞かれたら困るんじゃない?」
「悪かったね、これが素なのさ。それにそんなドジは踏まないよ」
吐き捨てるロングビル。
だが。
「でも、いつもは丁寧な喋り方が出来るんだから、普段もそうした方がいいわよ」
ほんの僅かに変わった気配に、血の気が退くのを自覚する。
青ざめた顔で横を見ると、リンディのいつもの笑みが目に映った。
冷たい汗が服を濡らす。
「な、何よ。それも命令ってわけ? 言われた通り、仕事はちゃんとやってるでしょ!?」
「あら、命令なんてしてないわ」
足を止めた彼女を置いたまま、リンディは歩き去っていく。

「お願いしてるだけだもの。じゃ、お仕事頑張ってくださいね♪」



「……なにがお願いだよ」
震える足を押さえながら、ロングビル――土くれのフーケは大きく息を吐いた。
アレを使い魔にしてるあの子も、あの子の周りの連中もどうかしている。
第一、あんなのがいる場所に、何故いつまでも居続けなきゃならないのか。
(真面目に働いた上で、それでも解雇されるなら仕方がないって言われたけどさ。そりゃ無理な注文だっての)
逃げられるものなら逃げたいが、その結果がどうなるのかは、想像もしたくない。
「ま、考えるだけ無駄ってことかね」

『保護観察処分』とやらの期間が切れるまでは、自分に自由など無いのだから。


      ◆   ◆   ◆


「保護観察? ――って何?」
リンディの提案に、ルイズは首を傾げる
「罪を犯した人を牢屋に入れないで、社会で更生する手助けをしてあげるって事かしら」
「何で牢屋に入れないわけ?」
ルイズの疑問に、キュルケたちも同感という表情だ。
「牢屋に入れなきゃ、逃げちゃうじゃない」
「うーん、それはそうなんだけどね。何て言えばいいのかしら……」
リンディが口ごもるのは当たり前で。
この世界の法規は知らないし、執行猶予を含む高度な司法制度を説明するのは困難だ。
社会制度やインフラ、倫理観に治安状況も全く異なるのだから。根本的に無理があり過ぎる。
もっとも、そんな事を説明したいわけでもない。
自分の娘の例などを使い、大雑把な説明を試みた結果として――

「つまり、軽い罪を犯した人や子供の犯罪者に立ち直る機会を与えて、それを誰かが見届けるということ?」
「そんな感じで構わないわ」
タバサの要約に、リンディはようやく頷いた。

(そういう事なわけ?)
(多分ね)
ルイズとキュルケは、複雑そうな顔で視線を合わせた。
リンディの意図が掴めたからだ。
ここでフーケを捕まえたとしても、誰にも引き渡せない。何処かに閉じ込めるにも無理がある。
もちろん、口を封じる方法は簡単だ。
簡単だが――誰がそれを実行するのだろう。
既に無力化した相手、しかも顔見知りを誰にも知られぬよう処分するというのは、どうしても躊躇ってしまう。
死刑が確実な重罪人だったとしても、こちらの都合で殺害するという事実にかわりはないのだから。
(主人であるわたしが、リンディに命令するのが当然だけど)
今の自分には、到底無理だ。
それが分かっているからこそ、リンディもこういう提案を出したのだろうか。判断を保留にする為に?
それとも、最初からそのつもりだったのか?
どちらの理由だったとしても、聞いたら自分は多分怒る。衝動的に、後悔しそうな指示を出すかもしれない。
そう自覚して、ルイズは沈黙を選ぶことにした。



「何を馬鹿なこと言ってんだか」
フーケが鼻で笑ったのも当たり前だ。
「訳わかんないね。何でわたしが逃げないと思うんだい? 例え手配されたって、国を出ちまえば捜せっこないだろ」
アルビオンでもゲルマニアでも、どこにだって逃げ道はある。
万が一、知って欲しくない子に手配書を見られたとしても、どうせ本名ではないのだから自分だとは気付くまい。――と、思いたい。
(逃げるチャンスも出来るし、死ぬのも嫌だけどさ)
ここは相手の気楽さに応じて、低姿勢に出た方が得策だと分かってはいる。
しかし。
「監視付での生活なんてお断りだよ。それに、ちょっとでも機嫌を損ねたら、結局殺されるんだろ?」
奴隷とどう違うのだろう。

(なるほどね。こう考えてもおかしくないものねえ。――どうしようかしら)
リンディ自身、どれだけ時間をかけて説明しても、無理があるのは承知している。
だが結論としては、この女性を助ける方向で動くつもりだった。
話をしてみて分かったが、性根はさほど悪くないし、判断力もしっかりしている。物欲に塗れた澱みも感じられない。
手を染めている犯罪をリスクが大きいものと理解しているなら、それなりの理由や目的を持っている可能性も高い。

重罪人なのは間違いない。しかし理由次第では更生の余地がある。

――という判断はしても、口には出さない。
基本的に、現地の司法判断への干渉は厳禁だし、
(わたしには判断する権限自体が無いしね。でも、言ってみるくらいは構わないはずだもの)
あくまで自分は『提案』しただけだ。
いわゆる現場判断の範疇だと思う。少なくとも気遣いの範囲。
とは言っても。
ルイズたちがどう判断するかは確信しているが、少し補強をしておいた方が良いかもしれない。
万が一逃げられると、ルイズに迷惑がかかってしまうから。
(やりたくは無いけど……怖い「化け物」に徹するとしますか)



「選択肢は無いと思うんだけどねー」
キュルケが頭を掻きながら溜息を吐いた。
「今更、消し炭にするって気にはなれないから。ねえ?」
「…………」
話を振られたタバサは、表情一つ変えない。
「――と、とにかく。あなただって死にたくないんでしょ? しばらく様子を見りゃいいじゃない」
「のん気な話だね。明日の朝には、いなくなってるかも知れないのにかい?」
「あー、それは無い無い」
キュルケはぱたぱたと手を振った。
「なんでよ?」
訝しげなフーケに、キュルケは苦笑した。
「あなたが宝物庫の上にいた時、見つけたのはリンディだから。かなり遠くから見えてたみたい」
「え……」
「壁に隠れて死角に入った時もね。それにさっきの見たでしょ? あなたを背中から撃ったやつ」
「そ、それは」
避ける暇も無く直撃した、自在に誘導できる火球。
その時の恐怖を思い出し、フーケは震える唇を押さえた。
「リンディは、あなたがどこにいても見つけられるんじゃない? しかも、どこにいても魔法を当てられる」
そうでしょ、とキュルケが視線で問うと、リンディは微笑みながら手を振ってくる。
否定も肯定もしないところが、尚更フーケの目には不気味に映った。
「逃げようとしたら、どうなるか分かると思うんだけどね。今度こそ楽な死に方は出来ないかもよ?」
「そんな」
彼女は青ざめた顔で俯いた。確かに、あの化け物なら出来そうな気がするのだ。
傭兵を揃えて迎え撃とうとしても、結界とやらを使われたら全部無駄になってしまう。



「はい、決定!」
沈黙の中、ルイズがあっさりと結論を出した。
「リンディに全部任せるわ。逃げないようにしっかり監視して。逃げちゃったら好きにしていいからね」
「好きにって、どうしたらいいのかしら?」
「どこまでも追いかけて、きっちり責任を取らせなさいよ。逃げたことを後悔するように!」
「――こ、後悔ってなにさ!?」
ルイズの宣言に、フーケが悲鳴じみた声を上げた。
どうやら、彼女の頭の中では、相当凄惨な光景が浮かんでいるらしい。

と、タバサがリンディの袖を引いた。
「でも、重罪人」
執行猶予対象にはならないのではないか? という視線の問いに、リンディは爽やかに答える。
「違うわ。軽犯罪者だからじゃなくて、判断力の無い子供だから」
「子供って?」
ルイズたちはフーケを見やった。詳しい歳は知らないが、少なくとも子供とは言えないだろう。
本人も不服そうだ。
「こ、子供扱いは納得いかないね。これでも、それなりに世間を知ってるんだ」
「あら、結構なお歳なの? お幾つ?」
「……二十三だよ」
「なあんだ」
ぼそぼそと答えられた内容に、リンディは、ぽんと手を打った。
「うちの息子より若いじゃない。やっぱりまだ子供よね♪」



「……………………」
告げられた内容は、聞いた者の脳に届くまで、やたらと時間がかかったようで。
呼吸音すら聞こえぬ沈黙は、随分長く続いたという。


      ◆   ◆   ◆


「何してたの? 遅いじゃない」
外に出ると、夕闇の中、ルイズの怒った顔が出迎えた。

「ごめんなさい。シエスタさんと一緒にお菓子作りをしてたから。――ついでに寄ってきたし」
「どこに……って、ああミス・ロングビル? ちゃんと仕事してた?」
「ええ。頑張ってたみたい」
やっぱり真面目そうで可愛いわ、と楽しそうなリンディに、ルイズは呆れた。
「有名な盗賊でしょ、あの人」
「だからこそ『仕事』に真面目なんじゃないかしら」
「な、なるほどね」
リンディがデルフリンガーを引き抜くのに合わせ、ルイズも杖を用意する。
「いつものフライパンは?」
「マルトーさんに貸してあげたわ。でもほら」
と、中身が詰まっているように見える背負い袋を示した。
実際は固めの紙箱しか入っていないので、背負っていても動きをほとんど阻害しない。
「気が利くじゃない」
「誰が見てるか分からないもの。念のためね」
十メイルほど離れる二人に、デルフはぶつぶつと文句を言う。
「あのな、お前ら。俺だけじゃ不満なのか?」
「不満じゃないのよ。ただ、あなたは防御用のマジックアイテムには見えないもの」
「あたりめえだ。俺は剣だぜ剣! あんな鍋みたいなもんと一緒にすんな」
怒鳴るデルフに、ルイズが気の無い声をかける。
「田舎じゃ、売ってる場所が同じってこともあるみたいよ?」
鍛冶屋が調理器具や農具と一緒に、武器を扱うのは珍しくないわけで。

「……あのな」
「気にしない気にしない」
疲れた声のデルフを、リンディは試すように振り切った。
重さはそれなりだが、錆びてるとは思えない程の鋭角的な風鳴り。案外、元は結構な業物だったのかもしれない。
そのうち研ぎに出してみたいとは思うものの、残念ながらお金が無かった。
それに、これで何かを斬ることも無いはず。

「まったく不本意だぜ。こんな使われ方じゃ、錆が増えるだけだっつの」
「ごめんなさい――ねっ!」
袈裟懸けに振られたデルフに合わせて、リンディの放った魔力弾が数メイル先の地面に穴を空ける。
知らない者が見れば、剣の特殊効果だと思うだろう。
「うん。いい感じ」
「ふ、不本意だ――不本意な上に不愉快だーっ!」
ぎゃあぎゃあ喚くデルフを、リンディは苦笑しながら宥める。
「凄く感謝してるんですから、勘弁してくださいな。上手く使える人も探してあげるから。ね?」
「ぐ……変なヤツに変な場所で変な使われ方をする俺っていったい……」
「どこが変な場所なのよ。伝統ある学院に失礼ね」
ルイズが馬鹿にしたように言う。
「いや、変なんだってここ。何か思い出しそうな気分が続いて、すげえ気持ち悪い」
「あーはいはい」

「これくらいかしら?」
「んー…もうちょっと小さいのでも見えるわ」
力場で浮かべられた小石を見て、ルイズは目を細めた。
「こんなものでいい?」
「そうね」
小石はリンディのすぐ前を漂っている。この距離で視認できるギリギリの大きさだ。
「じゃ、行くわよー」
「どうぞー」
お気楽な声と同時に。

それはルイズの錬金魔法で、いつものように爆発した。










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