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zoom RSS 夏色四片 第21話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:21   >>

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「口は達者だな」
ワルドは啖呵を切った相手に対し、感嘆――と言うより嘲りに近い感想を告げる。

「あれが効かなかったとは。実に非常識な生き物だ」
「いいえ。結構な気付けにはなりましたよ」
リンディは肩を竦めた。
実際、バリアジャケットの無い常人なら即死だっただろう。
「まあ、魔力の電気変換という事なら、娘や孫の方が遙かに上ですけどね」
言い捨てると、軽く目を閉じた。

視力代わりの探査魔法で、目の前の野心家を観察する。
才気溢れる顔立ち。長身で均整の取れた体格に、如何にも貴族然とした立派な衣装。
瞳から感じる絶対の自信と、自分自身に必要な事以外を切り捨てる非情さ。
心中の明確な目的に向けて、走り続ける人間。
成程。
善悪は理解しつつも、自分の行動を絶対とする男の典型だ。

――だからこそ、無力な少女を何の躊躇いも無く殺害する事が可能なのか。
その上、ルイズとは旧知の間柄であったようだから、彼女の心が受けた傷は大きいはずである。
(人間不信になったら、どうしてくれるのかしら)
と、心の奥が疼くのを自覚する。

本来であれば。
犯罪者を一々憎んでいたら、管理局の上級職など務まらない。
老若男女を問わず犯罪レベルで厳格に判断し、凶悪犯罪者であれば――子供でも終身、牢へと収監する。
無論、事案や事態に対する基準を維持するだけではない。
全てに於いて、冷徹な判断が求められるのだ。
リンディ自身も、かつて養女とする前の娘の苦境を、見捨てようとした事もある。
結果的に他の者の介入で事態は好転したが、判断自体に誤りは無かった。
それだけの判断が出来るからこそ、艦を任されていたのである。

そして、私人としての彼女も、怒りを表に現す事は滅多に無い。
今現在とて、ワルドを見る眼差しは平常と変わらないのだ。
だが。
それでも、彼女は怒っていたのだろう。
理不尽な死を与えられようとしていた少女の顔が、脳裏に焼き付いて離れないから。

――敢えて言うなら、それは『母親』としての感情かもしれなかった。



「何れにせよ、だ。主人が庇わねばならぬような死に損ないに、大した事が出来るとも思えんな」
「素手の女の子相手に本気を出さねばならない男性も、大した事は出来そうにないですね」
互いをすり抜ける、感情の乗らない言葉。
「ふむ」
間合いを計るように、ワルドは少し位置を変える。月を正面とする事を嫌ったのだ。
手の内の分からない相手の初撃を、見逃さぬ為だろう。
だが、リンディは微動だにしなかった。ルイズの前から動く気配も無い。
「まるで人形だな。動かぬのか?」
「さあ?」
素っ気ない声に、彼は微かに口を歪める。
詠唱。
無造作に放たれた突風は、土煙を上げたものの――リンディの髪一筋揺らさなかった。
彼女の前に描かれた、煌々と光る魔法陣に遮られて。

「そうですね。別に、動く必要もありませんし」
彼女は呟く。
浮かび上がるのは光球――魔力スフィアが四つ。
それが剣の様な魔力刃に形を変えるのを見て、ワルドは唸った。
「マジックアイテム使いと聞いたが……やはり先住魔法だな。人間の中に潜り込んで、何を企んでいた?」
「企むも何も」
リンディが腕を振り上げるに合わせ、回り込むようにワルドが走り出す。
「わたしはルイズさんの、ただの使い魔ですから」
――追うように放たれた魔力刃が、彼の周囲で爆煙を上げた。



この夜の、僅かな時間の中。
何種類も積み重ねられた感情で、あまりに左右され過ぎたからだろうか。
目の前の光景を、ルイズは呆けたように眺めていた。
憎悪と侮蔑を浮かべたワルドの顔。いつもとさして変わらぬリンディの横顔。
素早く動き回る相手に対し、それを追って彼女の魔力刃が次々と射出される。
弾速は信じられない程速く、地面に当たれば爆発して、周囲に衝撃を撒き散らしている。
以前、ロングビル――フーケの巨大ゴーレム相手に使用していた魔法だ。
(凄い……けど)
四本。
使われている魔力刃は、以前は八本同時に撃っていた気がする。

(手加減してる?)
回らぬ頭でぼんやりと考えていると、
「おい、呆けてる暇なんてねえぞ。しっかりしろって」
「え――あ、うん」
小声で話しかけてきたデルフに、彼女は反射的に頷いた。
不思議と、さっきまで呼吸も出来ないほど胸が苦しかったのに、それが消えている。
悲しみだとか恐怖だとかが、綺麗に心の中で散らばってしまったような感じ。
何だろう。
壊れかけていた精神が、変な方向に叩き延ばされた感じがする。
足に力が入らないのは、さっきから変わらないけど。
ついでに、涙で酷い顔になっている事に気付き、慌てて袖口で擦った。
「なによ」
「早いとこ逃げる準備だ。馬が残ってるからよ」
「馬?」
確かに。荷車が吹き飛ばされた際に、一頭は怪我をしてしまったらしいが、もう片方は無傷の様だ。
残骸に引っかかった手綱を引っ張りながら、じたばたと藻掻いている。
とは言え、この状態からワルドに気付かずに逃げられるとは……?

「……なんで?」
聞いた内容が頭に届く前に、彼は次々と指示を出す。
「相棒が頑張ってる内に、気持ちだけは準備しとけよ。俺を握ってりゃ、魔法だけなら何とかなる」
さっきみたいに杖に直接かけられたのは無理だけどな、と彼は補足した。
「じゃなくて、何で逃げるのよ?」
何故そんな必要がある。
前だって、巨大ゴーレム相手に圧勝してたのだから。本気になったリンディに勝てるメイジなんて――
そこまで考えたとき、ルイズは違和感に気付いた。

リンディは、最初以降、一歩も動かずに魔法を撃っている。
間断を置かない早さだが、それでも同じ射撃魔法の単調な繰り返し。
一方、ワルドの方は必死に避けているように見えるが、結局は時折土砂を被る程度。
魔法も牽制代わりのウインドブレイクばかり。
反撃の機会は確かに少ないけど、それでも様子が変なのは間違いない。
ほら――彼はあんなに余裕の表情を浮かべている。

(ああ、そういうことか)
ルイズは黙ってリンディの後ろ姿に目をやった。
振り上げられた右手の下方に見える、微かな血痕。やはり怪我をしていたのか?
いや、それだけでは無かったはずだ。
いつの間にか自分の周りの地面にも、大きな魔法陣が回っている。

「……わたしを、守る為よね」
溜息を吐いた。
一生懸命、足を擦り始める。触れた感覚は無いけど、座ってる場合じゃない。
せめて、立たねばならないのだ。
「頑張っちゃいるが――ついさっきまで、くたばる直前だったのは事実だかんな」
「だから、今のうちにって?」
どうにも足腰が立たないから、デルフに手を掛けた。
もちろん、地面に突き立てられた剥き身の剣に、体重が支えられるはずもない。
「役に立たないわね」
「杖じゃねえからなあ。……で、お前さん。もう一回言ってもいいか?」
「無駄よ」
立つことを一時的に諦めたルイズは、あっさりと問いを切り捨てる。
「逃げないわ」
「だよなあ」
「リンディを信じてるし、使い魔が頑張ってる以上、主人であるわたしも動かない」
ここで彼女が力尽きるとしても、それは主人の責に帰するものだから。
その後でどうなるかなんて関係無い。

「ちょっと勿体ねえけど、仕方ないわな」
納得したように、デルフも同意する。
本音としては非常に残念なのだ。ルイズの才能が失われてしまうとすれば。
昨日、彼女に使われて分かったことが一つある。
随分長いこと忘れていたが、ようやく思い出したその内容。

ルイズの『系統』は――ほぼ間違いなく。

(……にしちゃあ、何だって相棒は、ガンダールヴじゃないのかねえ)
それだけが不審で不服だが。
「もう少しぐらいは付き合ってやりてえからな。……頑張れよ、相棒」
覚悟を決めた少女の横顔を内心で褒め称えながら、彼は使い魔の健闘を祈る。
(立派な主人の前で、無様な真似を見せるわけには、いかねえもんな)


      ◆   ◆   ◆


僅かな動作でそれを避けると、ワルドはさらに飛行魔法――フライを唱えた。
風系統のスクエアである彼の魔法が、爆発的な加速を与える。
数瞬前にいた場所に着弾する、使い魔の攻撃。
その爆発は地面を抉り、土砂を周囲に散らす。煙幕のように視界を遮ったが――彼は意に介さず加速した。
(解せんな……もう少し手強いはずだが)
ある程度、こちらの動きを予測しているらしいが。一つ覚えのように撃たれる物など、そう簡単に当たるはずもない。
気付いた事は、上下の動きに等しく左右の動きについていけない事か。
普通の人間なら差異が生じるのだが――
(知った事ではないな)
多少は訝しくも思ったが、彼にとってはどうでも良い事だ。

飛行魔法を解除。
余勢を駆って位置を進めながら、別の魔法を詠唱。

相手の防御が現状で鉄壁である以上、彼がすべき事は一つだけである。
時間を稼がねばならない。
例え一人では倒す術が見つからずとも――そして例えこの『自分』が倒されようと問題は無い。
所詮、ガタが来ている使い魔だ。長くは保つまい。
そう判断すると、彼は攻撃の合間を縫って、風の槌を叩き込んだ。



(時間稼ぎに入られちゃったみたい……どうしようかしら)
三つ目のディレイドバインド――設置型捕獲魔法を発動させたリンディは、相手の足下に魔力刃を撃ち込み続ける。
散乱した瓦礫を直撃させたが、ほとんどダメージには繋がらない。
照準が致命的に甘い上に、微細なコントロールも出来ていないのだ。これで当たる方がどうかしている。
(時間、かあ)
表面上は微笑みながらも、彼女は焦慮の念を深めていた。

非殺傷設定を解除したのは、別に相手の殺害を主目的としたわけではない。
他に、選択の余地が無かったからである。
使用している攻撃魔法スティンガーブレイドは、弾速と着弾時の爆散に利点がある。
――その僅かな利点に頼らねばならない程、彼女は追い詰められていた。

現状、リンディが運用する膨大な魔力リソースの大部分は、リンカーコアの制御と身体維持に回されている。
それはアルビオンからの帰途の途中で、既に限界水準に達していた。
学院まで自分の生命維持を最優先とする。――それが精一杯だったのだ。
それ故に、今現在のような魔法を行使する為には、禁じ手を使うしかなかった。

自己ブーストと呼ばれる、魔力付与による能力強化。

元々、高度な制御能力を持つリンディが一時的な能力強化を行っても、それほどの効果は得られない。
出力や効率が多少上がるにせよ、身体に加わる負荷も増えるからだ。
しかも、現状ではその負荷を抑える為にリソースを割いている。逆効果の部分は大きい。
それでも敢えて、彼女はそれを行った。
得られた分から逆効果分を差し引いて残る、僅かな効果を得る為に。
ところが、そうして得られた力の大半すら、探査魔法を維持する為に使用されていた。

(組織なんて言ってたものね。時間が経つほど不利なのは分かってるけど)
少なくとも、ロングビル達が対応した連中を手配した者が、近くにいるはずなのだ。
このワルドという男に、たった一人で待ち伏せや捜索、手配等が出来る訳がない。
いつ来るか分からない援軍の可能性が、どうしても懸念として残る。

そう――結局、攻撃魔法に回せる余力など、無いに等しかった。
周囲の索敵とルイズ用の防御魔法維持、不調を訴える自律神経と代謝機能の維持と補填。
既に、生身の視覚では相手を追い切れない。

それに。
(どうせ、逃げる力も残ってないもの)
彼女は認めざるを得ない。
結界を構築しても、長時間維持出来る程の力は残っていない。力尽きれば、残るのは無防備なルイズ一人だ。
捕獲魔法で相手を捕捉しようにも、この世界の環境下で、精密な遠隔操作を出来る力も無い。
置きっ放しの設置型を数個並べるのが精々だ。
そこへ追い込むように撃ってはいるのだが、上下左右に動ける相手では偶然を期待するしかないだろう。
こちらは、立っているだけがやっとの状態なのだから。

同じ理由で対象の強制転送も行えないとすれば、最後に残るのは、転移魔法による脱出。
――だが、この位置から学院まで跳ぶ自信も無かった。
(本当、手詰まりの見本みたいな状況……!)
爆音の中で微かな手応え。
今の一撃は、相手のマントを切り裂いたようだ。――ほとんど運任せだったが。
リンディは焦りを感じながらも、冷静に残り時間を数えていた。
能力強化を維持出来る時間は、そう長くない。
ある程度制御を肩代わりしてくれるだろうデバイスも、彼女は保有していないのだ。

とにかく確証が欲しかった。
残る力の全てを注いだ時、ルイズの安全が確保出来るという確証が。
それが得られない限りは、現状維持を崩せない。
無論、このまま限界時間を迎える可能性も高かった。
その場合の最終手段は、転移魔法となるだろう。一歩でも学院に近付く為の最後の賭け。



そう考えた矢先の事だ。

(やっぱり来ちゃったか。悪い予感ばかり当たるのは嫌な癖ね)
リンディの探査魔法は、空中から飛来する生物を捉えていた。
以前、見せてもらった書物で知った、グリフォンという幻獣の一種。それに騎乗した人影が一つ。
それはどこか見覚えのあるような――

「――え?」
一瞬、彼女は思考を止めた。
その隙をついてワルドの魔法が襲うが、防ぐのが精一杯で反撃する余裕も無い。
もう一度、魔法を併用して相手の男を観察する。その体躯や服装、手に持った杖の形状まで。

同じ?
(ちょ、ちょっと待って)
有り得ない。
自然成長を遂げた上で寸分違わず同じという人間は、例え双子でも存在しないのだ。
「幻術魔法? いいえ、そんなはずは……」
知人の使う魔法――例えばフェイク・シルエットという幻影は、あくまで攪乱用である。
この場で援軍を装わせる意味はほとんど無い。

目の前の男は実体。魔法で攻撃し、杖で物理衝撃を与えてきた彼は本物だろう。
では、上空のグリフォンから飛び降りてくる存在は何なのか?



呆然と立ち竦むリンディの前に、男が一人舞い降りる。
先程から居る者と、全く同じ容姿の男が。

後方から、ルイズの呟く声が聞こえた。
驚愕に彩られたそれが一つの単語を告げ、リンディも聞き覚えのある『魔法』を思い出した。
彼女は理解しておくべきだったのだ。
数日前の教室で、ギトーなる教師が行使した魔法の本質を。

そして。
風系統の魔法――『遍在』は、幻影などとは根本的に異なる存在だということを。










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