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zoom RSS 夏色四片 第28話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:28   >>

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旅行の許可をルイズに求めた時、彼女は特に反対しなかった。

未だ足下の覚束無いリンディを眺めながら、一言だけ、
「気を付けなさいよ。病み上がりなんだから」
と、注意しただけである。
同行すら言い出さなかったのは、リンディとシエスタ――二人の邪魔をしたくないと思ったからだろう。
何らかの事情があると分かってはいても、今は関わらない方がいい。


「――って判断した割には、怒ってたように見えたけど」
「そうですか?」
風に煽られる髪を押さえ、シエスタは苦笑する。
「多分、信頼してるんですよ。後でちゃんと教えてくれるって」
「そうかしら」
露骨な膨れっ面のルイズを思い浮かべる。
学院長に呼び出された後、何やら由緒有りそうな本を小脇に抱えた彼女は――見送る時も最後まで同じ表情で。
と言うより、言いたい事を我慢してるのが見え見えだった。
それでも、聞くのを保留にすると決めたのは彼女自身だ。意地でも聞くわけにはいかない。

「逆に、帰ったらかなり大変そうよね?」
「それは仕方ないです。たっぷり怒られてください」
「わ、酷いなー。人ごとじゃないのにー」
言葉とは裏腹に、二人の表情は柔らかく。
お互い冗談だと示すように、空に軽やかな笑い声が響き渡った。



現在、道程は半分といったところか。
目的地はタルブという村で、港町よりも更に先にあるとの事だ。
リンディは人目を避ける為、かなりの高空を飛行している。速度は抑えめ、身体を労りながらの安全重視。
荷物は数日分の着替え等の僅かな物で、おまけは例のフライパン。
デルフリンガーはルイズに預けてきた。一般人宅にお邪魔するには少々物騒だ。
馬車でも借りていれば、中に置いておくことも出来たとは思うけど。

最初はロングビルに頼んで馬を借りたのだが――二人には少々酷だった。
まだ足に上手く力を入れられないリンディに、打撲や骨折から回復していないシエスタ。
馬車だろうが何だろうが、振動のある不安定な乗り物ではどうにもならない。
身体を固定出来なくて酔うし、振動でやたら痛いし。
結局、前回同様に飛んでいく事となったわけである。
当初怖がっていたシエスタは、すぐに景色を楽しめるようになった。見掛けよりも度胸がある。
(思い切りのいい子なんでしょうね)
そうでなければ、ああいう行動は取れないだろう。

「それにしても、大丈夫なんですか? 魔法を使っても」
「これくらいならね。これ以上ってなるとまだ無理だけど」
実際、攻撃魔法一つでも苦労するはず。

それを聞いたシエスタは、表情を変えた。
恐る恐る問い掛ける。
「……あの、体調の方は本当に」
「聞いてないの? あれを使った後のこと」
「詳しくは知らないんです。使う時期と使い方ぐらいで。後は、あれがこの世に一つしかないって事だけです」
「そう」
軽く頷くと、リンディは少しだけ加速した。
色々と不可解な事はあったが、問い詰めるつもりは全く無かった。
話してくれるまで待てばいい。

――ただ、後から思い返してみると。
何か、予感でもあったのかもしれない。


      ◆   ◆   ◆


村の遠景は、取り立てて珍しいものでもなかったが、近くに広がる草原は見事だった。
所々に咲いた花の色が淡い模様を描き出し、絵画のような独特の色合いを表している。

「あ、あの辺りです。……結構人目がありますね」
「どこか良い場所ないかな?」
「じゃあ――」
シエスタの指示で、リンディは近くの森の中に降りた。

そこから徒歩で村に向かう。

途中、風変わりな建物が見えてきた。半円形の器を逆様にしたようなそれは、明らかに風景から浮いている。
直径十メイル程のドーム。
元は白亜であったようだが、今は風化して薄汚れている。
「おじいちゃんの作った物なんです。そしてこの場所は、もう一つ意味があります」
呟くと同時に、彼女は足を止めた。目の前には建物の入口。
そのまま、シエスタは話を続けていく。
「おじいちゃんが最初に倒れていた場所で――辺り一面が焼け野原になってたって、おばあちゃんが言ってました」

(魔力暴走、ね)
リンディは目を細めた。
おじいちゃん――ミッドチルダの魔導師が、不本意にもここに転移してきた結果だろう。
それほど急激に制御を失ったのであれば、かなりの高ランクだと想像出来た。
優秀な者ほど、この世界の豊富な魔力は脅威となる。死亡しなかっただけでも大したものだと思う。
「大怪我していた上に、記憶も混乱していて。言葉も分からなくなっていたそうです」
全てのリソースを制御に回しても、暴走は防げなかったのか。
記憶障害程度で済んだなら、むしろ奇跡に近い。――とはいえ、治療手段の無い環境では致命的だ。
「運が良かったのね。それで、おばあさまが介抱を?」
「ええ。人並みに行動出来るまで、何年も掛かったって」

彼女の話によると。
祖母が助けた男性は、数年掛けて言葉を思い出したそうだが――それが『思い出した』のかどうか。
一から覚えた可能性も捨て切れない。
記憶障害によって認識があやふやになり、ミッドチルダの記憶が夢物語としか思えない生活。
後遺症からか、魔法も使えなくなったらしい。使えたら平民として村に居られなかったはずだから。
そうして長い間暮らすうちに、祖母と縁が結ばれたようである。
一平民として、そのまま人生を終える可能性も高かった。

だが。
「いつ思い出したの? 昔のこと」
「わたしが産まれる前、森でワイバーンに襲われている学院長様と出会ったのが、切っ掛けだそうです」
シエスタは、扉に手を掛ける。
「無我夢中で助けようとしたら、いつの間にか杖を握ってたって」
「なるほどね」
反射的にデバイスを起動したのだろう。
待機状態のデバイスは、カードやアクセサリー状態なので持ち運びは簡単だ。
記憶が無かったにしろ、身元の数少ない手掛かりとして肌身離さず持ち歩いていたのが、功を奏したという事か。
「そこから先の事は、また後でお話します。――まずはこれを」
話を打ち切った彼女は、ゆっくりと扉を開けた。



中は、まるで前衛芸術のような有様だった。
壁に沿って円状に並べられた金属に、紐状の物が複雑に絡まっている。中心には棒が立てられており――
「ここに何かを乗せるようになってます」
頂上に設けられた台を、彼女は懐かしそうに撫でた。
「子供の頃に勝手に触ったら怒られました。村の人には最後まで『芸術作品』で通してたのに」
「確かに、そうも見えるわね」
リンディも納得したように頷いた。

単独任務の多い執務官や執務官補佐、または管理局上級職にいる者ならすぐに気付く。
これは基本装備品である探査機器を分解し、新たに組み上げ直した物だ。
その目的は?
「ちょっといい?」
「あ、はい。どうぞ」
壁際にある一際大きな機械に近寄った。
魔力を通すと、簡素なドキュメントデータが転送されてくる。
「……そういう事」
確認した後、リンディは沈痛な面持ちで首を振った。
これを構築した者の意図――それが痛い程に理解出来たからである。

執務官が取り扱う事の多いロストロギアは、出所不明な物も少なくない。
滅びた世界から、持ち出されたり自力で彷徨い出たりするうちに、元々の所属世界が分からなくなる。
そのロストロギアが危険物だった場合。
困った事だが、対処方法は往々にして元の世界に記されている事が多いのである。
それ故、構成材質の分析と共に行われるのが、『存在』そのものの分析である。

間接的には、ミッドチルダでの魔導師と使い魔の契約に関わりがあった。
物理的距離や次元間距離に左右されない、存在同士の断たれる事の無い繋がり。それは、単なる魔力リンクとは異なる。
魔導師によって作り出されるこの『契約』は、ある本質に沿いながら改変する事でもあった。
本質とは、即ち。
生命体に限らず、物質はその『存在』に於いて、元の世界と完全には切り離せない。
ならば――世界に所属している事を色濃く表している物質が存在したら?
必要な魔力は、この世界なら無尽蔵に手に入る。

「擬似的な契約生成による、所属世界の座標割り出しね。……無茶な話だと、分かっていたでしょうに」
座標特定は無論不可能だが、空間方位の算出程度は可能かもしれない。
ただし。
それには致命的な問題が一つと、
(この装備では無理ね。得られるデータを解析する機材も、残す為の媒体も足りないもの)
少々改造した程度では不充分。

おそらく。これを作り上げた者は、それを理解していた上で残したのだ。
後から来るかも知れない者の、礎となる為?
それとも――単なる未練か。



「どうでしょう? 何かのお役に立ちそうですか?」
「何とも言えないわね。あなたのおじいさまが、相当優秀な方だったって事は分かるけど」
「そうですか」
肩を落としたが、祖父を褒められた事は嬉しかったのだろう。
シエスタは僅かに笑みを浮かべた。

「では、またにしましょうか。二、三日はお泊まりになられるんですよね?」
「往復分の日程は許可を貰ったからね。飛んで来た分、時間は大丈夫。――でもいいの?」
ご実家にお邪魔なんかして、と再度確認すると、彼女は苦笑した。
「大丈夫ですよ。いつもの格好でしたら目立っちゃいますけど、それなら仕事の先輩で通りますから」
今日のリンディはバリアジャケット姿ではなく、ロングビルから借りた服を着ている。
目立たないながらも、質の良い生地を使用したゆったりとした淡色系の上下。
「でも、気を遣わせたりしないかしら」
「逆です。実は、この事で口裏合わせをして欲しいんです」
彼女は包帯で吊った左腕を指差した。
「あまり心配させたくないんですよね」

「えーと……階段から落ちちゃった、とかでもいいの?」
「あ、それいいですね。わたし、運んでる物を落としちゃって怒られることが多いんです」
落としそうになって慌てたら、自分が落ちちゃったってのは説得力がありそうです――などと胸を張る。
(本当にありそうで怖いわね)
こっそり溜息を吐いたリンディだったが、少し安心もしていた。
やはり彼女は、とても素直な可愛らしい子で。
どんな事情があるにせよ、進んで他人に危害を加えるような人間ではない。

「それなら、仕事で怪我をしちゃった後輩を送り届ける、先輩さんって感じでいい?」
「印象ぴったり! それなら家族も納得します。きっと大歓迎ですよ」
ドームから出ると、ちょうど真昼の日差しが照り付けている。
楽しそうに歩き始めたシエスタの後を、リンディがのんびりと続く。

村の家々から炊煙が上がっていた。
あちこちから伝わってくる、お昼時の気配。

「苦手な食べ物とかは無かったですよね? いつもの食材が使えないので、味付けも少し変えちゃいますが」
「シエスタさんが作ってくれるの?」
「もう準備は終わってるでしょうけど、わたしたちの分は無いと思うので」
確かに、帰省の連絡などしていない。
「わたしも何か作ろうかな。せっかく持って来たんだし」
フライパンを入れた背負い袋を、ぽんと叩く。
「ありがとうございます。一緒に頑張りましょう!」
満面の笑顔を向けられ、リンディも笑みを浮かべる。

ゆったりと流れる風と、素朴な雰囲気を感じさせる町並み。
療養を兼ねた旅行先としては、実に良い場所だと思えた。

が。
「あ、そうだ。一つだけ守って欲しい事があるんですけど、いいですか?」
「はい?」
不意に変わった口調に、戸惑ってしまう。
「何かしら」
「リンディさんの家名――ハラオウンの方は名乗らないでください。特に、両親の前では絶対に」
「えっと……それって一体」
「それだけです。じゃあ、ちょっと先に行って、父に帰省の報告をしてきますね」
あの家ですから、後からゆっくり来て下さいね――そう言うと、シエスタは小走りで駆けていった。

手を振りながら見送ったリンディが、笑みを崩す事はなかった。
と言うより、崩すタイミングを逸しただけで。
「わたし今、ほとんど魔法使えないんだけどなー」
彼女は正直に呟いた。

ここまで来て、今更そんな不安になるような事を言われても困る。

決めた。
――何かあったら、とっとと逃げよう。










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