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zoom RSS 夏色四片 第34話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:34   >>

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竜騎士隊全滅の報を受け、アルビオン艦隊は動き出した。
旗艦レキシントンは、風を得る為にその大きな帆を広げている。
巨艦故に、加速は鈍い。
だが、一度動き出してしまえば、止められる船は存在しないであろう。

艦橋で指揮を執るのは、ボーウッドという謹厳実直な男である。
彼は、事態に動揺して余計な事を喚いていた総司令官の代わりに、全艦隊の指揮も引き継いでいた。

ちなみに、総司令官は『何故か』昏倒している。

騒々しい声は、戦場では単なる雑音だ。
杖をしまいながら、ボーウッドは顔を引き締めた。
先住種族一人に対するものとしては大袈裟だと思うが、何れにせよ地上部隊の上空支援は必要である。
何しろ、トリステインの竜騎兵は健在なのだから。
各砲手に伝達し、対空防御用の散弾に切り替えさせた。
彼我を鑑みるに、未だ戦力差は圧倒的ではあるが、状況はそれなりに緊迫している。
トリステイン艦隊が錨を上げた様子はない。
――とは言うものの。
艦隊戦の前に『あれ』を片付けておかねば、少々面倒な事になるかもしれない。



「次は、わたしがやるわ」
ルイズは始祖の祈祷書を広げた。書面に記された、虚無としては初歩の呪文。

眼下に見えるのは、数千の兵士たち。
こちらを指差して喚いている者も多いが、メイジや弓兵は既に迎撃態勢を整えている。
「待った」
呪文を唱え始めようとした彼女を、デルフが制した。
「でかいのを放てるのは一年に一度位だぜ。あいつらに使っちまったら、次はねえぞ」
「そ、そうなの?」
とすると、迫り来る艦隊に対しては使えなくなる。
「……よく分からないけど、ルイズさんの魔法って、凄く威力があるものなの?」
「おうよ。見たら驚くぜ」
生み出される結果を危惧したリンディに、デルフは自信満々で答えた。
「本当?」
「いやその、わたしも始めて使うから……じ、自信はあるんだけど!」
顔を赤らめたルイズが怒鳴る。

(始めてかあ……人に使うのは危険かも知れないわね。手加減が出来るとは思えないもの)
リンディは思案するように首を傾げた。
どれほどの威力かは知らないが、この世界の魔法を過小評価する気は無い。
事実、凄い事例を幾つか目にしているし。
風とかならともかく――炎が出るような場合は、凄惨な結果を招きかねない。

「では、下はわたしが何とかします。ルイズさんには、艦隊の方をお任せしますね」
「わかったわ」
「その方がいいだろ」
二人の同意を得ると、リンディは砲撃魔法の詠唱を開始する。
煌々と輝く魔法陣と、付随した魔力スフィアを維持。
広域空間攻撃も保有してはいるが、これだけ魔力濃度の高い場所だと、減衰率が計算出来ない。
効率も悪いし、何より中途半端に意識を残すと後々問題が生じる。
だから。

「参ります!」
光羽から膨大な魔力が注ぎ込まれ――夥しい数の砲撃が、地上軍目掛けて射出された。


      ◆   ◆   ◆


縦横に走った細い光条が、陣の外周を薙ぎ払う。
あれほどの早さで飛来する魔法を、人が避けれるはずもない。直撃した兵士が次々と倒れていく。
呻き声一つ残さないその様子から、全員即死かと思われた。
威力自体は恐るべきものだ。
が、不思議な事に、被害は人や馬、幻獣といった生物にしか及んでいない。

部隊を率いる将軍は、慌てずに迎撃指示を出した。
初撃で失ったのは数十人。大した被害ではないし、あんな魔法を連発出来るとも思えない。
先住種族とはいえ、たかが一人である。


次々と撃ち上がってくる魔法を、リンディは舞うように回避する。

軍勢が陣を張っている地勢を、再度確認。
広い草原。隠れる場所も無く、多少散開されても目が届く。
例え逃げられたとしても、追いかけるのはそう難しくないわけで。

「やっちまっていいだろ。時間も無いぜ」
考えを読んだデルフが忠告した。
追い風を捉えたアルビオン艦隊が、徐々に速度を速めている。
敵陣上空を飛行しているので砲撃は出来ないはずだが――逆に、撃たれた場合は地上の者が巻き添えとなる。
急いだ方が良さそうだ。

「ここなら逃げれっこないんだ。景気良くいっちまえ」
「了解!」
リンディは頷くと、敵陣最後方で動きを止めた。
戸惑ったような気配の後、凄まじい攻撃が雨のように降り注ぐ。
炎の魔法、水と風を合わせた魔法。攻城用の巨大なゴーレムが投げる岩塊。
ライン、トライアングルを問わず高度な呪文が次々と炸裂し、ルイズが首を竦めている。
それらは全て、リンディの防御魔法が防いでいるが――
「だ、大丈夫なの!?」
その迫力のある光景を前に、恐怖を誤魔化そうとする怒鳴り声。
無理もないが、それに応じている余裕は無い。

大型の魔法陣を展開し、敵陣右翼を視界に捉える。

砲撃。
その巨大な光の帯は、数百人の兵士を纏めて吹き飛ばした。



状況は、旗艦レキシントンからも見えていた。
興奮した哨戒兵が事態を告げる。
先程の先住種族が、地上軍を虐殺しているらしい。凄まじい光を放ち、一度に百人以上もの兵を屠っている。
それだけではない。
逃げようとする者すら、容赦なく焼き払っている。まるで殺戮を楽しむかのように。
どれだけの兵が生き残れるものだろうか。

ボーウッドは眉を顰めた。
アルビオン地上部隊は既に潰走状態である。このまま作戦を続ける意味は薄い。
だが、だからと言って兵を見捨てるわけにはいかない。
救出して撤退するとしても、あれとトリステイン空軍をどうにかしなければならないのだ。
敗戦の苦い予感を噛み締めながら、彼は各艦へ指示を伝える。

とにかく、あの化け物を何とかする。
それが出来ないようなら、アルビオン軍は二度とこの地に近寄れまい。



「左翼、逃げるぜ」
「はい」
返事をした直後には、走り始めた部隊長の前に回り込んでいた。
それなりに身分の高い貴族なのだろう。立派な身なりで、家紋の意匠も凝っている。
馬上で顔を引き攣らせたその男は、恐る恐る手を挙げて降参を示した。
リンディはにっこりと微笑み返すと――

「ちょ、ちょっとぉ!?」
男の部隊を丸ごと砲撃で吹き飛ばしたのを見て、ルイズが悲鳴を上げる。
「こ、降参って言ってたわよ、降参って!」
「そうかしら?」
砲撃からかろうじて逃げた兵に、誘導弾の雨が降り注ぐ。
一兵たりと逃げられそうにない――その恐怖に、地上は阿鼻叫喚で埋め尽くされた。

「大体、逃げちゃう奴まで追いかける必要があるの!?」
「あの人たちはどこに逃げるの?」
「それは……」
ルイズは口籠もった。
そう言えばそうだ。彼等の母国は雲の上である。
「下手に逃げると追撃戦を招くしな。そうなった方が犠牲も多いんだぜ?」
「勝ってる方は、何をするか分からないのよね。戦場では自制が効かなくなるから」
デルフの解説に、リンディが言い添える。
「例え逃げ切れたとしても、帰る方法の無い敗残兵は、野盗とかになる事が多いの」
そうなると、この周辺の村々にも被害が及ぶ。
彼等自身の為にも、ここは意識を無くして囚われた方が良いはず。

「そう、だとは思うけど」
ルイズは納得しがたい面持ちで見下ろした。
怯えた兵士と目が合う。
彼は這い蹲り、倒れた兵士の陰に隠れようとしていた。失禁しているかもしれない。
真っ青な若い顔が、訴えるような表情を浮かべてこちらを拝んでいる。
死にたくない、そう叫んだような気もしたが。
次の瞬間には、横合いからの魔法で吹き飛ばされていった。

随分とまあ、隙の無い仕事である。

「完全に戦う気を無くしてるのも、いるみたいだけど……」
ついでに言えば、逃げる気も無さそう。
「いいんじゃねえの?」
デルフがのんびりと答える。
「哀れっぽく降参した捕虜が、虐待されるって話もよくあるからな。気絶してた方が逆に安心だろ」
「確かに、そうかも」
経験が少ないとはいえ、あの優しいアンリエッタ姫が率いているのだ。
ここまでされた相手に、後から何かをするとは考えにくい。
と言うよりも。
(同情したくなるわよね)
微妙な罪悪感を感じて、ルイズはこっそり呟いた。



「はい、おしまい」
探査魔法で確認した後、リンディは宣言した。
眼下には、気絶した人や獣が累々と横たわっている。動くものは一切無い。

まさに殲滅である。

もちろん死んだ者はいないし、負傷した者とて軽傷だ。全て逃げだそうとした際の怪我なのだから。
驚くべき事に、恐慌状態の中で踏み殺された者すらいなかった。
そこまでフォローしていたという事実に、デルフリンガーは戦慄する。
「いや、やっぱり相棒は化け物だね。つくづくそう思うわ」
「酷いわねえ」
リンディは苦笑した。
「さて、と。後は王女様に任せて、わたしたちは艦隊をなんとかしましょう」
「もしかして、姫殿下に会いに行くの!?」
港町に進路を向けた事に気付き、ルイズは悲鳴を上げた。
冗談ではない。
事情の分からないトリステイン軍から見て、自分たちがどう映ったのか――容易に想像出来る。
竜騎兵を先に大勢送ってあるから、死んでないとは分かっているだろうが。
それでも、虐殺者として見られている可能性は高い。

「会わないわよ。ちょっと念押しに行くだけだから」
「念押しって」
(姫殿下が、わたしに気付かないはずないのに!)
そう心の中で叫ぶが、多分言うだけ無駄だし、制止も無理っぽい。

結局、ルイズは諦めて口を噤んだ。


      ◆   ◆   ◆


港町、ラ・ロシェールは静まりかえっていた。

最初の方こそ、次々と送り込まれる竜騎兵を捕虜にして盛り上がっていたのだが。
――それが数十に及ぶにつれて、兵士たちの口数は少なくなっていった。
得体の知れない力に、潜在的な恐怖が呼び起こされたのである。

先住種族。様々な容姿が伝わっているが、あんな姿をした者は聞いた事がない。
御伽噺に伝わる妖精に似ている気はする。
しかし、先程の先住種族は、そんな可愛い存在ではないだろう。
あれは虐殺者だ。
逃げ惑うアルビオン軍の様子を見た者は、ほぼ全てが武器を捨てた。
次が自分ではないと、誰も保障してくれないのだから。
そして。

呼吸音すら聞こえぬほどの静寂が、周囲を覆っていた。
あの化け物を刺激するような行動は死に直結すると、誰もが理解していたと思われる。

「殿下……あれは本当に、ラ・ヴァリエール公の娘ですか?」
「そのはず……なんですけど」
アンリエッタは震える声で呟いた。

彼女の遙か上空に、あの女性が佇んでいる。

思わず唾を飲み込んだ。
女性の左腕に、見覚えのある少女が抱えられている。どうやら、胸に縋り付いているらしい。
自分に顔を見せたくない――とは見えず、必死に使い魔を押し止めているかの様に見えた。
押し止める――何を?
彼女は、冷たい恐怖に身を竦ませる。
もしかしたら、自分たちも敵と同じような目に遭うのかもしれない。

(ルイズ……お願い、助けて)
震えながら、アンリエッタは必死に願い続けていた。
幼馴染みが、己の使い魔を説得してくれる事を。



痛いほどの沈黙が続く中、上空の化け物が剣を振り上げる。
陽光に輝く、鋭い切っ先。
複数の兵士から押し殺したような悲鳴が上がるが、周囲の者に取り押さえられた。
この状況下では、恐慌に陥ること自体が恐怖なのだ。
畏怖に満ちた数多くの視線が、ただ一人の挙措を追う。
やがて。
その剣は、全滅したアルビオン軍の方を指し示した。

「捕らえよ、という事か?」
呟いたマザリーニは、使い魔の頷く様子に気付いた。どうやら地獄耳でもあるらしい。
どちらにせよ、選択の余地は無い。
「許可が下りたぞ! 我らはこれより、この地を汚した者共を捕らえに行く! 急げ!」
声を張り上げると、金縛りが解けたかのように全員が動き始める。
装備を整え、捕縛の為の準備を黙々と進めていく。無駄口を叩く者など、一人たりと存在しない。
それらは全て、粛々と行われた。

兵士たちの顔に浮かぶのは、勝利の興奮ではない。
化け物の怒りに触れてしまった、哀れな同胞に対する同情である。

(これが目的だったのだろうか? 確かにこれなら、敵を憎む気持ちすら湧かないが)
マザリーニは、傍らを進む馬上のアンリエッタを見上げた。
真っ青な顔が、助かったという安堵を浮かべている。
(戦後処理が楽かもしれんな)
敵味方がこの有様である。自然災害の後と似たようなものだ。

あの使い魔が再び飛び去った後。
彼は、トリステイン空軍に伝令を飛ばした。
絶対に動くな、と。
巻き添えになっては無意味である。お零れを狙う位しかする事がない。
(それにしても、アルビオン艦隊がどこまで戦えるか見物だな)
まさか全滅はすまいが、少なくとも、この戦はこちらの勝利に終わるだろうと確信する。
どんな戦力を整えようと、ああいった存在が介入してきた場合は、為す術がない。

自分たちは、所詮人間なのだ。


      ◆   ◆   ◆


リンディは、巨艦の上空で艦隊を視界に収めていた。
無数の散弾が防御魔法を叩いている。まさに雨の如くだが、単純な物理打撃としては少々力不足だ。
細かく位置を変えながら、砲弾の直撃を避ける。
散弾はともかく、大質量の砲弾は油断出来ない。何事にも予想外はあるからだ。
それでも。
彼女の防御を突破出来る存在がいるとは思えない。

その少女が、共にいる限りは。

胸元からは、ルイズの詠み上げる呪文が流れている。
低く、されど流麗な響き。
自信に満ちた少女の顔を、リンディは感慨深く眺めた。
世界こそ違うが、新たな魔法を得た魔導師は皆同じだ。出来る事が増えた自分に、誇りと戸惑いを感じている。
(それにしても、虚無の系統かあ)
授業で聞いた伝説の系統。――興味は尽きない。
これから成長する姿を、見続けたい欲求に駆られてしまう。

しかし、それは許されないだろう。
親離れが子供の義務なら、子離れも親の義務のはずだ。
一抹の寂しさを感じながら、彼女は自分に言い聞かせていた。


長い詠唱を終えると共に、ルイズは呪文の威力を理解する。
視界に映る全て。
数多くの船が見える。舷側に並んだ砲に、船を支える風石。乗り込んだ多くの人々。
自分が放つ魔法は、それら全てに手が届くのだ。
呪文の名は『エクスプロージョン』――爆発。
生み出されるのは一切の破壊。
アルビオン艦隊は、空の藻屑となって消え失せる事になる。
だが。
何一つ迷うことなく、彼女は選択した。
己の使い魔が見せたのは、非情とも思える慈愛。
主人である自分が、その意を汲んでやれなくては意味が無い。

静かに杖を振り下ろす。

宙の一点より、巨大な光球が出現した。
太陽と見紛うような輝きを放つそれは、急速に膨れ上がる。
眼下の巨艦を、僚艦を――いや、空域に散らばった全ての船を飲み込んだ。
熱も音も感じられない。
幻想のように現実感に欠ける、純粋で膨大な光。

それはトリステイン軍はもちろん、遠方の村からも視認出来た。
遙か離れた場所に避難していたシエスタの家族や、港町に向かって馬を駆っていた空賊にも。

時間にして、ほんの数瞬だったのだろう。
光が収まった時。
アルビオン艦隊は、何事もなかったように姿を現した。
無傷――かと思われた直後、全ての船が高度を下げていく。
浮力を維持する為の風石が、ほとんど消滅していたのである。残ったのは、軟着陸する為の僅かな量。
滑り落ちるように、船は完全に無傷のまま着底する。
人にも物にも、一切の被害は生じていない。有り得ない状況である。
それでも敢えて言うなら。
この不可解な魔法は、乗り込んでいた者の戦意を、完全に消し飛ばしてしまったと言えた。



アルビオン艦隊に属する大小全ての船が、大地に横たわっている。
動揺した乗組員が、甲板で右往左往している様子も見えた。
それも当然だ。
何が起きたかを理解出来る者が、この場に幾人存在するというのだろう。

全ての力を使い切ったのか、ルイズは笑みを浮かべて眠っている。

「広域……殲滅魔法」
リンディは呆然と呟いた。
自分とは比べ物にならない程の、強大な力。
高ランク魔導師どころの話ではない。知人の広域空間攻撃すら、上回っているのではないか。
もちろん詳しい事は分からない。
だが、それでも彼女の経験は、今の現象を本質的に理解する。
腕の中で眠る少女が唱えた魔法は、船の風石のみを消滅させた。
それしか出来なかったのではない。敢えて、行わなかったのだ。
おそらく、あの光の範囲にいた者全てに干渉する力を、ルイズという少女は所持している。
干渉――つまり、全てを焼き払う力。

(虚無って、一体何なのかしら)
管理局高官としての自分が、警告を発している。
本来ならば、これだけの力を保有する人間を放置する訳にはいかない。
都市一つを完全破壊出来る存在なのだ。
正式な認可を得るまでは、監視下に置くのが理想である。
――とは言うものの。
(ここは、管理外世界ですらないものね)
リンディは苦笑した。
今の自分は単なる使い魔であり、この少女は御主人様だ。
それも、誇り高く生きる貴族。

「ルイズさんみたいな子なら、力に振り回されるって事は無いでしょうね」
「そいつは分からねえ」
と、デルフはあっさり否定したが、
「それでもまあ、相棒に怒られるような使い方はしないだろうよ。これから先も、一生な」
保証はしねえけど、と締め括る。
「そうね」
頷くと、彼女はルイズの顔を覗き込んだ。
己の果たした結果を見ることなく――それでも誇るべき結果を知る、穏やかな寝顔。
為すべき事を為した者の笑顔が、そこにある。

リンディは満足そうに微笑んだ。
心配する必要はない。
彼女は真っ直ぐに生き、足らぬ事があれば、前を見て全力で努力するだろう。
それでも不足があれば、遠慮無く友人に頼るはずだ。
自分に出来る事、出来ない事を認識し、一歩一歩確実に歩んで障害を乗り越えていく。

幸い、自分より年長の助言者もいる。

「後は、あなたにお任せするとしますか」
「ま、仕方ねえやな。剣としては不本意だけど」
彼は諦めたように了承した。
実際、今度の『虚無』はそれなりに面白い。この相棒が去ったとしても、退屈する事は無いだろう。

「ついでと言っちゃあなんだが、仕事、終わってねえよな?」
「はい?」
軽い口調のデルフに、リンディは小首を傾げる。
「えっと……もしかして魔法学院のこと?」
「そいつもそうだが、もうちっと近い話。――悪足掻きしてるヤツがいるみてえだぜ」
「あら」
見下ろせば、着底した船の一部が、陸上砲台として砲を撃ち始めている。
盲撃ちらしくトリステイン軍まで届いていないが、放置すると余計な反撃を招きそうだ。
「仕事は、最後までしっかりやろうぜ」
「了解しました」
悪戯っぽく笑うと、リンディは身を翻した。
急降下しながらもう一つ思い出す。あの空賊さんを王女様に引き合わせる仕事が、まだ残っている。

「そうね――この際だから、全部片付けて帰りましょうか」
心残りの無いように。

この素晴らしい世界に、堂々と別れを告げる為に。










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