空色硯 sorairo-suzuri

アクセスカウンタ

zoom RSS 夏色四片 第04話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:04   >>

トラックバック 0 / コメント 0

大きく息を吸う。
胸を張り、腕をゆっくりと上へ。そのまま横に下ろしてから前に。
その際、ゆっくりと息を吐き出すよう心掛ける。
(……これなら充分かな?)
多少熱っぽいが、それは代謝機能が健全な証拠。
一部断裂していた各所の神経や筋組織も、ほぼ繋がったようだ。五感にも憂慮すべき点は無い。
敢えて上げるとすれば、肩廻りに残る若干の違和感ぐらい。
まあ、それも気にする必要は無さそうだ。身体の痛みも、どうやら無視出来るレベルに落ち着いたと思う。
「うん。大丈夫」
やがて、リンディは満足そうに頷いた。

今日からは気分一新。この程度の体調不良なんて気にならない。
それに。
「やっぱり、この方が身が引き締まるわね」
頭の中でラジオ体操終了のナレーションが響くのを聞きながら、姿見の前で再確認する。
白色系のストレートパンツにワイシャツ。薄い青のネクタイに、紺に近いジャケット一体型の変形コート。足下は同色のショートブーツ。
提督職を務めていた頃からの管理局制服だ。何故こんな物がここにあるのだろうか。
実は、これは服であって服ではない。
昨晩リンディによって生成された、バリアジャケットなのである。つまり、魔力にて編んだ防護服。
肌の露出部分も、不可視のフィールドで同様に覆われている。無論、行動の妨げになる事は一切無い。
防御魔法そのものを物理的な服として着込むそれは、物理・魔力的な外的作用を防ぐ強力な結界と言えた。

自由に生成できるはずの形を、わざわざ『これ』に決めたのは――――自身の心構えを改める為だ。

現状、悪意に類する人間関係は無い。衣食住揃った環境を与えられ、それでいて大きな義務も生じていない。
未知の世界に単独で放り込まれたにしては、随分と幸運な状況である。
放り込まれること自体が不運ではないのか、という視点は……取り敢えず置いといて。
とにかく、これから幾らでも状況が変わる可能性は高い。予想外の苦難もあるだろう。
それが自分だけなら構わない。
常にやるべき事をやってきた自負もある。結果如何に関わらず、それらは全て自分一人に帰依するものだ。
だが。
自分を使い魔としたルイズが、座視しているだけとは到底思えないのだ。
リンディに何らかの脅威が迫った時、主としての責任を全力で果たそうとするだろう。
それが可能かどうかなど考えまい。
あの意地っ張りで、我が儘で、高潔な少女は。

そもそも、そんな義務など有りはしないのに。
実際には存在しない契約。当事者であるリンディが、罪悪感や責務を感じるのは欺瞞だろうか?
いや。欺瞞でも構わない。自己満足でも良いはずだ。

この世界から帰還するまで――あるいは命尽きるまで、自分はルイズを守る義務を負った。
それでいい。



更には、もう一つ問題がある。
昨晩コルベールから聞いた、ディテクトマジックなる魔法。
意識の無かった自分に行使されたらしいが、活動中の場合はどういう結果が出るか分からない。
希少な才能が必要なのではなく、どちらかと言うと倫理観によって使用制限のある魔法の存在を聞いて、リンディは覚悟を決めた。
不可解な存在と思われるのは、この際仕方がない。どう繕っても事実は事実。
しかし、自分の魔道師としての『力』に利用価値があると思われては困るのだ。

客観的に言って、リンディは注目に値する力を持っている。
この世界の魔力行使がどういうものかは知らないが、こちらが異質であることは間違いない。
詳細な把握をされる事で、もしかしたら自分にも伺い知れない利用法を発見される可能性もある。
それは、極めて不本意だが――他世界への干渉結果として現れてしまうだろう。
場合によっては、現地魔法文明のバランスを崩すかもしれない。

それ故のバリアジャケット。
探知魔法の解析力が不明とはいえ、不意の使用にだけは対処出来る。
例え魔力を帯びた物質と認識されるとしても、詳細な原理の解析だけは防ぎたい。
幸いこの世界には似たような物もあるらしいので、そちらの方に錯誤を誘導する手もある。

もちろん、これで防げなければ諦めるしかない。
その時はその時。

(それと、これは特に大事にしないとね)
胸元に光る、子供たちから貰ったブローチ。誕生石の原石をクリスタルで包んだ、簡素だが質の良い一品だ。
両手でそっと触れ、手袋をしていない左掌を返す。
そこに刻まれたのは、この世界では彼女しか読めないだろう五つの文字。ルイズの使い魔としての表向きの証。
「さあて」
リンディはベッドへと振り返った。
まだ寝ているご主人様を、そろそろ起こさねばならない。
「それでは――今日から色々と、頑張ってみることにしますか!」



ちなみに。
久々のラジオ体操は、娘が小学時代の夏休みに毎朝行っていたのを、一緒に覚えたものである。


      ◆   ◆   ◆


昨日の夕刻。
先ほどの涙を無かった事にしたいのか、ルイズは済ました顔でティーセットを抱えて戻ってきた。
顔には跡を全く残していない。きっと念入りに顔を洗ったのだろう。

(本当、意地っ張りな子よね)
リンディは笑うのをこらえると、出来る限り不安そうな顔で声をかけた。
「あの、ルイズさん?」
「……え? な、なによ」
机の上に置かれた同じ物を、訝しげに眺めていたルイズは、慌てて向き直った。
「わかってるわよ。夕べからずっと寝てたんだから、のどが渇いているんでしょ?」
「えっと、そうじゃなくてね」
恐る恐る、といった感じで、リンディは左の掌を開いて見せた。
刻まれた不可解な文字。
「今まで気付かなかったんだけど……いつの間にか、こうなってたの」

「――――っ!」
大きく目を見開くルイズ。

「な、何でしょうね? もしかしたら、使い魔になるとこんな風になるのかなー、なんて」
「…………」
無言のまま動かない彼女の様子を、リンディは上目遣いで窺った。
(だ、駄目かしら。やっぱり)
そう思った瞬間。

ガシャン、と抱えていた物を落とす音。
「あ」
一瞬、うわー掃除が大変そう、と思ったリンディに、ルイズが勢いよく抱きついてくる。
(ちょ、ちょっと待って!?)
などと思っても、制止出来るはずもなく。
胸元に飛び込まれ、力一杯体を抱え込まれた途端――脳天を突き抜ける様な痛みが、全身を襲う。
いやもう背骨がへし折れたとか、それどころじゃないような。

「――いっ」
景気の良い悲鳴を上げそうになったが、彼女は何とかそれを飲み込んだ。
胸に顔を埋めた相手の、小さな肩を見下ろしてみる。
(もう。せっかく顔を洗ったのに、台無しじゃない)
わざわざ確認することもない。声を出さずに泣いている少女の髪を、ゆっくりと撫でた。
小さな声で、何かを繰り返している。
それは謝罪の言葉。

リンディは溜息を吐くと、上を向いて、ぽつりと一言漏らした。

それが同じ内容だったということに、ルイズが気付くはずも無かったが。
激痛で半失神状態のリンディに気付き、慌てて教師を呼びに行ったのは――そのすぐ後だった。




「大丈夫ですか? ミセス・ハラオウン」
「ええ、まあ」
「それは良かった。目立った傷病は無いと思いますが、とにかく安静が一番です」
部屋の隅で縮こまるルイズに、ちら、と目をやってから、コルベールは頷いた。

治療を施した教師は既に退出し、部屋には三人だけとなっている。
「それで、いかがでしょうか?」
「見せて頂いたルーンですが、正直申し上げて全く見覚えのないものです。判断は難しいですが――」
彼はルイズの方へ向き、軽く咳払いをした。
「コントラクト・サーヴァントは、無事成功したものと認めよう。ミス・ヴァリエール」
「は、はい」
複雑な笑みを浮かべるルイズに、コルベールは微笑んだ。
「少々トラブルもあったが、君はしっかりと結果を出せた。以後も努力を怠らないように」
「ありがとうございます」
「それと、ミス・ロングビルに伝言を頼めるかね。この件についての書類を、急ぎ取り纏めて頂くよう伝えて欲しい」
「え? 今からでしょうか?」
「すまないが」
「……はい、わかりました」
ルイズは戸惑ったように返事をすると、リンディと一瞬視線を合わせてから退出した。

「さて」
コルベールは、ベッドの脇の椅子に腰を下ろした。
「お伺いします。――お話を聞かせて頂けますかな?」
「申し訳有りません」
しばらく視線をぶつけあった二人は、ほぼ同時に苦笑した。
「まあ、聞かせて頂けるとは思っておりませんでしたが、そうはっきり言われますと厳しいですな」
「すみませんねえ。大年増なもので」
おほほ、と口に手を当てるリンディに、彼はやれやれと首を振った。
「どちらにしろ、調べてもただの人間としか思えませんでしたしね」
「調べる、って……まさか?」
「いえいえ、そうではなく。失礼ながらディテクトマジックの結果、そう出たのですよ」
非難めいた視線を受けて、コルベールは慌てたように言った。
「ディテクトマジック?」
「はい。実は――」



ルイズが戻って来ると、ちょうどコルベールが立ち上がった所だった。
「細かいことは、ミス・ヴァリエールからお聞き下さい。こと先住魔法に関しては控えた方がよろしいでしょう」
「怖がられるのは嫌ですしね。平民って思われた方が楽みたい」
「昨晩の件については――幾人かの目撃者はいるものの、短い時間だった為か、それほど大きな話題とはなっておりません」
「そうですか」
「ミセス・ハラオウンと直結して考える者もいないとは思いますが、注意してください」
「分かりました」

「何の話してたの?」
コルベールが去った後、ルイズは同じように腰掛ける。
「んー、使い魔って何をすればいいのかなって」
「そ、そうなの」
曖昧な笑みを返すと、彼女はそれきり口を噤んだ。
少し緊張しているように見えた。もしかすると、先程の失態が後ろめたいのかもしれない。
その様子を見たリンディは、思い付いたように小首を傾げた。
「疲れた顔をしてるわよ。昨日は寝不足だったんじゃない?」
「う、うん」
「早く寝た方がいいと思うけど――ベッドはこれ一つしかないのよね?」
「……あ」
「わたしは今夜、どこで寝ればいいの?」
「え、あ、えっと」
「もし良かったら、一緒に寝かせてくれないかしら?」
済まなそうな顔で見上げるリンディ。
その様子に、まさか床で寝ろと言えるはずもなく。
「い、いいわよ。体調悪いんだから仕方がないわよね。うん、それくらい許してあげるわよ」
「ありがとう」
「……リンディ、あんた、わたしを微妙に子供扱いしてない?」
楽しそうに微笑んだ彼女を、ルイズは真っ赤な顔で睨み付けた。


その夜。
気が抜けたのか、直ぐに寝入ってしまった主人の横で、リンディは幾つかの結論を出した。


      ◆   ◆   ◆


起こされたルイズは、リンディの見慣れない姿に当然ながら驚いた。
しかし、返却された彼女の服――Tシャツにジーンズ――がマジックアイテムだと説明されると、意外な程あっさり納得した。
不可解がそのまま歩いているような使い魔のことだから、何でもアリだと思ったのかもしれない。

「しっかし、変な物を持ってるのね。下着だって、上は随分変わってるし」
「そ、そう?」
「あんまり聞かないわよ、あんな服。しかも、特定の人が着るとそんな格好に変えられるなんて」
「わ、わたしの所では、結構当たり前だったのよ?」
そうか珍しいのかー、ブラの替えはどうしよう、などと悩むリンディに、ルイズは部屋の扉を閉めながら抗議する。
「大体ね、そんな目立つ格好されると、わたしの――」
「あら、ルイズ」
直ぐ側の扉が唐突に開き、赤い髪の少女が顔を出した。
健康そうな褐色の肌と、メリハリの利いたプロポーション。少女というには、些か艶やかすぎるかもしれない。
「おはよ」
「おはよう。キュルケ」
「それが、あなたの使い魔?」
渋々挨拶を返したルイズを半分無視して、キュルケはその後ろに立つ女性に目を遣った。
にっこりと微笑む顔は適当に流し、胸を見て、ウエストを見て、腰回りを見て……もう一度胸を見て。
ついでに、自分の豊満な胸を見下ろしてから、ふん、と鼻息荒く断言する。

「さっすがゼロのルイズよね。平民を呼び出すなんてあなたらしいわ。――変な格好だし」
「う、うっさいわね!」
「しかも召喚した後、大怪我させて大変だったんですって? そんなひ弱な使い魔で大丈夫?」
「うるさい……って言ったでしょ」
大怪我と言われた途端、ルイズは口籠もった。言い返せない。
昨日、キュルケに使い魔のサラマンダーを散々自慢された時、自分の使い魔はまだベッドの上だったのだから。
唇を噛みしめる姿に、キュルケは毒気を抜かれた様に肩を竦めた。
「ま、いっか。変な格好の使い魔さんも、またね」
何故かリンディの胸元に再度目を向けてから、彼女は足早に立ち去っていった。



(上には上がいるってことよね。ツェルプストー)
ルイズはいい気味だと思ったが、すぐに思い直した。
今の考えは自爆じゃないだろうか?

にこにこと笑顔を浮かべたままのリンディを、ルイズはじとっとした視線で眺める。
特に、胸元。
「……あんたも、無駄に大きいわよね」
「ん? なに?」
「何でもないわよ!」
怒鳴ってから、ルイズは再度胸元に目を向けた。変な格好なのは間違いないが、ソレだけは別の意味で浮いている。
歩きながら、何となく聞いてみた。
「それは服が変わっても変わらないのね」
「ああ、これ?」
リンディはブローチに触れる。
「これは魔法とは関係無いからね。――家族に貰った大切な物なの」
「家族……」
ルイズは思い出した。
家族。そういえば、リンディは既婚と言ってなかっただろうか?
とすると。
彼女は夫を残したまま、ここに来てしまったことになるわけだ。

「そう、なんだ」
僅かに胸が痛むのを感じて、怖々と口にする。
「……じゃあ、旦那さんに貰ったの?」
「いいえ」
少しだけ困った表情を浮かべてから、リンディはそっと微笑んだ。
「これは、息子たちが選んでくれた物なのよ」
「こ、子供がいるの!?」
ルイズは青くなった。
いくら正体不明で、人間だか何だかわからない使い魔だとしても、夫や子供のいる存在を召喚して良かったのだろうか?
いや確かにやり直しは効かないけど。
それにしたって、問題点が多過ぎる気がしない?

絶句した彼女に構わず、リンディは楽しそうに話を続ける。
「選ぶ時は、子供たちみんなで相談したそうなの。でも、結局一番小さい子の意見が採用されたってところが、親馬鹿というか」
「ち、小さい子って」
一人どころか数人!?
どう見たって、ちいねえさまと同じくらいの歳なのに?
一体幾つの時に結婚したのよ? と言うか、子供と離ればなれってことだって、凄く大変なことじゃないの?
だとしたら、何だってこんなに平気そうなのだろう、この使い魔は。
だって一生なんだから。一生家族に会えないし――いやそう言えば、家族にも羽とか生えてるのだろうか?
ぐるぐると脈絡無く、様々な考えが浮かんでくる。
ダメだ。頭の処理能力が限界一杯。
「あ、あのね、リンディ?」
「まあ、気持ちは分からなくもないわよねー」
思い出に浸ってるリンディは、その様子に全く気付かず――あっさりとトドメを刺した。

「わたしだって、初孫は可愛くて仕方がないもの」



「――――は?」
幻聴などと聞き流せるレベルではなく。
脳天を一撃したその内容に、ルイズは完全に凍り付いた。










テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

夏色四片 第04話 空色硯 sorairo-suzuri/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる