空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 夏色四片 第24話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:24   >>

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その少女がそれを見付けたのは、偶然ではない。

あれから数日。
シエスタは、一日に何度も彼女たちの部屋を訪れ、不在を確認する日々を過ごしていた。
仕事が終わった夜になっても、やはり同じように。
出来る限り人目を避けてはいるが、このまま続けば、不審に思われるのはそう遠くないだろう。
もっとも、続けばの話だ。――どうせそう長くはない。
仕事仲間に心配されているのは気付いている。
だが、今は他のことを考える余裕は無かった。全ては、終わってから。
寝不足による隈の浮かんだ顔で、もう一度夜空を眺めた。相手はどこから帰ってくるか分からないから。

(寒い。今夜は少し冷えるなあ)
門の方へと目をやり、溜息を吐く。
徒労かもしれないとは思う。ミス・ロングビルからも、いつ戻るか分からないと聞いている。
逆に、すぐ戻るかもしれないとも。
今夜は特にその可能性が高い気がする。先程の幻には凄く驚いたし。
何の為に出掛けたのか、詳しくは知らない。
おそらく王女様に頼み事をされたのだろうが、平民の自分には雲の上の話だ。
それがどれほど重要なものか、想像すら出来なかった。

――だけど。
代償として、貴重な時間を削る価値があったのだろうか。
このまま戻らないなら、それも構わない。自分の知らない場所で、多分そうなったのだろうから。
では、戻ってきた時は?
最後の機会に接した時に、自分が何をすべきかは分かっている。

淡い月明かりの中に、ついにそれを見付けてしまった時。――彼女は手の中の包みを握り締めた。
自覚はしている。
分かっているからこそ、今でも迷うのだと。



深夜だというのに、トリステイン魔法学院は少しばかり騒がしかった。
そこかしこで囁かれる、妙な噂。
今までも幾度となく上がったその名前が、今回は意味合いの異なる話題となっている。

「全く、彼女には困ってしまうよ」
ぶつくさと呟きながら、ギーシュは相手の部屋へと歩を進めていた。
正直、足取りは重い。
あの妙齢の女性――リンディはどうも苦手である。
決闘の件については、あの後、丁寧に頭を下げられた事もあって気にしていない。
ただ、時折菓子などを持って遊びに来る彼女から、未だに恋愛話を振られるのだ。
幾ら説明しても、いつの間にか話がおかしな方向に行ってしまう。
遊ばれてるような気はするのだが、
「悪気が全く無いのも分かるからねえ」
彼は頭を掻いた。
楽しそうなあの使い魔からは、近所の子供と遊ぶような雰囲気しか伝わってこない。
多少不満だが、怒るほどの事でもなく。
結局は、何度となく茶飲み話に付き合わされている。

「とは言っても、今日は聞かなければならない話があるんだ。いつものようにはいかないぞ」
ギーシュは少しだけ表情を改めた。
寝ていた者には関係無かったが、起きていた者は、ほぼ全員が例の幻を見ている。
原因は考えるまでもない。
(……まさか、先住種族だったりしないだろうね)
少しだけ不安を覚えたが、そういったイメージと彼女は結び付かなかった。

「それに、居ないかもしれないしさ」
あの幻が今現在の映像なら、彼女たちは外出中のはずである。
何がどうなってるのか知らないが、極めて緊迫した状況に置かれているのは理解出来た。
おかげで、気になって眠れないではないか。

確かめなければ――そう思って廊下の先を眺めると。
目的とする部屋の扉が、静かに開く様子が目に入った。


      ◆   ◆   ◆


いつもと多少異なる雰囲気には気付いたが、特に詮索する必要も無いだろう。
一応、門から入るのは諦めて、目立たぬよう窓から入る。
それと同時に。
かろうじて維持していた飛翔魔法が消失。バリアジャケットも解除されてしまった。
まさに間一髪である。

(無理もないかな)
腕に抱えていたルイズを、そっとベッドに降ろした。
完全に意識を失っている。
途中までは気の強さを見せていたのだが――今夜の出来事は、彼女の心にとって少々酷だったらしい。
いつの間にか、糸が切れるように眠ってしまったのだ。

「当たり前よね。死にそうな目にあったんだもの」
色々と、衝撃的な事実に触れたりもしたのだから。
錯乱しなかっただけでも、褒められる資格があると思う。

寝具を整え、思ったよりも安らかな寝顔を眺める。
最後に空を飛んで帰ったのが、良かったのかもしれない。
(夢も見ないで、ぐっすり眠ってくれそうね)
悪夢に悩まされる事も無いはずだ。
朝になれば激しい混乱が襲うだろうから――今だけでも安らかに。



微笑みながらルイズの髪を撫でていた彼女は、不意に時間が無くなったことに気付いた。
立てかけておいたデルフを引き抜く。
「ちょっと夜風にあたってきます。ルイズさんを宜しくね」
「おう。……あー、その、何だ」
珍しく、彼は言い淀んだ。
「なに?」
可愛らしく小首を傾げたリンディに、デルフは苦笑する。
「いーや。さっさと鞘に戻してくれ。何か余計なこと言っちまいそうだ」
「ごめんね」
剣を元通り立てかけると、彼女は左手の指輪『風のルビー』を外した。
同じように枕元に置く。

扉に手を掛けたリンディは、一度だけ振り返った。
ベッドから聞こえる、微かな寝息。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
いつも通りに手を振ると、彼女は静かに扉を開けた。




「え?」
「あら?」
ギーシュはドレス姿の相手に、目を丸くした。
半信半疑ではあったが、本当にいるとは思っていなかったのだ。
(……いや、逆だよ)
と思い直す。
先程の幻の方が変なのであって、今彼女がここにいる事は、それほど不思議ではない。
「ここ数日、出掛けてたみたいだけど、戻っていたんだね」
「ええ。ついさっきね。ルイズさんはもう寝ちゃいましたけど。疲れたんでしょう」
「そうなんだ。――あ、そうじゃなくて」
あっさりと言う彼女に、彼は聞かねばならぬ事を思い出した。
ドレスについてもだが、今はこちらの方が先だ。
「さっきの魔法は、君がやったのかい?」
「魔法って?」
「いや、何というか」
もしかすると、衛士隊の人と戦ったりしなかったか? ――そう言いかけた彼は口籠もった。
よくよく考えると、馬鹿馬鹿しい話だ。
確かに、他にも見た者は何人かいるが、あれがこの使い魔の仕業という証拠は無い。
第一、素直に答えるかどうかも、あやしいじゃないか。
夢でも見たのだろうとか言われて、あっさり煙に巻かれる気もする。
口では絶対勝てないし。

「ああ、いいんだ。明日ルイズに聞いてみることにするよ」
「はあ」
「それより、随分顔色が悪いよ。君も疲れてるんじゃないのかい?」
「そうですね。では、何か温かい物をいただいてから、寝ることにします」
軽く会釈すると、彼女はそのまま歩いていく。

その方向がやや見当違いだと思ったギーシュは、注意する為に声を掛けようとしたが、
(大丈夫そうだね)
後を追う人影に気付いて、肩を竦めた。
普段からリンディと仲の良い、平民の女性。
彼女の抱えている包みが多少気になったが、彼は諦めたように踵を返した。
明日にしよう。
今夜は、もう遅いのだから。


      ◆   ◆   ◆


学院から少し離れた場所に、豊かな草原が広がっていた。
リンディは知らない事だが、かつて大勢の生徒が使い魔の召喚を行った場所である。
その中程で、彼女は両手足を広げて寝転んでいた。

ここなら、何が起きても周囲に被害は及ばないだろう。

「気持ち良いわねー……」
風が頬を撫でる感触は、まだ僅かに感じられた。
思い切り背伸びをする。
が、腕はもう動かなかった。足は僅かに反応があったが、それきりである。

実際、よくここまで保ったものだ。
リンカーコアの制御に必要なリソースは、今も増加しているのに。
このままなら――暴走を起こす前に、身体の方が力尽きる可能性が高い。
最良の状態だと思う。
(その方が迷惑をかけないからね)
リンカーコアを維持したままの暴走と、失ってからの暴発では威力が異なるからだ。
前者は、短時間ながらも持続性のある魔力放出、後者は、一瞬での魔力拡散。
魔法として制御されない魔力なら、それほどの脅威は発揮しない。――はずだ。
まあ、確かに。
(自慢じゃないけど、わたしの最大許容量は大きいもの。気を付けないと)
これくらい広い場所なら、多分大丈夫。



不意に襲った喉の圧迫感に、激しく咳き込んだ。

遮断している為に苦痛は無いが――
(息が満足に吸えないっていうのは、苦しいものね)
口元から溢れ出した血も、気分的にはあまり良くない。

さほど時間は残っていない。
リンディは霞み始めた目で、夜空を眺める。
月。
一つしか見えないが、ここには二つの月が存在している。
魔力に満ちた、この世界には。
(そういえば、警告を残す時間、無かったなあ)
息子や娘、その友人たちが無警戒にこの世界に足を踏み入れたら、自分以上に危険だろう。
だが、実のところ、彼女はそれほど心配をしていなかった。

幾度となくこの世界の魔法に触れて、分かったことがある。
これだけ魔力に満ち、魔法が日常的に行使されている世界が、管理局に一度も観測されなかったのは何故か。
理由は色々と想像出来るが、おそらく、根本的に異なる点があるのだ。
例えば――時間軸?
管理局の把握している世界は、多少の差異があるにせよ、ほぼ一定の時間内に存在している。
知人の相当数が別世界の出身だが、老化速度に大幅な差は無い。……多分。
まあ、自分も含めて、女性に年齢の話は禁句だから。
とにかく。
観測されない明確な理由があるなら、誰かが足を踏み入れる心配も少ないはずだ。
召喚魔法については――どうしようか?

(あー……。今更何を考えてるんだか)
リンディは思わず苦笑した。
この期に及んで、つまらない事を考える自分に笑ってしまう。
(家族の事を思い出して、哀愁に浸るとか)
あるいは、死の恐怖に泣き叫ぶとか――そういった可愛げには縁が無さそうだ。
折角、こんな気持ちの良い夜なのだから、最後まで情緒的に……?

(あれ?)
一瞬、聞き間違いかと思った。
こんな夜更けに、こんな場所に人がいるはずはない。
と言うより、いては困る。
首を動かすことは諦めて、視線だけ何とか横に向けると、確かに人影らしきものが見えた。
微かに響く、草を踏む音。
(こっちに歩いてくる?)
少し慌てる。
誰かが、こんな場所に寝ている自分を不審に思ったのだろうか。
だとすると、人を呼びに行ってしまうかもしれない。それは出来れば避けたかった。
が、幸いにも。
そんな様子を見せることなく、人影は一定の歩調で近付いてくる。



(……どうしよう)
リンディは困惑を隠せなかった。
目の前に立ち止まった相手は、黙したままこちらを見下ろしている。
ぼやけた視界では、相手の顔を判別出来ない。かろうじて女性だという事が分かるだけ。
ただ、服装だけは見覚えがあった。
何とか息を整えると、彼女は一言だけ問い掛ける。
「――誰?」
僅かに乱れる気配。

暫く沈黙を保った相手は、やがて――

「シエスタです」
と、呟くように名を告げた。


      ◆   ◆   ◆


「目、見えないんですか?」
平坦な口調で聞くシエスタに、リンディは微かに頷くことで肯定した。
口を開こうとしたが、再び激しく咳き込む。
ここを去るように言わなければならない。だが、とても説明出来そうにもない。
だけど、それよりも。
彼女は何の為に、ここに来たのだろう。
そう疑問を視線に込め、彼女はただ見上げている。

その様子を。
黙って眺めていたシエスタは、腕の中の包みをゆっくりと解いた。

金属で出来た細長いの物が、月明かりの下、鈍い光を放っている。
(剣……かしら)
薄雲のせいで、月がやや翳る。
訪れる深い闇。俯いたシエスタの表情は、全く分からない。
彼女は、解いた布を無造作に投げ捨て、それを両手で握り締める。

震えながら頭上へと振りかぶった相手に、リンディは思わず笑みを浮かべた。

――困った。
心残りが出来てしまった事を自覚する。
そういえば、彼女にあの視線の意味を聞いていなかった。
聞いておけば、この理由も分かったかもしれないのに。
だから。
「……一つだけ……聞いてもいい?」
「なんでしょう?」
囁くような問いに、感情を押し殺した声が応える。
「わたし……どこかで、あなたに会ったこと……ある?」
「いいえ」
シエスタは否定した。
「一度も、会ったことはありません」
「……そう」
言葉に含まれた真実の響きに、リンディは満足した。
事情は分からないが、彼女にはそうするだけの理由があるのだろう。




この広い草原の中、淡い緑色のドレスを身に纏ったその姿は、幻想的ですらある。
確かに、顔色は真っ青だし、胸元は血で汚れている。
それでも。
まるで精霊のような彼女の美しさは、全く損なわれていないと思えた。
「……もう、お眠りになってはいかがですか?」
浅い呼吸を繰り返す相手に、シエスタは声を掛けた。
血に塗れた唇が、微かに動く。
そうね――微笑みながらそう呟いた彼女は、静かに目を閉じた。

一言、シエスタは呟いた。
聞かされていた内容を、一言一句間違うことなく。
相手と、あの人に告げるように。

やがて。
彼女は、振り上げた両腕に力を籠めると――絶叫と共に、それを眼下へと突き立てた。










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