空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 夏色四片 第27話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:27   >>

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折れた左腕を包帯で吊った彼女は、四苦八苦しながら洗い物をしていた。
同僚からは無理しなくていいと言われているが、食事の後始末くらいは自分でやるべきだと思ったからだ。

服を濡らさぬよう、慎重に水を使う。
足や首筋などにも、包帯が分厚く巻かれている。薬臭も未だ抜けていない。
ぴりっとした痛みがたまに走るが、シエスタにとって全く気にならない感覚である。
逆に、中途半端な罰を受け続けているようで、妙な歯痒さすら感じていた。

洗い終わったカップを置いたとき、何となく視線を感じて振り返る。
予感はあった。
目を覚ましたと人伝に聞いていたし、その主人であるルイズからも言われたからだ。
あなたのおかげで、助かったのかもしれないのよね? ――そう疑問を提示しながらも、答えを求められず。
ただ一言、ありがとうと言われた時、それがどれほど自分の心を抉ったことか。
だから。

「手伝いましょうか?」
と、微笑みながら手を振る彼女に対して、何が言えるというのだろう。



杖代わりのデルフを片手に、リンディは身体を柱に預けた。
まだ歩くこと自体を負担に感じる。もちろん、回復には時間が掛かることは充分に承知していたが。
――でもまあ、気になるものは気になるので。

「片手じゃ、不便でしょう?」
「大丈夫です。もう終わりましたから」
ぎこちない笑みを浮かべるシエスタ。
「じゃあ、これから何か予定ある?」
「え? いいえ、何もありませんけど……」
「何か作ろうかなーって思ったんだけど、一人じゃちょっと無理みたいなの」
だから、お菓子作りを手伝ってくれない? と拝むように頼んでみる。

シエスタは、少しだけ逡巡の色を見せた後、
「分かりました。あまり役には立たないでしょうけど」
そう言って、諦めたように頷いた。

椅子に座って生地を捏ねるのは、実は立ってやるよりも疲れる。
「何か、他に方法はないかしら」
「うーん。細かく刻んで叩くっていう、無茶な方法もありますけど」
いやそれは。
「食感が怪しくならない?」
「なりますよ。火の通りが変になるからかなあ」
リンディのいつもと変わらぬ様子に、シエスタもそれなりに話に合わせてくる。
それでも、口数はやはり少なくなるわけで。
試行錯誤した結果を、何とか巨大なオーブンに放り込んだ頃には、微妙な沈黙が漂っていた。

緊張したからだろうか。腕を組み合わせようとして――動かない左腕に力を入れ過ぎたらしい。
表情に苦痛を浮かべたシエスタに、リンディはそっと聞いた。
「痛むの?」
「少し」
「ごめんね。わたしのせい――なのよね?」
「違います。これは罰ですから、他の人には関係ありません」
そう言い切ったシエスタは、僅かに視線を向けてくる。

「わたしは、リンディさんを助ける気なんて無かったんです。本当は――」
唾を飲み込むと、彼女は再び声を上げる。
「本当は、居なくなって欲しかったんです。わたしの前から――そして、この『国』からも」
言い淀んだところに、少しだけ本音が透けて見えた。
居なくなる。
それは、存在自体への嫌悪を示しているように思えたのだ。

確か、あの時。
シエスタは『一度も会ったことはない』と言っていた。つまり、この世界で会う前には、と。
もちろん、リンディ自身にも心当たりは無い。
だが、彼女は間違いなく自分を知っている。
管理局魔導師としての自分を知っているのではなく、リンディ・ハラオウンという一個人を。
その上、憎んでもいるのだ。
理由は分からないが、人と人の関係は必ずしも両方向には繋がっていない。そういう事もあるだろう。
デバイスの持ち主が、ミッドチルダと関わりが有ったのは間違い無いのだから。

だけど、それでも。

「――あなたは、わたしを助けてくれた。自分の命を危険に晒してまで」
それは何故? とリンディは穏やかに問い掛ける。

唇を噛み締め、暫く黙っていたシエスタは。
やがて、勢いよく顔を上げた。
「以前にも聞いたことですけど、リンディさんは使い魔になって平気なんですか?」
「え、と」
「もう一生家族に会えないんですよ。どうしてそんなに笑っていられるんですか?」
彼女は、突き刺すような視線を強める。
「でも、ルイズさんは――」
「ルイズ様が悪いわけじゃないって事は知ってます。偶然だったって。でも、だからって」
困惑の色を見せるリンディの前で、
「何でそんなに……そんなに――リンディさんにとって、家族って何なんですか!」
怒鳴るように言った彼女は、息を荒らげながら立ち上がった。

「シエスタさん……」
リンディは、柔らかく微笑んだ。
憤然と睨み付ける少女の表情が、怒りではなく、悲しみに染まっていたから。
もし帰り方を知っていたら、彼女は強引にでも自分の帰郷を迫っただろう。
――しかし、その方法が存在しない事も、彼女は理解しているように思えた。
そうでなければ、これほど悔しそうな表情を見せるだろうか。
「きっと、待ってるはず、なんです」

シエスタは、俯いたまま動かない。

(まいったなあ)
いつの間にか、自分の手が胸のブローチに触れていた事に気付く。
一つ、溜息を吐いた。
子供たちは自立して、生活をそれぞれ営んでいる。今更親が面倒を見る必要は無い。
息子夫婦とは同居しているが、それだって孫が大きくなれば手狭になり、いつかは出て行くだろう。
同じ管理局に勤めていても、部署は異なるし、自分と違って皆働き盛りだ。
実際、直接顔を合わせる機会は、随分と減ってきている。
帰れたからと言って、家族一同が揃うことなど――もう、ほとんど無い。

――でも。
「帰りたいな」
ぽつり、とリンディは呟いた。
多分、必死になって自分を捜している娘とその友人たち。子供と一緒になって育ててきた二人の孫。
そして、あの時以来、不器用ながらも支え合ってきた一人息子。
他にも、たくさんの顔が浮かんでくる。
「……うん。みんなに会いたい。会って、もう一度色々なお話がしたいな」
こんな唐突に別れが来てしまうなんて、思わなかったから。
次に会った時には――どんな話をしよう?
話し切れないくらいの話題が、こんなに出来たのに。



その様子をじっと眺めていたシエスタは、ゆっくりと腰を下ろした。
左腕の包帯を触りながら呟く。
「この怪我じゃ仕事は無理だろうって、明日からお休みを頂いてるんです」
オーブンから、香りが漂い始めている。
もう少しで焼き上がるだろう。
「久しぶりに帰郷するつもりです。もし、リンディさんがルイズ様の許可を頂けるなら」

一緒に、来て下さい――真剣な顔付きで頭を下げたシエスタに。
リンディは、ただ黙って頷いた。


      ◆   ◆   ◆


名城ニューカッスルは陥落した。
いや――崩壊である。
それは比喩でも例えでもなく、文字通り跡形も無く崩れ去ったのだ。



攻城戦の前半は激しく、後半は悠長極まりないものとなった。
岬の突端に位置し、進入路が一方向しかない城を落とすには、犠牲を怖れぬ正面突破か――兵糧攻め等の持久戦。
叛乱軍こと『レコン・キスタ』が選んだのは前者である。
密集陣形で一気に攻め寄った先陣は、予想通り激しい砲火と魔法に晒され、甚大な被害を被った。
無論、それは予測の範疇であり、城壁内部への突入は結果的に成功する。

だが、攻城戦はここからが本番だったのだ。

突入した兵士達が見たものは、城内全ての通路が土と瓦礫で埋められているという、驚くべき光景だった。
質の悪い事に、一部では通路そのものも崩されている。
しかも要所要所には固定化の魔法が掛けられており、メイジたちが取り除くにも時間を要した。
先陣指揮官の気力が激しく削がれたのは事実だ。何しろ、メイジと平民総出での穴掘りが待っていたのだから。
被害が少なくて済む。――それだけを救いに、突貫工事の命令は下された。

死兵と化した籠城軍としては、戦術的に間違っていない。
援軍は望めず、外へ打って出る兵力を保持していない王軍が、防衛拠点を絞り込むのは当然である。
埋め立てるのも簡単だ。優秀なメイジが揃っているのだから、ひたすらゴーレムを作り、移動させればいい。
ついでに土や石を運ばせれば一石二鳥。僅か一日しか無かったが、それでも何とか形になった。
単なる時間稼ぎにしかならないとしても、それなりに意味がある。
――敵兵で、城の中を満たせるという意味が。

城の上部では未だ砲が生きており、艦隊と激しい砲戦を繰り広げていた。
更に、メイジは飛行魔法を使いながらでは、他の魔法が行使出来ない。魔法戦に関しては迎撃側が圧倒的に有利。
結果として、上層では砲撃戦の継続、下層では進入路確保の土木作業という情景が作り出された。
往生際の悪い相手に前線指揮官たちは憤り、ひたすら作業員として兵士を送り込む。
反撃が弱まるにつれて、司令部は外壁の内側へ移設された。

やがて。
砲を含めた一切の反撃が沈黙し、城最深部まで反乱軍が到達した時――それは起こった。

最初は鈍い爆発音。
だが、忽ちの内に外部城壁、中庭、そして城全体が大きく揺れ、一気に崩壊し始める。
まるで大地へと沈むように。
城内を埋め立てる為に使われた大量の土砂が、一体どこから調達されたのか。
それに気付いた者もいたようだが――時既に遅く。

大勢の兵士やメイジたちと共に、壮麗な城は瓦礫の山と化したのである。



混乱の続く街の一角で、傭兵らしき者が数名、酒盛りをしている。
実体は空賊である彼等が、心中で酒を捧げるのは城で死んだ親、そして親たちが仕えた相手。
本来ならばその一員として命を捨てるべきであったが、最後の御下命とあれば致し方無く。
故に、彼等は酒盛りをしながら、心にもない世辞を言う。

嗚呼、素晴らしき革命軍レコン・キスタ。其は善政の始まりなり。
曰く。
戦勝の暁には、祝いとして税が半分になるだろう。
王党派貴族の財が平民に分け与えられ、暮らしはより豊かになる。
恩赦が大々的に行われ、微罪で囚われていた者は全て許されるそうだ。

裏付けの無い噂が、酔った者たちの耳に届く。
耳障りの良い話であればこそ、不安にかられた民衆に広がるのは、そう遠くない事かもしれない。

逆に、期待に胸を膨らませた者たちが、それが真実ではないと知った時――より大きな失望を抱え込む事になる。
そういう知恵を出したのは、どこぞに消えた皇太子か、共に消えた貴婦人方か。
おそらくは後者。なるほど女性の噂話とは、かくも怖ろしい。



「戦死――いや、正確には行方不明者ですかな。相当な数に上るようで」
「だろうな」
「あれでは掘り返そうとする者もおらんでしょう。城最下層に何があったかなど、未来永劫分かりますまい」
呆れたように首を振る老メイジに、相手はにやりと笑ってみせた。
「だが、欲を張った者共が宝物庫を掘り出したと聞いたが?」
「中は錬金魔法で念入りに潰されておりましてな。価値ある物は一切残ってなかったとか」
「それはまた、意地が悪い」

残るはずがない。中身ならここにある。

空賊の頭は、笑いながら窓の外を眺めた。
鍾乳洞は暗い闇に沈んでいる為、この位置からでは確認し難いが――隣に入港しつつあるのはマリー・ガラント号である。
彼のイーグル号が脱出途中に鹵獲した、トリステイン船籍の商船だ。
硫黄を入手出来たのは極めて有り難かった。貯蔵しておくにも、軍資金に変えるにも使えるだろう。
ここが敵に見つかる可能性は、極めて少ない。
空を荒らし回る空賊の住処としては、最高の立地条件である。
ちなみに。
商船の乗組員は、この鍾乳洞に入る前に、岬より少々離れた場所に置き捨てた。
徒歩で人里に出るには時間が掛かるだろうが、命が助かっただけ儲け物のはずだ。

彼は、ふと表情を改めた。
「それで、王については?」
「お亡くなりになられたそうです。かろうじて脱出に成功したメイジが、崩れ去る広間を目撃したとの事で」
老メイジ――パリーが沈痛な面持ちで目尻を押さえる。

老王と近衛、老臣たちは最後まで戦い抜いた。彼の説得には応じず、だが、彼の行動を否定もしなかった。
血気に逸る若い者を説き伏せ、彼に同行するように命じたのも王自身である。
パリーとて残るつもりであったが、彼の目付役を仰せ付かってしまえば反論もならず。
結局、残留組と脱出組は半々に別れる事となり、脱出組は城への仕掛けを魔力が尽きるまで行った。
その後は全ての財宝等をイーグル号に積み、積みきれない分は鍾乳洞へと退避させたのだ。

「偉大なる王は誇りと共に逝った。城を崩したのは本意では無かろうが、叛徒共に使わせるのも忍びない」
彼は拳を握り締めた。
落城の際に城が無傷で残る事は少ないが、それでは不足だ。盛大に崩さねば、死体を数えるのが容易になる。
脱出者の存在を疑われるだろうし、鍾乳洞への隠し通路に気付かれる可能性もあった。
逆に、ここまでやってしまえば、そうそう気付かれる事も無い。
何しろ、城を包囲していながら、出入りを許していたような連中である。戦後ともなれば、碌な探索すらしないと思われた。
地下なぞ、それこそ想像の埒外か。

もっとも。
城を地下から崩した事例は幾つかある――ある人物からそう聞かされて驚いたのは、つい最近の事だ。
彼でさえそうなのだから、叛徒共にそういった思考を求めるのは酷だろう。

更に言うなら、この策はニューカッスルでなければ不可能だった。
浮遊大陸の岬の突端という極めて特殊な場所、しかも足下には船すら入港出来る鍾乳洞という大規模地下構造。
そこに堅城を築くというのだから、無茶もいいところである。
利点は多いだろうが、そもそも建築出来るかどうかすら怪しい。
その為、優秀な土系統のメイジたちが徹底的に地質調査をし、慎重に地盤を強化した。
基礎工事に要した時間も予算も、莫大の一言では足りず。
逆に言えば、だからこそ『触れてはならぬ場所』が城内に伝えられており――策の実行を可能としたのである。

脱出の足跡を隠蔽すると同時に、叛徒共に一矢報い、しかも骸を敵に晒さない。
潔かったのか、それとも悪足掻きだったのか。

(他人がどう評価しようが、知ったことではないな。分かる者だけが分かれば良いのだ)
滅びたアルビオン王家に想いを馳せながらも、彼が表情を変える事は無い。
なぜなら、名も無い空賊が最優先にすべきは利益であって、感傷は無意味だからである。
(無論、私が何を『利益』とするかは自由だが)
と、彼は一瞬だけ、昔日の笑みを浮かべた。



「さて、これからどうなされます?」
市井の噂を取り纏める役となったパリーが、書類に目を通す。
「戦後処理は、時間が掛かりますかな?」
「そうでもあるまい。戦場が限られていた以上、他への影響は少ないからな」
首都機能は、既に新たな体制へと移行しつつあるはずだ。
政治を司るのは一部の貴族だが、国を真の意味で動かしているのは民衆なのである。
「トリステインとゲルマニアの同盟が公になった時、叛徒共がどう判断するか見極めるとしよう」
同盟体制が整わない内にと、急遽トリステインに攻め入る可能性もあるのだから。
「そ、そんな事になったら、トリステインは持ちましょうか?」
「持たんだろうな。態勢を整えるには時間が無さ過ぎる」

あっさりと言う彼に、パリーは訝しげな表情を浮かべる。
「その場合は、どうなさるのです?」
「決まってるだろう」
彼は、楽しそうに笑った。

「空賊の頭が、麗しい妻を娶るという事さ」










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