空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 夏色四片 第13話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:13   >>

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部屋の中を観察するように見回した少女は、つい最近知己となった者に目を留めた。
「あなたは確か、オールド・オスマンの秘書の――」
「ロングビルと申します、姫殿下。こちらの部屋には、所用にて参っておりました」
彼女は膝をつき、深々と頭を下げる。

「え? ……あ!」
それを見たシエスタは、部屋の隅で慌てて床にひれ伏した。
見ると肩の辺りが震えている。
(……無理ないわね。王女さまなんて)
リンディは、その様子に同情した。
それなりに会話するようになった今でも、シエスタが貴族を畏怖する気持ちに変わりはない。
同じ室内で、まさか王族を直接目にするなど、生涯で想像もしなかった衝撃だろう。
(それに、どういう事かしらね?)
「ひ、姫殿下! なぜ、こちらに?」
全員の疑問を代表したルイズが、膝をつきながら問い掛ける。

「――あなたに会いに来たの。懐かしい、私のお友達に」
ふわり、とフードを外した少女は、視線を合わせるように屈み込んでルイズを抱きしめた。
耳元で囁かれる、柔らかい声。
「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」



(なるほど、大したもんだ)
ロングビルは、元貴族としての眼で王女を眺めていた。
細面で気品のある顔立ち、上品な挙措と身に纏った高貴な雰囲気。
鮮やかな青い瞳に白い肌――非の打ち所のない美女だ。
オスマンの横で見させてもらった儀礼的な場での姿よりも、一層魅力が感じられる。
おそらく、こちらの方が彼女の素なのだろう。

旧交を温め合う幼馴染、といった風情だが、
(それにしちゃあ、夜中に護衛も付けずに一人でってのは……どうもねえ)
内容の良し悪しに関わらず、内密の話がありそうだ。
無関係な平民は、知らない方がいい――そう勘を働かせたロングビルは、リンディと視線で会話する。
「シエスタさん。また明日も、お願いしますね」
「は、はい」
意を汲んだリンディが声をかけると、シエスタは緊張に震えた顔を上げた。
ルイズたちの視線を避けるように扉まで辿り着き、出来る限り静かに扉を開けようとして――
「ひっ!?」
「うわっ?」
鍵穴から室内を覗き込んでいたギーシュと、鉢合わせをした。
アンリエッタ王女がこの部屋に入ったのを目撃したのだろうか。彼が興味を抱くのも無理はない。
が、時と場所は選ぶべきだ。
「……何をしているのかしら?」
「いえ、その」
学院長秘書としての顔でロングビルが睨み付けると、ギーシュは引き攣った笑顔を見せた。
「姫殿下に失礼な振る舞いをするようなら、学院長に報告しますよ?」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
勢いよく頭を下げた彼は、そのまま全力で走り去っていった。

「あの、こ、これ」
残されたのは、驚いた拍子に食器を落としてしまい、注目の的になってしまったシエスタだった。
恐慌状態に陥り、半泣きになっている。
「仕方ないわね。これはこっちで片付けておくから、部屋に帰りなさいな」
ロングビルは、彼女をそっと部屋から押し出し、肩を掴んで回れ右させる。
「じゃ、明日ね」

扉が閉まった途端、シエスタは腰を抜かしたように床に座り込んだ。


      ◆   ◆   ◆


「手紙?」
「そうです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡ったら……」
(王女の不義を大々的に発表して、トリステインとゲルマニア双方のメンツを潰せる、と)
内容を伏せてるつもりかもしれないが、あれでは明言しているのと変わらない。
部屋の隅で割れた食器等を片付けていたロングビルは、アンリエッタとルイズの会話を漏れ聞いていた。
最初は退出すべきかとも思ったのだが、王女自身に引き留められたのだ。
(ま、この話の結果を、学院長に伝えろってことなんだろうけど)
人を介して伝える話ではなさそうだ。

現在、アルビオンでは王家が滅びようとしている。民衆の代表という体裁を整えた貴族たちによって。
それだけならただの内紛で、トリステインとは直接関わらない話である。
だが、問題はその後だ。
アルビオンの貴族たちは、外征を公言しているらしい。
つまり、トリステインが侵略の危機にさらされる可能性が、跳ね上がりつつある。

――対抗策として、トリステインとゲルマニア、両王家の縁組による同盟話が進行中なのだが。

(当事者の王女が、他に好きな男がいるってのは仕方ないけどさ)
そう。
嫁ぐ予定のアンリエッタ王女が、密かにアルビオンのウェールズ王子と恋仲だったのは構わない。
表にさえ出てこなければ。
国にもよるが、貴族等の上流社会は交流関係が複雑だ。寝取り寝取られもあるだろう。
見えない場所で、どんな恋愛模様が描かれていても不思議ではない。
しかし、それが名誉を傷つけるような事態を引き起こした場合、責任の取り方は厳しいものになる。

(これから嫁いでくる女の、他の男に書いたラブレターが表沙汰になったとしたら)
女を妻にした男は、世間の笑い者だ。
ましてや平民でも一貴族でもない、王族なのだ。国の威信に関わってくる。
どんなに必要だったとしても、そんな女を娶るわけにはいかなくなる。

男に惚れるのは仕方ない。運が悪かったというのもあるだろう。
内紛さえ起こらなければ、トリステインとアルビオンの縁組みが成立したかもしれない。
とは言え、現実は異なるわけで。
(さて、どうなるかねえ)
些か冷めた目で――彼女としてはアルビオンに因縁もある――事態を見守ることにした。


      ◆   ◆   ◆


部屋までお送りします、とルイズがアンリエッタ王女と扉の向こうへ姿を消した後。

「予想通りっちゃ予想通りかね?」
「そうね」
リンディたちは溜息を吐いた。
結局、ルイズがアルビオンまで手紙を確保しに行くと宣言してしまったのだ。
明日早朝には、ここを発つつもりらしい。
「ってかさ、あの王女さま、最初っからそのつもりだったのかね」
「騙すつもりには見えなかったけどね。御自分のお芝居に酔っちゃったのかしら」
幼馴染みの同情心を引き出しただけ、と言えるかどうか。
もっとも、王女はあまり計算高い人柄とも思えない。
話に意図的な部分があったとしても、残り半分は盛り上がりに流されたといったところか。

「それとさ、あんたがベッドにいるのを見た表情については」
「一瞬だけど、残念そうだったわね」
「つまりそういう事?」
「そういう事ね」
ロングビルは、あー、と呻いてから苦笑する。
「ま、とにかくこの件は、あの子に加担する事としようかね」
「あら、随分と積極的ね?」
意外そうな相手に、彼女は真顔で呟いた。
「王族が、自分の都合で人を振り回すってのが、どうもね」
「それが『善意』でも?」
「悪意なら良く見えるから分かりやすいけどさ」
ロングビルは口元を歪める。
「落とし穴ってのは、善意から生まれる事も多いんじゃないのかい?」
「……否定してもいいかしら?」
眉を顰めたリンディに、彼女は嫌な笑い方をしたまま腕を組んだ。
「――出来るの?」
「さあ?」
二つの複雑な視線は、絡み合ったまま暫く動かなかった。



ルイズが部屋に戻ってきたのは、それから間も無くの事だ。
「さて、どうするのさ?」
「そうね」
緊張した面持ちのルイズを見やってから、リンディは指を立てた。
「多少強引だけど、前提だけ確定しましょう」
「前提?」
「問題点が多過ぎるネタの場合、まず話を単純化してみるのさ。そうしないと、いつまでも結論が出せないんでね」
ロングビルは肩を竦めた。
ルイズと視線を合わせると、そのまま話を続ける。
「王女が個人的に信頼する人間に国の運命を託した、これが外形ってことだね」
「そうよ」
「その人間が失敗すると、国が滅ぶかもしれないわけだ」
「そうなる、わね」
「頼んだ王女も責任を追及されるね」
「そ……それは」
「そもそも、そこまで信頼されるからには、その人間は相当凄いんだろうね。色々と」
「う」
「もしくは、王女がその人間をやたらと過大評価してるかだね」
「…………」
徐々に俯いていくルイズ。
更に続けようとしたロングビルは、リンディの非難めいた視線に気付いた。
「っと、話がずれたね。まあとにかく、ここまでで分かる事が一つあるだろ?」
「わかる……こと?」
恐る恐る顔を上げるルイズに、ロングビルはにやっと笑った。
「基本的に、この話には無理があるってことさ」


      ◆   ◆   ◆


リンディとロングビルが上げ、ルイズが即座に却下した前提は一つだけだ。
内容に関する悪意の存在について。
アンリエッタ王女は自分に悪意を持っていない――ルイズの意見はこれに尽きる。
つまり。

「善意、ねえ」
胡散臭そうな感じを露骨に示すロングビル。
「あ、当たり前でしょ! 姫殿下がわたしに悪意なんて――」
「いや、そうじゃなくてさ」
彼女は、降参するように手を挙げた。
「善意ってのは、過度な期待や、相手の身勝手な思い込みも含むって事。何となくわかるでしょ?」
「それは……」
ルイズは反論しようとしたが、言葉を続けられなかった。
アンリエッタ王女が自分に対して含むところは無い――絶対に無い。それだけは断言できる。
だが、自分が王女の中で過大評価されていないかというと、それは否定できないのだ。
そうでなければ、こんな大事なことを打ち明けるわけがない。
しかし、そうなると評価の根拠はなんだろう?
――そう考えたとき、ルイズは自分自身が抱える利点に気付いた。

「……姫殿下は、リンディの事を誰かに聞いてるってこと?」
「そんなトコ。見たこともない使い魔の能力をアテにするってな、余程切羽詰ってるのかね?」
手駒が少ないんだねえ、とロングビルは肩を竦めた。

「ま、とにかく王女が命令したことは本当で、底意が無いってのは構わないさ」
彼女は苦笑しながら問題を提起する。
「任務は、内緒な上に博打同然――これが前提。さて、考えなきゃいけない事は?」
「え、えっと?」
「簡単だろ? さっさとアルビオンに行き、相手から確実に手紙を手に入れ、王女に直接届けりゃいいのさ」
「は?」
ルイズは、ぽかんと口を開けた。
「あ、当たり前の話じゃ……?」
「――敵味方全ての干渉を、排除したいっていうことね?」
リンディが、簡潔にフォローした。

リンディとロングビルの二人が危惧した事。
それは、この任務が失敗を前提に与えられたものではないか、という事だ。
王女の独断を知りながら放置したか、それに乗じた謀略を組み上げている者はいないか?
意図する者は不明だが、ルイズの死亡という結果が望まれているのではないか?
望むのは、王女の立場失墜、政略結婚による同盟の破棄、有力貴族ヴァリエール家の離間、等々。
方法は、任務の直接妨害、または結果の略取。

「行きも帰りも危ないね。特に、偉そうな奴が一番ヤバイ」
「嫌な考え方だけど、王女さまの周囲にいる人が一番怖いって事ね?」
ルイズは慌てて怒鳴る。
「ちょっと、それって姫殿下の近いところに、悪巧みをしてる人がいるかもしれないってこと?」
「当然だろ。そうでなきゃ手駒を外部に求めるかい。ま、ネタがネタだから、身内にも隠したかったのかね?」
「少なくとも、お城の中に打ち明ける相手がいなかったのは、間違いないでしょうね」
と、あっさり言い負かされ、彼女は口を噤んだ。
「それで、アルビオンっていうのは?」
「ああ、ちょっと厄介かね。要するに空に浮いてる――」

話を進める二人を、ルイズは呆然と眺めていた。
もちろん、世の中は表から見えない事の方が多い。両親も姉たちも厳しい世界を知っているはずと思う。
ただ、それでも身近でここまで生々しい話をされた記憶は無かった。
それに。
(二人とも、変な風に手慣れてるのね)
ルイズが一番気になったのは、二人の態度だった。
リンディも、盗賊だったロングビルでさえも、アンリエッタ王女の悪口は言ってない。
王女が何らかの意図をもって人を使うことについては当然という判断で、色々と考えているらしい。
考えるのは結構だ。
しかし、姫殿下に対する敬意も感じられないのが気にかかる。
確かに二人ともこの国の人間ではないのなら、納得は出来る。出来るが、

「……もうちょっと、その、失礼っぽい態度、何とかならない?」
ぼそぼそと口の中で呟いた言葉は、二人の耳には届かなかった。


      ◆   ◆   ◆


話は、いつの間にか終わっていたらしい。

「ルイズさん。アルビオンって行ったことある?」
「え? あ、うん。昔、姉さまたちと旅をした事があるわ」
膨れっ面で座っていたルイズは、リンディの質問に慌てて答えた。

「じゃあ、その辺りの問題は無し、と。わたしはここから離れちゃいけないんだろ?」
「ロングビルさんには、お願いしたいことが別にあるしね」
「……あーなるほどね、分かった。けどさ――」
ベッドから降りて立ち上がったリンディに、ロングビルは目を細めた。
昼過ぎから半日寝ていたはずだが、顔色はさほど良くなっていない。逆にやつれた印象すら感じさせる。
食事だって固形物はほとんど取っていないはずだ。熱も引いていないだろう。
「大丈夫なのかい? 結構高い位置にあるんだよ」
「大丈夫よ」
リンディがにっこりと微笑んだ瞬間。
ベッドの真下に、光る魔法陣が描かれる。部屋一杯に広がった奇妙な紋様。
輝いた、と思った直後には、彼女はいつものバリアジャケット姿になっていた。
「――ね?」
「い、いやその、元気だってんなら、別にいいんじゃない?」
引き攣った笑みでロングビルは後ずさった。この姿や魔法陣は、どうにもトラウマを刺激する。

「あ、え?」
戸惑うルイズの前で、リンディはデルフリンガーを手に取った。
「急いで準備してね。ニ、三日分の着替えと、お金くらいでいいと思うから」
「な、何言って」
「ほら、早く早く」
立ちつくしている横では、ロングビルが戸棚を開けている。旅装の吟味も始めたようだ。
「馬鹿正直に、明日の朝に出る必要は無いだろ?」
「――まさか」
ようやく理解したルイズが視線を向けると、
「そ。今すぐ出発よ」
リンディは楽しそうに指を立てた。




「それでは、行ってきます」
「はいよ」
軽く手を振ったリンディに、ロングビルは笑いをこらえながら振り返す。
背負われたルイズの様子が可愛いのだ。
何も考えられなくなったのか、不可解な表情で背中にしがみついている。
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね? た、高いのよ、すっごく」
「本当に大丈夫ですよー」
では、と最後に目礼を交わすと、二人は凄まじい勢いで空に上がっていった。
――と思ったらもう見えない。
微かに聞こえたルイズの悲鳴に同情したり。

「はー……」
ロングビルは呆れたように首を振った。
「今更だけど、やっぱ化け物だね」
闇夜に消えた彼女たちが、アルビオンに到着するには半日とかからないらしい。
とすると、今からなら昼前には城の中という事になる。
「いや、下手するともっと早いかもしれないね」
誰がどんな策略を目論もうが、対応するのは不可能だろう。
本来なら、むこうに辿り着いてからが大変だと思うが――その辺は全く心配していない。
いざとなれば、例の結界を使えばいい。そうすれば王子の寝室にだって入り込めるはずだ。

「……ほんと、化け物もいいトコだけどさ」
一番気になるのは。
(あいつが一番最後に見せた笑顔、今までで一番気分が悪かったじゃないか)
儚げな笑みなんざ、全く似合ってない。
葬式で故人を見送ったような気分に、ロングビルは首を振った。
「とにかく、こっちはこっちでやる事があるんだ」
ルイズの学友数人とシエスタに、数日不在することを伝える。
その後は。

「さて、どんなヤツが、あの子たちの所在を確認しに来るか見物だね」
役者次第では脚本を書き換えなければならないが、それはそれで、やり甲斐のある仕事になりそうだ。
彼女はロングビル――いや、フーケとしての顔で、嗜虐的な笑みを浮かべていた。










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