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zoom RSS 夏色四片 第33話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:33   >>

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陽が中天を過ぎる頃。
草原に展開した数千人の部隊は、進軍する為の準備を終えていた。
食事後の倦怠感も既に無い。

タルブ上空の制空権は、ほぼ完全にアルビオン側が押さえている。
儀礼用とは異なる、正規編成の竜騎士隊の力も大きい。

だが、主要因として挙げられるのは、抵抗の規模自体が小さかった事だ。
トリステイン側が早々に撤退したのは、おそらく決戦に向けて戦力を温存する為。
今もラ・ロシェール近辺に集結しつつあるのが見受けられる。
強力なブレスを持つ火竜を駆っていても、数多くのメイジが立てこもる港町には近寄れない。
堅固な防壁を崩す。
それこそは、強力な火砲を備えた艦隊の仕事であろう。

――アルビオン艦隊は、既に一斉砲撃の準備を整えつつあった。



竜騎士隊の士気は高いが、それ故に少々規律が弛んでいる。
地上部隊の進軍路周辺の建造物を、全て焼き払う必要性は極めて少ない。
つまり、無人と化した村が焼かれている現状とは。
発散する機会を得られなかった戦意が、捌け口を求めたからではなかったのか。

小隊を率いた彼が、それに気付いたのは偶然である。
僚騎が近辺の森にブレスを撃ち込み、憂さ晴らしをしている事に呆れて天を仰いだ時。
遙か上空から、奇妙な物が落ちてくる様子が目に映った。
緑色に光る羽を持つ、人らしき姿。

何故、こんな所に翼人が?
――などと疑問に思う暇も無い。瞬く間に、森の上空へと距離を詰めていく。
その速度は極めて異常。
慌てて竜を鳴かせ、周囲の味方へ警報を発した。

その行為が、自身を目立たせてしまったらしい。
不意に、彼の竜は動きを止めた。宙へ縫い付けられたかのように。
乗っている者を振り落としかねない急制動である。
思わず怒声を上げようとしたが――その状況に気付き、驚愕に目を見開いた。
光る輪の様な物体が、身体を縛めている。

それが、自分たちを宙に固定していると理解した瞬間。先程森に火を放っていた同僚が、光に包まれた。
天空から撃ち放たれた、巨大な光!

呆然とそれを眺めた彼も、同じく――
飛来した無数の光弾の直撃を受け、意識を消し飛ばされていった。



上空数千メイルから逆さ落としに降下するというのは、たとえ風を遮られていたとしても無茶苦茶怖い。
声無き悲鳴を上げながら、ルイズは必死でリンディの左腕にしがみついた。
力場で支えてくれてるから落ちないそうだが――そういう問題ではないので、遠慮無く腕に力を込める。

「ど、どうすんの!?」
「先手を取りましょうか」
淡々としたリンディの声。
眼下に広がるのは、少し前まで滞在していた素朴で温かい村。
今は火災の跡が転々と残り、見る影も無い。
大規模な地上戦闘が行われたとは聞いていないが――掃討目的で火が放たれたのか。

取り敢えず、目に付いた数騎の竜騎兵を捕獲魔法で拘束。
誘導弾を放つと共に、森を焼いていた真下の兵には、砲撃魔法を遠慮無く撃ち込んだ。
その膨大な光は、離れた場所に錨を降ろしていたアルビオン艦隊だけではなく、港町からも視認出来ただろう。
少なくとも、周囲の空域に転々としている竜騎兵は、全員気付いたはず。

と、ルイズは思ったが口には出さない。

「困ったものねえ」
リンディは溜息を吐いた。
その周囲には、意識を失った挙げ句、捕獲魔法で宙に磔にされた竜騎兵が三人ほど見える。
だが、彼女の視線の先にあったのは、炎上する森の木々だった。
伏兵を怖れて焼き払った?
「まさかね」
この状況下で、孤軍を配置する可能性など零に等しいだろうに。
例のドームを眺めた。
付近の火災の影響で、多少の焼け焦げが見受けられるが、おそらく中は無事と思われる。
念の為、不可視性の持続型バリアを幾重にも展開しておく。

疑問なのは、掃討戦が行われたにしては被害が小規模だということ。
逃げ遅れた者を見付けただけか、それとも戦意に逸った者特有の勇み足か。
何れにせよ、中途半端だ。

シエスタの生家は――?

「……もしかして、あの人たちは憂さ晴らしで村を焼いたのかしら」
家屋は半壊し、孫娘と共に料理を楽しんだ台所は、跡形も無い。
リンディは微笑んだ。
場にそぐわぬ、実に魅力的な笑み。



「やべ」
喋れるように、少しだけ抜いてあったデルフが呟く。
ルイズも顔を引き攣らせた。
転移魔法によるものだろうか? 捕らえた連中と共に光に包まれながら、彼女は明後日の方へ視線を逸らす。
言われるまでもない。

――使い魔の機嫌は、極めて悪い。


      ◆   ◆   ◆


港町に布陣を終えたトリステイン軍は、緊張と共に決戦の時を待っていた。
本営の中心には、ユニコーンを駆るアンリエッタ王女の姿が有り、傍らにはマザリーニ枢機卿が侍っている。
本来なら、彼が行う仕事は後方にあり、最前線に参加する意味は少ない。
ただ、彼は現在の自軍の士気の高さを、誰よりも理解していた。

開戦の報に動揺する城で、重臣に啖呵を切った美姫の凛々しさ。
例えそれが無謀な勇気の発露であっても、誇り高い貴族たちには何よりの刺激だったはずだ。
過度に高まった気迫は次々と伝染し、現在はピークに達している。
だからこそ。
姫一人が弱気を見せれば――あるいは姫が戦死するような事があれば、全軍が崩壊しかねない。
マザリーニが防ぐべきは、まさにその一点。
経験の浅いアンリエッタを支え、何とか気迫を保ってもらう。最悪の場合は、確実に逃がさねばならない。
その手筈は既に終えている。

今に限らず、戦争は緒戦の結果が大きく左右する。
負けるにしても、次に繋げなければ持久戦すら望めない。あれは様々な意味で『執着心』が必要なのだから。
その為にも、彼はこの戦局を見極めようとしていたのだ。



物見からタルブの方角に奇怪な光が見えたと報告が上がった、その直後の事だ。
兵士たちから驚愕の叫びが上がる。
本営のすぐ側に、広大な光の円盤が出現したのである。
(なんだ、これは)
動揺が広がる中で、マザリーニは口の中だけで呻いた。
そこから次々と現れたのは――死んでいるかのように横たわった火竜と、主人である騎士が三名。
無論、多くの有能なメイジが、すぐに事態を推察した。
これは魔法による瞬間移動ではないか?
敵を討ち倒した何者かが、捕虜を送り付けてきたという事だろうか?

「いったい誰がこんな事を?」
アンリエッタは、マザリーニに問い掛けた。
その声音に恐怖が含まれていない事に満足しつつ、小声で答える。
「わかりませぬ。アルビオンの策略ではありますまいが、誰が何の意図で行ったかとなると」
「そうですか」

「しかし」
彼は、敢えて言葉を句切った。
「これは先住魔法でしょう。そして、トリステインに味方する者となれば」
「……あっ!」
慌てて口を押さえるアンリエッタ。
心当たりなら有る。元々その力を期待して密命を与えた、直接会った事もある女性。
(でも、あの方はあの時、病床に伏せっておいでで)
使命を果たした後も、意識が戻るまで時間が掛かったと聞いている。戦場に出られる程に回復したのだろうか?
第一、あの時の彼女は、そこまで凄い存在には見えなかった。

アンリエッタが思考に沈みそうになった時、視界の隅に一人の兵士の挙動が映る。
動揺が興奮を誘ったのだろう。意識の無い竜騎兵に剣を振り上げている。
誇り無き行為だ。
付近の上官の制止が、遅ればせながら発せられたが――間に合うまい。

彼は、いきなり目の前に現れた竜に怯えていたのだ。
天空を自在に駆けながら、苛烈な炎を浴びせかける竜を駆る騎士たち。恐るべき敵だ。
意識が無いように見えるが、まだ生きているかもしれない。
もしいきなり起き上がってきたら?
メイジではない自分には、逃げ切る自信も防ぐ力も無いのである。
それに、一兵士が手柄を立てるのならば、これは唯一の機会かもしれない。
僅かな功名心の混ざった恐怖からか。
――彼は、横たわった騎士の首筋に、全力で剣を振り下ろした。



「あれは……!」
アンリエッタが息を飲み、周囲の将軍たちからも驚きの声が上がる。
兵士の剣が騎士に触れる瞬間、緑色の光に弾かれたのだ。
恐慌状態に陥った彼は、何度も剣を振り下ろすが、全て光の壁に弾かれる。まるで守られているかのように。
不意に、誰かが大声を上げて空を指差した。

緑色の大きな羽を持った翼人が一人、数十メイル上空からこちらを見下ろしている。
表情は分からない。
だが、見上げた兵士は悲鳴を上げて後退った。相手の見ているものが、自分だと気付いたからだ。
震えながら数歩後退する。……まだ視線は離れない。
力の抜けた右手から、剣が落ちる。
その音に全身を震わせた瞬間。
先住種族が微笑みを浮かべたように感じて――彼は卒倒した。

その様子を見ていたマザリーニは、近衛の兵に命を下した。
武器を捨てさせ、捕虜の捕縛を試みさせる。
彼等は恐る恐る近付いていったが、今度は何の抵抗もなく相手に触れる事が出来た。


「諸君! あれこそが、伝説にあるこの地を守護する者ぞ! 無益な殺生は望まぬと仰せである!」
マザリーニは声を張り上げた。
「捕虜を捕らえる事に専念するのだ。万が一怒りを招けば、我らも同じ目にあうと心得よ!」
顔を見合わせた将軍たちが反応するよりも早く、武器を投げ捨てた兵士が我先にと竜騎兵に向かっていく。

手柄を争うように捕縛を進める光景を見ながら、アンリエッタは囁いた。
「あの、枢機卿? それはいったい」
「なに、方便ですよ。こうでも言わねば、味方であるはずの者に、我が軍の戦意が挫かれかねません」
「そ、そうですね」
彼女は再び空を見上げた。
捕虜が無傷で捕らえられていく状況に満足したのか。上空の先住種族は、矢のように飛び去っていく。
方角はタルブ上空。遠目にも数多くの竜騎兵が飛んでいるのが分かる。
あれだけの数相手に、ただ一人で?
不思議と、それが無謀とは思えなかった。

しかし――あの女性は、あれほど圧迫感を感じるような存在だっただろうか?
別人ではないのか、と怖ろしい想像をしてしまう。

だけど。
「あれは確かに、ルイズ・フランソワーズでした」
女性が抱えていた少女の、見覚えのある髪の色を思い出す。
彼女が一緒であれば、どれだけ強大な力を持った使い魔でも大丈夫だろう。怖れる必要はない。

主人として、ちゃんと制御出来ているなら。

「……大丈夫よね?」
不安を感じたアンリエッタは、誰かに言い聞かせるように呟いた。


      ◆   ◆   ◆


錨を上げ始めたアルビオン艦隊を横目に、リンディはタルブに向かって加速する。

「どうして瞬間移動で戻らないの?」
「見付かりやすくする為ですよ」
「なんで?」
「相手を港町から引き離したいって事だろ。こっちの艦隊は町の反対側だしな」
デルフが解説する。
もちろん、たかが一人の先住種族に、全艦隊が反応するはずもない。
何かしらの作戦の前振りと捉え、警戒態勢に移行しただけだと思われる。
が、少なくとも、暫くは町に向かうまい。
「それと、連中を集めたいんじゃねえか?」
「そうです」
前方に集結しつつある竜騎士隊から、殺気立った視線が集中してくる。溢れるような戦意。
決戦を間近に控えていては当然か。
更には、瞬く間に味方を三騎も失った事実がある。油断など一切感じられない。

やや後方で声を張り上げている壮年の男性に気付く。
「あれが指揮官だわな」
「多分。さすが伝説の剣ですね。――ルイズさん」
「あ、うん」
リンディは感心したように微笑むと、引き抜かれたデルフを右手に構えた。

「何で今更、剣を使おうとするのよ」
必要ないだろうに。
「剣を持ってるって事は、武器に頼ってるって事です。その方が、相手も勝ち目があると思ってくれるでしょうね」
「勝ち目って、どういう」
「あー……黙って見てた方がいいと思うぞ。えげつねえから」
デルフは呆れたように遮った。
「俺は、あの男を見てりゃいいんだよな?」
「はい。お願いしますね」
さっぱり理解出来ない会話に、ルイズは不愉快そうな表情を浮かべたが――結局黙った。
自分が一番素人なのだから、ここは我慢。



接敵寸前。
リンディの放った魔力砲撃が、二騎の竜騎兵を消し飛ばした。
実際には、意識を奪った直後に転送しているのだが、知らぬ者には魔法で蒸発させられたようにしか見えない。
警戒の叫び声が上がり、散開していく。
一斉に放たれる炎のブレス。
防御魔法で防ぐ事をせず、リンディはそれらを全て回避する。高機動の優位を教えるような動き。
複数を射界に含めるよう回り込むと、再び砲撃。
また三騎ほどが光の中に消えた。

各所から怒声が上がる。
砲撃前の魔法陣展開に気付いた者から、警告が周囲に伝達されていく様子が見えた。
無論、リンディは意に介さない。
相手は三騎ごとの小隊編成に組み替えると、砲撃を誘うように接近する。
間断無く放たれるブレス。魔法の準備を与えないという意図だ。
例え撃たれたとしても、多少の犠牲を覚悟して他が仕留めるという寸法だろう。
もっとも、少々対処したからといって、リンディの機動に対応出来るはずもない。

急加速で包囲陣上方へと突破した彼女から、今度は二本の砲撃が放たれる。
娘の物に似たそれは、五騎の竜騎兵を同時に薙ぎ払っていった。

(何で光球を使わないのかしら?)
あの誘導弾とかいう魔法なら、百発百中のはずなのに。
ルイズは薄目を開けて観察していた。
いくら慣性制御されてるとは言っても、これだけ急加速や急制動を繰り返されると、正直酔ってしまう。
乗り物酔いなどほとんど経験は無いのだが。
再びリンディが砲撃する。
(今度は一人だけ……手が読まれちゃってるじゃない)
何故こんな非効率的な方法を選ぶのか分からないが、何らかの意味があるのだろう。
大体、これでも既に半数を屠っている。

「そろそろだ――逃げるぜ!」
ルイズは、デルフの警告に目を見開いた。



竜騎士隊の隊長は、顔を歪めながら悪態を吐いた。
駄目だ。
自分たちの竜では、あの先住種族の動きに対応出来ない。
相手の攻撃魔法自体は艦砲と同じだ。威力は高いものの、避け切れない程の物ではない。
射程距離も長くないから、付け入る隙は有りそうなのだが……残念ながら厳しい。既に半数が墜とされている。
結論を下した彼は、撤退命令を発する寸前に気が付いた。
あの女が、唇に指を当てている。

喋るな――そういう意味だろうか?

彼は構わず腕を振り上げた。相手の意図など、どうでもいい。今は態勢の立て直しが先決だ。
そう叫ぼうとした瞬間、彼は驚愕した。
笑みを浮かべた女が、何故か目の前にいる。
瞬間移動したかのように、いつの間にか二メイルほど前方に浮かんでいるのだ。
この高機動戦の中で、相対速度を完全に合わせたらしい。
楽しげに笑う彼女の周囲に、無数の光球が現れるのが見えた。
恐怖で思考が真っ白になる。
第一、何で人間同士の争いに、先住種族が介入してくるのだ。

「一体、何なんだ貴様は――――!?」
断末魔を上げながら、彼は光の中に飲まれていった。



無数の光球が、縦横無尽に飛び交っている。
指揮官を失った部隊は脆い。
混乱に陥った竜騎兵が逃走を試みるが、次々と魔法で沈んでいく。
「どうして今まで使わなかったの?」
「少し目立ちたかったのよ。ほら、草原の人たちも動きたくなくなるでしょう?」
確かに。
眼下に展開していたアルビオン軍に、激しい動揺の広がっている様子が、はっきりと見て取れる。
「自分たちの頭の上に変なのが飛び回っていたら、無視出来ないわよね」
「……そりゃそうだけど」
変なのはないだろう。
自分は普通の人間で、リンディみたいな力は持ってない――はず。
この際、虚無の話は置いといて。

「指揮してる人を後回しにしたのも、理由があるの?」
「ええ」
先程までの機動すら嘘のような加速で、逃走を図る竜騎兵の前に回り込む。
若い騎士の恐怖に怯える顔が見えるが、遠慮無く砲撃を直撃させた。
その間も、誘導弾があちこちで敵を撃墜している。

これが、相手の身を慮っての所行だと――誰が信じるのだろう。
一方的な虐殺に見えるなあ、とデルフは呆れた。

「指揮官を先にやっちまうと、他が逃げちまうからな。散らばったのを追っかけるのは面倒だ」
「そういうこと」
「ふ、ふうん」
ルイズは曖昧な表情で頷いた。
(何て言うか、二人ともベテランなのよね)
デルフリンガーは、まあ分かる。
何しろ伝説の剣だ。数々の戦いに関わってきた事は予想出来る。血生臭い経験も山程あるのだろう。
しかし、リンディからはそういう雰囲気が伝わってこないのだ。
柔らかい印象は変わらないのに、無慈悲に魔法を行使している。
相手の恐怖を認めても、躊躇う様子は無い。
(相手が死なないように魔法を使ってるから?)
だから平気なのだろうか。

――違う。
(被害を出さないって決めた後は、余計な事を考えないんだわ)
リンディが船長を務めていたという事を思い出す。
聞いたときは信じられなかったが、今なら理解出来る。
土壇場で迷わない意志が、リンディには必要だったのだと。



気が付いた時、周囲の空には誰もいなくなっていた。










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