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zoom RSS 夏色四片 第30話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:30   >>

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「あー、ここにいたんですか」
昼食のバスケットを抱えたシエスタが、小走りで駆け寄ってくる。

「捜したんですよ。いつもの場所にいないんだもの」
「ごめんなさい。つい何となくね」
草原に寝転がったまま、リンディはひらひらと手を振った。

朝から根を詰めていたので、そろそろ一休みするつもりだったのだが。
どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「日差しが気持ち良くってねー」
「そうでしょう。何も無い村ですけど、ここだけは自慢なんです」
春には春、夏には夏の花が見渡す限り広がって、まるで花の海だそうだ。
見せられて良かったです――そう満面の笑顔で覗き込むシエスタに、リンディも満足そうに頷いた。
陰の無い明るい表情。
陽の光のようなそれは、本来の魅力を存分に表している。
全てを打ち明けた事で、心に積もっていた澱から解き放たれたのだろう。

あるいは、あの後、二人で一晩語り明かしたのが良かったのかもしれない。
――泣き続けるシエスタを、リンディが延々と宥めていただけではあったのだが。



「それで、今日はどうでした?」
いそいそとバスケットを開け、お茶の用意をしているシエスタは実に楽しそうだ。
片腕で苦労している様子に、手伝いを申し出たがあっさりと断られた。
切り替えが早いのか、そもそも決めたら突っ走る性格なのか。
それとも『身内』だと割り切ったから?
ここ数日の献身には、尋常ではない熱意が籠もっている気がする。

「えーっとね」
リンディは身体を起こすと、先程までいたドームを眺めた。
朝食後の、家事で忙しい時間帯。
シエスタたち家族の邪魔にならないように、午前中はそこで過ごすのが日課になっている。
「まあ、何とかなりそう……かな?」
「本当ですか!?」
彼女は一瞬、嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに複雑なものに変わった。
無事に帰れる事を望んではいるが、実際に別離を迎えるとなれば寂しいのだろう。
それに第一。
「で、でも、おじいちゃんは帰れなかったのに。そんなあっさり」
「それは仕方ないわ。あの人――おじいさまの所持品では、どうにもならなかったもの」
肩を竦めながら、リンディは食事の為に身を寄せた。


元の世界と最も関わりがありそうなのは『人間』だ。
が、残念ながら、生物というものは環境に適応する。
数年も過ごせば、住人としてその世界の一部となる。新たな繋がりに縛られるのだ。
そもそも、膨大な魔力を使用する無茶な走査負荷には耐え切れまい。
人工物に至ってはさらに望み薄だ。加工された時点で『存在』が希薄になってしまう。
何れにせよ、得られるデータの解析も記録も出来ないのでは、意味が無い。

それでも敢えて――可能性を上げるなら。


「変わった石ですね。不思議な色。……緑色、なんですよね?」
「うん。わたしに似合うからって」
食事後、二人は並んで座っていた。
微かに流れる風が、草花の香りを運んでくる。

シエスタは、リンディのブローチを陽に透かしてみた。
クリスタルに包まれた石は、磨かれずとも不思議な色合いを感じさせる。青にも見える淡い緑。
「幸運石――だったかしら。健康にも良いんだって」
「そう聞くと、いかにもプレゼントって感じですね。珍しい物なんでしょうか」
「らしいのよねえ。息子は稀少品だって言ってたし」
選んだのは孫らしいが、出費は当然ながら息子たちなわけで。

ついでに言うなら――結構、高価な物かもしれない。
普段は質素な癖に、突発的に驚くような出費を行う娘もいるからだ。
好きな色とはいえ、いきなり真っ黒なスポーツカーを買って来た時は、表情の選択に困った覚えがある。
まあ、これに関しては無茶な事はしてないだろう。息子もいた事だし。

封じられた宝石。
母の日に貰った、保護する為のクリスタルで包まれた原石である。
ミッドチルダではなく、現在居を構えている世界の暦に換算した、十一月の――グリーンのインペリアルタイプ。
ほとんどの場合、緑は放射線加工で作られるが、天然の物も極めて稀少ながら産出されるらしい。
その世界で悠久の時を過ごした、人の手の入らぬ稀少な自然石だ。
語源をある国の言葉で『捜し求める』に持つそれは、離れた者の想いを繋ぐとも言われている。

「道標に最適だとは思うんだけどね」
再び横になったリンディの様子に、シエスタは一瞬悩むような表情を浮かべた。
が、
「意外と、顔に出るんですね」
そう笑いながら、ブローチを彼女の胸に留めた。
「普段は笑ってるから、どんなに複雑な事を考えてても分からないのに」
「今は分かるの?」
「ええ。わたし悩んでます、って顔をしてますよ?」

孫娘の言葉を、否定も肯定もせず。――リンディは、ただ黙って空を見上げていた。


      ◆   ◆   ◆


トリステインとゲルマニア、王女と皇帝の婚約を前提とした軍事同盟が締結された直後。

アルビオンに新政府が樹立され、不可侵条約の締結が両国に向けて打診された。
無論、軍事的に優位に立つ側からの申し出など、誰一人として底意無しとは思わない。
思わないが、結論として両国は受けざるを得なかった。
相手の意図が、例え内政を整える為の時間稼ぎだとしても、時間が欲しいのは同じだったからである。

つまり、激烈な軍備拡張競争が始まったのだ。
いずれ起こる大戦に向けて、税制を含むあらゆる体制を整えねばならない。
――そう判断した政治家は多く、また、それは当然の帰結でもあった。



「しかし、これはやる気だろうな」
「いや、ですが、まさかそんな」
狼狽えるパリーに、彼は呆れたような顔を向けた。
「何故、『まさか』なのだ?」
「ア、アルビオンの長い歴史の中で、結んだばかりの条約を一方的に破棄するなどという恥知らずは……!」
顔を憤怒で真っ赤に染めた老メイジは、後を続けられない。

「唾棄すべき破廉恥行為だな。誇り高き貴族なら、死んでも出来まい」
「も、もちろんですとも! あってはならぬ事ですぞ!」
机に振り下ろされた拳に、彼は苦笑した。
「あまり興奮すると体に良くないぞ。少しは落ち着け」
「で、殿下こそ、何でそんなに落ち着いているのです!」
「殿下ではないと言っただろう。頭領だよ、パリー」
彼は肩を竦めると、椅子に深々と腰を下ろした。

机に広げられた報告書を眺める。

両王家の結婚式には、国賓として神聖アルビオン共和国の『皇帝』か閣僚が出席するらしい。
通常であれば、不可侵条約を内外に知らしめる、デモンストレーションと取るのが筋だろう。
また、親善訪問に本国艦隊旗艦のレキシントンが参加する事も、示威行動の一環としてはおかしくない。
その為に新型の長射程砲を装備していくのは――少々行き過ぎだとは思うが。

ただし。
砲弾に装薬、糧食等が、通常以上に積まれるとなると話は別だ。
儀礼の為では有り得ない質と量。
それどころか、明らかに降下部隊の手配まで進められている。
数千人規模に渡るそれを、完璧に隠蔽するなど不可能に近い。

そもそも隠すつもりがあるのかどうか。
「他国から潜り込んでいる者がいるなら、当然気付くとは思うのだがな」
「気付いても、連絡手段が限られますからな」
国境閉鎖中の港の出入りは厳重な監視付だ。一般人が潜り込む隙はほとんど無い。
行き来している商船も、全てアルビオン国内を往来している船である。外部からの入港は当分無いはずだ。
当然、脱出するのは極めて困難。
立地条件から、こういう事に関してはアルビオンが圧倒的に有利である。
「どちらにせよ、格式有るアルビオン王国は既に無く、連中に誇りなどあるまい。今更何が起ころうと驚かんよ」
「ううむ」
パリーは未だに納得出来ないのか、ぎりぎりと歯を軋らせる。

「さて」
彼は新たな紙を用意すると、ペンを楽しげに振ってみせた。
「このまま黙って見過ごす訳にもいかん。空賊としては少々動きにくくなっているしな」
「獲物となる商船は多いのですが、それ以上に軍艦の出入りが多過ぎますから」
それに、無理する必要もない。
鹵獲した船は計二隻。物資は充分過ぎるほどに確保出来ていた。
そもそもこれ以上船を得たとしても、今の人数での運用は不可能である。
「そこで、だ。何とかこの状況を、トリステインに伝えたいと思うのだがね」
「手紙ですか」
渋い顔で、パリーは眉を顰める。
鍾乳洞に隠れ住む彼等からすれば、軍の目を盗んで降りる事自体は難しくない。帰還を考慮しない片道なら尚更だ。
問題は、そこまでして誰に連絡を取るかである。

この手紙が届けられる場所など、極めて限られる。
「城に直接は無理がございましょう。例えお目に触れたとしても、信じて貰えるとは限りませんぞ」
流言飛語が飛び交うのは当たり前だし、説得力のある証拠は提示出来ない。
降下部隊に関しても、準備が進められているというだけの状況証拠に過ぎないのだから。
「直接は無理でも、所在が明らかな者を二人ばかり知っているだろう」
あの者たちなら、王女へ直接連絡する事も可能なはずだ。
「手紙さえ届けば、姫は信じて下さるさ」

それに、最悪の事態も考えなければならない。
軍事同盟が機能する事無くトリステインが破れ、城が劫火に包まれるというならば。

かつて――ラグドリアン湖畔で、可憐な従妹と仲睦まじく語り合った者。
愛するが故に、求められた一言を口に出せなかった臆病者にも、為し得る事が一つ残っている。
「連中が動く場合は、私自ら城に赴くことになる。分かっているな?」
「止めても聞かんでしょうに」
パリーは深々と溜息を吐いた。
「賊に成り下がったとはいえ、高貴な女性を誘拐するなどと……王に顔向け出来ませぬ」
「まさに空賊ではないか。得難い花を摘むならば、賊として最高の栄誉だと思うがな」
第一、彼は扉を破りに行くのではない。
自惚れのようだが――堅固な『鍵』は、どうせ内側からしか開くまい。

「だがな」
さらさらとペンを紙に滑らせながら、彼は淡々と言う。
「可能性は低いと思うのだよ。万が一、そのような事態になった場合は」
あの女性――先住種族を使い魔としたラ・ヴァリエール嬢が、指を銜えて見ているとは思えない。
多少の畏怖を籠めて思い出す。
あれだけ魔力に満ちた存在に、持てる力の全てを発揮させたら?

「埒もない事だ」
つい失礼な事を想像してしまった自分に、呆れてしまった。
彼女たちは貴族と船乗りの誇りを知っている。無意味な破壊や殺戮を望まぬはずだ。
期待するのは王女の護衛。それだけで充分だろう。

――そう考えて、重大な事に気付く。

「……脱出する際に結界とやらを使われたら、私も会えないではないか」
手紙に一文を書き加えながら、彼は慌てたように呟いた。


      ◆   ◆   ◆


虚無。
それは伝説の闇に沈んだ系統。四系統より外れた零番目。
万物の祖となる物だとも伝えられる。

「――って話だったんだけど?」
「いや、何が不満なのかね?」
不満というか。
ルイズは、王室から預かった国宝『始祖の祈祷書』を、ぱたんと閉じた。
混乱した頭を抱えながら、傍らの剣を睨み付ける。
「ねえ、伝説の剣?」
「何かね、伝説の魔法使い」
「あんたの言う通り、わたしが虚無の使い手だったとしても、よ。他の魔法は使えないの?」
「覚えてねえなあ」
「……あのね」
無責任な返事に、腹を立てる気力も湧かなかった。


リンディが旅に出る直前、ルイズには大きな役目が与えられていた。
トリステイン王室の伝統として、王族の結婚式では、国宝を手にした巫女が式の詔を詠み上げる事になっている。
当然ながら、今回も必要となるわけで。
有力な貴族の令嬢であり、王女が自ら指名した相手とあっては異論の出ようはずもない。
学院に届けられた国宝は、学院長から彼女の手に渡り。
晴れて巫女となったルイズは、頭を悩ます事となった。
何しろ、詔は巫女自身が考えるのだから。

自分には詩才の欠片も無い。――そう理解するのに、時間はさほど掛からなかった。
頭を抱えて唸る彼女が、何気なくデルフリンガーに愚痴った時、
「指輪を嵌めて、その本を読んでみな」
と、何の関係も無さそうな忠告を受けた。
聞いた方が何も考えずに従ったのは、それだけ煮詰まっていた証拠だろう。
結果。
指輪と本が光り出したのを見て、彼女は驚愕する事となった。



通常だと白紙に見える紙面に浮かぶ、光の中の文字。資格有る者が指輪を嵌める事で、初めて読めるらしい。
書かれているのは古代語で書かれた呪文と、その説明。

伝説の虚無。

「こんな事を知ってるって時点で、あんたもただの剣じゃないのは分かるけど」
ならば、これも嘘や偶然ではないのだろう。
「信用無いねえ。そんなに信じられないのかね?」
「残念ながら、信じるしかなさそう」
愚痴を言ったルイズ自身も、実のところは理解していた。
眺めた呪文のルーンは、染み入るように心に残っている。
滑らかに紡がれる詠唱。懐かしく感じられる音色と、身体を何かが循環していく様子が実感出来た。
これが、姉や先生たちが言っていた感覚?
だとすると、これこそが自分の系統だという事だ。本当に虚無かどうかは分からないが。

とにかく、全ては伝説の中にしか存在しなかったのだ。
虚無とは何なのか、何が出来るのか。この呪文はどれほどのものなのか。
――もし、きちんと最後まで唱えたら、どうなるのだろう?

「あー待て待て。試すんなら外でやれ外で」
「あ、当たり前じゃない。部屋の中で唱えるわけないでしょ!」
つい顔に出てしまっていたらしい。
誤魔化すように怒鳴ってから、表情を真面目なものに改める。
「わたしに、虚無なんて使いこなせると思う?」
「知らね。けど、お前さんの頑張り次第だろ? 虚無の担い手ってのは間違いねえんだから」
「言ってくれるわよね」
そういう事なら、今までとさほど変わらない。
高揚感はあるし、自信も湧いてくるのだが――あまり大っぴらに公言出来るような内容でも無いわけで。
アカデミーに連れて行かれたりするのは、正直勘弁して欲しい。
「もちろん頑張るわよ。だから、あんたも色々教えなさい」
誰に相談する訳にもいかないから、この剣の存在は非常に有り難い。
「分かったって。けど、相棒にゃ言わないのかね?」
「もちろん言うわよ。だけど、今のままじゃ駄目だと思う」
彼女はデルフを掴み、立ち上がった。
「堂々とリンディの前に立って、言ってみたいの」
「何を?」

「わたしはもう大丈夫。だから何の心配もいらないわ、ってね」

とにかく外に出よう。
練習でも何でも、頑張らねばならない事は山程あるのだから。










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