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zoom RSS 夏色四片 第23話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:23   >>

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赤毛の娘より放たれたのは、先程よりも大きな火球。

比例して威力もあるだろう。だが、飛翔速度に劣るそれは――迎撃も容易い。
ワルドはそう判断すると、避けるに留めて肉薄した。
狙いは、この事態を招いた元凶の一人。あの女だ。

上空から降りてくる風竜を見上げている、背を向けた学院の秘書。

小賢しい真似をした女は、意外にもライン以上の腕を持つメイジだった。
(ただの秘書にしては、少々厄介だな)
ラフな口調に手慣れた魔法行使。学院で見せた様子とはまるで異なる。
あるいは、オスマンの隠し駒なのかもしれない。

生徒の二人は問題無い。後々どうにでもなるが、こいつを削っておかねば面倒が増える。
急速に距離を詰めながら、彼は杖を握りしめた。

小さな体に不釣り合いな杖を、目の前の少女が振り上げている。疲労のせいか、やや動きが鈍い。
飛行魔法の準備と共に、最適と思われる経路を脳裏に描く。
赤毛の娘に続き、この娘の魔法さえ避ければ、後は逃亡を図る女まで距離を詰めるだけ。防ぐ手段は無い。
技量にもよるが――威力のある魔法は、連発出来ないからだ。

杖が、振られた。
それを見定めるように、彼は横っ飛びに進路を変える。
一歩遅れて、娘の魔法が発動――――?
「何!?」
ワルドは、戸惑うように叫んでいた。



(あら、そういう表情なら、充分合格点をあげられるのに)
杖を振ったように見せ掛けたタバサの横で、キュルケは楽しげな笑みを浮かべた。
彼女の視線の先で、先程躱された光が緩やかな軌跡を描く。
これも避けられたように見せ掛けた火球が、目標の背中へと誘導された。
直撃。
――する寸前。身を捻ったワルドは後退し、火球目掛けて風の魔法を吹き下ろす。
地面に着弾した火球は爆発、土砂を大量に撒き散らした。



未熟故に失敗したのか、それとも何らかの策なのか?
青髪の娘の魔法は、発動しなかったのだ。
(それが策だとしても、無駄なことだ)
土煙の中、ワルドは舌打ちした。
少々視界を奪ったとしても、あの程度の魔法を避けられぬほど鈍くはない。同じ風系統であれば、手の内も読める。
が、ここは一度仕切り直した方が無難。

後退しながら、再度飛行魔法を唱えようとしたが、
(――――!?)
いきなり、何かに背中を激しく打ち付けた。
思わぬ衝撃で魔法を中断する。
慌てて周囲を見回したワルドは、その対象が背後のみではないことに気付く。

そう――後退しようとした自分は、四方に現れた土壁で動きを阻まれたのだ。
これは、こちらに背中を向けていた女が使う、土系統の魔法ではなかったのか?

つまり。
「……謀られたという事か!」
漸く相手の意図を理解する。
今周囲を囲んでいる土壁の檻は、後方警戒に回っていた相手が築いた物だ。
どんな手段で、背中側に狙いを定めたのかは分からない。
だが――だとすると、青髪の娘が魔法を唱えなかったのも、失敗した訳ではなく?
唯一開いた空間の上空を見上げた彼は、飛び去る風竜を目に映した。

同時に視界を覆ったのは、迫り来る数十本もの氷の矢。

それを最後に、『遍在』と呼ばれる仮初めの意識は絶たれた。
――他の意識が後を追う、僅かに先の事である。



降りてきた風竜から、タバサが飛び降りてくる。
使い魔に掴み上げられた彼女が、飛び去り際に撃ち込んだ魔法。それは檻の内部で、存分に威力を発揮したはずだ。
あの狭い空間で防げたとは思えない。
「やったのよね?」
念を押すように聞いたキュルケに、タバサは微かに首を振った。
「当たったのは確実。だけど、何も残っていない」
「まあ、当然だね」
手鏡――背後を狙う為に使った小道具――を懐に入れながら、ロングビルは肩を竦める。
戦った相手は、予想通り実体ではなかったのだから。



急速に戻ってきた静寂に、彼女たちは無言のまま空を見上げた。

「……これから、どうするの?」
「帰るよ」
キュルケに問いに、あっさりとした答えが返る。
「次も上手くいくとは思えないしさ。こちらから助けに行くってのも無理があるだろ?」
「どこにいるか分からないしね」
リンディたちが勝てば学院に向かうだろうし、万が一負けたなら自分たちが危ない。
何れにせよ、帰るしか手は無いのである。

「戻って待つ」
風竜に再び跨ったタバサの様子に、二人は顔を見合わせて苦笑する。
口には出さないが、彼女たちに危機感など全く無かった。ルイズたちの身に何かが起こるなど有り得ないから。
どちらが先に戻るか分からないが、どうせ目にする物は決まっている。
任務達成を誇示するルイズの笑顔と、いつもの微笑みを浮かべたリンディがお茶の用意をしている姿。
聞かされるのは、少しばかりの謝意と自慢話。

「少しは愚痴ってやらないと、こちらの気が済まないね」
「そうよねえ。面白かったのは事実だけど、感謝してもらわないと割に合わないか」
二人して同じ物を想像したのか。申し合わせたように笑うと、風竜に向かって歩き出す。

遠慮無く頼めばいい。
いつもと同じ甘いお茶と、焼き立ての手作り菓子を用意させよう。
それくらいの権利は、多分あると思うから。


      ◆   ◆   ◆


彼女は月を眺めている。
一重になった二つの月。――スヴェルの月夜。
穏やかな表情が。いつもと違う月光の中、ただ黙って空を見上げている。



ふと、ルイズは気付いた。
激しい閃光で覆われた視界が、いつの間にか淡い光を映している事に。
鳴り続いていた轟音は止み、辺りは静けさを取り戻している。
暗闇の先。
そこに、かつて憧れた人の成れの果てがある。もしかしたら、まだ生きているかもしれない?
――いや、おそらく死んだのだろう。

自分を殺そうとした、あの怖ろしい表情が脳裏に浮かぶ。
彼の瞳の中に、憎しみなど欠片も存在しなかった。単に己の障害を取り除こうとしただけ。
ワルドにとっての自分は、もう憎む価値すら無かったのかもしれない。
無意味。
彼は、自分の人生をそう評した。
何一つ無い。――そうも言った。
ルイズは、じっと自分の掌を眺める。
小さな、魔法一つ碌に使えないそれは、本当に何も持っていないのだろうか?
持っていなければ、無意味なのだろうか。

それなら。
己が選んだ結果に殉じた、あの人はどうなのだろう。
何を得たかったのかは分からない。
しかし、自分などとは比べ物にもならない程、価値の有るものだったのだ。
国も、周りの人も、多くの人々が向けてくる心も、その価値には遠く及ばなかった。
優しかった己自身すら捨てて求めたそれを、自分が知ることは永遠に無い。知る資格も無い。
結局、彼は得られなかった。
ただ、だからと言って、彼の人生が無意味だったとは到底思えない。

――そうだ。
ルイズは手を握り締める。
いつかこぼれ落ちてしまうとしても、今現在握っているのは事実だ。
それだって、ほんの少し前なら考えもしなかったモノではないのか。
昔から他者の悪評に晒されてきた自分。
言いたくはないが、『ゼロ』だって大差無い。

「そうよ。今更じゃないの」
毅然と顔を上げた彼女は、剣を杖代わりに歩き出す。
意味はそこにある。

常に、目の前に。



「……っと」
荷車の残骸から、荷物と鞘を引き摺り出した。
今更、自分の私物など失っても気にならないが、中には捨ててはならぬ物もある。
鞘にデルフリンガーを納め、背中に背負った。
少し長いが、まあ大丈夫だろう。

「リンディ」
声を掛けると、彼女はゆっくりと振り向いた。
月明かりの中。
今にも消えてしまいそうな、儚げな笑み。
ルイズは奥歯を強く噛み締めた。そうだ――余計なことは考えなくていい。
言うべき事は一つだけ。

「帰るわよ。学院に」
「……でも」
「口答えは無し」
微かな躊躇いの気配を無視して、ルイズは強引に腕を掴んだ。血の滲んだ左手の、白い指先。
手早く布で拭う。
右手は手袋で覆われているから分からないが、ぞっとする程冷たい。
「早く帰って眠りたいのよ。のんびりしてる時間は無いの」
「え、と」
「あんたも隣でちゃんと寝るのよ。明日は無理でも、明後日位にはお城に報告に行くつもりだから」
「――風邪、うつっちゃうかも知れないわよ?」
苦笑する彼女。
悲愴感など全く含まないその口調に、一層腹が立つ。
それでもルイズは、ただ、そっと抱きしめた。
「だったら、早く直しなさい」
「そうね」
同じように、彼女も柔らかく腕を回してくる。

「確か、馬が一頭残っているからそれで帰りましょう。わたしはルイズさんの後ろに」
「飛んで帰って」
抱きついたまま、ルイズは強い口調で言う。
「来た時と同じに、飛んで帰って」
「――あのね、それはちょっと」
「わたしの『フライ』って成功した試しが無いんだもの。だから絶対落としちゃダメ」
「うわー……本気?」

酷だ。
リンディは思わず天を仰いだ。
我がご主人様は、学院に戻るまで『眠る』事も許してくれないらしい。
しかも――その為に選んだ方法が、自分自身を使った脅迫である。
(そうよね。飛んで帰る場合は、意地でも意識を失えないものね)
例え低空でも、あの速度で地面に叩き付けられれば大怪我では済むまい。
言ってる本人も無茶は承知だろう。

それに、そこまで無理をして戻ったとしても、意味は無いのだ。
治療法など存在しないのだから。
逆に、魔力爆発による被害を周囲に与えかねない。ここを動かない方が無難だと思う。

だけど。
「仕方ないわね。まあ、月も綺麗だし。夜空をのんびり行くのも悪くないかな」
彼女は諦めたように頷いた。
これでは、今更文句も言えない。
勝手に居なくなるなんて許さない――と、ルイズが全身でそう叫んでいるから。

能力強化の残り時間はあと僅か。だが、もう脅威は存在しないはず。
今まで展開していた全ての探査魔法を解除する。幾重にも張り巡らせていた防御魔法も。
最低限の風除けと、防寒が出来れば充分だ。
身体の方は――あまり考えたくなかった。
一度枷を外してしまった以上、もう多少遅延させる程度の効果しか望めない。
手足の先の感覚が無い理由は想像出来るが……それも止める。考えるだけで痛いから。
面倒なので、痛覚だけ遮断。
制御以外のあちこちを削って、何とか僅かなリソースを捻出してみる。

まあ、これならお茶の時間くらいは。

「帰ったら、何か甘い物でも用意する? 疲れちゃったし」
「悪くないわね。でも、寝る前だと太るわよ」
「う」
素知らぬ振りで、あらぬ方向を見上げるリンディ。同じ事を息子に言われたなあ、と思い出す。
その後、一週間の菓子断ちという地獄を思い出して首を竦めた。
「ま、まあ、それは着いてから考えるとして」
取り繕うように囁く。
「じゃあ、行きますよ」
「……うん」
抱きしめる腕に力が籠もる。そんな彼女を、力場が丁寧に支えて。
二人はゆっくりと、静謐な夜空に舞い上がる。

徐々に高度を上げる中で、ルイズは小さく口を開いた。
その視線は、暗闇に沈んだ大地に向けられている。
さよなら、と紡がれた弔いの言葉は、果たして彼に届いたのだろうか。





月光の降る地にて。
何かを求めたのだろう。一頭のグリフォンが舞い降りる。
元々荒地だったその場所は、見渡す限り掘り返されている。明日になれば野鳥が集うかもしれない。
彼は、太い首を巡らせた。
微かに光るのは、砕け散った金属の欠片。錬金魔法が作り上げた防壁の残滓。
その近辺だけ地面の崩れ方が激しいのは、何かしらが穴を掘った痕跡だろうか。
他にも、足掻いた形跡は幾つも残っていた。

無論、彼には分からない。

何れにせよ――元の形を残した物など、視界のどこにも存在しなかった。
僅かに、首を傾げる。
風に混じって、何か聞こえた気がしたのだろう。
ゆっくりと歩を進めていく。
それは怨嗟か、苦鳴か。または悔恨の嘆きか。それとも――結局、単なる風音だったのか。
彼は、何気なく足を止めた。

やがて。
グリフォンは、夜空へと飛び去った。
彼が何を見たのか、何を見付けたのかは不明である。ほんの僅かな違和感を、その飛び方に感じさせるだけだ。
徐々に高度を上げる雄姿を、月明かりが照らし出す。

――が、その背中に人影らしき姿は、やはり無かったように思われる。










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