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zoom RSS 夏色四片 第26話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:26   >>

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ノックの音に返事をしてみれば。
いつも通りの顔が、扉の陰から覗いていた。

「またか」
「何よ、失礼ねえ」
ほら差し入れー、とお茶を見せびらかしながら、キュルケは足で扉を閉める。
幾ら両腕が塞がってるとはいえ、貴族の令嬢としては些か行儀が悪い。
「……ちょっと、何なのこの有様」
そこら中に散らばった紙、紙、紙の山。
彼女は戸惑いつつも、ティーセットをベッドの脇に置いた。

「余計なお世話よ。それで何の用なの? 今忙しいんだけど」
ルイズは振り向きもせず書類に向かっていた。
幾度も書き直しているそれは、王女に向けた感謝の書状である。
「直接会う予定もあるんでしょ? 適当でいいじゃない」
「それじゃダメなの!」
軽い冗談なのに、という顔のキュルケを睨み付けてから、再びペンを走らせた。
とにかく、誠心誠意を込めて書かねばなるまい。

何しろ――この数日間に消費した秘薬等の莫大な代金を、全部出して貰ったのだから。




あの日。
一進一退の危険な状態が続いていたリンディの容態が、何とか快方に向かったのは明け方近くだった。

それを見届けると同時に、今度はルイズが昏倒する。極限の緊張と疲労で、彼女も限界に達していたのだ。
目が覚めたのは深夜。
その間、城へ早馬が手配され、事情を知りたがった王女から書簡が届いていた。
あまりにも早い帰還の為、不首尾に終わったのかと危惧しただろう。

翌日の昼には、学院前に迎えの馬車が待機していたのだから、行くしかない。
疲労が残る身体で、目覚めぬリンディに想いを残しながら城に向かう。
学院長が手配した付き添いは、事情を知っている者の一人、ロングビル。
もっとも、彼女は大まかな状況しか掴めていないのだから、本当に単なる付き添いである。
城についてからは、お茶を飲んでいただけだったそうだ。

王女に謁見したルイズは、預かった手紙を献上。それと共にウェールズの言葉を伝えた。
最初は落胆の色を見せたアンリエッタだったが、必ずしも討ち死にするつもりではないことを聞いて――多少なりと安堵したようだ。
未だアルビオン内戦の結果が出ていない事も、彼女の心を落ち着かせた。

風のルビーを胸に抱いたアンリエッタは、愛する人の無事を祈る。

その光景に、ルイズは複雑な笑みを浮かべた。
肩が軽くなったような、爽やかな気持ちを感じたのは事実だが――同時に、少しばかり残念にも思ったからだ。
彼女は知っていたのだ。この場にいる資格が、本当は誰にあったのかを。

その後。
アンリエッタは、当然のようにルイズを質問攻めにした。
これほど早く帰還出来た方法。
使い魔であるリンディが同席していない理由。
何故か姿の見せぬワルドの所在。

特に、あのワルドが貴族派であった事は、彼女を混乱に陥れた。
衛士隊、それも隊長職にあるメイジが裏切り者であったなどと、俄には信じられなかったのである。
その上で。
結果的に、ルイズたちが『暗殺』という最悪の事態を阻止した事を知り、彼女は更に感激した。
「ルイズ――ルイズ・フランソワーズ! あなたって本当に素晴らしいわ!」
「いえ、そんな。わたしは何も……」
「それで、リンディという御方のご容態は?」
「正直に申しますと、あまり良くはないのです。意識も戻りませんし……お薬の手配も、その、あまり」
力無く俯いたその様子に、アンリエッタは、ぽんと軽やかに手を打った。

「こうしてはいられないわ!」
「姫殿下?」
「ウェールズ皇太子の命を救って下さった方に、万が一の事があってはなりません!」
至急、侍医を差し向ける手配をしなければ。
――などと意気込んで腰を上げた王女を、ルイズは慌てて呼び止めた。
「事が広まってしまいますと大変です。どうかご内密に」
「そう、ですか?」
言われて、この話自体の守秘レベルを思い出したのだろう。彼女は少し顔を赤らめる。
「それなら、お薬とお見舞いを手配しましょう」
「で、ですが」
「あなたは国を救っただけではなく、様々な者を救ってくれたのです。報いるのは当然でしょう?」

これでも足りないくらいだわ、と考え始めたアンリエッタを制止するのには、結構な気力が必要だった。


      ◆   ◆   ◆


「なるほどねえ」
机に向かって唸るルイズの様子に、キュルケはにやっと笑った。
「まあ、お礼を言うのは当然として――この件はどうするの?」
「ダメ」
きっぱり即答。
と言うよりも、問答無用。
「なんだってツェルプストーの家にリンディを預けなきゃなんないのよ。ヴァリエールの者としても、我慢出来ないわ」
「だけど、あなたの家はダメなんでしょう?」
「う」
図星を指され、ルイズは机に突っ伏した。

そう、ベッドの上のリンディは、未だに昏々と眠り続けている。
湯水のように秘薬を使った、徹底した魔法治療のおかげで、身体自体はほぼ回復した。
ただ、意識だけが戻らない。

あの日の翌日から周辺地域で噂になったのが、学院の側で起きた怪現象だ。
様々な方面からの問い合わせに、学院の上の者たちは多忙を極めた。まさか本当の事を言うわけにもいかない。
実験の失敗だとか、マジックアイテムの暴発だとか、虚々実々を掛け合わせた言い訳を並べたてる。
ちなみに、最も多忙だったのがロングビルで。
膨大な書類仕事を、必死になってこなしたらしい。
オスマンが『当月の給料は三倍!』と先に宣言していなかったら、おそらく途中でキレていたと思われた。

付き添いの馬車の中でも、ひたすら睡眠を貪っていたのが印象に残っている。

もちろん、それで情報漏れが防げるはずもないが、魔法学院全体が概ね好意的だったのが幸いした。
先住種族という偏見も存在したが――命懸けで主人を守ったとの噂が広まるにつれて、良い方向へと変わったらしい。
元々リンディ自身が学院中に知られており、その穏やかな雰囲気が、脅威と直接結び付けにくかったのだ。
あの日の事にしても。
確かに怖ろしい光景だったが、ルイズの様子から、何らかの事情が背景にあると判断した者が大勢を占めた。
瀕死のリンディに対する、同情もあったのだろう。
今でも幾人かの生徒が、見舞いと称して様子を見に来るぐらいである。



「問題は、やっぱりアカデミー?」
「そーよ」
膨れっ面で応じたルイズは、頭を抱えた。
「リンディを持って行こうとするのに、決まってるもの」
連中は耳が早いそうだから、もう噂が伝わっているかもしれない。
怪現象の原因が先住種族なんて話を聞いたら、目の色を変えて研究材料にと狙ってくるはず。

「だから、わたしが匿ってあげるって言ってるのに」
「イ・ヤ」
と突っぱねてはみたものの。ヴァリエール家の屋敷も駄目だ。絶対に。
王立魔法研究所――アカデミーから隠したいのに、その一員がいる場所に連れて行ってどうするのだ。
それに。
「リンディがここにいるのは、そう長くないから」
「ここって? 学院?」
「違うわ。トリステイン国内でもないからね」

「――ああ、そういう事」
キュルケは納得したように頷いた。

ルイズは、リンディを元居た場所に帰したがっている。
方法なんて分からないが、それでも彼女は決めたのである。それは揺るぎない強い決意。
これに関しては、キュルケもからかう気分にはなれない。
とは言っても。
「じゃあ、どうするつもりなの? 何かアテはあるわけ?」
「無い……わよ」
「そう言えばシエスタって、何か知らないのかしらね」
む、と口を噤むルイズ。

シエスタに関しては、よく分からない。

あの現場の状況から言って、彼女が何かを見たことは間違いなかった。
比較的早く意識を回復した後、追求されるのは当然と言えたが――
「平民が、魔法の事なんて分かるわけないじゃろ。放っとけ放っとけ」
呆れたように首を振るオスマンの一言で、それも沙汰止みになった。

「何か知ってそうだけど……聞いても答えてくれるかどうか」
「目を覚まして最初に言った言葉が、あれだったものねえ」

自分は生きている。……生き延びている。
そう理解した直後、シエスタは泣き出したのだ。
色を失い、深い絶望に染まった瞳。目前の誰かに対して、彼女はひたすら謝罪の言葉を繰り返す。
申し訳ありません、失敗しました、生きてる資格が無い。
――次々と並べられる、不可解な感情。
それは、リンディの生存が伝えられるまで続いた。

「何かしたのは間違いないけど、誰に謝ってたのかが分からない」
「リンディじゃなさそうだしね」
実に分からない事だらけである。

全く。
何だって、こんなに色々と不安定な状況なのか。
こっちだって、学院に戻ってから忙し過ぎて倒れそうなのに。しかも介護だって大変なのに。ほとんど寝てないのに!
早く起きてくれないと、わたしも壊れちゃうじゃない!
と、弱音を吐きたくなるが、無論、絶対に口にはしない。
例え倒れたって、リンディを無事に家族の元へ――などと考えに耽りそうになったルイズは、
「キュルケ?」
彼女の、何とも言えない微妙な表情に眉を顰めた。
「どうかしたの?」
「どうかしてる。進行中よ」

あれ、と指差された先を目で追って、ルイズも同じように目を細めた。

ベッドの脇。
何日も寝ていたせいで萎えた腕が、じたばたとティーセットに向けて伸ばされている。
ようやく壺を開くと、今度はスプーンを手にちまちま動き、一杯、二杯と砂糖が放り込まれた。
やがて。
力尽きたように、ぱったりと動きが止まる。

近付いてみれば、どうやらほとんど無意識のうちに行動したらしい。
眼をしょぼしょぼさせたリンディが、ぼんやりとこちらを見上げてくる。
「……何やってんの、あんた」
「ん?」
我ながら冷たい声だなあ、と思える口調でルイズが問い掛けると、彼女はやたらと可愛らしく微笑む。
「おはよー……いい朝、ね」
かくん、と首を傾げてから。
彼女は再び、ティーカップの方へと視線を向けた。



意識が朦朧としているのは分かる。
まだどういう状況か、理解出来ていないのは当たり前だとも思う。
が。
さっきまで、胸を掻き毟りたくなる程に悩んでいたというのに。
先の見えぬ展望に、押し潰されそうになっていたのに。
このまま意識が戻らなかったら。――そんな絶望を夢にすら見たというのに、だ。
ルイズは無言のまま、書きかけの紙をぎりぎりと丸めた。数枚まとめて、それなりに硬い感じに。

それを横目で眺めたキュルケは、呆れたように首を振った。
とにかく教師たちに知らせようと、部屋の外に足を向ける。

扉を閉める直前。
何かを景気良く叩く音と、
「痛ぁい?!」
緊迫感の無い悲鳴が響くのを耳にして、彼女は思わず吹き出していた。


      ◆   ◆   ◆


確認にきた教師たちに学院長、そして秘書のロングビル。
更には、次々と見舞いに訪れる生徒たち。
いつの間にか広がった人間関係が把握出来ず、やたらと気疲れしつつも愛想笑いを忘れないリンディ。
ちなみに。
お茶の香りで目を覚ましたらしい彼女は、結局、胃に悪いからと白湯しか貰えなかった。
――まあ、体力も回復していないので、暫くすると倒れるように眠ってしまったが。

深夜になってから、部屋は何とか落ち着いた雰囲気を取り戻した。
リンディは薄粥を頂いた後、早々と横になっている。

そのベッドの脇では、ルイズが胡乱な眼差しで話していた。
「結局、城には一人で行っちゃったけどね。誰かさんが、大切な指輪を放り出していったから」
「ごめんなさい。でも、そろそろ許して欲しいなー、なんて。ね?」
「仕方ないわね」
不承不承という感じで、ルイズは重々しく腕を組んだ。
「二度と、わたしの許可無く『ああいう事』はしないで。わかった?」
「はい」
神妙に頷いたリンディの様子に、やっと納得したらしい。
その後は嫌味を言うこともなく、素直に説明を続けていった。



「そう。――シエスタさんが」
事の顛末を聞いたリンディは、難しい顔で呟いた。
「何があったのか、聞いてもいい?」
「助けてもらったのは間違いないんですけどね。……うーん。ちょっと時間を貰える?」
「いいわ」
ルイズはあっさりと諦めた。
どうやら、軽い気持ちで聞いて良い話では無さそうだ。

あまり起こしておくのも何だからと、ルイズはさっさと隣に潜り込んだ。
話したい事が山程あるのだが、黙って目を閉じる。
まだ、彼女は居なくならないから。
それに、これ以上話すと泣き出したくなるから。
不意に胸が熱くなるのを自覚すると、彼女は慌てて姿勢を変えた。――顔を見られないように。


そんな彼女の様子を嬉しそうに見ていたリンディは、表情を改めて目を閉じた。
枕元に置いてあった、ギーシュの手で集められた欠片。
宝石のように見えるが、全く異なる物。
細かく砕け散ってはいたが、集めてもらえば分かる部分もある。

あれはおそらく――デバイスである。

人のリンカーコアに第三者が干渉する事は、実のところ不可能ではない。
『闇の書』のようなロストロギアを例に出すまでも無く、その手段は幾つか存在する。
息子の師に当たる使い魔なぞ、戦闘中の魔導師からリンカーコアそのものを抜いた事すらあるのだ。
無論、それは極端な例だが、何れにせよ直接干渉は可能だ。
そうでなければ、本人以外によるリンカーコアの治療法が確立するはずもない。
ただし、問題が一つ。
本人に同意無き干渉をする場合は、相手の防御魔法の隙を突くか、完全に撃ち破る実力差があるか――
または、本人が自分自身で制御出来ない状態にある等の、条件が満たされなければならない。
可能性としては、疲弊か――或いは、暴走の早期か。

そして、デバイス。
魔法というプログラムを保存・実行する為のストレージ。各種存在するが、プログラム保存に関してはほぼ同様だ。
カートリッジ等から供給される魔力、または所有者の魔力を用いて、魔法を自動的に発動させる事も出来る。
魔導師によっては、自分の処理速度の方が早かったり、チューニングによる相性の問題も生じる。
それ故、高ランク、または高技能の者で、所有しない魔導師も少なくない。
リンディも所有していないし――例えば無限書庫の司書長も、デバイス抜きで高レベルの攻撃を防いでみせる。

つまり、必ずしも魔法行使に必要ではないが、上手く使いこなせば多大な効果を発揮する補助的装備。
様々な人間や『必要とする状況』に合わせてチューニングされ、活用される物だ。



寝付いたらしく、ルイズの規則正しい寝息が聞こえてくる。

リンディは枕元にある剣に手を掛けた。まだ、上手く力が入らない。
少々苦労しながら鯉口を切ると、小さな声で話し掛けた。
「こんばんは」
「おーう、久々。で、夜風は身に沁みたかね?」
「沁みた沁みた。いやー、死ぬかと思いました」
朗らかな笑みに、デルフは苦笑する。
「命冥加なヤツだねえ、相棒は。それで、何か用かね」
「ちょっと考えがまとまらなくって。――憎い相手を助けようとする場合、どんな理由があると思う?」
「顔見知りってんなら、昔の恩義を色々思い出すとか」
「知らない人よ。しかも助ける為には、自分が死んじゃうって可能性もあるの」
「知らね」
デルフは、あっさりと会話を止めた。
「冷たーい」
「剣にそういう事期待すんなって。……っつーか、おめ、実は退屈なだけだろ?」
さっさと寝ろと言われて、リンディは渋々鞘に戻した。
確かに、相談したからといって分かるものでもない。何しろ、これは自分の領分なのだ。

――誰かが。
デバイスに、『ある状況』を想定した徹底的なチューニングを施した、とする。
意識を失い、更には本人の制御を逸脱し始めたリンカーコアにアクセスし、外部魔力ラインとして確保。
魔導師の代わりにデバイス単体で制御を全て請け負うのだから、高度な魔法は使用不可。
それ故、碌な集束もしない単純魔力砲撃のみを実行、迅速な魔力消費を促す。
その放射方向すら、土台となった棒状の物で確定するという原始的な方法。

これなら、デバイスを起動さえすれば、資質のある一般人でも可能だろうか?
起動手順は、本人認証の処理を省く事で簡略化出来る。資質に関しては不明。
問題は――起動した人間が、最初の魔力放出を身に受ける可能性が高いという事だ。魔導師でなければ危険過ぎる。
更にはデバイスの方も、供給元魔導師の魔法使用負荷をほぼ全て肩代わりする。過負荷を極める為、そう長くは保たない。
現に、起動した人間は余波を受け重傷、デバイスは完全破損という結果が出ている。

シエスタの生存は僥倖に過ぎない。
制御の甘い砲撃魔法から発生した、余波としての最初の魔力拡散で弾き飛ばされた幸運。
もし弾かれていなければ、蒸発していた可能性もある。
衝撃もかなり強く、固い地面に激突していた場合、やはり最悪の結果となったはずだ。


そして、そうなる事を知っていた節のある、シエスタ。
明らかに憎悪を含んだ声音だったのに、命を賭して自分を救ってくれた彼女。
ほぼ完全に空になった魔力と、結果としてのこの『症状』。
何より、あのデバイスの出所は?
(本人に聞くしかないんでしょうけど……答えてくれるかなあ)
難しいかもしれないが、聞くだけ聞いてみよう。
今までとは別の意味で、あまり時間が無い気がしてるから。
不本意ながら、少しばかり――目立ち過ぎてしまったし。
このまま学院に留まると、ルイズに相当な迷惑が掛かりそうだ。本人は気にしないだろうが。
もっとも。
(ルイズさんは、多分、わたしが帰る事を望んでるのよね)
この世界で朽ち果てる事を、主人である彼女は許さない。リンディを、ではなく自分自身を。

「帰る、かあ」
自分でも驚くほど深い溜息を漏らして、呆れたように笑う。
方法の無い事を証明されたのが、意外と衝撃だったのだろうか?

――つまりは、こういう事だ。
少なくとも、元の世界に戻れなかった魔導師が、過去に一人は存在した。
シエスタの様子からすると、既に生存してもいないだろう。
そして自分も、同じ道を辿っている。

「まあ、考えても仕方ないかな」
とにかく、まずは体調を回復させるのが先決、と。
久々に熟睡出来る幸せに浸りながら、彼女は嬉しそうに枕を抱きしめた。










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