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zoom RSS 夏色四片 第11話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:11   >>

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世間には思惑という言葉がある。方向性を有した無数の意志。
好意に悪意、単純な思い込みから権謀術数等々、数え上げればキリがない。

――キリがないが、実のところ単純な二つに分けられる。
自分が関われる事か、そうでないか。
例えば、どこぞの姫様や衛士隊長が、現時点でどれだけの思惑を抱えていようとも。
関わらなかった人間には、無かった事と同じなのである。


      ◆   ◆   ◆


連続で続く爆発音を、キュルケはボーッと目で追っていた。
様子を見に来たのは少し前だが、何となく帰りそびれている。

「よく続くわねー。もう暗くなってきたのに」
「きっと、楽しいから」
「……なのかしらね」
隣のタバサが即答したのに、少し驚く。
庭の片隅で動き回るリンディと、それを追うように続く爆発はそれなりの見物だが、
「あなたが、本以外に集中するのも珍しいわね」
じっと眺めているタバサの姿も、希少価値がある。
「多分、違うと思うんだけどね」
「まだ分からない」
続いた即答に、キュルケは思わず苦笑した。
先日知った内容――リンディが年齢不詳だという事実に、タバサが変な興味を持ってしまったのだ。
あれは特殊なエルフかもしれない、と真顔で言われた時には笑ってしまった。
あんな子供っぽい所作を見せる女性が、コルベール先生より年上かもしれない?
しかも息子もロングビルより年上だ?
(いやもう、笑い話もいいところよね)
息子の年齢はどう考えたって冗談だろう。第一、それなら孫までいる可能性すらあるではないか。
(リンディがお婆ちゃんっていうのは、どうにも想像出来ないし)

とは言え、完全に否定出来ないのも事実なわけで。

「歳はともかくとして、人間かどうかって言うと、どうもねえ」
「魔法もほとんど見ていないと思う」
「確かに、リンディの本気は見たことないし。どれだけの力を持ってるのかは、不明ってことよね?」
「そう」
タバサは深々と頷いた。
この前のフーケとやり合った事に関して言えば、あれはお遊びの範疇だったと言える。
リンディは巨大ゴーレムとの距離を一定に保っていた。
自分の攻撃魔法の威力を試すように、様々な角度から、同じような射撃を行っていたのである。
しかも、フーケを直接狙ったのは最初の一度きりだ。
「倒すだけなら、相手を直接、手の届かない高い場所から狙えばよかった」
「そうね。手加減って言うより、遊んでたって感じ」

おそらく。
あの使い魔は本来、より速く飛び、遥かに大きな攻撃を、素早く的確に出来るはずだ。
それをしなかったのは何故なのか。
「遊んではいなかった。何か目的があったはず」
タバサの断定に、キュルケも黙って頷いた。
リンディの事はほとんど知らないが、少なくとも、相手を意味も無く弄ぶような人間ではない。
嗜虐心のみの行動は、往々にして歪んだ性根が透けて見えるものなのだ。
そういう人もいるけどね、とキュルケは笑う。

「わたしは人を弄んだりしないからね。いつも本気だもの」
「……そう」
結果的に弄ばれる方が、どう思うかは別問題だと思う。
タバサは、キュルケの数多いお相手を思い浮かべたりもしたが、あえて何も語らなかった。
世の中には、徒労という言葉もあるからである。


      ◆   ◆   ◆


「レアスキル?」
「そう。極めて希少で、真似できる人がほとんどいない能力のことね」
授業でルイズが錬金魔法を失敗した時、リンディはそう言って褒めたのだ。
「それがわたしの失敗魔法ってこと? あんたに言われると何か腹立つんだけど」
「ひどいわねえ。……じゃなくて、真面目に聞いてね?」
不愉快そうに眉を顰めたルイズに、リンディは真顔で言う。
「人とは違った結果が出るってことは、それはその人にしかない才能なの。どれだけ不要に見えてもね」
「不要、って、あんたね」
「建物の建設に土系統の魔法は必要だけど、風系統の魔法は、どちらかと言えば不要でしょう?」
リンディは指を立て、くるくると回す。
「治療には水系統が必要だけど、火系統は直接的には不要よね?」
「う、うーん。そう言われればそうだけど……」
納得がいかないという顔のルイズ。
「どんな魔法や能力にだって、必要と思われる場面以外では不要なの。特別な能力なら尚更ね」
「だけど、失敗なのよ?」
「それでも、わたしには真似も出来ないことなのよ?」
彼女の悔しげな様子に、リンディは楽しそうに笑って説明する。

リンディの魔法は、どうやらこの世界向きではないこと。
この世界の魔法は、リンディには使えそうにないこと。
(始祖ブリミルの遺伝情報が必要な可能性があると言っていたが、意味はよく分からない)
ルイズの失敗も、当然再現出来ないこと。
――キュルケやタバサにも、同じ失敗を再現出来ないこと。

そうだ。
リンディが興味本位でキュルケたちに聞いてみたところ、二人にはルイズと同じ失敗が出来ないのである。
「理由は分からないけど、とにかく、これはルイズさんにしか出来ない事なのよ」
「わたしにしか、ねえ」
さほど嬉しくはない。
嬉しくはないが、自分が特別かもしれないという響きは、やはり悪くはない。
「だから、わたしがここに慣れるまで、頑張ってくれる?」
「仕方ないわね。付き合ってあげるわよ」
不承不承という口調で言いながらも、微かに頬を染めたルイズに。
リンディは柔らかく微笑んだ。



練習方法としては。
彼女が自分の周囲で保持した小石に、ルイズがどんな魔法でもいいから使用して干渉する。
結果が爆発でも構わない。
そのうちどれか成功するかもしれないし、失敗して爆発しても、リンディなら完全に防ぐことが出来る。
明確な目標があれば、無差別対象への失敗がないから安全も図れるはずだ。
慣れてきたら、今度は目標を移動させる。
石だけ飛び回ったらルイズ以外が魔法を使っていることがばれるので、保持したリンディ自身が移動する。
零高度で慣性制御を行った上で、出来る限り走る速度を維持。
身のこなしも比較的楽だし、凄腕の戦士といった雰囲気を演出できる。
傍目からだと、ルイズの的確な攻撃魔法を、リンディが間一髪で避け続けているように見えるわけで。
主人と使い魔の一般評価を高める芝居としても、それなりの完成度だ。
見世物としては、そう悪くはない。

(本当に、大したものなんだけどね)
胸の前の爆風をシールドで流し、すぐに別の小石を浮かべながら反転する。
直後に爆発。
ルイズの動体視力は悪くない。魔法だって威力・発動速度共に立派なものだ。
(それでも自信が足りないのは、やっぱり周囲の評価が原因なのかしら)
リンディは思う。
このくらいの年頃の子供は、ある程度自信を持っているものだ。
根拠は自己の能力や可能性、与えられる環境や財産、それこそ千差万別だ。
その結果が盲目的な未来展望や、単なる世間知らずによる自信過剰となったとしても、この歳なら構わない。
若いうちは、自分の何かを信じるからこそ前へ進む力となる。

ルイズは誇り高い子だ。少々不安を抱えていても、それを高潔さで塗り潰してきた。
妬みや僻みも表面化させず、意地や努力等で前に進んできたのだろう。
だが、それでもあのままであったなら、いつかは折れたかもしれない。
彼女には『魔法を使えるのが貴族』という現実以外の道が存在しないのだから。

だからこそ、ルイズには今の自分自身の力を、本当の意味で認めてほしい。
他の事が出来ない言い訳ではなく、自分にしか出来ないという、誇りに繋げてもらいたいのだ。
そうなれば、彼女はどんな事からでも、自立出来るだろう。
――どんな事からでも、だ。

「じゃ、たまにはこちらからも行きますよー」
「へ? ちょ、ちょっと――」
地面を急角度で蹴って回り込んだリンディは、デルフリンガーを再度抜刀した。
抜き打ちに一閃。
「キャ――っ!?」
足元の地面が抉れたのに驚き、ルイズが尻餅をつく。
「な、何するのよっ!」
「こちらだけ動くんじゃ不公平ですから、ねっ!」
「イヤ――――っ?」
再度振られた剣が目に映った途端、ルイズは頭を抱えて逃げ出した。
追うように足元に穴が開いていく。

「あんたは飛んでるんでしょ? 疲れないんでしょ? 不公平はそっちでしょーっ!」
「実は、結構疲れるのよ。多分」
「うそつけっ!」
足を止めたルイズが杖を振るうと同時に、リンディが爆発に包まれる。
輝くシールドの光に向けて、ついでに怒鳴る。
「石は一個といわず山ほど浮かべておきなさいよっ。剣なんか振らせてあげないから!」
「――ふうん」
爆煙が晴れると、リンディがにっこり笑いながら、青眼に構えていた。
周囲には細かな石が無数に浮いている。
「言いましたね?」
「言ったわよ」
二人して怪しげな笑いを浮かべると、それぞれの得物を振りかぶって――



「ま、仲良さそうだから、いっか」
夜になると迷惑よねえ、とキュルケは連続する爆音に呆れていた。
もっとも、これ以上に派手な光景なら先日見たばかりだ。
(今度は、どんなお芝居が見られるやら)
次は一観客としてではなく、ゲストとして参加出来たら面白いかも……面白いだけじゃすまないだろうけど。
などと過剰な刺激を想像して、実に妖しげな笑みを浮かべる。
――タバサが先に帰った事に気付いた時には、既に日は落ちていた。


      ◆   ◆   ◆


「さ、先に帰っ、てるから、ね」
「息あがってるじゃない。運動不足は体に毒よ?」
「やかましいわねっ!」
言い捨てたルイズは、憤然とした足取りで去っていった。

夕闇らしい静寂が戻ってくる。

主人の姿が視界から消えると、リンディは表情を消した。
無言で、拾い上げた鞘に剣を納める。
それを杖代わりに身体を支え、重い足を引き摺って建物の陰に入った。ここなら、誰に見咎められる事もない。
気怠げに空を見上げた。

空気が重い。まるで熱帯を冬着で歩いているような息苦しさ。

「――は」
思わず出た溜息を飲み込む。
軽い眩暈。
手から落ちるデルフリンガーを拾おうとしたが、結局、目に入る汗を拭く事を優先した。
壁に寄りかかり、左手を空にかざしてみる。
深まる夕闇の中に浮かんだ白い手。
細かく震えているそれを、ゆっくりと胸に抱え込んだ。

「……まいったなあ」
彼女は、困ったように苦笑した。
身体全体に倦怠感と痛みが広がっている。微熱もそれなり。
更に、少々の事では放出しきれない程の、膨大な魔力。
僅か一週間ほどで回復しつつあるリンカーコアが、身体に負担を与え始めているのだ。
(健康的と言えば健康的かしら)
回復が早いのは、基本的に良いことだと思うのだが――この場合は痛し痒し。

問題は、制御能力の適応が追い付いていないことである。

車に例えるならば。
エンジンの出力が上がりつつあるのに、タイヤだけ原付自転車用のまま、走り出しているようなものだ。
徐行は可能だろうが、加速し始めればどうなるか。
「考えるまでもないかな。……安全運転を心掛けるのが、一番なんだけどね」
額の汗を拭い、彼女はバリアジャケット内の温度を調節する。
これだけの制御ですら、いつかリソース不足を招くかもしれない。

ここ数日のルイズとの訓練は、リンディ自身が環境へ馴染むことも兼ねていた。
日常生活ではほとんど魔力放出が行われないから、回復速度も早まってしまう。その減衰も必要だったのだ。
一定以上の魔法使用と共に、変換吸収する魔力への対応を図ってみたが、
(あんまり変わらない、かな)
適応率の上がった実感が無いどころか、回復速度の減衰効果も僅かである。
やはり魔法の全力使用が必要なのかもしれない。
しかし、制御出来ない状態での過度な魔力放出は、明らかに自殺行為だ。
魔法自体は発動するだろうが、土台となる身体は間違いなく――
「……おめ、どうすんだ?」
「ん?」
「体調、かなり悪いんだろ?」
空を眺めていたリンディに、デルフが声をかける。
落としたときに、鞘から少し抜けたのだろう。
「わかるの?」
「あたりめえだ。しかも相当ヤバそうに見えるな」
「そうねえ」
肩を竦めると、彼女は再び空を見上げる。
見覚えの無い空を見る機会はよくあるが、つい見慣れた星を探してしまう癖は変わらない。
こんな気分で眺めるのは、随分昔の任務以来だけど。

「ま、いいさ」
しばらく黙っていたデルフは、硬い声で告げる。
「別に誰にも言いやしねえけどな。いきなりってのは無しにしてくれ」
「ありがと。心配してくれて」
「勘違いすんなよ。俺はまともに使ってもらいてえだけだ。次もそんな細腕じゃ困るしな」
リンディの微笑みに、無愛想な文句が応える。響きに角は無かったが。

座り込んだ彼女は、デルフにそっと触れた。
「大丈夫。他の使い手さんを探す約束は、忘れてないから」
「……なら、いいんだけどよ」
それきりデルフは沈黙した。
穏やかな目で眺めていたリンディは、立ち上がってそれを背負い直す。
そろそろ行かないと、ルイズが不審に思うだろう。
「今更悩んでも仕方ないし。それに、よく言ってたものね」
いつの間にか息子が使うようになった言葉を思い出す。
「世の中は、『こんなはずじゃなかった事』ばっかり、か」
いつだって、誰だって、そうなんだ。――そう続けられた言葉に、どれだけの想いが籠められていたか。
それは、世界を呪うものではなく。

「そうね。……やれる事を、精一杯頑張ってみるとしましょうか」
ほんの少しだけ溜息を吐くと、リンディはしっかりと前を見て歩き出した。










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