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zoom RSS 夏色四片 第22話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:22   >>

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「さっきの、リンディ?」
「じゃないかしら……ねっ!」
ロングビルの構築した土壁が次々と相手を襲うが、難なく避けられてしまう。
だが、直後に放たれたタバサの突風で動きを止める事に成功。
このタイミングでキュルケが魔法を撃ち込めればいいのだが――残念ながら彼女は後方警戒に回っている。
一歩遅れて更に風の刃が飛ぶ。しかし、相手は既に後方へと下がっていた。

結局、この繰り返しだ。
近接戦闘に自信がありそうな相手が、踏み込んで来ようとするのを追い払うだけ。
お互いに決め手を欠いている。

「どうにも腹立つわね」
愚痴りながらも、キュルケは警戒を崩さない。
付かず離れずで攻撃してくる相手は、三人の内二人で対処すれば何とかなる。
だが、一人は必ず背後を守らねばなるまい。
ちら、と横を見れば、周囲を同じように警戒しているタバサの使い魔が見えた。
(タバサに指摘されるまでもないわね)
こうまで露骨に牽制ばかりを繰り返されれば、誰だって伏兵の存在を疑う。
「それしたってさ、忙しい最中にああいう事をされると困るっての」
ロングビルは、再び距離を置いた相手を見ながら文句を言った。

先程、一瞬だけ視界に重なるように映った幻覚の事である。

自分の前で、青白く光る杖を振り上げたワルドの姿。
見上げる視点の低さは、座り込んでいるからだろうか。
これは……ルイズの視界?

その内容は、今更説明されるまでもない。
「危ないって事は分かるんだけどね」
キュルケも同意した。
彼女が危機を迎えているという事実を、十二分に理解出来たからだ。
――おそらく、リンディが何らかの魔法で伝えてきたのだろう。

「多芸多才なヤツだよ、あの化け物は」
「聞いたこともない魔法だけどね」
再びタバサと位置を交代したキュルケが、不思議そうな顔で呟いた。
「それにしても、あっちがああいう状況って事は」
「こちらは足止め……だとは思うけど、一緒に始末する気ってな可能性も高いね」
あれは確かに、ワルド子爵だったはずである。
だとしたら、こちらが彼の行動を攪乱した意図にも気付いている。処分を考えて当然と言えた。
「確かにいい男だったけど、目つきがイヤらしいわ。冷たいっていうよりトカゲみたい」
「本性丸出しって感じだったね。執念深そうな……だけどそうなると」
ロングビルは冷や汗を浮かべた。
直接騙した事になっている自分は、かなり危険である。
早いとこ学院に戻り、引き籠もるか――あるいはこの機会に、ワルドを確実に始末しないと?
(暗殺されるのはゴメンだよ)
攻撃的な思考に切り替えようとした時、再び微かな幻影が目に映った。

背中を見せたリンディの前方に立つ、二人の男。

「なんだい、ありゃ……」
思わず呟いた瞬間、背後から上がる焦りを帯びた声。
「しまった、遍在」
「え? あ……ああ!? そっか、しまった!」
タバサに続いて、キュルケも叫んだ。
全員が気付いたのだ。
ワルドが風系統のスクエアなら、協力者や部下だのを必要としない可能性がある事を。
学院と相当距離の離れた港町に出現させる事が出来るなんて、想像の範囲外ではあったけれど。
さらに言うなら、目の前の男はもしかすると?
代表するように、ロングビルが問い掛ける。
「あんたまさか……ワルド子爵様かい?」

沈黙は僅かだった。
「ほう。ようやく気付いた――と言ってもいいのかな」
男が、ゆっくりと仮面を外す。
それはまさしく、想像通りの顔を持っていた。
「ついでに言っておこう。遍在とは」
彼は実に楽しそうな表情で付け加える。
「風の吹くところ、何処にでも現れる。無論それは一人に非ず。ここにいるのは――さて、何人かな?」



「こいつはどうも」
「拙いわね。タバサの予想が完全に当たってたって事か」
舌打ちしたロングビルに、キュルケも同意する。
ワルドが幾つ遍在を作り出せるか知らないが、確実に始末する気なら後一人は潜んでいるはずだ。
場合によっては、さらに増える可能性すらある。

隙を見せれば、それこそあっという間に殺されかねない。
キュルケはあっさりと撤退を決めた。
「タバサ、逃げる準備!」
目配せで理解したのか、ロングビルが大規模な魔法の準備を始めている。
一瞬でも相手の視界を広範囲に遮る事が出来れば、風竜に飛び乗る時間を得る事が可能だ。
無論、無防備になるその瞬間が一番危険になる。
「タイミングを合わせて、一気に行くわよ。いい?」
そう言われたタバサは、頷こうとして動きを止めた。

それは違和感だった。
風系統のスクエア。圧倒的な実力。最初にいたもう一人。
牽制しかしてこない相手の行動と、今の挑発と脅迫を兼ねたような言い回し。
別の場所で対決中らしいリンディとワルド。
――そして、リンディの能力とルイズの危機。


「違う」
「タバサ?」
後方警戒をしていたタバサが正面に向き直るのを見て、キュルケが訝しげに問い掛ける。
「どうしたのよ?」
「二人も三人もいるなら、こんな事はしてない」
そうだ。
最初だけは確かに二人いた可能性はあるが、今は間違いなく一人だ。
数で圧倒出来るなら、さっさと終わらせていたはずだから。

と言うことは。
「やられた……最初っから混乱させる事が目的だったのかい」
「一番の目的はルイズだもんね。わたしたちの始末なんて、後からでも良いわけだし」
最小限の戦力でこちらを足止めするならば、二人以上存在すると思わせるのは悪くない手だ。
おそらく、本体とそれ以外も向こうだろう。
ついでに言えば、こちらが少しでも負担を引き受ければ、リンディの方が楽になる。
幾ら化け物でも、病身の上に主人を守りながらでは、スクエアの相手は厳しいはず。
「あっちが負けた途端、こっちに全力が回ってくるってわけだし」
「それは願い下げだね。――わたしが後に回るよ」
ロングビルは見せかけの後方警戒の為に、立ち位置を入れ替える。

タバサの視線を受けた使い魔が、その大きな翼を広げた。

大地より飛び立つ風竜を、ワルドの視線が追っている。
逃げ出す準備だと判断して、隙を狙ってくれるというのであれば――
「じゃ、いくわよ」
キュルケがフレイム・ボールを。
タバサがウィンディ・アイシクルを。
そして背中を向けたロングビルが、何事かを唱えて。

青白く光る杖を構えたワルドが、猛然と走り出した瞬間。
彼女たちは、一斉に杖を振り上げた。


      ◆   ◆   ◆


「風の魔法が最強たる所以がこれだ。お前が先住魔法の使い手だとしても、対応出来まい?」
「……そうですね」
ワルドが意気揚々と説明を終えた時、リンディは頭を抱えていた。

何故だろう。
絶望的な事態なのに、苦笑しか浮かんでこないのは。
(高度なレベルで構築された力場なら、物理干渉もあり得るけど……それが魔法も使えるって何?)
冗談にも程がある。
本人と同じ姿ではなく、本人と同じ存在を作り出せるなんて。

実際、彼女は呆れ返っていた。
杖で殴りかかれる分身を構築する事は、何とか理解してもいい。
だが、それが本人と同じ魔法を使えるとなると、根本的な部分で理解を超えている。
しかも高度な術者が使うというのだから話にならない。ただでさえ強力な存在が、そのまま増えるのだから。
対抗する方としては――まあ、言えるのは一言ぐらいか。

「反則ですね」

ぽつりと漏らした言葉に、ワルドは嘲るように応える。
「今更後悔しても始まらぬだろう? 己の小賢しさこそを悔やむがいい」
「御高説、ごもっともですが」
リンディは首を傾げた。
「一人増えた位では、わたしは倒せませんよ? 貴方の魔法は届きませんから」
「だがそれも、限界があるはずだな」
彼は、にやりと笑った。
「先程からお前は、ほとんど動いていない。病を得た身なれば、既に体力も残っておらぬのだろうが」
そう言い当てた彼から、更に分身が増える。
二人。
本人を含めて四人のワルドが、彼女たちを取り囲むように歩み始めた。

「それで全てですか?」
四方へ散った姿を気にせず、正面の男へと話しかける。
問われたワルドは鼻で笑った。
「さて。そこまで手の内を晒す必要は無いが――これだけは教えてやろう」
大気の震える音。
後方からルイズ目掛けて放たれた風の槌を、リンディの防御魔法が防いでいる。
「少なくとも、お前の策に乗った愚かな女共は、直に死ぬことになる」

リンディは目を細めた。
「どういう事です?」
「学院の秘書殿を誑かして、助力させたのはお前だろうが。――ああ、ついでにルイズの友人もいたようだ」
ロングビル、それにキュルケとタバサの事だ。
だが、今この場にいる彼が殺意を語るには、随分と断定的だ。
「わたしたちを始末した後に、彼女たちも狙うという事ですか」
「思慮が足らんな。直に、と言ったはずだ」
「まさか――」
彼女は理解した。ロングビルたちに危機が迫っているのは現在――今まさにこの時なのだ。

「私の意志の力を侮るな。言っただろう? 距離は力に比例すると」
「何度も思った事ですが……本当に凄まじいですね。『ここ』の魔法は」
彼の遍在とやらが、何体彼女たちを襲っているのかは分からない。
だが、内二人は学生に過ぎないのだ。
そしてこの男は、子供相手だからといって容赦などしない。


何故だろう。
――――――どうして、このワルドという人は。


「腹立ち紛れに余計な殺生を行うとは、情け無いですね。貴方の狙いは、わたしたちと手紙でしょう?」
「違うな。この件に関わった者、全ての口を封じる必要が生じたのだよ」
彼は語る。
ウェールズの殺害には失敗したものの、アルビオン王家が滅びることは決定済みだ。
逃げていたとしても、再起には時間が掛かるはず。当面は放置しても構わない。
そうなると次は、トリステイン王家の番だ。
新しいアルビオン軍がトリステインに侵攻する際、最高の舞台の幕が開くだろう。
アンリエッタ王女と、マザリーニ枢機卿の暗殺。
今の立場さえ維持しておけば、ほぼ確実に成功する。――その結果。
国全体が混乱し、組織だった抵抗も出来ぬまま、この国はアルビオン傘下へと降ることになる。

その為にも、連中の処分は必要不可欠である。
手紙さえ残れば、アルビオン貴族派の手に掛かったルイズたちの死を、美談として伝える事も可能だ。
悲しみに沈んだ王女が、より多くの信頼を寄せてくるかもしれない。
「あの女共が死ぬのは、全てお前の責任という事だ。愚かな上に、無関係な者を関わらせるとは」
実に無様な生き物だ――そう彼は笑った。

リンディは一言も反論しなかった。
彼女たちを巻き込んでしまったのは事実だから。そして、愚かだという事も否定出来ないから。
それでも一つだけ――深い溜息を吐いた。


――――――自ら、全ての選択肢を断ってしまうのか。
こちらにはもう、捕らえて連れ帰るような力は残っていないのに。


「もう結構です」
ぴしゃり、と言い放ったリンディは、一瞬だけルイズの方に振り向いた。
が、すぐに向き直る。
「貴方を倒せば、彼女たちも救える――そういう事でしょう?」
「そうだな。出来る事とも思えんが」
話す最中も、絶え間なく左右から魔法が降り注いでいる。彼女の力を削る為に。
「それと、気付いた事が一つあります。貴方ほどの自信家なら、他人に仕事を任せる事はしませんね」
「何が言いたい?」
「彼女たちが相手をした人の手配をしたのは、貴方自身ですね? つまり」
背後に誰がいようとも――この件に於いては最初から最後まで、実働部隊は彼だけだという事。
協力者など存在しない。
ルイズとロングビルたちの生命を脅かす者は、唯一人。

指摘されたワルドは、無言のまま肩を竦める事で肯定した。
「それで、どうする? 命乞いでもしてみせるかね」
「いいえ」
リンディは首をゆっくりと振った。

「折角ですから、ご披露しますね。――リンディ・ハラオウン、今生最後の一撃です」

そう告げた彼女は、微笑みながら魔法陣を描く。
そして。
身体維持に回されていたリソースの、ほぼ全てが解放された。


      ◆   ◆   ◆


ルイズは息を飲んだ。
振り返ったリンディが浮かべたもの。
それを見た瞬間、これから何が起きるのか分かってしまったから。

(そう。そういう事なのね)
大きく息を吸った。まるで、抉られるかの様に胸が痛む。
今まで、あんな透明感のある微笑みを見たことは無かった。

――あれほど言葉に代わるものがあるだろうか。

「泣かないわ……絶対に」
呟きながら、ルイズは震える足で立ち上がる。
剣を掴むと、落とさないように握りしめた。――そう、握ったのだ。縋ったわけじゃない。
己の使い魔が、命を懸けようとしている。
悲しむ暇なんて無いし、そんな権利も無い。
最後まで見届けて、もし最悪の結果となったら、自分が一矢報いねばならない。
主人に出来る事なんて、それ以外に何があるというのだろう。

(リンディ……!)
無言で目の前の光景を睨む彼女は、己の頬を濡らすものを、最後まで認めなかった。



「何をやらかすかと思えば」
ワルドは肩を竦めた。
他の遍在も、観察するように動きを止める。

リンディが描いたのは、先程までとは比較にならないほど広大な魔法陣。
――大仰ではあるが、上に浮かんだ魔力刃は四本のままだ。

「どんな芸を見せてくれるのかね?」
「これは、元々息子が使用していた魔法です」
彼女は静かに語る。
保有する多くの魔法の中から、敢えてこれを選んだのは感傷からかもしれない。
「多くの努力の上に積み上げたもので――そうですね。十年程前にはこれくらいかな」
両腕を、招き入れるように開いた。

魔力スフィアが次々と出現する。
四つ、八つ、十六、三十二――――輝く魔法陣の上を、その光が次々と彩っていく。
そして生み出される魔力刃。
先程と同じ物。形状は何一つ変わらない。
違うのは――

「馬鹿……な」
ワルドは茫然と目を見開いた。
四本が二倍となってもほぼ無意味だ。例え十倍となっても、遍在による攪乱で何とかなるだろう。
どちらにしても、最後だと言うなら――これさえ避ければ、後は幾らでも料理出来る。
だが。



百を超える光を、リンディは懐かしげに眺めていた。
「子供の頃でこうでしたから……今なら遙かに多く制御出来ると思います」
魔力量に秀でた面を持たない彼が、どれほど苦労を重ねてきたか。重ねているか。
母親である自分ですら、本当に理解出来ているか分からない。

残念なことに、自分と息子には大きな違いがあったから。

「今なら、これくらいでしょうか?」
更に光は増える。およそ倍近い数だ。
息を飲む気配に続いて、ワルドから引きつり笑いに似た声が漏れだしている。
それは、何かを呪うような。

「そして、申し訳無いとは思うのだけど……今のあの子でも」
リンディは、ほんの少しだけ躊躇った後。

「わたしの力には、届かないんです」
そう口にすると、慈しむように空を見上げた。その先にあるのは懐かしい世界。
周囲を輝きが包んでいく。
増え続ける数多の光が、彼女を幻想のように浮かび上がらせた。



化鳥の様な雄叫びが上がる。
眼前を埋め尽くした無数の光から、ワルドは全力で逃げ出した。遍在がそれを守るように続く。
彼は心の中で、ひたすら叫んでいた。
化け物。
あんな物がこの世に存在しているはずがない。存在していいわけがない。
本能が今更ながらに理解したのだ。あれは本来、都市一つ滅ぼせるような存在なのだと。
必死に飛行魔法を唱える。
ようやく体が宙に浮いた。まだ相手からの攻撃は来ない。
一歩でも離れないと――そう思考した瞬間。


「スティンガーブレイド――――」


彼の耳に、涼やかな声が響いた。
穏やかで冷厳な。――それは、文字通りの執行を告げるもの。


「――――――――エクスキューション・シフト」


細い腕が振り下ろされる。
引き絞られた弓が、矢を放つように。
同時に全ての環状魔法陣が稼働し、保持した刃の照準が定められた。
最後に囁かれるのは――彼と自分自身への終焉の言葉。

そして。
悲鳴が響き渡る中――撃ち出された無数の魔力刃が、雨の様に降り注いだ。










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