空色硯 sorairo-suzuri

アクセスカウンタ

zoom RSS 夏色四片 第12話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:12   >>

トラックバック 0 / コメント 0

歓迎の列から隠れるように歩き去っていく二つの影を、同じく二人の人物の視線が追っていた。

一人は見目麗しい王女。
彼女が聞いたのは、先日学院で起きた怪異と、幼馴染みが使い魔にしたという平民の話。
それが先住種族かもしれないという噂に関しては、一部の者しか知らないはずである。
聞いた彼女が、何をどう考えたのか。――現時点では分からない。

そしてもう一人。
魔法衛士隊隊長を務める精悍な若者。
彼が聞いたのは、自分と視線を合わせる間もなく、列から離れていく旧知の少女の事。
その少女については色々と思惑もあるが――今、彼の視線は少女の使い魔に注がれている。
彼女を何処の舞台に立たせるべきか。あるいは、舞台袖にすら上げるべきではないのか。彼は慎重に事を図る。
その為には、見極める必要があったのだろう。

――とはいえ、どれほどの思惑があったとしても。
関われない者には無いも同然という原則は、全てに対して平等だ。
それに気付かない者、気付いても理解を拒否する者は、おそらくただの道化なのだ。


      ◆   ◆   ◆


(何だかねえ)
キュルケは、教壇で喋り始めた長髪黒衣の男を眺めていた。間違っても自分の趣味ではない、陰気と言うか不気味な教師である。
疾風のギトーというそうだ。どうでもいいけど。
偉そうに二つ名を名乗った後、うっかり目があった自分に聞いてくる。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
『虚無』とテキスト通りの答えを返そうとしたキュルケは、思い直して口を噤んだ。
一瞬、頭の中に系統で区別出来そうにない魔法が浮かんだからだ。
ルイズの使い魔が放っていた光線。
(あれは火じゃないわよね。多分だけど)
「どうしたね?」
重ねて聞いてくるギトーに、キュルケは首を捻った。
「虚無だという事になってはいますが、正直分かりませんわ」
「無論だ。虚無など伝説でしかないのだからな。では、現実的な答えではどうかね」

(はあ?)
再度放たれた質問に呆れる。
どうやら彼は、最強の系統をどうしても生徒に言わせたいらしい。
(つっまらない男ねえ。虚栄心丸出しで)
知っている男たちの中でも、最下級ランクと判定する。
考えるまでもない。最強は自分の風系統だとでも言いたいのだろう。
授業で系統に優劣をつけて、何の意味があるのか。――などと思うが、あの手の人間には言うだけ無駄か。

「もちろん――」
火ですわ、と答えようとしたキュルケは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
予想された答えを返すのは癪だし。
「あれじゃないですか?」
「あれ?」
怪訝そうなギトーが視線を向けた先には、噂の使い魔が座っていた。
ルイズの隣の席で、黙々と編み物をしている女性。
「調理器具とか剣とか服とかであれですもの。もっと凄いマジックアイテムを持ってたら最強ですわね」
教室の各所から、さざなみのような笑い声が上がる。
予想外の事を言われたからか、ギトーは表情の選択に困ったようだ。
「何を聞いていたのかね? 私は、最強の系統魔法は何かと言ったのだよ」
「聞いてましたけど、最強の系統魔法より強いものが他にあったら、意味無いですわよね?」
「きみは、系統魔法を無意味だと言うのかね!」
「まさか。系統に優劣をつけることが、無意味だと思うだけですわ」
ギトーのこめかみが引きつった。慇懃無礼な物言いに怒気を滲ませる。
もちろん、そんな事はキュルケの知った事ではない。
嫌味を振り回す陰湿さは持ち合わせていないが、猫と同じで、相手で遊ぶ場合はそれなりに優秀なのだ。
侮蔑の視線に晒されながらも、それに気付かないギトーはいい獲物だったろう。



「渦中の人物としては、どうなの?」
「はい?」
手元から視線を上げないリンディ。
その様子に、ルイズはあっさりと首を振った。
「……あー気にしないで。どうせいつもの事だから」
注目されることには慣れている。

それに、最近は気を張る必要がなくて楽なのだ。
最初の方こそ、平民を使い魔とした事への嘲笑じみた視線は感じたが、今は全く無い。陰口を叩く者も、表面上はいなくなった。
多分、リンディに対する評価が上がったからだろう。
ギーシュとの決闘?でのマジックアイテム使用もそうだが、夕方に見られる剣士としての姿も、評価の向上に拍車を掛けている。

当然ながら、一緒に練習しているルイズも注目されているわけだが、
(本当に、ゼロのルイズって言われなくなったのよね)
魔法が失敗しているのは間違いないのに、マイナス評価に繋がらない。
もしかしたら、自分が悔しがっていないから?
堂々とした行動こそ周囲に認めてもらえるという、証明なのかもしれない。

しかも、練習でストレス発散をしているからか、教室の雰囲気も居心地良く感じられる。
何となく、皆の視線も柔らかくなっている気がするし。

「かぜっぴきすら絡んでこないのよね。――そう言えばリンディ、さっきギーシュと話してたわね?」
仲直りしたの? という視線に、
「この前、クッキーの差し入れをして謝ってきたから」
彼女は、編み目を確認しながら答える。
「決闘なんかに付き合わせてごめんなさいって。なんだか困った顔をしてたけど」
「申し込んだ方が言われちゃ、そうなるでしょ」
ルイズは大きく伸びをする。
ギトー先生とツェルプストーの舌戦(と言うか詭弁の応酬)は終わりそうにない。

むきになったギトーが風系統の魔法で遍在――分身を作り出してみせた時は、さすがに教室が沸いた。
キュルケも目を見張ったが、戦闘には最強だったとしても医療や建設現場では最弱、とタバサの冷静な突っ込みが入る。
まあ確かに。風系統は、治療に於いては水系統に劣り、建築に於いては土系統に劣る。
微妙な沈黙の後、始まるのは結局論点が絞れなくなった口論なわけで。

(今日の授業は、このままオシマイね)
最強の定義なんて、未来永劫結論は出まい。
あ、と声が上がった横を見ると、間違えたのか一列分ほどいている姿が映る。
「……あんたも、マイペースよねえ」
「そうかしら」
「そうよ。わたしのペースも落ちそう」
別にいつもハイペースというわけではないが、ここまで遅いというのはどうだろう。
「たまには良いんじゃないの?」
「たまには?」
「そう」
ちまちまと動く指先が、反論気分を何となく封じ込んでしまうから。

「そうかもねー」
だらり、とルイズは机に突っ伏した。



やたらのんびりしたやり取りは。
教室に駆け込んできたコルベールが、アンリエッタ王女一行の急な来訪を告げるまで続いたらしい。


      ◆   ◆   ◆


「ちょっといい?」
「あ、ミス・ヴァリエー……ルイズ様」
洗い物をしていたシエスタは、手を拭きながら振り返った。
「何か御用でしょうか? リンディさんなら――」
「あー、今日は違うのよ」
ルイズはぱたぱたと手を振った。

シエスタと話すようになったのは、最近のことである。
ここ数日、彼女がリンディと菓子作りをしているところに、顔を出す機会が多かったからだ。
ルイズとしても、定位置を決めてもらった方が捜しやすいし、出来たての菓子を味見するのも悪くない。
最初は二人に遠慮して黙っていたシエスタも、リンディに促され、今ではそれなりに会話に参加出来るようになっていた。
「何かスープ作ってくれない? 寝たままでも飲めそうな、軽めの」
「構いませんけど……何かあったんですか?」
怪訝な表情のシエスタに、ルイズは頭を掻いた。
「お昼に姫殿下がいらっしゃったでしょう。その時、リンディと一緒に見てたんだけど」




王女の一行が学院内に入ってくるのを、ルイズは歓迎式典に出た生徒の一員として見つめていた。
幼馴染でもあるアンリエッタ王女を目で追っていた時だ。
「?」
突然肩を掴まれたルイズは、振り返って眉を顰めた。
「どうかしたの?」
「え? えっと?」
手を置いたリンディが、困ったような顔で自分の右手を眺めていた。
普段見られない珍しい表情に、思わず目を覗き込むように凝視してしまう。

ふと気付いた。
目の下の薄い隈に、ほんの少し汗の浮いた額。左手は背負っていた剣を杖代わりにして?
「――あんた、どっか調子悪いの?」
ルイズは目を細める。
自分の肩に右手を置いた理由が、よろけた体を支える為と気付いたからだ。
「いいえ。ああでも、ちょっと寝不足が続いちゃったかしらね?」
「へえ」
平然と言ったリンディに、ルイズは無表情で頷いた。
が、そのままデルフリンガーをひったくると、鞘から少しだけ引き抜く。
冷たい視線で一言。
「で?」
「……風邪だってよ。ここんとこ寝不足だってのは本当だから、それが原因じゃねえの?」
促されたデルフが、渋々と口にした。
「あっそ」
据わった目で突き返す。
あんた馬鹿でしょう、という視線から、リンディは惚けるように目を逸らした。
「まったく」
ルイズは溜息を吐いた。
不思議そうな表情を浮かべるリンディの手を強引に握り、引っ張りながら歩き出す。
「あの、ルイズさん? まだ式典が」
「もうご挨拶はすんだわよ。大体、もし使い魔がここで倒れでもしたら、主人のわたしが大恥かくでしょ!」
「そ、そうね。――ごめんなさい」
もっともな話に、リンディは素直に謝るしかなかった。




「ってことで、ベッドに放り込んであるわけ。薬を飲むにしても、何か食べさせないと」
「そういう事ならお任せください。栄養のある物を用意しますから」
シエスタは手早く準備を進めていく。
「あ、これ」
「乾かしてから、お返ししに行こうと思ってたんですよ」
洗い物の中に隠すように置いてある物を、彼女はそっと引き抜いた。
「リンディさんが持ってることになってますからね。マルトーさんも、こっそり使ってるんですよ」
色々と試してみたい調理方法があるって言ってました、とシエスタは布巾で丁寧に拭っていく。
「不思議に思わないのかしらね。これが無くても魔法を使ってるってこと」
「マルトーさんはそこまで考えていませんよ。お菓子作りをしてるリンディさんと、楽しそうにお話してます」
シエスタの手の中にある調理器具を見て、ルイズは頭を掻いた。
「あなたは、どう思ってるの?」
「それは」
一瞬、手を止めた彼女は、すぐに作業を再開する。
「いい人だと思います。それ以外のことは、よく分かりませんけど」
「ならいいわ。これはわたしが持っていくわね。それと」
シエスタから赤いフライパンを受け取ると、ルイズは話し辛そうに口篭った。
「……あのこと、覚えてる?」

何の事かと首を傾げたシエスタは、すぐに思い当たった。
リンディが学院に来た日、彼女はルイズと顔を合わせている。その時の事だろう。
「ええ。すみません」
「い、いや別に謝らなくてもいいのよ! ただ、その」
真っ赤になったその様子に、シエスタはつい笑いそうになった。
「秘密、ってことですか? でもリンディさんになら――」
「と、とにかく、言っちゃダメ! 分かった?!」
叫ぶように言い捨てて、ルイズは走り去っていく。
微笑みながら見送ったシエスタは、お湯を沸かす準備を始めた。賄い食の材料が残ってるから、さほど手間はかからない。
野菜を多めに煮込んだ後、柔らかい物以外を上げてから、少し薄めに味を調えて――

戸棚に手を伸ばす途中。不意に動きを止めた彼女は、手にしていたトングを静かに置いた。
ぽつりと呟く。
「風邪、ですか。……そっか、こんなに早いんだ」

鍋の前に佇んだシエスタは、俯いたまま、じっと何かを考え込んでいた。


      ◆   ◆   ◆


「何であなたがいるわけ?」
「別にいいでしょう? わたしはそこの使い魔さんと、永ーく付き合っていくわけですから」
じとっとした目で眺めるルイズに、ロングビルは満面の笑みで応えた。

ベッド脇では、シエスタが持ってきたスープを深めの小皿に注いでいる。
「はい。スプーンを使わない方が飲みやすいですよ」
「ありがとう」
身を起こしたリンディは、ティーカップサイズのそれを受け取った。
少しだけ冷まし、口をつける。
「うん。美味しい。塩加減も丁度いいわね」
「お口に合って、良かったです」

微笑みあう二人を見ながら、ロングビルはルイズに囁いた。
「何のつもりか気になって見に来たんだけどさ。――あれも、本当に風邪とかひくわけ?」
「みたいね」
「ふーん。意外と人間みたいなトコもあるのねえ」
半信半疑という表情で呟いた彼女は、何か思いついたような怪しげな笑みを浮かべる。
「ってことはさ、調子が悪い時には隙とかあったり」
「――リンディ」
遮るように、ルイズが唐突に声をかける。
「なに?」
「ん? 別に何でも」
ルイズはにっこりと笑みを返してから、訝しげなロングビルに向き直る。
「う・し・ろ」
「え!?」
ロングビルが慌てて振り向くと、シエスタから死角となるような位置に、光球が一つ浮遊していた。
冷や汗を浮かべて向き直る。
が、リンディはシエスタと談笑しているままだ。こちらをちらりとも見ていない。
「で? 隙って何の話?」
「……なんでもないわよ」
楽しそうなルイズの前で、彼女はがっくりと項垂れた。

食器を片付けているシエスタに、ルイズが何やら話しかけている。
もしかすると、明日朝の食事も頼んでいるのかもしれない。
「それにしても、あんたがそうしているのって、違和感だらけだわ」
「わたしだって眠ったりするのに?」
「そうだろうけどさ。何となく気色悪いのよ」
ベッドで上半身だけ起こしたリンディに、ロングビルは皮肉っぽく言った。
肩のショールに手を触れて、位置を直してやる。
「ありがとう」
「病人っぽく見える間は、喧嘩は売らないよ。たとえ化け物でもさ」
「ひどいわねえ」
肩を竦める彼女に、リンディは苦笑した。
ふっと真顔になり、呟くように尋ねる。
「ここでずっと働いたら? お給料もいいんでしょう?」
「まあ、ね」
実際、事務職の中ではかなりの高給だ。仕事は不足無くこなしているし、学院長の評価も高いので昇給も望める。
収入も職場も安定しているから、長い目で見れば危険な仕事より稼げるかもしれない。
誰かに仕送りをする、という観点から考えれば、老いるまで働ける今の職場は文句無しと言えた。
「わかっちゃいるさ。いつまでもアレを続けられるわけはないって」
「だったら」

「――ただね、わたしにも色々あるんだよ」
暗い笑みを浮かべたロングビルは、リンディに視線を向ける。
「色々、ね」
「色々さ」
言外の意味を悟って、リンディは溜息をついた。事情は知らないが、彼女にも譲れない部分があるのだろう。
「まあ、しばらくはここで頑張ってみてね。お仕事して損なことは、何も無いんだから」
「仕方ないかねえ」
隙があったら逃げるよ、という顔で睨むロングビル。



唐突に、部屋の空気が変わった。

「な、何よ?」
ルイズは戸惑うように扉から離れた。シエスタも、慌ててその後ろに隠れる。
ロングビルが、いきなり鋭い視線をこちらに向けたからである。普段とは異なる、射貫くような眼差し。
「誰か、外にいるわ」
リンディの声に、彼女は黙って頷いた。

四人の視線が集まる中。
誰かが扉をノックした。最初に長い間隔で二回、続けて短く三回。――何らかの符丁だろうか?
「まさか」
ルイズが急いで扉を開ける。
入ってきた人影は、予想もしなかった人数に驚いたのか、一瞬立ち止まった。
目深にかぶったフードから、微かに覗く横顔。

その正体に気付いたのは二人だ。
ルイズは、先程の疑問を確信に変えて。
そしてロングビルは驚きと共に。
先程オスマンと共に迎えた相手を、そうそう見忘れるはずもない。

「――なぜ、王女が?」
彼女は、思わず呟いていた。










テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

夏色四片 第12話 空色硯 sorairo-suzuri/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる