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zoom RSS 夏色四片 第03話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:03   >>

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白い光。
軽い浮遊感が生み出す、外界への柔らかな誘い。


(……あーあ。もう少しだったのに)
意識が徐々に覚醒に向かう時は、いつも愚痴ってみたくなる。
夢の内容は覚えていない。多分、大したことのない寓話。
それでも、なんとなく惜しく思えるのはいつものこと。

顔に当たる日差しが眩しい。
まさか昼過ぎということもないだろうから、今日は快晴なわけで。目を開けるのがもったいないほどの陽気。
朝からこれだと、昼はかなり暑くなりそう。
だとしたら、尚更この時間は貴重かも。もう少しゴロゴロしてもいいような気はする。
それに、休みは明後日まで取得済み。
昨晩遅くまで起きていた子供たちも、まだ寝てると思う。

午後からは、久々に家族で出かける予定。

世間様は月曜日。どこに行っても空いている。
四人の孫のうち、上の子二人は結構大人びて遠慮がちな性格だけど、こういう時はまだまだ遊び足りないところを見せてくれる。
でも、大人がついてないと補導されるから、自分たちだけでは目立つ場所に行けない。
せっかくの休みなのに、それではちょっと可哀想だ。
そう思った娘が母親らしさを発揮して、夕方以降のスケジュールを主張したのは昨夜のこと。

五月晴れの空の下、みんなでのんびり歩き回ろう。
遊園地にいって、海辺の公園を散歩して、最後は友人の喫茶店で食事会。来れる人はみんな呼びたい。
(確か、レティも夜は空いてたはずよね)
過度のお酒を無しにすれば、何でも語り合える同僚を思い浮かべる。
お酒。
全く無い場合、落胆する顔しか想像出来ない。
(少しくらいは用意してもらおうかな)
ワインの一本程度なら大丈夫かも。
その様子を思い浮かべたリンディは、楽しそうに微笑んだ。

とは言え、主婦の戦いは昼前にこそ。
「――あ」
しばらく陽差しを楽しんでいた彼女は、不意に思い出した。
(洗濯物、結構溜まっちゃってる)
昨晩はそんな暇が無かった上に、家族が勢揃いしている分、相当な量が積まれているはず。
強い陽差しに干した布団や肌着には、乾燥機で乾かしたのとは別の魅力がある。休みの時しか味わえない贅沢だ。
ふかふかの寝床。
(よし!)
と、起きる決心をする。
そしてリンディは体を捻り、

「うひぇ!?」
ビシリ、と走った痛みに悶絶した。



「うあ痛たたた。何なの!?」
寝違えたのだろうか? 首筋が無茶苦茶痛い。背中が痛い。肩が重い。――というよりも。
「〜〜〜〜っ!?」
もう何だか、体中がやたらと痛い!
全身まとめて筋肉痛?
なんで?
ジタバタのたうち回って、出来る限り痛くない姿勢を探す。
あうぅぅぅ、と涙声で何とか落ち着いたのは、うつぶせで枕に顔を埋めてからだった。
両手でそれを抱え込む。
「……あれ?」
この枕、自分のとは違うような?
首筋の痛みにびくびくしながら、そっと横を見る。何故か年代物っぽいタンスが一つ。
(えーっと)
口元が引きつりそうになる。
続いて体を仰向けにしてみたり。いや、やたらと痛いのはとりあえず無視で。

豪奢なベッドだった。
部屋はそれなり。ベッドを含めてしっかりとしたアンティークが並んでいるから、実際の広さの半分程に感じられるかもしれない。
人影は無し。調度品や化粧台を見るに、部屋の主人はおそらく女の子。
……女の子?



長い長い沈黙の後、リンディは大仰に頷いた。
「うん」
納得した。
これは、完全に見覚えの無い部屋だ。
体が痛くなければ、このまま二度寝したいところだったが、

「……不思議と、生きてるのよね」
残念ながら、全てを思い出してしまっていた。


      ◆   ◆   ◆


「あ」
「あら」
いきなり開いた扉に視線を向けると、慌てた顔のルイズと目が合った。
まだ寝ていると思っていたのだろう。

相手の狼狽を気にした風もなく、リンディはにっこりと微笑んだ。
「おはよう。いい朝ね?」
「……もう昼過ぎよ」
部屋の入口に立ったまま、呻くように応じる彼女。
そのまま、口を閉じて睨み付けてくる。不意打ちだったからか、部屋に入るタイミングを逸したという態度が露骨である。
かと言って、いつまでもというわけにもいかず、
「ここ、あなたの部屋?」
「そうよ」
ぶすっとした口調と共に、ルイズはどかどかと足音を立てて踏み込んだ。

「ふーん……」
ベッド脇から無遠慮に眺めてくる視線にも、リンディは笑顔を崩さない。
よく見れば、ルイズの目の下には薄く隈が浮いている。
直接看病してくれたのかどうかは分からないが、寝不足になるまで付き添ったのは間違いなさそう。
本人に指摘したら、全力で否定するだろうけど。

「思ったより元気そうね。昨日は死んじゃいそうな顔してたのに」
「そう?」
手のひらを顔に当てようとして――やめる。
「うーん、まだ体中が痛いんだけどねー」
「どこか怪我が残ってるの? 一応、全部見てもらったはずなんだけど」
「全部?」
確かに、清潔そうな寝巻きに着替えさせられている。肌触りの良さからすると、それなりに高価なのかもしれない。
そういえば、下着も上下換えられていた。
上はTシャツと似たような物だから、寝る時は楽でも、普段は少し困るかも。

「急いで用意させたら、それしか無かったのよ!」
自分の胸元を覗き込んでいる姿に、ルイズは顔を背けて怒鳴った。
「か、感謝してよね。そんなサイズなんて無いから、わざわざあんなヤツにまで聞きに行ったんだからね!」
(可愛い……!)
顔を真っ赤にした様子に、リンディは抱きしめたい欲求を必死にこらえた。
欲望に忠実に従った挙げ句、筋肉痛で悶絶死という結果は願い下げだ。

「?」
ふと気付くと、視界の隅に何やら赤いものが映っている。
「後ろに、何を持ってるの?」
「う」
指摘されたルイズは、びくりと肩を震わせた。やがて、渋々と『それ』を差し出してくる。
綺麗に洗われた、見覚えのあるフライパン。
「これ、返そうと思って」
「わざわざ拾ってきてくれたの?」
「――昨日の夜、あんた……リンディを運んだ後、見に行ったのよ。なんか大事そうにしてたから」
「そう」
「最初は、なんか光るものに囲われてて触れなかったんだけど……しばらくしたら、いきなり落っこちて」
その時のことを思い出したのか、ルイズの表情が色を失う。
「急いで戻ったら何も変わってなくて。でも、顔色は真っ青で」

絶句し、俯いて震える彼女に、リンディはそっと語りかけた。
「死んだ、と思ったのね?」



「思ったわよ!」
ルイズは勢いよく顔を上げた。目尻に浮かんだ大粒の滴。
「何回も何回も失敗して。やっと喚び出せた使い魔が、結局わたしの失敗で死んじゃうのよ? そんなのあんまりじゃない!」
語気の強さとは裏腹に、言葉には力が無かった。
怯えた顔には、悲しみよりも恐怖の色が濃い。
失うこと。傷付けることの怖さ。
単なる自責とも異なるそれが、自身の心を切り刻んでいる。

コントラクト・サーヴァント。どこを間違ったかなんて分からない。だけど、自分はおそらく大失敗したのだ。
そのせいで、目の前の人を死なせる――いや、殺してしまうかもしれなかった。
そうだ。
使い魔になると言ってくれたリンディは意識を失い、綺麗に輝いていた羽も無くしてしまった。
何て言えばいいのか分からない。謝ってどうにかなるとも思えない。
ルーンも刻まれなかった。結局、使い魔に出来なかったのだから、主人としての責任を感じる必要は無い?
そういうことではないのだ。
自分、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは、誇りを捨てるような逃げ方なんて、絶対にするわけにはいかないのだから。

ぽろぽろと涙をこぼしながら俯くルイズを、リンディは、ただ黙って見つめていた。



「ふぅ」
大きく溜息をついて、軽く目を閉じた。
沈黙に耐え切れなくなったのか、ルイズは「飲み物を取りに行く」と言って駆け出していった。しばらくは戻るまい。
「少し、反省、かな?」
申し訳無さそうに呟く。
ルイズが何を悲しんでいるのかは理解出来る。失敗した悔しさに罪悪感、自責や悔恨等々。
だが、その多くが的外れなものだ。
彼女の儀式は成功している。多分、完璧に。あのまま行けば、無事に使い魔を得られていただろう。
それを阻んだのは自分なのだ。
自分勝手な都合、それも半ば騙すような形で。
もしあのまま死んでいたら、彼女の心に、取り返しのつかない傷を残すところだった。
「だからと言って、本当のことを話すわけにもいかないか」
少々胸が痛むけど、そう割り切るしかない。
昔はもっと冷徹な判断が出来ていたとは思う。やはり、随分と甘くなったのかもしれない。

痛みをこらえて身体を起こした。
一つ深呼吸した彼女は、自己分析用の魔法陣を慎重に描いていく。

しばらくその状態を維持した後、リンディはゆっくりと目を開けた。
「やっぱりね」
そっと胸に手を当てる。
リンカーコアが、通常時より大きく減衰している。以前、あるロストロギア関連事件で見られた症状に良く似ているのだ。
ただし、外部から直接ダメージを与えられたわけではない。
おそらく――異質だが親和性の高い魔力に、短時間で大量に触れた結果だろう。
過負荷を重ねた挙げ句、縮退稼動に入ったという事だ。

その結果として。
今現在、自分は高濃度の魔力が満ちたこの場所で、何とか生き長らえている。
ついでに言えば、この状態でもそこそこ魔法は使えそうだ。最低限の自衛は可能だと思う。

(まあ、それにしても)
よくぞ身体が崩壊しなかったものだ。
結果だけ見れば最良。過程だけ見れば最悪。
そう頭の中で怒鳴り散らすレティに苦笑する。これだから自分は、いつまで経っても叱られ癖が抜けない。
それに、これは一時しのぎに過ぎない。リンカーコアが回復してくると、どうなるか分からないからだ。
回復中に環境に馴染んでくれれば良いが――そうでない場合、何れかのタイミングで再び過負荷状態を作り出さねばならない?
(それはゾッとしないわね)
次も上手くいくとは限らないから。
幾らなんでも、そこまで己の幸運に頼れるのは、楽天家というよりただのナルシストだ。

「とにかく。今、一番重要なのはこれかな」
豪勢なベッドを見渡した。この部屋の主、ルイズの精神的負担を減らしてあげないといけない。
うーん、としばらく唸った後。頭の片隅に残っていた事を、強引に引っ張り出す。
昨晩聞いた、ルイズとコルベールの会話。
(使い魔のルーンを刻む、って言ってたわ。と言う事は……儀式が成功したら、何らかの文字が体のどこかに刻まれるってことかしら)
完全な成功の場合なら、正式な書式通りでなければならないだろう。位置も約束事があるはずだ。
が、自分の場合は、既にイレギュラーなのが明白なのだから。

要は、それっぽければいいはず。

(何でもいいわよね。後で直せるくらいのを火傷か何かで。あんまり痛いのもヤダから、薄ーく)
皮膚に適当なミッドチルダ文字を刻もうと、小さな魔法陣を描いた時。
――――いきなり、部屋の扉が開いた。



「あら、ルイ……ズ?」
「え、と」
そこに立っていたのは、ルイズではなかった。
黒髪の、下働きのような服装をした少女。腕にはティーセットを掲げている。

リンディは魔法陣を消すことも忘れ、ぽかんと少女の顔を眺めていた。
相手も同様に、リンディとその手の魔法陣を凝視している。
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙の後。
「ええっと、どなたかしら?」
「え? あ、はい!」
少女は慌てて居住まいを正すと、部屋の扉を閉めて一礼した。
「シエスタと申します。こちらを持っていくよう仰せつかりました」
「そ、そうなの。ありがとう」
ルイズが頼んだのだろうか?
ややぎこちなくなったが、リンディは納得したように頷いた。
「ノックが聞こえなかったから、びっくりしちゃって。ごめんなさいね?」
「申し訳ございません。その、何度か叩いたつもりだったんですけど」
「あー、そう言えば聞こえたような聞こえなかったような」
考え事にふけっていたから、聞き逃したのかも知れない。
最近、気を抜き過ぎだと反省する。

「そこの机に置いてくれる? 後からルイズさんも来るんでしょう?」
「はい。それで……あの、それは」
「え? ああこれは何でもないの」
シエスタの視線が魔法陣に向けられているのに気付き、リンディは展開したまま腕を隠した。
言い訳が難しいから、消滅させるところは見えないように注意する。
(理解出来るとも思えないけど……だからって見せびらかしちゃダメよね)
魔法がどれだけ一般化してるかは知らないが、ミッドチルダ式魔法陣なんて、出来る限り人目に触れない方がいい。
「装飾品の一種よ。高価なものだから、つい眺めるのに夢中になって。そ、それでノックに気付かなかったのね」
あはは、と笑うリンディの様子に、シエスタは首を傾げる。
「でも……今の、宙に浮いていたような」
「あー、えーと、その。そ、そう! 魔法の品物なの。魔法の。ね?」
我ながら苦しい言い訳かとも思ったが。

「ああ、マジックアイテムなんですね。凄く綺麗な物もあるんですねえ」
意外と通じたようだった。
この世界の『マジックアイテム』とは、どうやら様々な種類があるらしい。




「それでは失礼いたします」
深々と頭を下げたシエスタは、慎重に扉を閉めた。
頭を上げ、一歩だけ後ろに下がる。
大きな溜息を吐いた。緊張からではない。嘘を見破られなかったことに安堵したからだ。
彼女はノックなどしていない。

それが良かったのか、悪かったのか。
震える腕を抑えつける。カチカチと歯が鳴っているのは仕方がない。あんなものを見た後では。
昨晩、学院の近くで起きた恐ろしい光景。
眠れなかった自分が門の側から見たそれは、先程の女性が原因だったのだ。
「――リンディ・ハラオウン、さん」
それは、部屋を退出する寸前に聞いた彼女の名。
緑色の光。長い髪。持っていた不思議な丸い板。――――そして。


シエスタは踵を返した。
頭に残ったことと、残すべきではないことを整理するために。










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