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zoom RSS 夏色四片 第32話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:32   >>

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学院の一角で、日課のような声が響く。
「最後まで唱えんなよー」
「分かってるわよ。それにしても、詠唱途中で発動する呪文なんて、聞いた事もないわ」
ルイズは杖を振り上げると、迷ったように動きを止めた。
傍らの壁に立て掛けられたデルフが、のんびりと問い掛ける。
「どうしたのかね?」
「今日はお終い。何か落ち着かなくって」
杖を懐に入れた彼女は、大きく溜息を吐いた。

最近は、悩み事が多過ぎる気がしている。
アルビオンの件は当然だ。戦争が起こるならヴァリエール家も動くはずで、そちらの心配も降り積もる一方である。
この学院だってどうなるか分からない。
無事に勝てば勝ったで、姫殿下の今後が気になる。例の空賊の件があるからだ。
そして何より。
「二人が仲良くなったのは嬉しいけど、ちょっと複雑よね」
リンディとシエスタの事である。
以前にも増して菓子作りに精を出している。あちこちに配り歩いているものだから、学院中で評判になっているらしい。

それどころか、この前など『オムレツ』を作って来たのだ。
何気なく口にしてから気付く。
――この味は、以前にも?
慌てて振り向くと、嬉しそうなリンディと、申し訳なさそうなシエスタの顔が目に映って。
真っ赤な顔で怒鳴り散らす中、二人は慌てて逃げていった。



座り込んだまま、地面に何となく落書きをする。
「何だか、妙に楽しそうなのよね」
「嫉妬かね」
「ち、違うわよ! ……ちょっと変だなあって思うだけよ」
これだけ一緒に過ごしていれば、何となく分かってくる。
リンディたちの楽しげな様子に嘘は無い。それなのに、笑顔がどこか気になるのである。
「多分、悩んでるのよ」
「聞いてみたら?」
「今更聞けないわよ。それに、言いたくない事なら聞きたくない」
本当に必要な事なら、リンディはきっと話してくれる。
それに、いざとなったら。

「あの子に聞けばいいと思うのよ。どうせ知ってるんでしょうから」
「あの子ってな、あのメイドかね。今、向こうを走ってる?」
「そうよ。――あれ?」
ルイズは慌てて立ち上がった。
見慣れない表情を浮かべて、必死に走っているシエスタが見えたのである。
あれは、焦燥だろうか?
向かっている先はリンディがいる場所――つまり自分の部屋だ。

「何があったのかしら」
剣を掴むと、ルイズは走り出した。
異変の心当たりなら当然有る。
だが、シエスタの慌て様は、何となく別の事ではないかと思われたのだ。


      ◆   ◆   ◆


部屋に飛び込んだシエスタは、リンディが不在なのを知ってへたり込んだ。

たった今聞いた話。
既に学院中に広まりつつある噂は、戦争が始まった事を伝えていた。
現在の主戦場は、タルブの草原と港町周辺。激しい戦闘が続いているらしいが、詳しくは分からない。
幸い、タルブ村の避難は完了し、住民は戦場から離れつつあるそうだ。
家族も無事だと思う。

問題は、村全域が戦場となった場合だ。
森は焼かれ、家々は破壊されるかもしれない。例の意味不明な建物だって、無事に残る保障は無い。
建物――祖父の遺産。
そして、リンディが帰る為の唯一の手段。
「どうしよう……どうしたらいいんだろう」
シエスタは真っ青な顔で呟いた。
「このままじゃ、リンディさんが帰れなくなっちゃう――」


「それ、どういう事?」
鋭い声が、背後から叩き付けられた。

「……え?」
慌てて振り向くと、開けっ放しの扉の前で、ルイズが息を切らしている。
肩を上下させてはいるが、眼差しは微動だにせずに、真っ直ぐこちらを見詰めていた。
「ルイズ様……どうして」
「帰れなくなるって言ったわね。それってつまり、帰る方法があるって事よね?」
「それは――」
気圧されたシエスタは、座ったまま這うように後ろに下がった。
合わせるように、ルイズもゆっくりと歩を進める。
「リンディも知ってるの?」

沈黙。

怯えながらも、シエスタは喋ろうとしない。
「内緒にしろって言われてるのね」
ルイズは腰を屈め、相手と視線を合わせた。
「じゃあ、一つだけ聞かせて。リンディはここにいるべきだと思う?」
「そ、それは」
反射的に否定しようとして、シエスタはその意味する事に気付いた。
リンディが帰れば、ルイズは使い魔を失ってしまう。
それは酷く寂しい事だ。本当の母娘みたいな二人が迎える、おそらくは永遠の別離。
自分は納得してるからいい。多分、我慢出来ると思う。
でも――主人であるルイズは?

「わたしにとって、使い魔はリンディだけよ。もしかしたら一生ね」
彼女は穏やかな口調で語りかける。
「だけど、わたしにだって家族がいるわ。もしもいきなり居なくなったりしたら、寂しくて――とても苦しい」
「ルイズ様……!」
シエスタは大きく目を見開いた。
「だから、リンディは帰らなくちゃいけない。本人が嫌だと言っても、絶対に帰らせる」
それが主人である自分を思っての事だとしても。
凄く嬉しいけど、間違ってると思う。
「その為にも、わたしには知る必要があるの。お願い、話して」

「でも」
尚も言い淀む相手に、ルイズは切り札を使う事にする。
含むように笑った彼女は、シエスタの肩を掴んだ。
「じゃあこうしましょ。わたしの秘密を話した罰として、リンディの秘密を話して」
「秘密って……あっ!」
例のオムレツの話。
シエスタは慌てて口を押さえた。
確かに、口止めされていたのを勝手に話してしまったのは彼女である。念押しまでされていたのに。
なるほど。
内緒話の対価としては、充分かもしれない。

「どう?」
「わかりました。じゃあ、一つだけお話します」
苦笑しながら、シエスタは頷いた。


      ◆   ◆   ◆


学院長室を出たリンディは、散策するように歩いていた。
「何か、すっきりしちゃったな」
窓の外を眺める。
いつもと同じ空だが、遙か先では大規模な戦闘が行われているそうだ。――あの、タルブの村で。
話を聞いた限り、あの設備が無傷で残る可能性は少ないだろう。
唯一の帰れる可能性。

今からでも、あの場所に向かう事は可能である。
独自判断での介入は無理だが、緊急避難的に設備を守る事に問題は生じない。
しかし、その先はどうするのか。
戦は続くのだ。
主人であるルイズや、新しく得た家族のシエスタたち。そして、この世界で知り合った人々。
守るべきだろう。
自分は、その為に喚ばれたのかもしれないのだから。

この世界に来たのは偶然ではない。
彼が転移して来た事で、あの周辺の世界とここに繋がりが出来た。
自分が住んでいた管理外世界も含まれる上に、不思議と多くの優秀な魔導師を輩出してきた地だ。
『闇の書』が最後の転生先に選んだくらいである。力を求める者には目立つ場所なのだろう。
ルイズが、どんな使い魔を求めたのかは分からない。
だが、あの日。
あの世界にいた高ランク魔導師は、ハラオウン一家の数名であり、起きていたのは自分だけだったのだ。

(もしかしたら、ここがわたしの『終の棲家』って事かもしれない)
運命論者ではないが、彼が眠る地に辿り着いたのは厳然たる事実。
悩む暇もなく、選択肢は断たれるようだし。
「開き直って、頑張るしかないわね」
振り切るように首を振った彼女は、いつも通りに扉を開けて――足を止めた。



小首を傾げつつも、後ろ手に扉を閉める。

部屋の主が、佇んでいた。
黙ってこちらを見ているだけ。完璧な無表情。
それなのに、何を言いたいのか分かるような眼差し。

責められている。――そう理解したリンディは、ルイズの後ろに立つ人影に気付いた。
俯いているシエスタの様子に、溜息を吐く。
「……聞いちゃったの?」
「さあ?」
ルイズは、突き放すように答えた。
「そっちの方が聞いたんじゃないの? 戦争が始まったってこと」
「ええ」
リンディは頷いた。

戦線は現在、辛うじて膠着状態を保っているらしい。
原因は、アルビオン軍が降下作戦に専念し、主力艦艇を護衛に回している事にある。
今までのところ、両軍艦隊は牽制程度の砲戦を繰り返すに留まっているが、これからは分からない。
防衛拠点たるラ・ロシェールの陣地構築も不完全だ。
ついでに、もう一つの懸念事項。
何故か、王女自ら兵を率いているらしい。
士気は上がっているものの、危険極まりない最前線に出していい旗印かどうか。

「ゲルマニア艦隊は結局来なかったの。しかも、王宮内は弱気な人ばかりで」
「姫殿下が怒っちゃったってわけね」
怒ったというより、積もり積もったストレスが爆発してしまったのだろう。
折角、様々な事を抑え込んで決心した嫁ぎ先は、あっさりと自分を見捨てたわけだ。
周りの連中は、国を憂いているのか保身を図っているのか分からない者ばかり――に見える。
ある国になど、全てを失ってすら戦い続けている皇太子がいると言うのに。

このまま、無様にトリステインを滅ぼされる訳にはいかない。
誇りを失った者に、彼と並んで立つ資格は無いではないか。

「勇ましいけど、少し無謀よねえ」
「姫殿下は、昔から見た目より気が強いの。よく喧嘩したものよ」
ルイズは楽しそうに笑った。

「じゃ、行こっか」
そのまま、無造作に歩き出す。
左手には鞘に納まったデルフリンガー。そして右手には――古びた書物。
「えっと、どこに?」
「決まってるでしょ。姫殿下を手伝いによ」

「ちょ、ちょっと」
リンディは、慌ててルイズの前に回り込んだ。
両肩に手を掛け、言い聞かせる。
「いくら何でも無茶よ。戦争なんて、個人がどうにか出来るものじゃないわ」
「どうにかするわよ」
ルイズの射抜くような視線に、思わず手を離す。
自信に満ち溢れた表情と、揺るがない意志を湛えた目の光。
「前に言ったわよね? わたしがどうにかするって。それが今ってことよ」
「だけど」
彼女に一体、何が出来るというのだろう。
自信の根拠は分からないが、戦局に影響する程の事が出来るとは、到底思えなかった。


「――聞いてくれる?」
不意に、ルイズは表情を和らげた。
「無謀に見えるかもしれないけど、リンディだけは信じて欲しい。わたしには本当に力があるって」
書物を握り締める。
「見せてあげる。わたしが一人で出来ること。――例え一人になっても、何の心配も要らないってこと」
その言葉は、自分でも意外な程、滑らかに紡がれる。
悲しさは感じない。言う前は泣いてしまうかと思っていたのに。
だから、そのまま詠うように告げる。
「主人としての晴れ姿を見せるのよ。だから使い魔である貴女も、今ここで全てを見せて」
「……ルイズさん」
リンディは、掠れるような声で呟いた。
「最後だもの。これで本当に最後なんだから、全力で頑張って――家族への土産話にしていったら?」
満面の笑みを浮かべたルイズを、彼女は呆然と眺めていた。



やがて。
リンディは、包み込むように彼女を抱き締める。
「少し悔しいなあ」
そっと髪を撫でた。
「子供って、いつもあっという間に大きくなっちゃうんだもの」
「背は伸びてないんだけどね」
照れを誤魔化す為だろうか。冗談交じりの声に、つい苦笑する。
その後、少しだけ静寂が訪れた。
黙ったまま髪を撫でるリンディと、気持ち良さそうに目を閉じたルイズ。

多分、ほんの僅かな時間。
それでも、後ろから眺めるシエスタには、とても長く感じられた時間だった。

ルイズは、ゆっくりと身体を離した。
静かに視線を合わせる。
「行くわよ」
「はい」
微笑み合った二人は、力強く歩き出した。


      ◆   ◆   ◆


学内は、騒然とした雰囲気に包まれていた。
伝えられた戦の内容が、生徒たちを振り回していたのである。
あちこちで交わされる噂を呼び水に、興奮と不安の入り交じった澱みが、伝染病の様に蝕んでいく。
果ての無い焦燥という、深い闇の広がる前兆。
だが。
それは徐々に別種の物へと塗り替えられていった。
廊下を毅然とした表情で進む、一人のメイジと――その使い魔によって。

正門前に二人が着いた時、学院中の窓は開け放たれていた。
そこから集中する視線と、門の周辺で観察するように眺める生徒たち。
キュルケやタバサ、ギーシュたちの姿も見える。声をかけて来ないのは、興味がそれだけ深い証拠か。
おかげで、少しばかり騒がしい。
シエスタは――少し離れた場所に、遠慮するように隠れていた。



「ちょっと待って」
意に介さず門を出ようとしたルイズを、リンディが呼び止める。
「何よ、今更忘れ物?」
「そうかも。――少し離れてくれる?」
「一体なにを……ってぇ!?」
不満そうに数歩離れたルイズは、唐突に放たれた光に思わず目を閉じた。

学院中が一瞬ざわめいた後――静寂に包まれる。

リンディの足下に描かれたのは、広大な魔法陣。今までとは、比較にならない程の輝きを放っている。
更には――彼女自身に向けて、膨大な魔力が流れ込んで行く。
デバイスから与えられた式により、ほぼ完全に環境適応を終えたリンカーコアが、全力で稼働しているからだ。

彼女は、保有する膨大な魔法を、念入りに確認していた。
攻撃魔法全てに非殺傷設定を適用し、物理干渉専用の物は発動自体にロックを掛ける。
一切の人的被害と、物的被害を出さない為に。
――非殺傷設定とは、決して手加減などではない。
魔導師たちが、周辺被害を考慮する事なく力を発揮する為の、手段の一つに過ぎないのである。

リンディ程の高ランク魔導師が、殺傷設定を全て封じると言うこと。
それは即ち、全能力の開放――全開戦闘の宣言を意味する。

「……あなた、よくリンディに喧嘩売ったわよね」
「売られたのは、こっちだったでしょうが」
呆然と呟いたキュルケに、ロングビルの震える声が応えた。あの時、助かった事が信じられない。
いや。今、自分たちが立っていられる事の方が不思議である。
前方から感じられる魔力は、既に感覚が麻痺しそうな程の圧力へと高まっていた。
これが、たった一人の使い魔が発しているものだと、誰が信じるのだろう。
しかも。
「まだ、これから……?」
タバサが淡々と口にする。
集まっていく魔力は、衰えるどころか益々激しさを増していた。

「ありゃあ、御せんわ」
「……は?」
呆れたように肩を竦めたオスマンに、コルベールが何とか反応した。
目の前の光景は、二人の想像力を遙かに超えていた。先住魔法だとかそういう問題ではない。
この世界の生物とは、根本的に違うのだ。
「いや、ミス・ヴァリエールの手に余ったら、何とか抑え込めんかなあと思ったんじゃが」
「無理でしょう。考えるだけ無駄な気がします」
断言するコルベール。
オスマンも頷いて、ぼそっと本音を漏らす。
「あんなモノの相手をする連中に、心底同情するわい」



ルイズは、ただ黙って見上げていた。
目の前に広がった大きな――四枚の光羽。
この世界の膨大な魔力を湛えたそれは、長さ十メイルに渡って眩い光を放っている。

リンディの羽。
最初に見たのはあの時。そして、最後に見たのもあの時。
それからは、一度だって見ていない。
もしかしたら、一生見られないかと――見られないようにしてしまったのかと思っていた。
でも。
「綺麗ね」
ルイズは、精一杯の感情を籠めて囁いた。
それだけしか言えなかったが、伝わっただろうか。

「ありがとう」
リンディが微笑みながら、左手を差し出してくる。
剣を背負うと、『始祖の祈祷書』を抱え直してその手を取った。
ふわりと身体が浮く。
魔法で体重を消されたのだろう。リンディの細い腕の中に軽々と収まる。
手を伸ばせば、彼女の長い髪に触れる事が出来た。

「では、行きますよ?」
「ええ」
木漏れ日の様な優しい声に――ルイズは、幸せそうに頷いた。










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