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zoom RSS 夏色四片 第34.2話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:40   >>

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昼を少々回った、お茶が恋しくなる時刻。

学院長オスマンは、机越しに一人の男と向かい合っていた。
中肉中背。見栄えは悪くないが、些か威丈高な姿勢が目に付く。
王宮勅使というお役目では仕方ないが。
「さて」
机上の書状を眺めると、再度軽く目を通してからサインを終えた。
近隣の噂となっている、学院の怪異についてである。
例の緑色光。
本来報告不要の『学院内の魔法実験』であったにせよ、外部に漏れた以上は形として報告する必要がある。
要するに、その催促が今頃回って来たという事だ。

(理屈では分かるんじゃがの。枢機卿は裏事情を知っておるはず)
数日前に、リンディが直接説明したと聞いている。――その後で、こんな書類が作成されたという事は。
オスマンは内心で苦笑した。
戦後処理で混乱している王宮の様子が良く分かる。優先順位の低い処理は、上部組織を素通りしているのだろう。
今の情勢下では無理もない。

ついでに添付されていた幾つかの書類にも、適当に目を通す。
この混乱に乗じて、噂の盗賊フーケとやらが学院の宝物を狙うのではないか、といった注意と勧告等々。
(破壊の杖はもう無いんじゃが。代替品も使ってしまったしの)
本当に今更である。

他にも数枚の書類があったが、
(どうせ注目に値する内容など、欠片もありゃせんじゃろう)
さほど目を通さず、机の脇に除けておく。


「ふむ」
確認済のサインが記された書状を受け取った男――ジュール・ド・モット伯爵は目礼した。
「学院の理解とご協力に、感謝致します」
「王宮の勅命に、理解と協力もないでな」
淡々と応じるオスマンに頭を下げると、モットは悠然と踵を返した。

去り際に、入口側の机で書き物をしている女性に声を掛ける。
理知的な風貌の美人。スタイルもなかなかのものだ。
「今度食事でもどうです? ミス・ロングビル」
「あ、はい」
胸元に視線が注がれている事に気付いたのか、彼女はさり気なく襟を正した。
「……それは光栄ですわ、モット伯」
「では、楽しみにしています」
鷹揚に頷いた彼は、静かに部屋を退出した。



まずは本音。
(相変わらず、下半身に正直そうな男だね)
ロングビルは、かろうじて舌打ちを堪える。
いつもより誘いが控えめだったのは、妙に嬉しそうな態度と関係有るのかもしれないが――何かあったのだろうか?
(ま、どうでもいいか)
軽く首を振ると、資料整理の為に腰を上げた。
積み上げられた本を抱え、背の高い本棚に歩み寄る。

「こんな忙しい時期に、王宮はどんな無理難題を?」
「なに、特に気にするような事はないわな」
本棚に向いた相手の腰を眺めながら、オスマンはそっと杖に手を掛けた。
途端、ぎっと睨み付ける気配。
「放っておけば、そのうち王宮の方が忘れてしまうじゃろ。やる事は山ほど有るからの」
ロングビルの冷たい視線に押されるように、渋々と手を離す。

「他にも、フーケとかいう盗賊の件も書いてあったわい。何でも、貴族の宝を専門に狙うらしい」
先程の書類の束を、積み上げた案件の下に放り込む。
「ああ、噂になっている『土くれ』のフーケですか?」
「そうじゃ。まあ、どうせ破壊の杖は元々無いからの。万が一宝物庫に入れたとしても無駄足じゃろう」

(それを知ってたら、こんな事にならなかったわよ!)
悔しがる顔は見てみたいのー、と気楽に笑うオスマンに合わせ、彼女は引きつった笑いを浮かべていた。




――――その夜。

「ルイズさん。わたし、明日はちょっと出掛けてきますね」
いつも通りにルイズの髪を梳きながら、リンディはさらりと言った。
「そう。シエスタと? どこ?」
「歩いて一時間位の場所だそうです。朝早くから出ますけど、夜には戻りますから」
「ふうん」
ルイズは何気なさそうに頷いた。
何をしに行くのか気になるが、身内との外出を追求するのも野暮だろう。
近い内に彼女は去ってしまう。こちらでやりたい事があるなら、出来る限り自由にさせてあげたい。

(それに、夜には帰ってくるなら、その時に聞けばいいわよね)
そう考えた時、くんと強く髪が引かれた。どうやら櫛に引っ掛かったらしい。
「……痛いわよ」
「あ、ごめんなさい」
「?」
慌てて謝るリンディの口調に、妙な違和感を感じて振り返る。
「何かあった?」
「いいえ? 何もありませんけど」
いつものように微笑む顔に、以前のような体調を誤魔化す感じは無さそうだが――?

「あんた、何か困ってない?」
「まさか」
「あっそ。ならいいけど」
何となく笑みが強張っていると思ったのだが、仕方なく納得する。
きっと些細な事なのだろう。本当に困った時は包み隠さず話すと約束してくれたから、それを破る事はないと思うし。
「じゃあ、明後日の予定は空けといて。王宮に呼ばれてるから、一緒に行くわよ」

「あら、それはちょうど良かったかも」

「はあ?」
ぽん、と手を打ち鳴らすリンディに、胡乱な眼差しを向ける。
「なんで『ちょうど良い』のよ。あんたまさか、裏で何かやってたりするんじゃないでしょうね?」
「わたしは、何もしてませんよ」
楽しそうに笑う顔に、嘘は全く無い。
無いのだけど。
ぎりぎりと睨み付け、絞り出すように言う。
「夜には、戻って来るのよね」
「ええ」
涼しげな表情の中に、どことなく困惑したような気配。

我慢。
とにかく我慢する。
僅か一日だというなら何とか我慢出来る、と思う。
「……その時は覚悟しなさいよ。洗いざらい話して貰うからね!」
「何の事か分かりませんが、了解です」

そんな感じの、実に朗らかな返事を聞き捨てながら。
――半ばふて寝する気分で、ルイズはベッドの中に潜り込んだ。


       ◆   ◆   ◆


空は晴れている。

(お洗濯日和だなあ)
などと取り留めのない事を考えながら、シエスタは呆けっと学院を見上げていた。
本来なら、貴族に見初められた無力な平民として、不安と怖れで胸が一杯になっているはずなのに。
頭は昨日から混乱したままだ。

手には小さめの鞄。
荷物は一日分の着替えと小物だけ。

リンディに、
「大丈夫よ。引っ越しどころか、泊まるつもりも無いからね」
と言われたからである。
(一体、何を考えてるんだろう)
幾ら考えても、全く分からない。
あの場で学院長を呼ぶか、ルイズの使い魔という立場を明かせば良かったと思うのだが。
そうすれば、自分はともかく、彼女まで行く事にはならなかったはず。

あの後、二人は移籍の為の書類にサインさせられる羽目になった。
個人との契約ではなく、学院の労働者として勤めるシエスタを譲り受けるには、現勤務先の許可が必要だ。
学院長が目を通すほどの書類ではないだろうが、少なくともミス・ロングビルは確認していてもおかしくない。
――はずだが、昨晩会った時は、いつも通りの様子だった。
とすると。
(何か、二人で打ち合わせとかしたのかな)
前に王女様が来た時も、似たような事をしてたみたいだから。

ちなみに、リンディは書面自体を読めなかったらしく、一瞥しただけで無造作にサインを済ませてしまった。
この世界の文字をそれほど知らないのだから当たり前だ。一般的な手紙ならともかく、格式張った書式は難易度が高すぎる。
一応、名前程度は書けるようになっていたとの事。

読めもしない書類に、堂々とサインしたというのはどうだろう。そもそもメイドですらないのに。
内容は分かっていると思いたいが、
(本当に、分かってるのかなあ)
「お待たせー」
駆け寄って来る彼女は、同じように小さめの鞄を抱え、気楽に手を振っている。
貴族の妾にされそうな事態を抱えているとは、とても思えない。

(だけど、わたしが考えてもムダなんだろうな)
心配する事を含め、色々と諦める事にしたシエスタは――小さな溜息を吐いた。
どうせ、自分に予想なんて出来るはずがない。
いつだって『おばあちゃん』は、知恵の宝庫なのだから。



ちら、と停まっている迎えの馬車を確認してから、リンディは笑い掛けた。
「約束の時間よりかなり早いのに。随分と期待されてるのね」
「期待、って言うより、その」
早く自分の手の届く場所に置きたいのでは、という言葉をシエスタは飲み込んだ。
あまり大っぴらに口にしていい話ではない。

「大丈夫よ。日も高いうちから何かしようとはしないでしょう。表向きは下働きなんだしね」
言いたい事を察したのか、リンディは苦笑する。
「最初は、屋敷内の仕事を覚えさせられるんじゃないかしら」
「はあ」
安心させるように微笑むと、シエスタの肩をトンと叩いた。
「身分の高い貴族のお屋敷を、隅々見られるんだもの。勉強になると思わない?」
「それは、そうですけど」
シエスタは呆れたように呟いた。
確かに良い経験にはなるだろう。――が、今はそれどころではない。

「あの、本っ当に分かってますか?」
馬車に向かって歩き始めたリンディを追いかけながら、我慢出来ずに問い掛ける。
「もちろん、分かってるわよ」
微笑みかけた後、彼女は悪戯っぽく笑う。
「最初は少し困っちゃったけどね。よく考えたら、わたしホラー映画もそんなに嫌いじゃないの」
「えいが?」
聞き慣れない単語を耳にして、シエスタは首を傾げた。
「えいがって何ですか?」
「お芝居みたいなものよ。色々な種類があるんだけど、その中でもこういう時に合った話を思い出してね」
それが『ホラー』という事だろうか?
意味合いとしては戦慄とか、恐怖?
「でもホラーって……何だか怖そうな感じがするんですけど」
「そうね。言葉通りの意味だと、恐怖かな」
あの井戸の女の子は怖かったー、とリンディは感慨深げに頷く。
「あの、それはどういう――」
「ほら、早く乗りましょう」
さっさと馬車に乗り込む彼女の後に続いて、シエスタは慌てて荷物を抱え上げた。

――何故か唐突に、頭を抱えて座り込みたくなったが。
我慢出来たのは、後から考えても本当に大したものだったと思う。


      ◆   ◆   ◆


(……何なのよ)
激しく扉を叩く音に、ルイズはうたた寝から目を覚ました。
ふらふらと机から頭を起こすと、いつの間にか窓の外は暗くなっていた。日が落ちたばかりだろうか。

鳴り止まないノックの音。
「キュルケ? それともギーシュ?」
または以前同様、コルベール教師か。
苛立たしげな表情を浮かべながらも、仕方なく扉に向かう。

「遅いよっ!」
開くと同時に、予想外の人影が転がり込んできた。
「な、何よあんた!? リンディなら、まだ帰っていないわよ!」
ルイズは慌てて杖を取り出した。
目の前で息を切らしているのは、ミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケである。
「か、帰っていないのは、当たり前、だろ。――やっぱり、あんたも知らなかったのかい」
胸を押さえ、何とか息を整える彼女は、がさごそと書類を取り出した。
「何よそれ?」
「いいから読んで」
押しつけられたそれを、ルイズは訝しげに眺める。

「オスマンが見逃してたんだよ。こんな物、どうやったら見逃せるって言うんだか」
ロングビルは忌々しげに吐き捨てた。



今日の勤務時間終了間際。
優先順位の低い案件を整理していた時に、偶然見つけた書類。

一瞬、幻覚でも見たかと思って伊達眼鏡を外し、何度も目を擦ってから五回ほど読み直した。
学院人事への届け出と、添付された同意書。
要するに、メイド二名の異動が記されているわけだが――内一人は、そもそもメイドの名簿に無い名前で。
(ってかさ、いつあんたがメイドになったんだよ!)
一応、ロングビルとしての自分はリンディの正体を知らない事になっているが、そこはそれ。
激しい眩暈が襲うものの、何とか体勢を立て直す。
「オ、オールド・オスマン!」
「なんじゃな」
「これは一体どういう事です!?」
のほほんと返事をする相手の机に、書類を勢い良く叩き付けた。

「ふーむ……」
長い沈黙の後。
「こんなもの有ったかの?」
「昨日、モット伯が提出したはずなんですが……見覚えが無いとは言わせませんよ」
ロングビルは、左手でこっそり辞書を引っ掴む。
「メイドでもない使い魔が勝手に職場替え、しかもこれは」
「知らん。――しかし」
「しかし?」
肩に力を込めて微笑んだ彼女に、羨ましそうな声が届く。
「豪儀じゃの。一度に二人も相手に――」

轟音と共に辞書を叩き付けられたオスマンは、椅子ごと机の下に沈んだ。




「あいつの事だから心配なんかしないけどさ、何を考えてるんだかさっぱり分からないだろ?」
まさか男漁りに行ったとは思えないし、分別無く暴れるとも思えないが。
下手な事をされでもしたら。ただでさえ限界近い自分の仕事が、天井知らずになってしまう。
「とにかく、あんたも知らないって事は」

「知ってるわけないでしょう……!」
ぶるぶると震える手の中で、書類が徐々に皺だらけになっていく。

いや。
正確には、知らされていたのだ。
貴族が、見目の良い平民――リンディやシエスタに目を付けて、妾となる事を強引に迫るなど充分に有り得る話だ。
つまり、リンディ『が』何もしてないというのは事実だろう。
その結果、シエスタと今日出掛けるという話になったわけで。
――確かに嘘は言ってない。
その上で、夜には帰るというのも嘘ではないのだろう。

が。
「な、な、何を考えてるのよ!」
手紙を床に叩き付けると、景気良く踏みにじる。
つまり、最初っから破棄する予定の契約である。一体、何をするつもりやら。

走り出そうとしてから、思い出したようにベッド脇のそれを掴み上げた。
少し引き抜いて問い掛ける。
「あんた、まさか知ってたんじゃないでしょうね?」
「聞かされちゃあいたけどよ」
デルフは飄々と呟いた。
「どうせ夜には帰るってんだから、気にする必要は無いだろうによ」
「ほほう」
嫌な笑い方をすると、ルイズは杖を振り上げる。
「主人の気持ちも知らないで、どいつもこいつも――」
「ま、待ったって! 落ち着けこら!」
開始された詠唱を遮ろうと、デルフは説き伏せにかかる。
「あの相棒が、メイドの娘の立場が悪くなるような事するわけねえだろ? 強引に断っちまったら、あちこちに角が立つしよ」
「そうだよねえ」
とロングビルのフォローが入った。

「おそらく、自分よりシエスタの事を考えたんだろうね。相手は王宮勤めの上級貴族だし」
「また何か、搦め手を考えてるんじゃねえか? 相棒はそういうの得意そうだ」
彼女は剣の前に屈み込んだ。
「だろうけど、こっちの迷惑になりそうな事だと困るんだよ。前回の件もあるしさあ」

杖を振り上げた姿勢で固まったルイズの前で、二人はこそこそと相談を続ける。
「お前さんが書類仕事で多忙だと、相棒は楽しそうだぜ。社会復帰していってる感じが嬉しいんじゃないのかね?」
「冗談きついって。定時で上がれないのが基本なんて、事務屋としては間違ってるだろ?」
「そんなもんかね」
「そんなもんさ」
ロングビルは深々と溜息を吐く。
「とにかく、わたしとしては見過ごして痛い目に遭いたくないんだけど、首を突っ込むのも願い下げだし」

「――――今更、何言ってんのよ」
「うぇ?」
粘っこい声が絡み付き、彼女は恐々と振り返った。
世にも冷たい眼差しが、凄まじい怒気を孕んで見下ろしている。
「ちょ、ちょっと?」
「あんた、モット伯の屋敷の場所って知ってるんでしょ?」
屈んでいるのをいい事に、ルイズは相手の首根っこを掴んでギリギリと締め上げる。
痛みよりも迫力に押され、ロングビルは慌てて頷いた。
「なら行くわよ。案内しなさい!」
「痛たた、痛いって! 何でわたしまで行かなきゃなんないのさ!?」

片手に剣、片手に自分より背の高い女性を引き摺りながら、ルイズはぎらりと目を光らせた。
朝から今の時間まで丸一日。
様々な意味でもう手遅れかもしれないが、とにかく行かねば気が済まない。
馬なら大した時間はかからないはずだ。

モット伯の屋敷とやらは、どうせ『歩いて一時間』の距離に有るのだろうから。










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