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zoom RSS 夏色四片 第14話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:14   >>

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黎明。
眼下に流れるは朝霧に包まれた大地。
そこかしこに見える仄かな明かりは、動き始めた人の営み。



僅かに見える地形を確認しながら、リンディたちは雲を縫うように進んでいた。
「寒くない?」
「寒くないどころか、暖かいくらいね」
フィールド内の温度調整をしてるから、とリンディが言っていたがよく分からない。
「……凄いわね。なんかこう、世界を見る目が変わりそうな気がする」
「そうね」
初めの方こそ目を瞑ってしがみついていたルイズも、今は風景を眺める余裕を持ち始めている。

なにしろ絶景なのだ。
見渡す限りに広がる大地は、見覚えのある山々でも全く違って見える。
照らし始めた日の光に、吹き払われるように薄れていく霧。
それでも残った、大地の起伏が作り出す長い長い影の中には、未だ夜が漂っている。
遥か先では――何かが光を反射していた。

「あれが海なのね。あんな風に輝くなんて思わなかった」
「鏡みたいでしょう。夕方の海も、また別の良さがあるわよ」
目に痛いくらいの鮮烈な赤、と言われて期待したくなったが、
「残念ながら、今回は海の船に用は無いけどね。……空の船にも、かな」
「わたしが船の代わりだものね」
「船って言うより竜じゃない? それにしても――」
目的地のアルビオン――浮遊大陸の人たちは、毎日こんな光景を見ているのだろうか。

「ちょっと羨ましいわね」
「あら、トリステインにも良い所はいっぱいあるんでしょう?」
「うん」
ルイズは、思い出の中の風景を思い浮かべる。
壮大な光景は幾つかあったのだが、何故か今思い出されるのは、領地にある屋敷の中庭だった。
東屋の立つ小島が、池の真ん中に一つだけ。周りには季節の花々。
幼い頃の気分を思い出してしまう。あの頃の自分は小さかったが、今見るとあの池はどうなのだろう。
(それほど長く帰ってないわけじゃないけど)
多分、とても狭く感じるに違いない。
自分が大きくなったという実感を得るのか、思い出を汚された気分になるのか分からない。
では、今なお屋敷に留まっていたら?
そう考えた途端、ルイズは少し悲しくなった。

「……あるわ。リンディと一緒に行きたい所もいっぱいある。でも」
「でも?」
寂しそうに呟く。
「毎日見える景色って、慣れてしまうと、良さが分からなくなる人も多いのかな」
「そういう人もいるけど」
リンディは、肩のデルフリンガーを少し引き抜いた。
「あなたはどう?」
「……忘れた。忘れちまったけどよ」
デルフは感慨深げに、しみじみと言う。
「何度見ても、いいものはいいんじゃねえのかなあ」
ほら、と頷いたリンディに、ルイズはつい笑ってしまった。
涙が出そうになったが気にならない。
それにリンディの楽しげな、デルフの呆れたような笑い声が重なった。



「あれが港町、ラ・ロシェール」
「帰りに寄れたらいいけど……今回は遠慮しましょう。一番怖いところだし」
「だな」
眼下に特徴のある町並みが並んでいる。
峡谷の合間に土を穿って建てられた家々。そして最も目立つのは巨大な樹木だ。
「あれが桟橋なの」
「凄いわねえ。まるで世界樹みたい」
「世界樹?」
「そう。わたしの読んだ物語の中に、とても大きな樹の話があったの」
確か、娘が学校の図書館で借りた神話にあった樹――イルミンスール。
「ふうん。中も見せてあげたいとは思うけどねー」
「いつでも来れんだろ? ヤメとけって」
デルフが念を押すように言う。
現状では、アルビオンへの唯一の玄関口となる場所だ。
当然、何らかの網が張られているはずである。この地にだけは立ち寄らない方が無難だろう。

「そろそろ明るくなってきたから、高度を上げるわね。見られちゃうと困るもの」
この世界で飛行する存在は珍しくないが、これほど速く飛べる人間はいないだろう。
隠密行動という今の状況で、不特定な相手に無駄な話題を提供する危険は避けたかった。
「うーん……大丈夫だとは思うけどね」
「なぜ?」
「アルビオンが港に近付くのには周期があるの。再接近まで、あまり船は出ないのよ」
ほら、とルイズが指差すと、桟橋の各所に実のような物が見える。
「あれが船なのね?」
「そ。いつだったか忘れたけど、まだってのは確実」
スヴェルの月夜前後だったかなー、とルイズが首を捻る。
確かに、地上からだけなら見つかりそうにないが、どちらにせよ高度は上げなければならない。

目的地は、雲の上にあるのだから。


      ◆   ◆   ◆


「あの、ミス・ロングビル。これで良いでしょうか?」
「あーそうそう、そんな感じでいいわ」
二頭の馬を正門脇に繋いだシエスタは、鞍を降ろしながら聞いてみる。
「なぜ二頭も、お一人で使われたんですか?」
「多少なりと状況証拠だけは作っておかないとさ、色々と大変なのよ」
それに、とロングビルは笑った。
「こんな朝方に、ここで待ってる理由も欲しかったし」
「理由?」
シエスタは首を傾げた。
「来るかどうか分からない相手を待ってるなんて、不自然もいいところだからね」

彼女が起こされたのは、まだ夜も明けきらない早朝のことだ。
寝惚け眼のまま、言われた通りに馬の準備を手伝い、更には先程から門前で立ち話に付き合っている。
「可能性としては低いけど、誰か来たら何も知らない振りをしてて」
「わ、分かりました」
疑問符を浮かべたシエスタに、ロングビルは幾つかの指示を出す。

「――でも、わたし、馬丁ではないんですけど」
「ま、そこがネックだけど、あまり関わる人を増やしたくなかったのよ」
ロングビルは肩を竦めた。
「だからあの子の指示ってことにしておいて。秘密にしろって言われたってさ」
「はあ」
馬を撫でている彼女の横で、シエスタは門の外の街道を眺めた。
昨日の王女一行が残した轍の上に、微かに加わった馬の足跡。
ロングビルが馬を順番に、それも二回使って残したものだ。この先の三叉路まで続いているらしい。
「それで、どなたを待っていらっしゃるんですか?」
「いないかも知れない『誰か』さ。来ないなら来ないでいいんだけど」
第三者の介入があるなら、最初と最後だけは学院が基点となる。
出立直後、または到着寸前に現れる者は、どんな相手でもマークすべき対象だった。
無駄に終わるなら、それに越したことはないが、
「どうせ向こうに着くまでは、わたしの知ったこっちゃないんだし」
取り合えず、最初だけは気合を入れておいても、損は無いだろう。

――と。
頭上が暗くなったと思った途端、目の前に大きな影が舞い降りる。
「……!」
シエスタは息をのんだ。
見事な毛並みのグリフォンを、精悍な顔立ちの男性が操っている。
かなりの長身だ。羽帽子も服も立派で、まさに絵に描いたような貴族である。
魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵。――閃光のワルド。

ロングビルには、昨日、学院長と共にその顔を見た記憶がある。
二つ名の『閃光』は、王女に同行していたマザリーニ枢機卿が語ったものだ。おそらくは相当な使い手。
思わず舌打ちした彼女を、シエスタは不思議そうに眺めていた。




グリフォンから降りたワルドは、門前の人影に軽く会釈した。
「朝早くから、失礼する」
「これは――子爵様」
目の前の女性は、戸惑った風に頭を下げた。
「ミス・ロングビル――と申されましたな」
彼は周辺を見回した。
「申し訳ありませんが、ミス・ヴァリエール一行を見かけませんでしたか?」
「彼女とその使い魔でしたら、本早朝外出したようですが……」
そこで言葉を飲み込んだロングビルは、不審といった面持ちで相手を睨み上げた。

「彼女たちに、どんな御用でしょうか?」
「いえ、ちょっとした用件で探していたのです。どこに向かったかご存知ありませんか?」
「残念ながら」
厳しい目付きの相手に、彼は一瞬訝しげな表情を浮かべたが、
「これは――なるほど」
ワルドは苦笑した。
「あなたは、ミス・ヴァリエールが姫殿下から内密に伺った内容を、ご存知のようですね」
「な、何の話です?」
「ご心配なく。実は姫殿下より、彼女らを護衛するよう仰せつかったのですよ」
「え!?」
驚いて目を見張ったロングビルは、慌てて頭を下げた。
「子爵様が。こ、これは失礼いたしました」
「いいえ。知らなかったのでしょうから、警戒されるのも無理はありませんが」
ワルドは側の馬を見やった。平民の女が身を竦ませるが――どうでも良いことだ。
「それで、ミス・ヴァリエールは?」
「実は、その」
ロングビルは困ったような顔で言う。
「既に出立した後なのです」

彼女が説明した内容によると――
夜も明けぬ早朝、ルイズは馬を二頭用意させた。その際、彼女に同行を依頼したとの事だ。
街道をしばらく進むと、平民が乗るような荷馬車が待機していた。
夜中に先行した使い魔が、どこからか確保したらしい。
そこでルイズは馬を乗り捨て、ロングビルに学院への返却を依頼したというのである。

「片方の馬を引きながら戻ってくるのは、とても大変でしたわ」
馬丁を連れて行けば良かったのですが、とロングビルは不満そうだった。
「どこで合流されたのです?」
それは――と街道が幾つか分岐する直前の、ちょっとした広場になっている場所を伝える。
「ふむ。それにしても荷馬車とは」
「平民の姿に、身をやつしたのではないでしょうか?」
「まさか」
ヴァリエール家の者が、と信じられないという表情のワルドに、ロングビルは不愉快そう顔を歪めた。
「あの使い魔が、任務の大事さをくどくどと並べ立ていましたから。随分と口が回る平民ですわ」
「それほどに?」
「ええ。それに、夜中に荷馬車を手に入れに行ったり、裏街道のことをしつこく聞いたり」
「それは困りましたな」
知恵の回ることだ、とワルドは思案げに顎を撫でる。
既に夜は明けている。朝から賑わう街道筋の荷馬車を、全て確認するわけにもいくまい。
しかも詳細なルートすら不明なのだ。分岐点も街道も踏み固められている。
(荷が空だとすると、轍も追えんか)

思っていたよりも小賢しい女だ、と彼は使い魔の見方を改めた。
元々先住種族の可能性もあるのだから、見かけ通りの歳でもあるまい。
(各街道には、傭兵でも雇って伏せさせるしかないが)
派手に足止めさせれば、自然と合流出来る確率が高くなる。
万が一発見出来ない場合は、帰途を狙うしか手は無い。が、その時は目的の幾つかを捨てねばならなくなる。
(出来る限り避けたいが――どちらにせよ、港町までの数日が勝負か)

それにしても、だ。
「姫殿下が、アルビオン貴族の妨害について、大袈裟に語ったのかも知れませんが、些か警戒の度が過ぎる」
残念そうに溜息を吐くワルドに、ロングビルが恐る恐る声をかけた。
「きっと臆病なのでしょう。ああいう風に口が回る者は、大抵そういうものですわ」
「臆病も、時と場合によっては役に立ちますが」
彼はグリフォンに再び跨ると、ロングビルに声をかける。
「とにかく、追いつけるよう努力してみます。このままでは姫殿下に顔向けできませんのでね」
「分かりました」
深々と頭を下げる彼女に目礼を返し、彼のグリフォンは大空へと舞い上がった。



「……あの、ミス・ロングビル?」
頭を下げたままの彼女に、シエスタがそろそろと近付いた。
不思議なことに、笑っているように見える。
「――いや、こりゃ参ったね!」
「わ」
いきなり頭を上げたロングビルは、笑いをこらえるように口元を抑えた。
シエスタが転びそうになるのを、あっさりと片腕で引き上げた。妙にテンションが高い。
「見たかい? あの冷たい眼。あれこそ慇懃無礼の見本だよ」
「え、え?」
「話半分だと思って待ってみりゃさ、あんなのが引っかかるなんて」
さっぱり話についていけないシエスタの前で、彼女は歪んだ笑みを浮かべている。

呆れた話だ。
最初からアレが手駒なら、他は全て足手まといだ。ルイズに頼む意味も無い。
王女が護衛を依頼したというのが嘘か、それとも王女に上手いこと言わせたのか。それは分からない。
分からないが、底意があるのは確実だ。
善意で行動する者は、あんな目の光は持たない。任務に対する厳しさとは根本的に違う。
(大体、シエスタには何の疑問を持たなかったじゃないか)
頭が回らない、というわけでもない。傲慢で、自己の能力や判断に絶対の自信を持っているということ。
おそらく彼の目には、何の力も持たない平民の女はゴミとしか映らなかったのだ。

それにしても。
「いくらなんでも大物過ぎるだろ。お姫さま! もしかすると黒幕は――」
枢機卿かい、と口走りそうになって慌てて止めた。よく考えれば、既に国政を牛耳っている彼には利が無かろう。
つい考えに沈みそうになるが、不安そうなシエスタの様子に気付いた。
「……あ、あの」
「ああ、朝早くから手伝ってもらって悪かったね。結局、頼んだお芝居は必要無かったけどさ」
さあ片付けるよ、と声をかけてから、彼女は考え直す。
背景の詮索は後回しでもいい。
目的がルイズの暗殺か、それとも手紙の横取りかは知らないが、判断するには情報が根本的に足りない。
それに――あれほどの相手に対して、直接自分が動かねばならぬほどの義理は無かった。
(まだ死にたくはないし。……足を引っ張るくらいがせいぜいだね)

頼まれた事の九割は、先ほどの小細工で終わっている。
そもそも、リンディたちが帰りも飛んで帰ってくるなら、対応策など必要無いのだ。
(なのに、あんなの見せられると色々と考えちまうじゃないか)

『帰り道はお願いね?』――そう微笑んだ顔を思い出す。

色々と経緯があったにも関わらず、あれほど信頼を込めた表情を見せるなんて、どうかしている。
その信頼に応える義理こそ無いが。
「帰りの道程に何があるか知らないけどさ。露払いでもしておくかね」
しかも、あのワルド子爵とやらに出くわしても、自然に誤魔化せる方法はないか?

ロングビルは、ルイズの友人たちを思い浮かべていた。


      ◆   ◆   ◆


「……これは凄いわね」
リンディは素直に感嘆の声を上げていた。
「でしょう? わたしも、初めて見たときは感動したわ」
何故、と疑問を浮かべる必要の無い、圧倒的な存在感が目の前にある。
雲間に見える、巨大な浮遊大陸。
上部には地上と同様の自然が広がり、川すら流れている。
流れ落ちる先は天空だが、それは細かい霧となって大陸の下を覆っていた。幻想的という以外には、言葉を見付けられない。

なるほど、別名通り『白の国』だ。

「このまま真っ直ぐ行くと見つかりそうね」
遠目ながら、数隻の船が浮いているのが見えた。一際大きい船の舷側には、ここからでも分かるほど大砲が並んでいる。
「あれが貴族の軍?」
ルイズの呟きに、リンディも同意するように頷いた。
「船から見えない位置に下りて、そこから歩くという手もあるけど」
「時間がかかるわ」
「そうね。それに、お城の周辺は兵隊だらけという事には変わりないし」
少々遠回りしても、あまり意味は無いだろう。
「じゃあどうすんだ?」
デルフの疑問に、リンディは真上に向かって指を向けた。
「雲の上から行くしかないわね」

「確かに、ここからなら見えるけど」
ニューカッスルの城上空で、ルイズは首を傾げた。
雲の中なので、下から見上げても見つかる可能性は低いだろう。
しかし。
「どうやって降りるの? 近付いたら発見されるって事は同じなんだけど」
「大丈夫。この距離で、しかも目視出来る場所なら、確実に転移出来るから」
「転移?」
「瞬間移動みたいなものね。お城の死角に、直接行けばいいでしょう?」
真上から見ると、横からでは気付かない死角がいくらでも見つかるものだ。
転移後に中距離探索魔法を実行、対象を特定した後に結界を展開する。
その後は、ゆっくりと対面すればいい。

「……ちょ、ちょっと。瞬間移動って本当!?」
さりげなく言われた説明をルイズが理解するには、少々どころではない時間がかかった。
「おでれーた。何でもアリなんだな、仮の相棒は」
感心するデルフ。
「そ、そーね。今更リンディに驚いても仕方ないわ。……なによ、仮の相棒って?」
「そいつ剣士じゃねえだろ。だから本当の相棒じゃなくて、仮さ」
「なるほどね」
リンディは納得したように頷いた。剣にとっては、剣士こそが相棒だろう。
「と、とにかく行きましょ。場所はリンディに任せるから!」
ルイズが開き直ったように怒鳴る。
「ええ。でも、ちょっと待って」
「なんで?」
睨み付けた彼女に、リンディはもう一度上を指差した。



「…………」
ルイズとリンディ、それにおそらくデルフは、声を立てずに見下ろしていた。

有史以来、これほどの高みからアルビオンを見た者は、いないかもしれない。
巨大な浮遊大陸が、白い軌跡を描きながらゆっくりと進んでいく。
しかし、巨大なはずのそれも、遥か彼方まで広がる大地からすると、ちっぽけなものだ。
(なんで、これを見せたいって思ったんだろう)
そっとリンディの顔を覗き込んだ。
優しげな横顔が、静かに眼下の光景を見つめている。――いや、本当に見ているものは何だろう?
答えを知りたかったが、それが人に聞くべきことではないのは分かっていた。
いつか。
(自分で見つけられた時に、リンディに話してみよう)
その時には、自分がとても小さいって事を、素直に認められるようになっていたい。
ルイズは、とても穏やかな気持ちで、アルビオンを見つめ続ける。

――それが、どれほどの痛みを伴ったとしても。
この日、『三人』で見た光景を、彼女は生涯忘れなかった。










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