空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 夏色四片 第34.4話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:42   >>

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予感はあった。
あったというより、確実に予想された事態だったわけだが。
最早、今更。



「あれ?」
「うわっ!?」
衛兵の説得をしながら応戦を続けていた二人は、それぞれの姿勢のまま動きを止めた。
迫ってきていた獣と衛兵が、綺麗さっぱり居なくなっている。
と言うより、目の前から一瞬で消え去ったのだ。

「今のって……多分」
ルイズが、たった今感じた違和感の正体を、口に出そうとした時。
「帰るわ」
強張った声が先に上がる。
「は?」
「こりゃ結界とかいうヤツだろ? どうせ碌な事にならないから帰る」
真っ青な顔のロングビルが、足早に歩き出した。
どうやら、トラウマの根は未だに深い様だ。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
ルイズは慌てて彼女の襟を引っ掴んだ。首が絞まったのか、ぐぇと変な呻きが上がる。
「だったら尚更、出られっこないでしょ!?」
「離せー!」
じたばたと二人が揉み合っていると、屋敷の窓から膨大な光が溢れ出した。
嫌と言うほど見慣れた緑色光。

「……ほらぁ」
「と、とにかく隠れるわよ」
何だか泣きそうな顔のロングビルが、妙に可愛くて戸惑ったが。
それでも彼女を強引に引き摺ったルイズは、屋敷入口の側に身を潜めた。

そして。

「うわあああぁぁっ!」
悲鳴を上げたモット伯が入口から飛び出してきたのは、それとほぼ同時だったのだ。


       ◆   ◆   ◆


噴水の側に駆け寄った彼は、荒れた息を整えた。
「こ、ここまで来れば」
蕩々と流れる豊富な水。
眼前の水面を眺めているうちに、ふつふつと自信と闘志が漲ってくる。

あれには自分の魔法が通用しなかった。
水を凍結させ、高速で撃ち出す彼の術は、殺傷能力の高い実戦向きなものだ。
逃げながら幾度となく使用してみたのだが、全て不思議な光に阻まれてしまったのである。
(まさか、あれほどとはな)
先住種族。
確かに、強力な存在であることは認めざるを得まい。

しかし。
花瓶の水を利用した程度では、呪文に無理があったのも事実。
彼の二つ名は波濤。
水系統のトライアングルとしての『力』は、ここでこそ本領を発揮するのだ。


『もう逃げぬのか?』
「!」
振り返ると、あの化け物が悠然と迫ってくる姿が目に映った。背には四枚の輝く羽。
保有する莫大な書物にも載っていなかった、未知の種族だ。
『存外、諦めが良いな』
地上から5メイル程浮いたそれが、愉快そうに歪んだ笑みを浮かべている。
「誰がだ! 見くびるな化け物」
彼は自信に満ちた声で叫ぶと、大きく杖を振り上げる。

「滅びるまで暫し覚えよ! 我が名は『波濤』のモットである!」

ざあっ、と噴水の水が、全て宙に浮かび上がった。
百近い水球に分裂すると、それぞれが氷の刃に姿を変える。それは花瓶の水で作られた物よりも、遙かに大きく堅固。
そして――遙かに鋭利。
氷の剣に囲まれた彼は、ぎりぎりと杖を握りしめる。

化け物は大きく眼を見開いた。
モットは知らなかったが――彼の使った魔法が、以前自分の使用した魔法に外見上酷似していたからだろう。
彼女は薄く笑い、両腕を大きく広げる。

何をするつもりか知らないが、こちらの方が早い!
「くたばれっ!」
彼が杖を振り下ろすと同時に、無数の刃が大気を切り裂いた。




「リ、リンディよね、あれ」
鳴り響く轟音を眺めながら、ルイズは引き攣った笑いを浮かべていた。

先程、モットを追って姿を現した彼女は、確かにこちらを一瞥したのだ。
今まで見たことも無いような、冷ややかな眼差しで。
殺意とは異なる完璧な無表情。
塵芥以下として見られた感覚に、背筋は未だ凍り付いたままだ。
聞こえてくる口調も、とてもリンディとは思えない畏怖を与えてくる。

「……怒ってるのかしらね」
「だだ、だから言ったじゃないかっ!」
腰を抜かしたロングビルが、足に縋り付いてくる。
「前から化け物だって知ってたけど、今日は何か違うじゃないさ。あれが本性だったらどうすんの!?」
「違うと思うんだけど」
と口にしたが、全く自信を伴ってない口調だと自覚する。

「あら、ルイズ様?」
「ひゃっ!?」
いきなり背後から掛けられた声に振り向くと、シエスタが不思議そうな顔で覗き込んでいた。

外に飛び出したら、見覚えのある人影が騒いでいたのだ。疑問に思うのも無理はない。

「どうして、こんな所に?」
「あ、あんた達を心配して、追っかけて来たに決まってる、で、しょ……?」
憤然とした口調が、何故か溶けるように小さくなる。
「?」
眉を顰めたロングビルたちは、ルイズの指先に従って視線を向け――彫像のように硬直した。

沈黙の中。
「あー、こりゃやばい」
デルフの言葉だけが虚ろに響く。

示された先では、更に怖ろしい光景が広がりつつあったのだ。


      ◆   ◆   ◆


「そ、そんな……」
見上げた姿勢のまま。モットは、すとんと腰を落とした。
魔力を使い果たした体には、ほとんど力が入らない。
全力だったのだ。
余力を残すような真似をしたら死ぬ――そう告げる本能に従い、ほぼ全ての魔力を注ぎ込んだ魔法。
エルフなら防ぐ手段を持っているかも知れないが、少なくとも今の魔法は直撃したはず。
百近い数の氷の刃だ。
例え先住種族と言えど、生き残れるはずがない。

ただし、相手が生き物だという条件で。

『ふむ。人の身としては、なかなかに見事』
さほど感心した様子も無く、女は僅かに微笑んだ。
その姿は、先程までのメイド姿ではなくなっている。こちらを睥睨するのは、不可解な紺の衣装に身を包んだ化け物。
その身には傷一つ無い。
『我に挑むには力が足りぬが――そうよの、奮った蛮勇には応えねばならぬ』
「ど……どういう意味……」
恐怖に身を竦めるモットに鷹揚に頷くと、女は上空へと舞い上がる。




「アルカス・クルタス・エイギアス――」
虚空で紡がれる、儀式魔法の呪文。
織るように組み上げられた広大なフィールドが、擬似的な天候操作を具現化し、周囲を激しく帯電させる。
唱える彼女は目を閉じていた。
その表情に、果たして笑みがあるのかどうか。
娘や孫の様な電気の魔力変換資質は持ち合わせていないが、儀式魔法自体に秀でている彼女にはさほど関係無い。
「――煌めきたる天神よ。今導きのもと降りきたれ」
デバイスや使い魔の補佐も無く、淡々と発せられた呪文と呼ばれるプログラム。
組み上げられる魔法は、大雑把に見えて精緻極まりないもの。

唱え終えたのか、リンディの口が閉じられた。
発動呪文を保持する左腕が、夜空へと大きく振り上げられる。
同時に。
身体の陰に隠れた右手が僅かに動いた。他の魔法を使用したかの如く。
そして。

「サンダー・フォール」
彼女の声に合わせ、無数の雷が眼下に降り注いだ。



広大な屋敷が、閃光に塗り潰されていく。

それは壮大な光景だった。
遙か上空より駆け下りた稲妻が、縦横無尽に大地を奔る。等しく世界を統べる光。
触れる物全てを焼き払う、天の怒り。






こんな光景は有り得ない。
電撃魔法は確かに存在するが、天候そのものを制御する魔法など、見た事も聞いた事も無い。
確かに、竜巻を作り出すような高位の呪文もある。だとしても、空一面を雷雲で満たすなど――比較するだけ無駄である。
街一つを滅ぼせる程の魔法。
まさに、生物の手に余る所行ではないか。

周囲には、大気の焼けた臭いが充満していた。
気絶しなかったのは、あまりの恐怖に頭が考える事を拒否したからか。
「ひ、ひいぃ」
モットは動く事も出来ず、上空を見上げていた。幻では無い証拠に、周囲の地面は黒々と焦げている。
何故自分が生きているのか――それすらも思考出来ない。

彼は涙を流していた。

降りてくる。
あの化け物が徐々に高度を下げてくる。
恐怖に染まった頭には、どんな行動も浮かんでこない。逃げる事すらも。
だから。

『人とはその程度のものだ』
慈悲深い微笑みを向けられ、彼はぽかんと口を開けた。



『我から見れば、お前たち貴族と平民の差異など、無きに等しいでな』
彼女は肩を竦めた。
『我は、人の世の秩序に言うべき言葉を持たぬ。だが、敢えてお前に告げるとするなら――』
「――――」
視線を向けられ、モットはぐびりと喉を鳴らした。
残酷な断罪を覚悟しかけた耳に、
『以後、道楽で女を弄ぶ事は止めよ。こういう事が無いとは限らぬからの』
あっさりとした忠告が届いた。

それは、パーティを終えたばかりの女性のような、実に楽しそうな雰囲気で。

「は、はは」
引き攣り笑いを始めた彼に、女には真摯にな、と彼女は笑い掛けた。
『それだけだ。このタルブの女共は、元居た場所に戻しておく。今後一切、手出し無用ぞ』
返事を促され、モットは人形の如く頷いて――

「伯爵!?」
「モット伯!」
衛兵達が虚ろな表情の彼を発見したのは、僅かに後の事である。


      ◆   ◆   ◆


馬二頭に分乗した四人は、のんびりと夜空の下を歩んでいた。

「凄かったです!」
「そ、そうかしら」
あはは、と笑うリンディの後ろでは、興奮した様子のシエスタが目を輝かせていた。
二人共、既に朝の服装に着替えている。
「目の前に雷が落ちるなんて、初めての経験だったんですよ」
「魔法で絶縁しておいたからね。本当にあの距離に落ちたら大変よ?」
リンディは真顔で忠告した。
転送フィールドの調整と絶縁用プロテクションの展開で、強引に落雷地点を調整したのだ。無論、安全最優先。
シエスタ達の視覚に悪影響を残さない為、遮光も忘れず。
モット伯周辺の地面以外には痕跡を留めない様にしたが、どうやら上手くいったらしい。

「でも、何で雷だったんですか?」
「手持ちで一番派手な魔法だったのよ。こう、説得力があると言うか」

「――――そうでしょうよ」
どよん、と濁った声が、横で呟く。
「死ぬかと思った事は何度かあったけど、今日のは別の意味で酷かったでしょうが」
ルイズは、寄り掛かってくる後ろの荷物を指し示した。
完全に意識を失った、ミス・ロングビル。

リンディが使う魔法の恐ろしさは充分に知っていたが、まさか天候を操れるとは思っていなかったのだろう。
しかもあの冷酷な口調と表情。
屋敷ごと焼き払われる恐怖に凍り付き、無言で卒倒した彼女には同情するしかない。
正直な話、ルイズにだって恐怖が残っている。

「いやあ、それにしても大したもんだぜ」
それまで無言でいたデルフが、フォローするように呟いた。
あの場で荒れ狂った魔力と、電撃の恐ろしさを一番理解していた彼は、素直に感心していたのだ。
「相棒が本気で魔法を使ったら、街の一つや二つは皆殺しに出来そうだ」
「しませんって」
リンディは苦笑した。そんな虐殺者みたいな言われ方は、王宮だけで充分である。

ちなみに、次の日マザリーニから散々小言を並べられて半泣きになるのだが――それは余談。



「一応、聞いておくけど」
自分は結局何しに行ったんだか、と愚痴りながら、ルイズが睨み付けてくる。
「あれが、あんたの本性じゃないでしょうね?」
「まさか。演技ですよ演技。ルイズさんたちが来なければ、もう少し穏やかに進めるつもりだったもの」
彼女は残念そうに呟いた。
ホラー映画ではなく、何だか分からないジャンルになってしまったのは不本意。

もっとも、途中からについては。
「……ちょっと盛り上がり過ぎた気はしちゃうかな」
「ちょっと、ねえ」
ルイズは小さく溜息を吐いた。
あれが『ちょっと』と言われて、誰が納得するのやら――と思ったが、確実に一人いるわけで。
いつもと同じシエスタの表情に、何となく理不尽さを感じる。

「何でシエスタは平気なわけ? 怖くはなかったの?」
「もちろん怖かったですよ。でも、わたしは信じてますから」
シエスタは手綱を握る祖母に抱き付いて、にこやかに笑う。

「どんな事があっても、必ず何とかしてくれる人ですからね」

そう言った彼女の表情は。
遙か離れた場所で同じ事を告げた、ギンガ・ナカジマの浮かべたものに良く似ていたという。








――――その後。

ジュール・ド・モット伯爵の生活振りは相変わらず。
王宮勅使を担い、国内中を飛び回っている。

彼が、女遊びを止めたかどうかは分からない。
ある村に行く時だけは、王族に拝謁する様な正装を用意するという噂も聞かない。村内では極めて紳士的という噂も。
社交界で相手に接する時、身分を選ばなくなったという話もあるが、さて――それも本当かどうか。
女性に対する熱意は、より大きくなったようである。
とは言え。学院に来るたびに、学院長の秘書を本気で口説くようになったのは、おそらく些細な事だろう。

ただ。

「何とかならないのかね、あれ」
「さあ。本気で結婚したいってんなら、考えてあげたら?」
「……勘弁してよ」
げんなりとしたロングビルの愚痴を、ルイズが頻繁に聞くようになったのは――紛れもない事実である。










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