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zoom RSS 夏色四片 第36話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:36   >>

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草原で摘んだ花束を供えると、リンディは黙祷した。
静謐な時間。
墓碑の前で、彼女が何を語り合っているのか。――それは、本人にしか分からない。

「おばあちゃん、かあ」
少し離れた位置で、ルイズはぽつりと呟いた。
「わたしにとっては、どっちかって言うと『お母さま』って感じなのよね」
「そうですよね。とても仲の良い母娘って雰囲気でしたから」
シエスタも頷いた。
と、何か思い付いたのか、内緒話をするように距離を詰める。
「なに?」
「リンディさんがここに滞在してた時に、何度かおばあちゃんって呼んでみたんです」
「……どんな顔をしてたの?」
「複雑そうな顔で、でもとっても嬉しそうな笑顔を見せてくれました。――ですから」
「そう、ね」
ルイズは頭を掻いた。
普段なら死ぬほど恥ずかしいが、これで最後なんだから。

「お待たせ……?」
戻ってきたリンディは、小首を傾げた。
どういうつもりか、ルイズが睨み付けてくるのだ。
と言うより、真っ赤な顔でぶつぶつと呟いているのは何故だろう。
「えーっと、何かしら?」
「お」
一言だけ言って口籠もる。
シエスタの方を見ると、彼女はにこにこと微笑んでいるだけで。
「お、かぁ」
と続けた真っ赤な顔を見て、残念ながら理解してしまう。驚きが減って損した気分になったが、仕方がない。
居住まいを正し、その言葉を楽しみに待つ事にする。

いざ言おうとすると、もの凄く緊張する。
たった一言が、なかなか口から出てこない。呪文を唱えるよりも難しいとは思わなかった。
(しかも、リンディには気付かれてるしっ!)
嬉しそうな顔でこちらを見ている相手に、少し腹が立つ。
(大体、お母さまって歳には見えないんだもの。ちいねえさまと同じくらいよね)
だから言い辛いのよ、とそこまで考えて、何かが引っ掛かっている事に気付く。
何かって――何だろう?
口に出せない事と、何か関係が……?

「ああっ!」
「ど、どうしたの?」
唐突に叫んだルイズに、リンディは不思議そうな顔で聞いた。
「思い出した。聞くのを忘れてたのよ。なーんか引っ掛かると思ったら、それが原因だったんだわ」
一人で納得すると、ルイズは改めて向き直る。
そして、重々しく口を開き。

「結局、貴女って何歳なの?」
彼女は、真剣な眼差しで問い掛けた。



「はい、綺麗に洗っておきましたよ」
「ありがとう。本当は譲りたいところなんだけど、ここには無い技術だから」
フライパンを受け取ったリンディは、残念そうに振り返った。
彼女の年齢を聞いた時から、ルイズは延々と頭を抱えて唸っている。――どうやら、あの一言は聞けそうにない。
と思ったら、
「やっぱり、おばあさまよ、おばあさま! 他には有り得ないわ!」
顔を上げると同時に、叫ぶように言う。

「えー……おかあさんじゃダメ?」
「可愛く言っても駄目! 大体ね、そんな歳でそんな言い方したって、似合わないわよ」
「そんなあ」
泣いてる真似は、子供っぽくてやたらと可愛い。

が、仁王立ちしたルイズの意志が変わらないと見ると、リンディは諦めたように笑った。
手招きしてシエスタを呼び寄せる。
「そうね。じゃあ二人ともわたしの孫ってことで。――これからも仲良くね」
二人一緒に抱きしめた。
「当然でしょ」
「もちろんです」
異なる、だが同じ言葉が返ってくる。
「帰ったら、こっちの事をたくさん話してあげて。見た事もない親戚にも」
「うん」
「お伝えしたおじいちゃんの話、おじさんに話してあげてくださいね。きっと喜びます」
「そうね」
少しばかり湿っぽい声になっている事を自覚したが、何とか堪える。
それは、多分お互い様で。
最後に、もう一度だけ腕に力を込めると、振り切るように身体を離した。

「それでは、そろそろ行きましょうか」
二人の顔を確認する事無く、リンディは踵を返した。
率先してドームの方へ歩き出す。
――背後から聞こえる微かな嗚咽は、聞こえない事にした。



数刻後。
タルブの村の一角から、緑色の光が空へ駆け上がる。
膨大な魔力を受けた道標が、己の属する世界に向けて飛び立ったのだ。
そして。
明確な座標を定めず、ただ道標に行く先を預けた、超長距離転移魔法が行使される。

光が収まった後。
この大陸が迎えた、純粋な意味の客人は――その僅かな滞在を終えて、無事帰還の途に着いた。


      ◆   ◆   ◆


ふと、何か物音がしたような気がして、エイミィは突っ伏していた机から顔を上げた。
どうやら少し眠っていたらしい。身体の節々が痛む。
軽く首を振って眠気を払うが、ほとんど意味を成さない行為だ。どうせ考えることは一つしかない。
彼女は、のろのろと腰を上げた。

このところ、碌に寝ていない。

彼女の義母――リンディ・ハラオウン総務統括官が行方不明になったのは、三ヶ月以上前の事になる。
その日。
少しばかり寝坊したエイミィは、台所で調理中の食材を目にしていた。
リンディの姿は無かったが、ゴミ捨てか何かで席を外しているのだろうとしか、思わなかったのだ。
二日酔いが残っていたせいもあるだろう。
続きを作ることにして、昼食の用意を進めた一時間後。
起きてきた夫が母親の所在を尋ねた時、初めて彼女らは異常に気付いた。
幸い、高ランク魔導師の揃った一家である。すぐさま精密な広域探索魔法を実行。
台所に残された、空間の僅かな歪みを検出する。

事の重大さを認識した彼は、すぐさまあらゆる手を打った。
各方面への連絡、探査機器の設置と解析、捜索人員の手配等々。
果ては、業務を終えたばかりの無限書庫司書長を引っ張り出した挙げ句、状況が判明する。
――未知の魔法による強制転送。
つまり、悪意ある者によって、管理局高官が自宅より連れ去られたという事である。

管理局全体に知れ渡る大事件となったのは、当然の事だろう。

それから三ヶ月を過ぎ――事件は、何の進展も無い。
犯人からの要求も手掛かりも一切無し。強制転送の解析すら不可能だった。
ほとんどの身内は、立場上自分の業務から離れるわけにもいかない。
専従として、かろうじてギンガが含まれている位だ。
リンディ程の熟練かつ強力な魔導師を、警戒設備の整った自宅から拉致し、現在に至るまで無力化する。
そんな事を可能とする敵対的存在など、幾ら調査しても出てこない。
先頃捕まったような狂的科学者が、まだ市井に埋もれていたとでもいうのだろうか。

実際、死亡の可能性を唱える者は数多い。
これだけの時間を経ているのだ。
強制転送後、殺害されたか標本扱いか――何れにせよ、無事とは思えない。



あれ以来、ハラオウン家には重苦しい空気が漂っていた。
フェイトに至っては、二人目の母すら失った可能性の前に、痛々しいほどに憔悴しきっている。
正直に言えば、見てる方が苦しい。
(あたしの、せいだよね)
エイミィは、激しく悔いていた。
あの時、何故もっと早く異変に気付かなかったのか。
一分一秒を争うのが転移痕の解析だ。あの一時間さえ無ければ、事件は解決していたかもしれない。
それなのに。
(やだな……あたしらしくないや)
最悪の想像が浮かんで、力無く首を振った時。

また微かに、音が聞こえた。

(気のせい――じゃない!)
背筋を走る緊張感に、彼女は意識を覚醒させた。
今、この家にいるのは自分一人だ。子供たちは、使い魔が知人の家に連れて行っている。
唾を飲み込んだ。
もし、リンディを連れ去った者がもう一度来たのだとしたら?
(そんなはずないよね。あたしなんか攫ったって意味無いし)
そろそろと歩を進める。
よく考えれば、彼女自身も通信部門の要職に就く身である。
狙われてもおかしくないが、この時の彼女はそこまで頭が回らなかった。
義母を攫った相手を、一目でいいから確認したい。
その一心だったのだろう。
彼女は、慎重に音が聞こえた場所――台所を覗き込んで。

大きく目を見開いた後、悲鳴を上げて立ち竦んだ。



走り去るエイミィを見送って、リンディは苦笑した。
(ちょっと残念かな)
抱きついてくれるかと思ったのだが。
隣室の通信機に叫んでいる声を聞きながら、彼女は手にしていたフライパンを眺めた。
共に異世界を旅した、唯一の『相棒』。
いつもの場所に置こうとしたら、そこは計測機器で埋まっていた。
積もっていた埃の量に、旅の長さを実感する。

――と、周囲が一気に騒がしくなった。

次々と空間モニターが開き、懐かしい顔が並ぶ。
近隣に転移魔法の反応も感じるから、幾人かは直接こちらに向かっているらしい。
(迷惑かけて、ごめんなさいね)
唯一、直接こちらを見つめている娘の――やつれ果てた泣き顔を見て、胸が痛む。
他にも、泣きながら呼び掛けてくる人々。

やがて、代表するように息子が口を開いた。
問い掛けられたのは、今までいた場所と不在の原因。

聞かれて当然の内容に、何故かリンディは口籠もった。
実に彼女らしくないのだが、
(そう言えば、言い訳を考えてなかったなあ)
あまり経験の無いことである。
不思議と、いつものような『気遣い』が頭に浮かばない。
仕方ないので、本当の事を口にする。

「実は、新しく出来た孫に会っていたの」
そう爽やかな声が告げた後は、恐ろしいほどの沈黙がその場を包んで。

次の瞬間。複数の怒声と驚愕が、轟音となって響き渡った。


      ◆   ◆   ◆


ドームの中に入ると、そこには静寂のみが漂っていた。

シエスタは、中央の台座に歩み寄る。
手に取ったのは、そこに残されていたクリスタルの破片。――リンディのブローチ。
中の石が無くなったせいか、真っ二つに割れている。
彼女はその片方をハンカチに包むと、ルイズに向けて静かに差し出した。

ルイズも同様に黙って受け取ると、胸のポケットに無造作に仕舞い込む。

「そう言えばさ」
残った欠片を、大事そうに布に包むシエスタを眺めながら、自分の背中に声を掛けた。
「あんたは、最後に何を話したの?」
「恨み言だよ。元相棒が約束を守らなかったもんで」
「約束って、次の使い手を見付けるって話?」
「そ。まあ、お前さんの目付役も悪くはないって思ってんだけどな」
危なっかしいし、と続けたデルフを、ルイズは軽く睨み付ける。
「……待ってなさいよ。いつか、あんたが満足いくような使い手を見付けて、安値で売り付けてやるからね」
「期待してるぜ」
飄々と答えるデルフ。



「ルイズ様は凄いですね。わたしなんて、泣くのを必死に我慢してたのに」
堂々と先を歩くルイズに、シエスタは感心する。
行き先は彼女の家だ。
半壊した建物は既に修復され、家族が食事の用意をして待っている。
「きっと、今日の夜も、泣いちゃうんだろうなあ」
寂しそうに俯くシエスタに、
「わたしだって泣くわよ」
あっさりした声が答えた。

「え?」
「夜になったら、多分さっきの事を思い出して泣くだろうし、学院に戻ったらまた泣いちゃうでしょうね」
ルイズは苦笑した。
黎明の中、共に飛んだ道行きや、遙か上空から見下ろしたアルビオン。
帰りの荷馬車や――あの夜のこと。
泣いたり、怒ったり。思い出なんて幾らでも有る。

「寂しいのは当たり前じゃない。泣いたっていいと思う」
「ルイズ様……」
「遊びに来てたおばあさまは、故郷に帰っちゃった。もう一度会えるかどうか分からないけど」
「――きっと、元気にしてる」
「そういう事」
泣きながら、ルイズは楽しそうに笑った。

「今夜は、ゆっくり思い出話に浸ればいいのよ。シエスタしか知らない事も、一杯あるんでしょ?」
「はい。わたしも、ルイズ様しか知らない話が聞きたいです」
微笑みあった二人は、青い空を見上げる。
この空が、リンディの空と繋がっているかどうか分からない。

それでも――何となく、同じように見上げている気がしたのである。


      ◆   ◆   ◆


どうやら本気で怒ったらしい息子の怒声を聞き流しながら、彼女はエイミィを抱きしめた。
(少し、痩せたかな)
相当心配を掛けたのだろう。
泣きじゃくる彼女の肩を抱いて、居間に向かう。
数分後には転移してくる大勢の知人で埋め尽くされるのだから、いつまでも台所にいるわけにはいかない。
審問だか糾弾だかが待っていそうだし。
思考の一部を言い訳の構築に回した彼女は、ふと、窓の外に目を向けた。

外は、生憎と大雨らしい。
(向こうは晴れてたんだけどな)
何気ない事なのに、距離を感じて少し寂しくなる。

あの世界に、再び行ける可能性はほとんど無い。
孫娘たちの行く末を見る機会は、おそらく永遠に訪れないだろう。
だけど。
リンディは、そっと胸元を押さえた。
あそこには、あの人の心も残っている。自分の代わりに見守ってくれると信じている。

(それに、お互い元気でいるって決めたんだもの)
戦の前に言い放ったルイズの覇気を――帰還を促したシエスタの涙を思い出す。
あれほど強い意志を持った子供たちだ。余計な事を考える方が、失礼かもしれない。
(心配なんてしないから、頑張ってね)
雨雲を見上げたリンディは、自然に口元を綻ばせた。

その柔らかな微笑みは――思わずエイミィが見惚れてしまうほど、透き通ったものだった。










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