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zoom RSS 夏色四片 第25話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:25   >>

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ノックの音がする。
繰り返し、強く、弱く。それと一緒に男性の声。聞き覚えはあるのだが、それほど親しくもない気がする。
誰だろう、こんな――えっと、多分……夜中に。

眠ったまま眉を顰めたルイズが、徐々に頭を回し始めた頃。
扉の前に立つコルベールは、やや苛立ちを含んだ表情を浮かべていた。
原因は、先程耳にした件である。
例の幻覚騒ぎのせいで、深夜になっても出歩く者は多く。巡回中だった彼が、ギーシュと出会ったのは偶然だ。
他の生徒同様に注意したところ、言い訳と共に聞けたのが、この内容。

ミス・ヴァリエールとその使い魔が、既に学院に帰還しているという。

学院長から聞いた話によれば、現在彼女たちは姫殿下の密命により不在のはず。
あれから数日しか経っていないのだ。それほど短期間にこなせる任務が、勅命で下されるとは考えにくい。
仮に早期失敗という結果が出たのなら、城に直接報告に行くべきである。
だが。
あの使い魔――ミセス・ハラオウンが先住魔法を使ったのであれば、話は別だ。
彼女は根本的にメイジと異なる。
この目で見たわけではないが、あれだけの魔力を保持する存在が使う魔法は、想像を絶する力を発揮するだろう。
無論、魔法だけではなく、様々な経験に裏付けされた判断力も相当なものだ。
任務が如何なるものであれ、何らかの対応策を必ず見出す能力を持っている。

普段はのんびりとしているように見えて、常に周囲への警戒を怠っていない慎重な女性。
正直に言ってしまえば――『炎蛇』の歯が立つ相手ではない。

だからこそ、今回の件は不審なのだ。
あんな幻覚を大勢に見せることで、自分が先住種族である事実を公にする意味がどこにあるのか。
主人の危機を訴えるにしても、詳細な場所や状況を伝えねば無意味。
様々な要因を考慮に入れても、デメリットばかりが目に付いた。
予想し難いが、それでも敢えて推測するなら。

(何かあったのだろうな。予想外で、彼女にも対処出来ない様な事態が)
何れにせよ、話を聞かねばなるまい。

ギーシュから彼女は外出したらしいと聞いて、それならばと足を向けたのがこの部屋である。
夜分なれば非常識とも思うが――未だ在室中の主人の方でも構わない。
それ故に。
「ミス・ヴァリエール! いい加減、目を覚ましてくれないかね!」
彼はもう一度だけ、強く扉を叩いた。



「ふわい」
寝ぼけ眼で返事をすると、痺れを切らしたコルベールが扉を開けた。
旅装のまま寝ていたルイズの様子に、僅かに眉を顰める。
「どうやら戻ったばかりのようだね。疲れているところ済まないが」
「……はあ」
ぼんやりと見上げる視線の前で、彼は慌ただしく問い掛ける。
「細かい事は知らないが、任務の方は無事終えたのかね?」
「任務……」
「それとミセス・ハラオウンが見当たらないようだが、どこに行ったか知らないかね?」
「……ハラオウン?」
誰だっけ? と鈍くなった思考を回転させる。
(あー、そう言えばリンディの家名だったっけ。リンディならそこに……)
と、のろのろと首を回した彼女の視界に、光る物が映る。

(何かしら?)
目を細めると、大きな指輪のように見える。どこか見覚えのあるような――

唐突に身を起こしたルイズに驚き、コルベールは後退った。
彼女は、摘み上げた指輪を無言で睨み付けている。
「ど、どうかしたのかね?」
その余りに険しい表情に、彼はやや気後れを感じながら話しかけた。
「その指輪に、何か問題でも?」
沈黙。
――いや、ぎりと歯を食いしばる音が聞こえてくる。
「あのバカ……許すわけないでしょうが……!」
まるで呪うように呟いた彼女が、ベッドから飛び降りた時。

暗い部屋が、外からの激しい光に染め上げられた。



「何だ?!」
コルベールに続き、ルイズも窓に駆け寄る。
学院からやや離れた場所に、巨大な光の柱が見えた。まるで滝を逆さにした様な、地面から吹き上がる緑色の光。
その凄まじい光景には、二人とも見覚えがあった。
しかし。
以前と比べて遙かに大規模な点が、根本的に異なる。

ルイズは身を翻すと、扉の方へ走り出した。
――が、
「ミス・ヴァリエール! こちらの方が早い!」
「!」
窓から身を乗り出したコルベールの言葉に、再度方向を変える。
意外な機敏さに内心驚きつつも、
「お願いします!」
そう叫んだ彼女は、相手の腕に縋り付いた。


      ◆   ◆   ◆


「なんだい、ありゃ?」
風竜の上で、ロングビルは呆然と呟いた。
進む先に見える巨大な光の柱。天と地を繋ごうとするように、煌々と輝きを放っている。
「学院の近く……よね」
応じたキュルケの声も、緊張でやや掠れていた。
それほど圧倒的で――それでいて現実感の無い光景なのだ。何が起きているかなんて想像も出来ない。
ただ、あの緑色の輝きには、多少なりと心当たりがあった。

「あの連中に、何かあったのかね」
ぽつりと呟かれた内容に、タバサが目を厳しくする。
急いで、と声を掛けられた風竜は、一声上げて高度を下げながら加速した。



まるで、嵐のようだった。
その地点を中心に、不思議な透明感のある光が、天に向けて吹き上がっている。
直径数十メイルにも及ぶ巨大な柱。
以前のような上だけではなく、周囲にも余波が及んでおり、近付くことすら出来ない。

「何よ、これ!?」
ちりちりと肌を焼く魔力風に圧されながら、ルイズは叫んだ。
「一体、何が起きてるんです? 前と同じなの?」
「いや、前とは全く違う!」
コルベールは怒鳴るように応えた。
中心点に見えるのは、横たわった女性――リンディの姿。
それだけなら召喚時と同じだが、今回は明らかに異なる点がある。
彼女の胸の脇に突き立った、杖らしき物。
その先端にある宝石のような石が、眩い光を放っている。
(あれが原因という事か?)
彼女の力を、虚空へと吸い上げているのは。

前の時は――周辺から集めた魔力を、上空へと強引に押し流しているように見えた。
だが、今回は違う。
この膨大な光の全てが、横たわったリンディ自身から放出されている。
それが、どれほど怖ろしいことか。
(人が抱えられる力とは思えんな)
背筋が寒くなるのを自覚した彼は、再度目前の光景を分析する。
上空へ撃ち出されている光には、おそらく殺傷能力があるはずだ。周囲の余波ですら、肌が焼けるような感触がある。
不可解なのは、これだけの魔法を使用している人間の意識が、明らかに失われていることだ。
おそらく、外的な要因が彼女の魔力を引き出している。
要因――それが、杖の先端にある宝石?

「コルベール先生!」
後ろから掛かった声に、思考が中断される。
振り向くと、教え子の一人が青い顔で息を弾ませていた。
気付けば、学院の方から、次々と生徒や教師が集まって来ている。これだけ派手な見せ物なら当然だろう。
少々問題のある状況が、進みつつある。
「きみたちは戻りなさい――」
そう口を開いた瞬間、

「割れる!?」
ルイズの叫び声が響いた。

甲高い音を上げ始めていたそれは、見る見るうちに罅が増え――唐突に砕け散った。
それと共に、あれだけ輝いていた光も完全に消え去る。
いきなり訪れた暗闇に、その場のほぼ全員が対応出来なかった。それでも、
「リンディ!」
そう叫んだルイズだけは、無我夢中で走り出していた。

ほぼ同時に、上空から風竜が舞い降りる。
「ヴァリエール! 何なのよこれ!」
走り寄ったキュルケは、ルイズの肩越しに『それ』を視界に入れて愕然とした。
抱えられているのは、ドレスを血に染めた彼女の使い魔。
一瞬、死を予想したが、浅く胸が上下しているのを見て、かろうじて生きている事を理解した。
しかし。
「見せなさい!」
続けて駆け寄ったコルベールが、容態を確認して厳しい表情を浮かべる。
呼吸も脈拍も極めて弱い。肺以外の臓器も損傷しているようだ。
「急いで対処しないと、間に合わんな」
漏らされた言葉に、ルイズは弾かれたように立ち上がった。
振り向くと、既に相当数の生徒達が遠巻きに眺めている。中には数人の教師すらも。
「手を貸して! 時間が無いの!」
そう怒鳴ると、数人が顔を見合わせたものの、動こうとはしなかった。
動けるはずが無いのだ。――理由がある。

代表するように前に出たのは、ギーシュだった。
恐る恐る口にする。
「し、しかし、それは先住種族だよ?」
「!」
強い視線で応じるルイズに戸惑いながらも、彼は、更に言葉を続けた。
「さ、さっきの光だって、それの仕業だろ? き、危険じゃないのかい?」

危険と言うより、とても怖ろしい。
あんな魔法を目にした事は無いし、何よりも心の底に刻まれたものがある。
圧倒的な魔力が与えてくる、根元的な恐怖。あれを怒らせたら一瞬で消されてしまうという、畏怖にも似た怖れ。
彼が口にしたことは、その場にいる全ての者が感じていた。
そう、コルベールさえも。
それは、人であれば大なり小なり感じる事。生物的に上位の者から受ける、絶対的な恐怖だったのである。

故に、誰も動かず――微妙な沈黙が辺りを漂う。




「だから、何?」
凛、とした声が響いた。

――それは、さほど大きくもないというのに。

「この使い魔は、主人の為に全てを懸けたのよ。――命だけじゃなく、全てよ」
懐かしい故郷に帰るという希望も。
大事な家族に、もう一度会いたいという心も。

「リンディの命は、多分、彼女だけの物じゃない」
朗々と告げられる言葉が、周囲の空気を塗り替えていく。

ルイズは、一歩踏み出した。
気圧されるように、ギーシュが数歩下がり――腰を抜かしたように座り込む。
「死なせないわ」
見渡された視線に晒された者は、次々と冷や汗を浮かべていく。
恐怖ではなく、己の矮小さを自覚して。
いや。あるいは恐怖だったのかもしれない。目の前の少女に感じたのは、恐れにも似た畏怖の感情。
打ち震える一同を、小さな主が睥睨する。
「主人であるわたしが決めたのよ。こんなところで、リンディを死なせない――」
彼女は、大きく息を吸った。
そして――

「絶対に、死なせるもんかぁっ!」
怒号にも似たその宣言は。
――居合わせた者の全てを、雷の如く貫いた。




最初に動いたのは、タバサである。
素早くリンディの元に駆け寄ると、彼女に浮遊の魔法を唱えた。
しかし、先程の戦闘の影響か、それで打ち止めだったのだろう。次の魔法は発動しなかった。
「……手伝って!」
珍しく強い口調の彼女に、慌てて数人の生徒が集まっていく。学院に一刻も早く運ばねばならない。
言わずとも、彼等の意志は一つになる。
それを確認したルイズは、他の生徒にも目を向けた。
「誰か先に行って、水系統の人たちを叩き起こして。全員よ!」
数人から了解の声が上がり、次々と飛行魔法で飛び去っていく。

「ぼ、僕は何をすればいいかな?」
ギーシュは、先程の様子が嘘のように、勢いよく声を掛けた。
心変わりをしたというよりも、それ以上の興奮に満たされて。
彼は、感動していたのだ。
使い魔を大事にすることなら、誰にも負けない自信はある。慕われている自負もある。
それでも、ここまで主従の絆を見せられては、黙ってはいられない。

「水系統は得意じゃないわよね?」
「ふ、普通だと思うけど」
「それじゃあ――」
ルイズは、リンディがいた場所を眺めた。転々と見える、砕け散った宝石の欠片。
「あれを全部集めて。リンディの物かもしれないから」
「あれを? 粉々じゃないか」
「それでもよ。自慢してたでしょ、あんたの使い魔がそういうの得意だって」
必要無い事かもしれないが、出来る限りの事をしてあげたい――彼女の眼差しから伝わるその意志を、彼は汲み取った。
大袈裟なほど大きく頷く。
「確かに、ヴェルダンデと一緒にやれば何とかなるか……分かった、任せてくれ!」



矢継ぎ早に指示を出すルイズの様子に、コルベールは泣きそうな笑顔を浮かべていた。
衝撃だった。
この数日で何があったのかは知らないが、まるで別人のような気迫を見せる少女。
小さな体躯に、想像も出来ないほどの活力が漲っている。
自分が、あまりにも情け無く感じた。
穏やかな生活の中で、根本まで眠ってしまっていたようだ。戦以外にも使い道があるだろうに。

急いで学院に戻ろうとした時、近付いてくる女性に気付いた。
「ミス・ロングビル? どうして貴女がここに?」
「えー……少々事情がありまして。あの子たちの引率です」
と、彼女は後ろを指差した。残っているのはキュルケだけだが。
「それより、何があったんです? あの使い魔は、一体何をしたのでしょうか」
「分かりません。全く分かりません。興味は湧きますが……おそらく理解出来ないでしょう」
「そう。……そうなんでしょうね」
理解する必要も無い――と残念そうに俯くコルベールに、ロングビルも同意するように頷いた。

「さてと」
ルイズが水系統のメイジを手配しようとしているのを聞いて、キュルケは肩を竦めた。
残念ながら彼女は、治療に関する魔法は今一つである。
(役に立ちそうにないわね。まあ、散々働いた後だし、いっか)
そう割り切ると、彼女はリンディが倒れていた場所を観察した。
まるで大規模な魔法が爆発したかのように、中心から四方へと草が薙ぎ倒されている。
中心部は完全に乾き切っており、かなりの熱量であったことが窺えた。
(これで余波なんだから、上に撃たれてた分ってどうだったのかしらね)
もしかすると、城一つ吹き飛ばす程の威力があったかもしれない。

「やっぱり凄いわねえ。……助かるといいけど」
多少怖れは感じるが、色々と面白いのは間違いない。治療が上手くいくことを祈っておく。

興味深げに見回していた彼女は、視界に映った違和感に目を細めた。
今居る側――学院側から反対の方向の草原に、何かが滑ったような跡がある。
月明かりのせいで、良く見えないが……何かが転がったような。
気になったキュルケは、足早に歩いていった。


      ◆   ◆   ◆


「ルイズ! ちょっと!」
学院に向けて走り出そうとしたルイズを、キュルケの叫び声が引き留める。

「何よ!」
苛立たしげに振り向いた彼女に、緊迫した様子の、思いも掛けない内容が伝えられた。
「こっちにも一人、大怪我してる子がいるの!」
「……何ですって?!」
慌てて駆け寄ると、座り込んだキュルケが女性を一人抱えている。
見覚えのある、平民の女の子。
「嘘……何でシエスタが?」
ルイズは、呆然と立ち竦んだ。――が、詮索は後回しだ。
まだ残っていた生徒たちを、大声で呼び集める。コルベールとロングビルも近寄ってきた。

「命に別状は無さそうだが、どちらにしても重傷だな」
コルベールの言う通り、見た目からもそれは判断出来た。
全身の擦過傷と火傷、打ち付けた打撲跡。左腕も折れているようだ。

「もしかして、あそこから飛ばされたのかしら」
ロングビルが、リンディの居た位置を振り返る。
かなりの距離がある。状況からすると、水平ではなく斜め上に弾き飛ばされたのではないか。
だとすると、相当高い位置まで?
草原で衝撃が和らげられなければ、死んでいた可能性もあった。
「と、とにかく急いで」
混乱しながらも、ルイズの指示でシエスタも運ばれていく。
キュルケは軽く話しかけたが、あんたは叩き起こし役! と怒鳴られ苦笑した。
が、そのまま学院へと走り出す。
その場に残った生徒は、ギーシュとその友人の数名のみ。



「いやしかし、聞いていたよりも凄まじかったの」
彼らを手伝おうとしたコルベールは、唐突に掛けられた声に驚いた。
慌てて振り向くと、年老いた学院長が丁度ミス・ロングビルの腰に手を近付けたところで。
ぱん、と景気良く払いのけられた音も、同時に耳に入った。
「オールド・オスマン? 一体いつの間に」
「ついさっきじゃ」
いやあ派手な見せ物じゃったのー、と目を細める姿に、コルベールは肩を落とした。

とは言え、先程の台詞は耳に残っている。
「そんな事より、『聞いていたよりも』とはどういう事です?」
「はて?」
明後日の方を向いた彼の様子に、ロングビルも思い当たる。
「まさか、あのメイドが何か知っていたというのでは?」
「ん? ああ、そういえば、手紙を届けたのはミス・ロングビルじゃったか」
ふむ、と顎髭を撫でながら、オスマンは深々と頷いた。
「別に大したことではない。どうせあの使い魔が助からねば、意味の無い話じゃからの」
それきり口を噤んで目を閉じる。

こうなると、この老人から何かを聞き出すのは不可能だ。
そう悟ったのか、二人は顔を見合わせて溜息を吐く。

「――それにしても、あの使い魔」
終わったかと思い、気を抜いた時に再び始まる学院長の呟き。
ロングビルは一瞬無視しようかと思ったが、
「本当に、ミス・ヴァリエールの使い魔なのかのう」
と、聞き捨てならない内容に目を剥いた。

厳しい視線が注がれる中、オスマンは悠々と歩き出す。
「ただの憶測なんじゃが」
その先には、夜陰を掻き消すように各所に灯りの点いた、トリステイン魔法学院。
「彼女の使い魔は、どうも他にいるような気がするんじゃがの」
疑問符を浮かべた二人が、慌てて後を追う。
もちろん、浴びせかけられる問いに老人が応える事も無く。

そして――この日の学院の夜は、果てしなく長かったと伝えられる。










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