空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 夏色四片 第18話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:18   >>

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自覚はしているのだ。
ただ、それでもそう感じてしまうのは――困ったことだと思う。



一人息子に頼られたのは、もう随分と遠い記憶。
幼い頃に父親を失ってから、彼は泣き言一つ口にしなくなった。
恩師の使い魔を教師として、毎日のように訓練漬け。
子供らしい生活など捨ててしまった。
逞しくなっていく過程は、それはそれで誇らしい気持ちになれたのだけど。
若いうちから老成してしまい、親に甘える事を忘れさせてしまったのは――やはり残念だと思う。

少し経ってから養子に迎えた娘は、生い立ちがかなり特殊だった。
苦労、の一言では片付けられない程の艱難辛苦を乗り越えただけあって、儚げに見えても芯は強い。
とても素直で穏やかな――それでいて少し自虐的なところが心配だけど。
いざとなれば、誰に寄りかかることなく歩けるのだと、その行動で示している。

息子の妻が二人目の娘。
不思議なことに、息子とそういった関係になる随分前から同居していたものだから、自然と家族になっていた。
元々、士官学校で息子と同期だった頃から遊びに来ていたし、自分の現役時代では上司と部下。
とにかく培った歴史が長い。
甘えてくれるような歳でもないけど、おかげで嫁姑というより本当の母娘のような付き合いだ。
その彼女が双子に恵まれてからは、一緒になって育てている。
何しろ初孫なのだ。もう言葉に出来ないほど可愛い。
久々に甘えてくれる子供に触れて、独り占めにしたくなる位だけど――もちろん母親に優先権。

ちなみに一人目の娘は、義姉より遙かに若いうちから、養子を二人も迎えていた。
彼女と同様、生い立ちに色々あるけど、やはり同じ様に素直な子たち。
血縁は無くとも、孫として甘えて欲しかった。――と思う暇もなく。
あまりに良い子過ぎて、家を出るのが実に早かった。今は二人揃って、仕事の方で頑張っている。

息子一人に娘二人。孫が四人。それと娘の使い魔が一人。
これだけの家族が皆、自分には勿体ないほどの子ばかりだったから。



(こうして普通に抱かせてくれるのって、なんか嬉しいのよね)
などと、取り留めのないことを考えてしまう。
この年頃の子供を胸に抱くなんて、それなりに長い人生の中でもほとんど無かった。
だから楽しくて仕方がない。つい笑いたくなってしまう。

本来は、苦笑するべきなのだろう。
意識を呼び戻された直後にしては、我ながら度し難いかな、と。

呼び戻してくれた少女――ルイズ。
泣いているのに、いつの間にか前より強さの込められた声。それは意識の奥まで届くような。
これで起きない方がどうかしている。
霞んだ視界の中でも、彼女の小さな体躯は力強い。
(この子もやっぱり、一人で走り始めるのは早そうね)
自分でも気付けないほどの静かな溜息は、寂しさと嬉しさが混ざったものだ。
見送る事には慣れている。
既に苦痛すら感じ取れなくなってきている身体では、触れている事が幻のようだけど。
この温もりを手放す事を、もう少しだけ先にしたいと思うのは――我が儘だろうか。



緑色の光に染まった世界の中で、ルイズは、ふと気付いた。
柔らかな声が、のんびりと語りかけてくる。
「……怪我なんてしたら、お姫様に心配かけるのに」
(大きなお世話よ)
反射的に怒鳴りかけたが――やっぱり止める事にして、抱きついた腕に力を込めた。
自分の髪を、細い指が撫でている。
顔を上げなくとも想像できる、いつもと変わらない笑み。
何も言わず、ただ、腰に縋り付いた自分を優しく包み込むように。

「――――あ」
声を出そうとして、喉の痛みに顔を顰めた。
何度も何度も大声を上げたから。これほどまでに人の名前を呼び続けたのは初めてだ。
それでも、何とか絞り出す。
「……起きるの遅いわよ。もしかして歳のせいじゃない?」
「うわー。すっごく耳に痛い」

意図した内容と全く異なっていたのは――まあ、ご愛敬という事で。

二人して笑い声を上げた頃。
いつの間にか、部屋は静寂を取り戻していた。


      ◆   ◆   ◆


「ロストロギア?」
「そう。遙か昔に滅び去った文明が残した、凄い技術や物の事ね」
ベッドの上で身を起こしたリンディが、背中を預けてきた彼女の髪を梳いている。
「昔に作られたのに凄い物かあ」
足を抱えたまま、ルイズは思い出すように首を傾げた。
「そういうのって、伝説にもよくあるんじゃない? それほど珍しいとは思えないけど」
「そうね。――でも」
リンディの視線が、部屋の隅に転がった鞘を通過する。
例外があるのだ。
滅んだ『世界』が残した遺産の中でも、他の世界に自力で影響を与えるほど強大な物。
または悪意ある第三者によって流出し、違法に使われてしまう物。
そういった物や技術は、後に大きな危険を具象化させてしまう。

その意味では。

鞘の中身――傍らのデルフの、以前の姿が想像出来ない程に輝く刀身。
刃毀れ一つ無い様も、実に見事。古来より伝わる、骨董品ではない真の宝刀。
「あなたも、ロストロギアって呼ばれてもおかしくないわ」
「伝説の武器でいいだろ。使い手がいなけりゃ、価値が今一伝わんねえけど」
本当にね、とリンディは頷いた。

実際、とんでもない代物だと思う。
意志を持ったこの剣は、魔法を吸収できる。魔力ではなく『発動した魔法』そのものを、である。
一見、防御に向いた能力に見えるが、本質は逆だ。
一定方向からの攻撃しか防げない反面、攻撃に回った時の脅威は尋常ではない。
特に、自分たちのような魔導師に対しては。

接近戦時に於いて、それは顕著に現れる。
どの程度までかは分からないが、この剣に対して、魔法による防御が果たして役に立つのかどうか。
バリアジャケットも、結局は魔力で構成された防御魔法の一種である。
もし、然るべき使い手がこの剣の主となった場合。
その前では、ただの服と変わらなくなるかもしれない。

先程、リンディが無意識に張ったバリア系の防御魔法もそうだ。
不完全な発動だったとはいえ、この剣はそれをあっさりと斬り裂いた。
防御魔法の生成プログラムに割り込んで干渉・破壊するバリアブレイクとは異なり、タイムラグ無し。
――理不尽と言っていい。
(ミッドチルダにこの技術が伝わったら、大変な事になるでしょうね)
剣以外に幾らでも応用が利く。軍事関係者は目の色を変えるだろう。

更なる問題は――これが武器屋に平然と並んでいたという事。
古物商で掘り出し物に当たったようなものかもしれないが、それにしたって唯一無二とは考えにくい。
本人が言う通り本当に『稀少』な存在ならともかく、実は何口も店に転がっているとしたら?
しかも、錆び刀に擬態していたり?

いやもう、本当に。
(……怖い世界よね。わたしも、それなりに魔法を使えると思ってたんだけど)
ここでは、目立つ程の力を持っているとは言えない気がする。
やたらと怖れられている先住種族なんて、一体どんな力を持っているやら。
想像するだけで背筋が寒くなりそうだ。



何度目か分からない、実感のこもった溜息を吐いていると――胸元からの強い視線に気付いた。
じっ、と観察するようなルイズの眼差し。
「なに?」
「あのね、リンディ。わたしは姫殿下から頂いた今回の任務、受けて良かったって思ってる」
その口調には、自分の目で確かめた事を、じっくりと心に積み重ねていく響きがある。
だけど、とルイズは続けた。
「そのせいで、無理をさせちゃったのは後悔してる」
「タイミングが悪かっただけだもの。気にしても仕方ないでしょう?」
「気にするわよ。これでリンディに何かあったら、一生後悔すると思う。――だから」
ルイズは、リンディと正面から向かい合った。
ぐっと歯を噛み締めてから、目を一瞬たりと逸らさないように相手の肩を掴む。
「正直に答えて。あんた今、もの凄く『無理』してるわよね?」

「それは――」
笑って誤魔化そうとしたが。
こういう顔をした相手に通用しないのは良く分かっている。
息子に寝室に放り込まれ、熱が下がるまで念話すらさせて貰えなかったのはいつの記憶だろうか?
「そうね。少し無理しちゃってる、かな」
苦笑しながらも、つい認めてしまう。
「本当は休ませてあげたいんだけど、ここはいつどうなるか分からないのよ」
「そうね」
「帰るまでは、やっぱり無理させちゃうって分かってるけど」
「大丈夫よ。帰ってからのんびりするもの」
お茶とお菓子を用意してね、と笑うリンディ。

「が、学院に帰ったら」
声が震えそうになったのか、ルイズは慌てて口を噤んだ。
もう一度、ゆっくりと言い直す。
「学院に帰ったら、何日だって休ませてあげる。秘薬も幾らだって用意するわ」
そこまでが限界で。
彼女は、リンディの身体をかき抱くように縋り付いた。
「……そ、それで直るまで、ベッドから出してあげない、から」

嗚咽を交えた声に。
「じゃ、それを期待して頑張るから――そんな顔しないで。使い魔を信じるのも、主人の義務ですからね?」
と、そんな楽しそうな声が重なっていった。


      ◆   ◆   ◆


最初に放り込まれたのは、直径1メイル程の火球だった。

完全な不意打ちとはいかなかったが、少なくとも風竜を射ようとしていた連中は避けようもなく。
派手に吹き飛ばされたのが五人。余波で同数。

更に、混乱しかけた傭兵の真ん中に竜巻が発生し、約半数が崖から転落した。
途中に段差はあるし、そこそこの傾斜もある。即死はしていないだろうが――高いことは高い。
戦闘不能は避けられまい。

たった二発の魔法で六割方が壊滅した直後、逃げようとしたリーダー格の周囲に壁がそびえ立った。
文字通り、高さ五メイルはある土の壁である。それが四方にいきなり出現したのだ。
加えて十メイル程のゴーレムが数体、逃げ道を塞いでいる。
彼は混乱したまま、頭を抱え込んだ。――聞いていた話とも段取りとも違う。これは無関係な事態なのか?
などと何か考える余裕など、あるわけがない。
次々と降り注ぐ火と風の魔法が、爆音を響かせ続けているのだから。

つまり、火、風、土のメイジが揃っている。
そんなあり得ない現実に彼が青くなったのは、事態がほぼ収束してからだった。



「呆気ないわよねー」
つまらなそうに呟くキュルケの背後では、尋問が続いている。
リーダー格以外の連中は、ロングビルが作った土壁の囲いの中だ。見る事は出来ないが、喚き声は聞こえる。
語彙の貧困な罵詈雑言。
恐怖の色が少ないのは、こちらを女子供となめているのか――それなりの熟練兵なのか。
「……の、割には口が軽いのよね」
キュルケは、先程の事を思い出して苦笑した。

そもそも、最初に捕まえた相手を尋問しようとしたのはキュルケだった。
頑として口を割らない相手に対し、脅してはみたのだが。
見た目が見た目である。
色仕掛けしてくれりゃあ喋るぜ、と言い放った相手に対してさすがに腹を立てると、今度は口汚く罵ってきた。

それがまあ、聞くに堪えないスラングで。

直接言われたキュルケにとっては、多少顔を赤らめた程度。
より上の内容で反撃してやろうと口を開きかけた時、横から突風が通り過ぎた。
風の魔法、ウインド・ブレイク。
そう判断する間もなく、今度は二十メイル程のゴーレムが生成される。
吹き飛ばされた盗賊を捕らえ、そのまま踏み潰そうと足を振り上げた。
「ちょ、ちょっと――」
あんたたち何やってんのよ、と言いかけて後ろを見ると、二人とも真っ赤で。
憤怒をそのまま絵にしたような表情。

いや。
憤怒っぽく見えるが、実のところは?
(あー……)
思わず黙り込んだキュルケの横を、二人は黙って通り過ぎていく。
多分、友人である自分が愚弄されたのが、腹立たしかったのだろう。――と、思う事にする。
それだとロングビルの怒りが説明できないが、そこはそれ。
(二十三にもなって、あの程度で赤くなるって事は無いだろうし)
あったとしても追求するのは野暮だ。
「ま、いっか」
あっさり背を向けた背後で――何だかよく分からない悲鳴が、延々と響いていた。



とにかく、その結果。
死の恐怖を幾度も味わったらしい盗賊から、嘘ではなさそうな話は聞けた。
雇われたのは今日の昼頃、ラ・ロシェールの居酒屋。
そして、以下の命令が与えられたらしい。

アルビオンへの船が出るまでここに待機し、目標を捕らえるか足止めすること。
この場合、殺害は禁ずるということ。
もし接触出来なければ、それ以降はある地点で他の連中と合流すること。
合流後は、ラ・ロシェールから学院までの街道を見張ること。
目標を捕捉したら、最悪の場合は殺害しても構わないということ。

その目標とやらについても、こと細かに伝えられていた。
少女と女性の名前と容姿、そして『平民に偽って荷馬車を使用している可能性』すらも。



「呆れたね」
ロングビルは溜息を吐いた。
このネタを知っている者など、極めて限られるというのに。
「まあ、説明しないわけにはいかないだろうけどさ。これはねえ」
ぎりぎり灰色の可能性も考えていたのだが、どうも意味が無かったらしい。
黒も黒。真っ黒だ。

「雇ったのは白い仮面をつけた貴族」
「うわ、怪しー」
タバサから聞いたキュルケが、露骨に顔を顰めている。
「昼って事は別人よね。誰かしら?」
「さあね。それは考えても無駄じゃないかい?」
何しろ、分かったのはワルドがルイズたちに悪意を持っているという事だけだ。
背景や黒幕など想像も出来ない。
出来ないが、
「少なくとも、姫殿下の手紙を狙ってるって事だけは確かだね」
「行きは通しても帰りはダメってなら、他に無いわよね」
「だとしたら」
三人は頷き合った。

ワルドは、アルビオン貴族と何らかの繋がりがあるという事だ。

「姫殿下を貶める為に動いている、トリステイン貴族って線は?」
「考えなくて良さそうだね。手配りが悪過ぎだしさ」
前もって動いていたならともかく、今日付けで雇われた傭兵の存在から――その可能性は低い。
用意周到なものではなく、場当たり的な計画なのは明らかだ。
協力者も、おそらくは極めて少数。
「ワルドの他に、いても仮面の男ぐらいかね」
ただし、とロングビルは補足した。
「どっちにしろ、正面からやり合ったら不味いのには変わりないから、出来ることをやるよ」

「ま、それしか無いか」
キュルケは欠伸しながら同意した。
合流地点が分かっているのだから、他の傭兵部隊の現在地もある程度予想出来る。
ならば潰しておこう。
露払いとしての役目に徹しても損はない。――思ったより退屈だけど。
「取り合えず、近くで泊まれる所を探しましょうよ」
同意を求めて振り向くと、タバサが風竜を宥めている姿が見えた。
何故か機嫌が悪いらしい。

「……まあいいや。連中はどうするの?」
「そうだね。散々脅しておいたし――壁を少し薄くしとくよ」
あれだけの人数がいるのだから、協力して掘れば脱出出来るだろう。明日ぐらいには。
そう言うと、ロングビルは悪戯っぽく笑った。

彼女たちを乗せた風竜が飛び立ったのは、そのすぐ後である。


      ◆   ◆   ◆


――無論、気付けるはずも無かったが。

闇の中、冷え冷えとした視線がそれを見送っていた。
数瞬前までは確かにいなかった影が、顔を苦々しげに歪めている。
舌打ちすると、彼はすぐ側から聞こえる騒音に目をやった。役立たず共が入った土の牢獄。

腹立ち紛れに潰して生き埋めにする――などと無価値な物に気を向ける事も無く。
彼は、別の事を考えていた。
この場に残った跡から類推出来る、あの女共の魔法規模や技量等。そして意外な連携の妙。
始末すること自体は可能としても、力をそれなりに割かねばならないのも事実だ。

目標の所在が不明という現在の状況では、下手に動けない。

「実に、小賢しい」
彼――閃光のワルドは、その日幾度か口にした怨嗟を呟いていた。










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