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zoom RSS 夏色四片 第19話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:19   >>

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昼を少しばかり回った時刻。
イーグル号の出港準備で慌ただしい中、ウェールズは客間を訪れていた。
客人を見送る為である。

「しかし――今更ですが良くお似合いです。是非とも舞踏会にてお会いしたかった」
「光栄ですわ」
お世辞でも嬉しいわねー、と彼女は隣のルイズに微笑みかける。

昨夜、湯浴みを終えたリンディに、ウェールズがドレスを一品贈ったのだ。
残しておいても落城の際に略奪されるだけだとの言葉に、遠慮無く頂く事にした。
折角の機会ということで、帰還する直前にお披露目する事となり――この状況に至っている。
カクテル系が含まれたケープドレス。
透明感のある緑の、かなり上品な仕立ての一品。城に入れる程に名のある者が手掛けたのだろう。
装飾品は普段のブローチ一つのみだが、逆にそれが見事に映える。
髪を解いた彼女には、とても良く似合っていた。

実のところ、ルイズもワインレッドの一品を頂いているのだが、小柄な彼女にはサイズが少々合わなかった。
主にどことは言わないが、仕立て直さねば布が余る。
結局、艶やかなリンディの隣で、旅装の上にマントを羽織っただけだから、
「羨ましくはないけど、なんか腹立つ」
と先程から少し拗ねていた。

そしてもう一つ。
その様子を楽しそうに見ているリンディの左手に、大きな指輪が光っている。
アルビオン王家の証、風のルビー。
昨晩、皇太子自ら譲った物だ。
それを渡す時、ウェールズは一言も発しなかったし、受け取った彼女も何一つ問う事はなかった。
ただ黙って受け取り、視線を合わせたのみである。



その夜リンディは、別の話題で夜食時の会話を盛り上げた。
特にウェールズが耳を傾けたのは、彼女の知る古今東西の戦記。
ルイズも聞いたことのない英雄の話、悪漢の話。そして興国と亡国の連綿たる大河の流れ。

一つ、彼女は詠う。

――さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時のくさむらとなる。
国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ。

夏草や 兵どもが 夢の跡。――そうリンディは締め括った。

「なるほど」
意味を説明されたウェールズは、随分と感銘を受けたようだった。
「元々は、わたしの地元の文学ではないのですけど」
「どこで覚えられたのです?」
「実は、娘からなんです」
今でも耳に残る、繰り返し必死に読み上げる声を思い出した。
門前の小僧でなくとも覚えもする。――家のあちこちに貼られた、試験期間中の古典の数々を見れば。
実は芭蕉に限らず、著名な作者の作品はそれなりに知っている。

「娘は古典がちょっと苦手でしてね。試験間際には、有名な文学作品を大きな声で読んでいましたから」
通っていた中学校のレベルが高い上に、本来ミッドチルダの人間である娘の苦労は、計り知れなかった。
現代文学ならまだしも、古典に至っては暗号と変わらない。
しかも親友の一人がやたら試験で勝負を挑んでくるものだから、手を抜くことも不可能だ。
任務を終えて疲れ切った後、半泣きで古語辞典とにらめっこしていたり。
試験近くになれば、勉強会やら夜遅くの詰め込みやらで大変な有様だったのを覚えている。

様々な理由があったにせよ――執務官試験に二度落ちたりする娘は、幼少の頃から試験運が悪かった。
優秀なのに、たまに出る引っ込み思案のせいか、本番でよく苦労したものだ。

もちろん、苦労して通っただけの価値はあり、得られた経験も友人も素晴らしいものだったが。

「勉学とは、何事も大変なものですね」
「もちろんです」
同意するようにウェールズは頷いた。
「ラ・ヴァリエール嬢も学院で学べる事は多いはずだ。今を大事にすることだね」
「はい、殿下」
「私とて、学ぶべき事は幾らでもあると思う。今の話もそうだな」
王家としての誇りを選ぶなら、正々堂々と正面から戦う以外の選択しかない。
が、一人の国民としての立場から見れば、未曾有の戦渦に巻き込まれようとしている国を見捨てる事になる。
人は死して名を残す。しかし国が滅べば伝える者も消え果てるだろう。
視点の問題だとしても。
正義と大義は、必ずしも両立しないのだ。
戦うことは決定済みだ。その意志が揺らぐことは微塵も無いが。

「……功名一時のくさむらとなる、か」
聞かされた無常観は、彼が以前考えた事を再び刺激する。

自分たちが矜持を示す事で、王家の義務を果たす事が本当に叶うのか?

行動の根源に触れる僅かな思索。
死に正対する誇りを軽視するのではなく、視点を移動させた故に発生する、新たな評価基準。
元々彼は、王族とはいえ観念に凝り固まった人間ではない。
――でなければ、空賊の頭領などに身をやつすなど、出来ようはずがないではないか。

考えるべきだ。
国を後世まで残すには?
戦禍の渦から、国民を一人でも守る為にはどうしたら良いのか。
リンディがこの話をした意味。
覚悟を確認した上で、敢えて新たな視点を定義したのは何故か。

(考えるまでもない事かもしれんな)
戦い方に於いては、幾つかの選択肢が常に残されている事実を、改めて認識する。
真に誇るべき事は?
ウェールズはその古典――平泉の一節――を書き留めると、真剣な眼差しで眺めていた。


      ◆   ◆   ◆


昨晩のことを思い出していたウェールズは、その声で我に返った。

「それでは、そろそろお暇致します」
「道中ご無事で、ラ・ヴァリエール。そしてミセス・ハラオウン」
頷いたリンディが、唐突に不思議な光に包まれる。
一瞬でドレスをバリアジャケットに変えた彼女を前にしても、彼は動揺を見せなかった。
今更驚いても仕方がないと思ったのだ。

描いた魔法陣が一際輝いたかと思うと、会釈を残した二人は眼前から消えていた。
結界か瞬間移動なのかは判別出来ないが、誰の手も届かない方法で旅立ったのは間違いない。
「先住魔法とは、実に恐るべきものだが」
行使する者がああいう人間なら、さほど心配はいらないだろう。



呼びに来た老メイジが、使者がいつの間にか消えた事を問い詰めてきたが、
「トリステインの最高機密だと言っただろう? 私にも理解できないさ」
と言われれば黙るしかない。

「それよりもだ、パリー」
彼は、今までと異なる朗らかな笑みを浮かべた。
「たった一人で国を盗った男の話を、聞いたことはあるか?」
「は? 御伽噺でならございますが」
「現実の話――だそうだ。もっとも、その者がどれほどの月日を費やしたかは知らぬ」
昨晩聞いた話。それは英雄譚ではない。
数多の謀略が渦巻く闘争劇だ。
「気の遠くなるような話ではある。が、一人ではないにしろ、身近にも例があるではないか」
そうだ――本来少数派だった叛徒共ですら、この短期間に可能とした事なのだ。
自分の能力を過信はしないが、卑下する必要もない。

(それに、我等は賊でもある)
ウェールズは思わず苦笑した。
イーグル号が『空賊』として働くのは、今回が最後かもしれない。
「王は真に聡明で立派な方だが、生憎と私は些か学が足りぬようでな」
「殿下?」
疑問を浮かべたまま動かなくなったパリーに、彼は意地の悪い笑みを見せる。
「最後の一兵まで戦う戦場を、どうにも選べないのだよ」

そう。――学ばねばなるまい。
国をひっくり返すとは、果たしてどういう事なのかを。


      ◆   ◆   ◆


行きと同様、城の直上に転移してからの降下コースを取ったリンディは、ラ・ロシェールを迂回して平野部に入った。
聞いたところによると――スヴェルの月夜は今夜だから、船の出港は明日の朝。
それ以降なら、自分たちがトリステイン国内にいると思う者は少ないだろう。

「……おい、そろそろだぜ」
耳元で囁いたデルフに、彼女は黙って頷いた。
広域探索の魔法を併用して、鈍化した視覚を補いながら周囲を捜索する。
――と。
「何かしら、あれ」
彼女よりも先に、ルイズが遠方に立ち上る煙を見付けた。
薙ぎ倒された木々の一部が燃えている。

近付くに連れて分かったのは、どうやら戦の後らしいという事だ。
各所に残る、野営の痕跡。
野宿していた彼らを、おそらくは朝食の炊煙を目印に襲撃した者がいる。
理解し難いが、それは複数のメイジによるものだ。
焼け焦げた跡は火系統の魔法。
地面に衝撃痕を残すほどの強風は、風系統の魔法。
あちこちに堆積した土の塊は、稼働したゴーレムが崩れた跡ではないか。

ルイズが知るはずもないが――例の三人が遠慮無く叩きのめした、二つ目の集団である。

「凄いわね。これは……そっか、あの子たちにも頼んだわけね」
「何か知ってるの?」
「いいえ。見た目よりも律儀な人だなって思っただけ」
味方もそうだが『敵』もである。
(裏があると嫌だなー、なんて思った時は、大概そうなっちゃうのよね)
予想があっさり当たってしまった事を理解すると、リンディはロングビルに感謝した。
これだけ派手にやってくれているなら、ここから学院までの街道筋は安全だと思う。
場合によっては見つけてくれるかもしれないし。
馬で一日半ほどの距離。途中で休ませながらでも充分だ。

今からでも、明日の昼頃までには学院に辿り着けるなら――



「どうしたの?」
急速に高度を下げるリンディに、ルイズは訝しげに尋ねた。
眼下に見えるのは、野営地に繋がれたままの馬が数頭。のんびりと草を食んでいる。
側には、食料を積んだままの荷車が一輛。
「あのね、ルイズさん。昨日言ってた事なんだけど」
「昨日って、体調のこと?」
「うん」
ふわり、と馬の側に舞い降りたリンディの背中から、ルイズが飛び降りる。
「ちょっともう、何て言ったらいいのか、その」
「……まさか」
バカじゃないの!? と怒鳴る彼女に、にっこりと笑顔を見せながら。

「ごめんなさい。もう限界」
と、リンディはそのまま崩れ落ちた。


      ◆   ◆   ◆


普段なら、黄昏時の余韻を楽しむのも悪くない。
だが、焦る気持ちが有る時――日の落ちた後の闇の到来は、何と早いことか。
(だからって、焦っても仕方ないわ)
ルイズは逸る気持ちを抑えながら、慎重に手綱を操っていた。
出来る限り揺らさないように、道の変化を見逃すまいと目を細めている。

馬二頭で引かせた荷車の簡易御者台は座り難く、もう腰がかなり痛い。
だとしても、他に選択の余地は無い。病人を背負って馬を飛ばせるほど、馬術に自信は無いし――何よりも馬が潰れかねない。
急ぎたいのは事実だが、今は確実に学院に戻らねばならないのだ。

だけど。
(わたしが水系統のメイジだったら、何か出来るかもしれないのに)
何故、魔法が上手く使えないんだろう。
繰り返し浮かぶ考えを、彼女は唇を噛むことで飲み込んでいる。
本当は、耳を塞いでしまいたいのだ。

後ろから聞こえる細く長い息遣いと。
――時折混ざる苦鳴が、自分の心を折ってしまいそうだから。



リンディを必死に荷台へ引き上げたルイズは、冷静なデルフの指示もあって手早く準備を整えた。
荷車の荷台に作られたのは、残された荷物から掻き集められた布と、干し草による簡易ベッド。
それと桶に入れられた――大量の水だ。

触れてみて感じた高熱に、ルイズは青くなった。
先程まで平然と会話していたのが嘘のようだ。そもそも、昨晩はこんな風じゃなかった。
記憶の中から、乏しい医療知識を引っ張り出す。
とにかく飲み水をしっかり確保して、あとは頭部を冷やせるだけ冷やす。
身体を温める為に、旅装の中でも軽い物を全て引っ張り出して被せた。最後に、自分のマントを一番上に。

「……あんた、知ってたわよね?」
御者台に水桶を括り付け、手拭いを幾つか用意するルイズは、黙々と作業をしながら呟いた。
「お前さんだって、薄々は気付いてたじゃねえか」
側に突き立てられたデルフは、淡々とそれを肯定する。
「相棒はアルビオンに入る前からギリギリだったさ。ここまで戻れたのだって、奇跡みたいなもんさね」
「奇跡って……そんな。わたし、そこまでして欲しいなんて」
「――分かってんだろ。相棒は『使い魔』だぜ?」
冷たい響きが、ルイズの口を閉じさせた。

「使い魔っていやあ」
彼は話し続ける。
「一生主人と共にある存在だ。けど、その『一生』ってなあ、主人の方じゃねえ」
主の立場からすれば、使い魔とは、失えば新たに得ることも可能な存在なのだ。

主の目となり耳となり、
主の望む物を得るよう努め、
主の身を守る為に全てを尽くす。
それが、世間で言われる『使い魔』ではなかったのか。

「主人の為に体を張るなんざ、当然のことだろ?」
今更言っても仕方ねえ――そう言ってデルフは沈黙した。
ルイズは無言で作業を続けた後、彼を無造作に引き抜いた。鞘に納めず、そのまま御者台に突き立てる。

念押しされるまでもない。
「わかってるわよ。そんな事は」
手綱を握ったルイズは、静かに荷車を出発させながら吐き捨てた。


      ◆   ◆   ◆


夜半に差し掛かった頃だろうか。
手綱をデルフに引っ掛け、温くなった手拭いを水桶に浸した時。

「今、何か言った?」
ふっと何かに呼ばれたような気がして、ルイズは声を掛けた。
「いいや。今のは俺じゃなくて」
「――――――ズ」
再び耳に届いた微かな声に、彼女は手綱を引いた。

誰かが道の正面から駆け寄ってくる。
随分と立派な服を纏った男だ。しかも、親しげに手を振っているではないか。

訝しげに目を細めたルイズは、やがて幻でも見たかのように驚愕した。
「ま、まさか」
「ああ、やっと追い付いた。まさかこんな所で会えるなんて思ってもみなかったが」
そう笑いながら近付いてきたのは、魔法衛士隊で隊長を務めるワルド子爵だった。
と言うよりも、彼女にとってはそれ以上の意味を持った人である。
子供の頃からの憧れの存在で――自分の婚約者。

久しぶり、という事を考える余裕も無く。
思いも掛けない出会いに顔を真っ赤にしたルイズは、御者台から転ぶように飛び降りた。
「ど、どうしてワルド様が、ここ、こんな場所に?」
「実は姫殿下から、きみの護衛を頼まれたんだ」
詰め寄った彼女に苦笑を返すと、彼は両腕で抱え上げた。
「本当に久しぶりだ。僕のルイズ! きみはいつも変わらないよ」
まるで羽のようだ、と言われて、ルイズは頬を染めた。
「いや、苦労したよ」
ちら、と荷車の方に目をやってから、ワルドは語りかける。
「どこを捜しても見つからなくてね。明日の朝は出港だから、これから夜を徹して港町に向かおうかと思っていた」
「も、申し訳有りません」
俯いたルイズは、辺りを見回した。
少しだけ気になったのは、彼は何故こんな所に一人で居たのかということだ。
付近にはグリフォンどころか、馬すら見えない。

尋ねると、彼は少し顔を歪めた。
「きみの使い魔がやたらと警戒してくれたから、朝から捜し詰めでね。近くで休ませてるんだ」
「それは、でも」
「いや、会えたからいいんだ。気にしてないさ。――それにしても」
ワルドは、再び荷車を見ながら首を傾げた。
「まさか逆方向に向かっているとは思わなかった。何故だい? これでは間に合わないじゃないか」
「あ、う」
どう説明して良いか分からず、ルイズは口籠もった。
その様子を見た彼は、大きく頷いてみせる。
「もしかすると、そこに寝ている使い魔のせいかな? 慣れない旅で体調を崩したのかい?」
ワルドは、やれやれと頭を振った。
小さなルイズの事だ。自分の初めての使い魔が倒れたので、慌てて戻ってきたのだろう。
どうやら、思っていたよりも子供だったらしい。
「全く。たかだか数日の事じゃないか。頭が回るといっても、こんなにひ弱では使い魔なんてとても」

「――降ろしてください」
胸に抱いていたルイズが、不意に強張った声を上げた。
戸惑う彼の胸を押すと、自分から地面に降りる。

「ルイズ?」
「ご迷惑をお掛けしたのは謝ります。ですが、わたしの使い魔を悪く言うのは止めてください」
「しかし」
現に、こうして任務の妨げになっているではないか。
「きみが彼女を大事に思う気持ちは分かるが、大切な任務を忘れるようではいけないよ?」
「忘れてなんかいません。使い魔――リンディのおかげで、どれだけ助かったか」
俯きながら出した、彼女の自分自身に言い聞かせるような声。
「……すまない。だが、とにかくここにいても意味がないんだ」
思いの外、強い口調で言うその様子に、ワルドは取り合えず話を収めようと試みる。
「時間も無いことだから、このまま港町に向かおう。彼女はそこで診てもらえば」

「いいえ。もう任務は果たしました」

「?」
唐突な――あまりにも唐突なその内容に、彼は反応出来なかった。
呆然となったその前で、ルイズは誇らしげに顔を上げる。
「姫殿下より頂いた任務、無事完遂致しました。皇太子殿下からお預かりした物は、ここにあります」
彼女は自分の胸に手を置いた。
シャツの胸ポケットに忍ばせた、一通の手紙。



「なん、だって?」
聞いた内容が、漸く頭に届いたのか。
驚愕の色を露わにしたワルドは、視線を忙しく往復させた。ルイズと――その使い魔に。
信じられない話だが、少女の自信に満ちた表情が真実を告げていた。
無論、方法など想像出来るわけがない。
だがそれでも、思い出さざるを得ない事実が一つある。
この使い魔は――先住種族だ。
「それは本当かい?」
「ええ。全てリンディのおかげです。わたしは、一緒に行ったに過ぎません」

数瞬の沈黙の後。

「なるほど、頭が回るだけではないようだね」
そう使い魔を褒めたワルドの笑顔は、ルイズが昔から知っているように清々しく。
――ぞっとする程、酷薄な視線を含んでいた。


      ◆   ◆   ◆


同刻。
タバサは篝火から闇夜へと視線を向けた。
杖を手に取ると、じっと周囲を観察する。
「タバサ?」
風竜が何か言ってきたのか? とキュルケが視線を向けたが、タバサの厳しい目付きは変わらない。

現在、彼女たちは学院からさほど離れていない位置で休息を取っていた。
本日はこのまま帰還する予定である。
今日一日周囲を偵察した結果――どうやら当面は、あれ以上の布陣は無いと判断したからだ。
定期巡回をする場合、一日で無理をしては後が続かない。

だからこそというわけで、一重になった月下でのお茶会を洒落込んでいたのだが。
「何か見えたのかい?」
手早く食器を片付けたロングビルが、土を被せて火を消した。
夜間の対応は、闇に目を慣らすのが基本だからだ。

だが――
「上!」
(一歩遅れたっ?!)
タバサの叫び声に、彼女は舌打ちをした。
明暗順応を終えるには、もう少し時間がかかる。
それでも――上空から凄まじい速度で落下してきた影が、杖らしき物を振るったのは見えた。
エア・ハンマー。
魔法で作り出された巨大な気塊が、三人の真ん中に着弾する。

その余波を食らう程、鈍い者は一人もいない。
しかし、燻っていた残り火を加えた土煙で、一瞬視界が奪われたのは事実。

「――って言うか、どっから現れたのよ!」
キュルケは、三方に散った仲間と合流すべく走り出した。
いくら夜だからとしても、障害物の無い平野部なのだ。
タバサの使い魔が見張っていたし、自分たちだってそこまで油断してたわけじゃない。
視界外から、遙か上空を魔法で飛んできたとでもいうのだろうか?
それとも、自分の知らないような使い魔を使役して、高空から飛び降りたとか?
(なんて考えてる暇無いか)
タバサの姿を認めると、そちらに向かおうとして――背筋を凍らせた。
背後から聞こえる、長い呪文の最後の一節。
一体いつから唱えていたのか?
向き直って見れば――闇に紛れるように屈み込んだ影が、黒塗りの杖を振るっていた。
ライトニング・クラウド。
その雷撃は、直撃すれば即死もあり得る。

(――間に合わない!)
思わず目を閉じたキュルケの耳に、バチッ、と大気の震える音が届いた。










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