空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 夏色四片 第15話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:15   >>

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現在、アルビオン本国艦隊の戦力は、イーグル号唯一隻しか存在しない。
旗艦ロイヤル・ソヴリンを叛徒に略取されて以降、敗戦につぐ敗戦を重ねた結果である。
当然、単艦での戦闘など自殺行為であるから、空賊に身をやつしての通商破壊戦を行うのが精々だ。
補給には民間の商船も使われる。トリステイン船籍の船も然り。
そういった軽武装の船を集中的に襲撃するなら、危険度はかなり低くなる。
ちなみに、空賊イーグル号の頭は司令長官自らが務めており――
更には王立空軍大将の肩書きも持つ皇太子、ウェールズ・テューダーは定刻通りに起床した。
金髪の凛々しい若者である。

「……明日が『スヴェル』の月夜か」
彼は粗末なベッドの上で身を起こすと、確認するように呟いた。

「本日中には、出港準備を終わらせねばな」
予定表を確認し、窓の外を眺める。
スヴェルの月夜とは二つの月が重なる日で、その翌日にはアルビオンが港町ラ・ロシェールに最接近する。
商船の往来は基本的にその日前後が最も盛んであり、それを狙うのが常套だ。
机の上に目を向ける。
縮れた黒髪のカツラ、空賊らしさを演出する眼帯に、作り物の髭。
全てを揃えれば、空賊の頭が出来上がるという寸法だ。
「我ながら演出に過ぎるとは思うがな」
ウェールズは苦笑すると、いつものように自室の扉を開けた。

その瞬間。
唐突に全身を突き抜けた違和感に、顔を引き締める。
(音が、消えた?)
朝方特有の微かなざわめきや、嫌がらせのような叛徒の船からの砲声が、いきなり途絶えたのだ。
開いた扉を閉め、杖を抜きながら少しづつ後退る。
「……サイレントか? いや」
風系統の消音魔法ではなさそうだ。
自分の声は聞こえる。外部の音のみが完全に遮断されているのだ。
(部屋から出た時に音が消えた。まさか城全体にサイレントがかけられたとも思えん)
誰かが、自分の知らない魔法を使ったと考えるのが妥当だろう。
何の為に?
可能性として一番高いのは、自分か王の暗殺だろうか?
「まさかな。今更、私を暗殺する手合いがいるはずもないか」
落城間近の城にわざわざ危険を冒して忍び込むほど、急いで摘み取らねばならない命でもない。
そう考えた時。
コン、コン、と控えめなノックが聞こえた。



「ほう」
彼は部屋の隅まで下がると、扉の方を睨み付ける。

「礼儀正しい賊もいたものだ。どなたかね?」
「アルビオン皇太子、ウェールズ殿下でいらっしゃいますね?」
意外なほど綺麗な響きの声に、彼は眉を顰めた。
女性――いや、少女のものだろうか。
「いかにも。だが、まずは自分から名乗るのが礼儀であろうな」
「……失礼いたしました。どうしても、御本人か否かを確認せねばならない事情がございましたので」
恐縮したように少女の声のトーンが下がる。
「わたしは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」
微かに、膝を床についたような音が聞こえ、
「トリステインのアンリエッタ姫殿下より、密書を言付かり参上致しました」
告げられた内容は、彼に久々の驚きを与えた。

「開けても、宜しいでしょうか?」
「きみは、貴族であろう?」
「……はい」
「ならば杖を置いて、扉の右手に5メイルほど下がりたまえ」
「わかりました」
逡巡の気配なども無く、足音は素直に遠ざかっていく。
しかし――
「待て。きみ以外に誰かいるな?」
別の足音を聞きとがめ、ウェールズは詰問した。
「はい。わたしの使い魔にございます」
「使い魔? それにしては人の足音だったが。トリステインでは、人を使い魔にすることもあるのかね」
「恥ずかしながら、お察しの通りです」
項垂れるような、さらに小さくなるその声に、彼は苦笑してしまった。
刺客にしては情けなさが目立ち過ぎる。これが擬態だというなら、むしろ見てみたくなった。
「分かった。そのまま動かないでくれ」
扉を開けると、少し離れた場所に少女が一人、膝をついている。
その後ろには異装の女性。
剣士だろうか? 身に余りそうな長剣を、床に置いている。
(武器――という事は平民か。敵意は無いということだが)
ただの平民とは思えぬ相手を、彼は一挙手一投足も見逃さぬよう観察する。

沈黙は暫く続いた。



緊張感に包まれた時が過ぎ。やがて、ウェールズは軽く息を吐いた。

「それで、密書というのは?」
「これにございます」
頭を上げぬまま、ルイズはアンリエッタからの書状を捧げ持った。
それに合わせるように、リンディがデルフを置いたまま数歩下がる。こちらも頭を下げたままだ。
ちら、とその様子を確認したウェールズは、ルイズの指に嵌められた指輪に気付いた。
目を見張る。
「……それは、水のルビーだな?」
「はい。姫殿下よりお預かりした物にございます」
彼は自分の指から指輪――風のルビーを外し、それに近付けた。
共鳴し合い、虹色の光を振りまく二つの宝石。
「これは――」
「王家の間にかかる虹さ。間違いなく王家の物だという証だね」
相好を崩した彼は、頷いてみせる。

「書状を拝見しよう。ラ・ヴァリエール殿」


      ◆   ◆   ◆


「なんだ、女盗賊じゃない」
「こりゃご挨拶だね」
朝早くにノックした相手を眠そうに見ながら、キュルケは頭を掻いた。
目の前の憮然とした顔は、学院長付秘書のミス・ロングビルだが――彼女の頭の中ではただの盗賊だったりする。
もちろん、メイジとしての実力は認めているが。
「朝早くから何の用?」
「あの子とあいつの件で急ぎの話。頭が回るようになったらあの子の部屋で」
簡潔に言うと、ロングビルは扉の隙間から室内に視線を向けた。
「……ほどほどにしないと、腰を痛めるわよ?」
「お生憎さま。若いうちの特権でしょ。それに微熱は、燃え尽きず消えること無くってね」
「単純に、惚れっぽいって事じゃないさ」
「恋っ気が多いって言ってよ。仕方ないでしょ? 恋は突然燃え上がるものなんだから」
「数をこなしゃいいってもんでもないだろうに」
まあ人それぞれか、とロングビルは肩を竦めた。
どうせそれなりの貴族の娘なんて、相手が決まった後は大っぴらには遊べないのだ。今のうちは好きにすればいい。

「あと、タバサって子にも声をかけておいて」
「なんでよ?」
「風竜が必要なのさ。色々と楽になるからね」
彼女は軽く手を振って踵を返した。



「それで?」
「――最初の台詞がそれ? 散々待たせておいて」
「起こすのに手間がかかったのよ。文句があるなら自分でやんなさいな」
座った眼差しのロングビルに、キュルケは悪びれずに言った。
その後ろでは、叩き起こされたらしいタバサが、目を微妙に細めながら本を広げている。
パジャマ姿のまま。
二人の視線にも、全く反応が無いというところは大物――かもしれない。

「……まあいいさ。なんか言っても無駄みたいだし」
溜息を吐くと、ロングビルは表情を改める。
「見ての通り、あの子たちは昨夜から出かけてるわ」
「そうでしょうね。わたしたちに何も言わないってのが気に食わないけど」
「事情が事情で、そんな暇無くってさ。それで、伝言と後詰めを仰せつかったってわけ」
「後詰めって何よ?」
「出だしの小細工と、帰り道のフォローだろうね」
あの馬鹿、体調に不安を抱えてたから、と彼女は続ける。

キュルケとタバサも、同意するように頷いた。
ここ数日、リンディの体調が悪かったのは明白だ。ただの風邪だったとしても無理は禁物。
と言うよりも、十中八九帰りに問題が生じると思ったからこそ、依頼をしたはずなのだ。
無闇に人を頼る姿は想像出来ないし。
――とすると、帰りは普通に歩いて帰ってくるという事か?

それにしても。
「なんて言うかさあ」
キュルケは感心したように腕を組んだ。
最近思うのだが、このロングビル――フーケという元盗賊は、相当度胸がある。
もちろん、二十三歳の『おばさん』だという事を除いてもだ。
保護観察――監視状態に置かれている立場の割には、やたらと余裕のある態度だし。
そもそも、放置して外出するリンディもおかしいと思うのだが……逃げても無駄だという自信があるのだろうか?
それとも余程信頼しているのか。
「随分と素直じゃない。それも何となく乗り気に見えるんだけど?」
「あいつの頼みだからってだけじゃないからね。それだけ気に食わないネタなのさ」
「気に食わない?」
「王族に振り回される貴族と、それに乗じる悪党」

ぴく、とタバサが眉を顰めた。

「王族に、悪党」
ぼそっと呟く。
「確定じゃないけど限りなく黒。下手すると、あの子たちの命を狙ってるって感じだね」
「誰?」
「えっと」
ロングビルは、タバサの覗き込むような視線にたじろいだ。
「結構強そうな男だよ。わたしらが束になっても勝てっこない位の」
「勿体ぶらないでよ。だから誰なの?」
苛々と口調を尖らせたキュルケと、真正面から見つめるタバサ。
「あー…要するに、姫殿下の近臣で」
一拍間を置いた彼女は、

「魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵。二つ名は閃光のワルドだとさ」
と、嫌そうに口に出した。

ついでに、簡単に容姿を説明する。
「ああ、あの色男の」
キュルケはすぐに思い出した。昨日の王女一行にいた羽帽子の貴族。なかなかいい男だった。
……魔法衛士隊か、なるほど。
「って、あれが悪党ぉー?」
口から出た言葉は、ロングビルの予想通りのものだった。

リンディと話した憶測と、今朝方のワルドの態度。
「相手が相手だから、裏を取りたいわけ」
「まあ、リンディがそう考えたなら、説得力はあるけどさー……」
二人の微妙な――疑いだか怖れだか分からない視線に、ロングビルは言い繕うように話を続ける。
「あの子たちに追いつくのは厳しいけど、それでも港町までは追うはずだろ?」
結果は失敗確定。その場合はどう行動するか。
「行きがダメなら帰りって事ね」
「普通に考えりゃね。色々と網を張るはずだよ」
「わかった」
スッ、とタバサは立ち上がった。意図が掴めたのだろう。本を抱え込み、さっさと扉に向かっていく。
「ちょっとタバサってば。……まあ、退屈凌ぎにはいいかもね」
「慎重さは忘れないでよ。あと演技力もさ」
彼女たちの頭の中では、ワルドは既に、見栄えと腕っ節のある小悪党である。



三人が知る由もないが。
この時点で、ワルドがルイズの婚約者であることを知っていれば、別の対応を取っただろう。
その場合、苦労は半分になったと思われるが――舞台が半ば喜劇である以上、仕方のない事である。


      ◆   ◆   ◆


ウェールズの部屋は、立場にそぐわぬ質素なものだった。
木製の粗末な寝台と、テーブルに椅子。
その一つの椅子をルイズに勧めたが、彼女は断った。
代わりにもう一人――使い魔とはいえ妙齢の女性だ――に、少々強引に勧める。
「結界?」
「はい。わたしの使い魔の使用した魔法です」
「……先住魔法か?」
驚いた顔で視線を向けると、その女性――リンディは軽く会釈した。
「先住種族には見えないが」
「少々、事情がございまして」
「そうか」
では聞かぬ事としよう、と彼はあっさりと話を切り上げた。
「殿下――」
「ああ」
何か言いたげなルイズに、ウェールズは苦笑する。
「ラ・ヴァリエール嬢はなかなかに頑固のようだ。だが、私の意志は変わらないよ」

結局。
アンリエッタの想いは、半分しか届かなかったと言うべきだろう。
五万を数える貴族軍に対し、王軍は僅か三百。
全滅が確定した軍の先頭に立ち、討ち死にすることを決めた皇太子の意思は、彼女の書状でも変わらなかった。
書状の中身は、かつて送った恋文の返還要請。そして末尾に示された言葉。
それは本来、記されてはならないもの。
彼の愛する王女は、自国への亡命を勧めたのである。

そこにどれほどの真実の想いが籠められていたか、ウェールズは理解した。
――だからこそ、彼には王女の枷になるような道は選べない。
貴族軍が公言している外征とは、即ちハルケギニア全土の統一を望むという事だ。
争いが避けられないとしても、自ら火種となれようはずもない。

ウェールズは、誇りある死を望んでいる。
その気持ちが変えられない事を理解するまで、ルイズは何度もアンリエッタ王女の気持ちを語った。
だが、それが何も生み出さない事も、彼女は心のどこかで気付いていた。
語れば語るほど、そしてウェールズの言葉を聞けば聞くほどに、二人の心の距離が分かってしまうのだ。
王女は、建前よりも愛情を。
皇太子は、愛情よりも誇りを。
どちらも独善的に優先しているわけではない。より相手を想うが故の選択。

少なくとも、自分には皇太子の意志は曲げられない。――そう実感した時、ルイズは俯いてしまった。
目の前の人が、数日後には死ぬ。そしてそれを何よりも悲しむ人がいる。
その光景は想像出来る。なのにそれが実感できない。御伽噺などではない現実なのに。



唇を噛んだまま、両手を白くなるまで握りしめている彼女を見て、リンディは腰を上げた。
「殿下は男ですものね。そのお覚悟は理解したいと思います」
唐突に、遠方の音が戻った。
結界を解いたのだろう。
「わたしもルイズさんも女ですから、分かった『つもり』にしかなれませんけど」
リンディは、窓の外に目を向けた。
「夫のことを考える時は、それでもいいと思っています」

「結婚しているのか。使い魔である、きみが」
「ええ。――わたしの夫も、かつて艦を任されておりました」
次元空間航行艦・巡航L級2番艦エスティア。
後に、リンディが艦長を務めることになる、8番艦アースラの同型艦。

「任務に対する気持ちは、良く聞かされたものです」
リンディは、誰に言い聞かせる風でもなく、淡々と口にする。
初めて聞く話に、ルイズもいつの間にか顔を上げていた。
「わたし自身も、後に同じ仕事をするようになりました。激務なんて一言では、とても言い表せませんでしたね」
「同じ仕事を?」
ウェールズは素直に驚いた。
女性の軍人ならともかく、船長を務める女性など思いも寄らなかったのだ。
「リンディが船に乗ってたなんて」
信じられない、という顔はルイズも同じだ。

「もう引退しましたけどね」
微笑んだまま、リンディは話を続けていく。

「ある時、夫の船で暴走……そう、疫病が流行りました」

ロストロギア――『闇の書』が搬送中に起こした暴走は、艦の制御を乗っ取ってしまった。
制御中枢を押さえられたエスティアは、魔導砲アルカンシェルをチャージ。味方艦を標的として、砲身を展開する。

「夫は責任者として、まだ健康な乗組員を逃がす為に、最後まで残ったのです」

空間歪曲による対象殲滅を目的としたアルカンシェルは、発射されれば防ぐのは困難だ。
最後まで努力はするが、それでも制御が取り戻せない場合。
選択肢は一つしかない。

「最後――まで?」
ルイズは、呆然と呟いた。
視線を向けられたウェールズは、表情を変えていない。
が、それでも苦い声で口にする。
「疫病の流行った船は、焼き払うしかない」

「そうですね」
リンディはあっさりと頷いた。
「最後は味方の艦の砲撃で沈みました。その役を引き受けて下さったのは、夫が信頼した上官です」
巡航艦エスティアは、標的とされた艦のアルカンシェルにより消滅した。
塵一つ残さずに。

「……その船の、船長さんは」
微笑むリンディの顔に悲しみはない。それでも、分かってしまう。
だから聞くまでもないのに。
どうしても、ルイズは言葉を止められない。
「最後は、どうなったの?」



「殉職しました。――妻と幼い息子を残して」
そう語った彼女の笑顔は、とても穏やかなものだった。










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