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zoom RSS 夏色四片 第27.5話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:38   >>

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「あら?」
中庭で座り込んだ人影に気付き、キュルケは何となく足を向けた。

暖かな陽差しの中。
いつも通り、彼女の細い指先が動いている。
「編み物、終わりそう?」
「うーん……もう少しかしら」
「そう」
何を編んでるかは知らないが――こういう物は。
「まあ時間はあるんだし、のんびりやればいいんじゃない?」

「それもそうね」
手を止めたリンディは、余った毛糸を手早く巻き上げた。
編み目が崩れないように丁寧に折り畳むと、バスケットにそっと仕舞い込む。

そろそろ、食後のお茶が終わる時間である。

「こんなところで暇潰しする位なら、一緒に参加したらいいのに」
「最近、シエスタさんが手伝わせてくれないんだもの」
給仕としてならともかく、貴族の子弟たちと同席するわけにはいかない。
「それって平民だから?」
「ええ」
今更ねえ、という顔でキュルケは肩を竦めた。
この学院に所属する貴族で、リンディを平民として見ている者など一人もいないのだ。
もっとも。
それが分かってるからこそ、こうして余計な気遣いをさせないよう配慮しているのかもしれない。

(確かに……本物の平民たちは、本当に分かってないとは思うけどね)
約一名を除いて。
ちょっとした旅行から帰ってきてから、シエスタの表情が妙に柔らかくなった事は知っている。
何やら、色々と複雑な事情がありそうなのだが――ルイズの様子を見ると、彼女も知らないらしい。
(隠し事が出来るタイプじゃないしねえ)
主人にすら正体を明かさない使い魔。強力な先住魔法の使い手。
激しい興味が湧くのだが、踏み込んでも多分無駄だろう。
強引に探り出そうにも、根っこの部分でリンディには勝てないのだから。
それは魔法がどうのではなく、人生経験の差というやつで。

それでもまあ、一応は聞いてみる。

「そういえばさ、あなたって幻とかの魔法も使えるわけ?」
「わたしが? 幻術魔法を?」
小首を傾げたリンディは、頬に手を当てて考え込んだ。
実のところ、似たような質問を複数の者からされている。あの夜、自分の幻を見た者が大勢いるそうだ。
さっぱり心当たりは無いのだが。
「あたしなんて、取り込み中に見せられたんだから。てっきりあなたの仕業かと思ったんだけど」
「そんな余裕なんて無かったのよね」
あの時の身体の痛みを思い出して、リンディは眉を顰めた。

第一、例え余裕があったとしても、聞いたことも無い幻術魔法なんて使えない。
「そうなの? 何でも出来そうに見えるんだけど」
「まさか。知人には使える人もいますけどね」
一人は収監中の戦闘機人。
4番の名を持つ彼女の先天固有技能なら、似たような事が可能だろうか?
いや、さすがに範囲が広過ぎるし、不特定多数の知覚に直接侵入する事が出来るとは思えない。

そしてあと一人は――

「ちょっとリンディ! なんでいつも隠れてるのよ」
振り返ると、不機嫌そうなルイズが睨み付けていた。
「隠れてたなんて。ここは暖かくて、気持ち良いものだから」
「そーよ。日向ぼっこしながら喋ってただけじゃない。そんなに怒る事ないでしょ?」
含むように笑ったキュルケに、ルイズは噛み付いた。
「別に怒ってないわよ。だけど、捜すのに手間が掛かるような場所にいられると困るの!」
「なるほどね」
ごもっともな話ではある。が、
「それは、使い魔と感覚を共有出来ない主人が、悪いんじゃないの?」
「う」
楽しそうな相手の指摘に、ルイズはあっさりと口籠もった。

(ま、でもこの辺は割り切ったみたいね)
キュルケは心の中で舌を出した。
真剣に悩んでいたようだから、召喚に関わる事は今まで話題にしなかったのだが――最近は大丈夫そうに見える。
からかうネタは多い方が良いし、
(ヴァリエールはこうでなくっちゃね)
ちょっとした事で落ち込むなんて似合わない。

「か、勝手に歩き回る使い魔の方が悪いに決まってるでしょ!」
ルイズは敗勢を誤魔化すように怒鳴ると、リンディの腕を掴んで強引に引き上げた。
「ほら、行くわよ。午後の授業があるんだから」
「あ、はいはい」
引き摺られて歩きながら、彼女はキュルケとこっそり視線を合わせる。
(さっきの話は、聞かなかった事にしてくれる?)
(そりゃ残念ね)
キュルケは渋々頷いた。

幻を使える知人とやらの話は、是非とも聞いてみたかったのだが。


      ◆   ◆   ◆


海鳴市。
それなりの人口を抱えた中堅都市である。
各種商業施設も整っており――建ち並んだビルを含め、インフラも高度なレベルで構築されている。
それ故、外観はミッドチルダの地方都市と変わらない。
魔法文化が無いという点を除けばの話だが。

ついでに言えば、次元移動手段も無いわけで。

(どう考えたって、現地の人間ってはずはないわよね)
彼女は浅い溜息を吐く。
確かに、突然変異とも言える高ランク魔導師を数人輩出した世界ではあるが、全て外界からの干渉があっての事だ。
似たような事例があったとしても、
「とても接点があるとは思えない、か」
完全な否定は出来ないが、それでも、皆無と言って差し支えないだろう。

ベンチに深く座り直すと、彼方まで広がる海に目を細めた。
正面からの風が長い髪を揺らす。潮の香りと強い陽差しが多少気になったが――それも今更だ。
そう割り切ると、気持ち良い海風を楽しむ事にする。

「静かね」
どうも平日らしく、臨海公園には人影一つ無い。
聞こえるのは、潮騒と木々の奏でる葉擦れくらい。
陽気のせいで少し眠くなる。
(寝ちゃってもいいかなー)
こんなに爽やかな天気なのだから。
一度自覚すると、眠気に逆らう気持ちが薄れていく。

こくこくと船を漕いでいた彼女は、聞き慣れた響きに目を覚ました。
一瞬眩暈がしたから、思ったよりも深く寝入っていたらしい。緊張感が足りない――と言うより寝不足のせいだろう。
(いや、そうじゃないでしょ)
こめかみを揉んでから、視線を向ける。
遠方から大声で自分の名を呼ぶような、非常識で傍迷惑な者は一人しか知らない。
「ったく、いつまで経っても変わらないんだから」
頭を抱えたくなったが、変わらない相手に安心している自覚もあるわけで。
仕方なく、彼女はそれを黙って拾い上げる。
そして。
「ティアーっ!」
叫びながら、満面の笑顔で手を振るかつての相棒に。

「うっさいのよ!」
ティアナ・ランスター執務官補佐は、全力で石を投げつけていた。



特別救助隊に所属している元相棒――スバル・ナカジマは強力な魔導師だ。
近接戦闘に於いては無類の突破力を誇り、切り札の先天固有技能を併用した場合、ほとんどの存在を圧倒する。
更に陸士とはいえ、オリジナル魔法を用いた低高度空戦すらこなしてみせるのだ。
「なのに、あんなのも避けられないなんて。……あんた、少し鈍ったんじゃない?」
ベンチ側の水飲み場で、蛇口を捻る。
ハンカチを水に浸しながら、ティアナは呆れたように呟いた。
後ろでは。
頭を抱えて呻いていた相手が、ようやく顔を上げたところだった。
「顔面直撃なんて、油断しすぎ」
軽く絞って、額に当ててやる。
頑丈さは充分に知っているが、赤くなっているのを見ると結構痛そうだ。

「……ひどいよぉ」
涙を浮かべたまま、スバルは恐々と顔を上げた。
痛いことは痛いが、思っていたより元気な彼女の様子に。
つい嬉しくなって笑ってしまう。
「なによ」
泣き笑いを浮かべた相手に動揺したのか、ティアナは真っ赤になって目を逸らした。
「わ、悪かったわよ。まさか当たるなんて思わなかったから」
「うん、ごめんね。あたしもボケッとしてたから」
ベンチに寝転がると、濡れたハンカチを額に当てた。ひんやりとした感触がやたらと気持ちいい。
手枕を作ろうと腕を上げた途端、唐突に頭を引っ張られた。
「え? なに?」
「じっとしてなさい」
「へ?」
スバルは呆然と呟いた。
後頭部に触れる柔らかい感触。
「ちょ、ちょっと、ティア?」
「じっとしてろって言ったわよ」
膝枕をされている――そう気付いて慌てて見上げた視界に、ティアナの物憂げな表情が映った。
こちらの瞳を覗き込んだ後、ふっと海に視線を向ける。
「いい風よね」
「…………うん」
それきり、沈黙は暫く続いた。



今日の二人は私服である。
以前と同じ服と言うわけではないが、それでも訓練漬けの合間に歩き回った思い出と重なる。
(あー、後でアイス屋さんに寄りたいなー)
それどころでは無いと分かっていても、口元が綻ぶのは止められない。
「……考えが丸分かりなのよ、あんたは」
「ふぇ?」
「いいわよ。久し振りなんだから、ゆっくりと回ろっか」
どうせ何もすること無いしね、とティアナは諦めたように笑った。

現在、彼女は謹慎処分中だ。
愛用デバイスの所持も禁止。
別次元への移動も制限されるので、本来ならミッドチルダから動けないのだが――スバルの所用に同行するという形で許可を得た。
ちなみに所用とは、姉への届け物だそうだ。着替えとか身の回りの細々とした物。
「……ギンガさんは何か言ってた?」
「ううん。ギン姉はいつも通りだよ」

専従捜査という名目の元。スバルの姉ギンガ・ナカジマは、ハラオウン家の護衛を兼ねた監視任務に就いている。
補佐は守護獣ザフィーラ。
近接戦に秀でた二人が選ばれたのは、比較的自由に動ける立場だった事と、被害者とは完全に異なる技能を所持していたからだ。
どれだけ強力な魔導師でも、苦手とする死角は存在する。
被害者の保有技能から推測すれば、敵は近接戦に長けた者と想定する方が自然だった。

「でも、折角の休みなのにって謝られちゃった」
「そう」
「やる事が無いのは、ティアと同じなのにね」
「何かやりたい事を見付けなさいよ。湾岸レスキューの人って、休暇はきちんと取れるはずでしょ?」
特にスバルのようなフォワードは、身体を休めるのも仕事の内である。
だと言うのに。
激務を続け過ぎた挙げ句、大量の代休消化を命じられたのは、どうやら初めてではないらしい。
体質上、連続勤務に強いものだから、月末になると総務の人が顔を真っ青にして怒るのだという。

「少しは他の迷惑ってものを考えなさいよ。過労死なんてされたら大変なんだから」
まあ、スバルには全く似合わない死に方だが。
「他の人の分まで頑張るのは分かるけど、却って負担に思われるわよ?」
「そ、そうだよね。そうだけど――」
「……なによ」
じっと見上げてくるスバルに、彼女は少しだけ迷うように口を噤んだが、
「そうよね。あたしに言う資格は無いか」
諦めたように、盛大な溜息を吐いた。



数日前の任務は、当初、何の問題も無く推移した。
シャーリーの情報分析は的確で、斥候を務めたティアナにもミスは皆無。執務官補佐二人は、過不足無く役割を果たしたと言える。
単純窃盗を繰り返した次元犯罪者の捕縛。
魔導師ランクも低く、実戦経験が豊富なわけでもない、逃げ上手なだけの窃盗犯。
長期休暇を終えたばかりの執務官に与えられた、実績に見合わないほど難易度の低い案件だった。
――本来ならば。

「過剰防衛みたいなものよ。書類に残るようなミスじゃ無いわ」
ティアナは淡々と呟いた。
捕縛直前の犯人を、横合いから撃ち倒したのは自分であり、それは他の者と関わりの無い事だ。
経験の浅い補佐官は予想通りに未熟だった、という評価しか残らない。それ故、謹慎処分も戒告処分以下の形になっている。
人事のレティ提督も、色々と手を回したらしい。

「……フェイトさんは?」
「クロノ提督に随伴して長期航海。当分戻れないでしょ。休みは使い切っちゃったんだから」
(そうじゃないんだけどなあ)
頑なに話を逸らす相手に、スバルはつい言いたくなったが、
(無駄だよね。昔っから意地っ張りなんだもん)
綺麗さっぱり諦めた。
これ以上何か口にすると、抱えられた頭に肘を落とされるのは確実だし。


犯罪者を前に、フェイト・T・ハラオウン執務官が我を忘れた理由なんて、一つしかない。

彼女が、彼女の兄が。そしてその親友たちが交互に取得した長期休暇は、実り無きものに終わった。
得られたものは何一つ無かった。焦燥と不安、そして喪失の恐怖が残っただけ。
実のところ、誰もが理解していたのだ。
リンディ・ハラオウンに悪意を持つ者が存在する事と、そしてその意図がどういうものであるかを。
他ならぬスバル自身が、フェイトに聞いた話である。
リンディ提督は恨まれるような人じゃありません。――そう励ますように言った彼女に、フェイトは僅かに瞳を揺らした。
「だけどね。犯罪者に厳しい人は、絶対に恨まれちゃうんだよ」
私だってそうだよ、と憔悴した顔で笑ったフェイトと、隣にいたシグナムの表情は今でも記憶に残っている。

その直後の任務だったのだ。
バインドで捕らわれた犯罪者が、捨て台詞として、眼前の執務官に親兄弟の襲撃を宣言した瞬間。
フォローに回っていたティアナは、次の状況を正確に予見したのだろう。
そうでなければ、到底間に合わなかったはずだから。

ともかく、既に動けぬ相手に斬り掛かったフェイトを、後方から放たれた射撃魔法が追い抜いたのは事実だ。
功を焦った補佐官の過剰魔法使用により、犯罪者は余分な怪我を負った事になる。


(それで謹慎処分だもんね。ティアらしいや)
「だからその気持ち悪い笑い方、止めなさいよ!」
「うやぁ!?」
うっかり笑ってしまったスバルの頬を、ティアナはぎりぎりと引っ張った。
「いひゃい――いひゃいってば!」
「言いたい事があるなら言いなさいよ、え、こら」
「いひゃいーっ!」
「何、言ってんだか、分からない、わね!」
じたばたと暴れる相手を押さえ込みながら、ティアナは久々に大声で笑っていた。



「あーやめやめ。こういう気分の時は、さっぱりするに限るわね」
「さっぱり、って?」
四段重ねのアイスを手渡すと、スバルはようやく機嫌を直したようだった。
「そ。今日はアリサさんが泊めてくれるんでしょ? だったら先に行っときましょうよ」
「あ……そっか!」
市街にあるスーパー銭湯。
二人で一緒に入るの久し振りだー、と嬉しそうなスバルに苦笑して――彼女は表情を改める。

「ありがと」
「え?」
「あんたみたいな強引さって、こういう時は凄く羨ましいし、ありがたいと思う」
アイスを一口囓る。この陽気のせいか、凄く美味しい。
「フェイトさんたち――もちろんあたしもだけど。前向きのつもりなのに、心のどこかで後ろを見る癖がついてる」
おそらく、それは楽観や悲観という括りではない部分で。
そんな自分が、今やらなければならない事は?
考えるまでもない。
(エリオとキャロにも、『お土産』を持って行かないといけないしさ)
溶けかけた部分を舐めてから、彼女は本当に楽しそうな笑みを浮かべる。
「だから、あんたの休暇中は一緒に楽しむ事にしたからね。――徹底的に遊ぶわよ!」

「うん。そうだね!」
スバルは満面の笑顔で応えた。
そうだ。あの人たちにだって笑顔が一番似合ってる。
自分がティアナに何かを与える事が出来るなら、彼女だって、あの人たちに何かを与えられるかもしれない。

だから。
今は二人で心の底から笑ってみよう。何も考えずに、とにかく前だけを見て歩けばいい。
――――そうしたら、いつかまた、みんなで。










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夏色四片 第27.5話 空色硯 sorairo-suzuri/BIGLOBEウェブリブログ
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