空色硯 sorairo-suzuri

アクセスカウンタ

zoom RSS 夏色四片 第05話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:05   >>

トラックバック 0 / コメント 0

「……ダイエットにはちょうどいいかしらねー」

空腹をごまかすように呟いたリンディは、項垂れたままふらふらと彷徨っていた。
ここ数日、ほとんど食物を口にしていない。

昨晩かろうじて得られたのも、ティーセットの冷え切った茶と、少量の菓子だけだ。
ルイズが落とした分も有れば、あるいは足りたかもしれないが……あの状況から追加をせがむわけにもいかないし。
(これからの事もあるから、ちょっと考えないといけないかな)
魔法を使わない『平民』としての自分は、あくまでも下層階級の人間で。
この全寮制の学院は、魔法を行使出来る学院生、つまり貴族を中心に構築された社会なのだから。




ほとんど機能停止に陥ってしまったルイズを、何とか目的地――アルヴィーズの食堂に連れて行くと、そこは貴族専用とのことだった。
無論、使い魔は基本的に入れない。
初日から特別扱いを要求するつもりは毛頭無し。進んで目立つ必要も無いだろう。

何か言いたげなルイズに、いいからいいから、と手を振ると、彼女はそのまま散策に出たのである。

(ルイズさんが手配してくれるとは思うけど、あまり甘えるわけにもいかないわよね)
獣等と異なり、人間の食事は用意に手間がかかる。貴族用の物をそのまま使い魔に出すはずもない。
人間かつ使い魔という特殊な立場を、強調するような真似はしたくなかった。
幸い、自分には平民としての側面もある。
昨日見た下働きの子――確かシエスタという名だった――のような労働者もいるのだから、貴族とは別の生活圏があるのは間違いない。
食事を分けて貰うか、または厨房を借りて、自炊させてもらう手はないだろうか?
(その場合は、材料も融通して頂かないと困るのよね。こっちの食材、分かるといいなあ)
味はともかく、調理方法で途方に暮れるような代物だと、何も出来ない。
様々な世界を渡り歩いた経験上、どんな料理にも偏見は無いのだけれど。

悩みながら歩いていたリンディは、ふと視線を感じた。
観察するような気配?

「さて、と?」
出来る限り自然な感じで振り返ってみる。
すると――隠れ損ねたのか、お盆を抱えた少女が慌てた様子で立っていた。
「あら。あなたは昨日の」
「シ、シエスタです! ハラオウンさん」
ベッドでの寝間着姿と異なる格好のせいか、返事がやや緊張に震えている。
「やあねえ。リンディでいいわよー。同じ平民同士、仲良くしてね?」
「は、はい!」
向けられた屈託のない笑顔に、少女もぎこちない笑みを浮かべてみせた。
固い声のままだが、当分は仕方ないかもしれない。同じ平民とは言っても、片方は貴族の使い魔なのだ。
「昨日はお茶の差し入れ、ありがとう」
「いえ、その」
「ルイズさんも持って来ちゃったから、危なく被るトコだったんだけど――」
「……!」
びくり、と反応するシエスタには素知らぬ振りで、リンディは指を立てた。
「結果的に、とっても助かったわ。お菓子も美味しかったしね」
「そうですか。それは良かったです」
ホッと息を吐くのも束の間、リンディは内緒話をするように顔を近付けた。
満面の笑顔だが、微妙な迫力を伴っている。
「な、なにか?」
「あのね、ついでと言っては何だけど」
「は、はい」
「シエスタさんは、その、えーっとね」
やたらと言い辛そうな様子に、シエスタは緊張で顔を強張らせた。何やら、途轍もない事を聞かされる雰囲気。

もちろん、それは紛れもなく重大である。
いつの間にか縋るような眼差しになっている事に、リンディ自身が気付くはずもなく。

「お食事、どこで食べたりしてるのかしら?」
「は……い?」
質問した方にとっては、極めて切実だったのかもしれないが。
想定外の質問に、相手の反応は随分と遅れたらしい。




「どうぞ」
「ありがと」
やや大きめのカップに入れられたスープを受け取り、リンディは奥へと視線を向けた。
ここは食堂の裏手にある厨房だ。調理人や下働きの女性たちが、忙しなく作業を続けている。
朝食の追加や後片付けなどと並行して、昼食の下拵えも始めているようだ。
「それだけでよろしいんですか?」
「それほど時間も無いから。その代わり、お昼は厨房をお借り出来たらなって」
借りた椅子の上でスープを啜る。
(うん、おいしい。これなら大丈夫そうね)
次元世界によっては、多少では済まない問題の生じる食生活だが、今回は運が良かったらしい。
まあ、たとえ問題があったとしても、選択の余地は無いけれど。

「そんな。ご自分で作らなくても、こちらで用意します。それに、マルトーさんはあまり」
「そうよね。普通、部外者には調理場を荒らされたくないものね」
作業の中心に立つ、身なりの良い中年男性に目を向けた。多分、料理長だろう。
「じゃあ、甘えていい?」
「もちろんです」
やや緊張感の取れた笑顔に、リンディは少し安心した。
つい口も軽くなる。
「でもねえ、やっぱり甘いお菓子とかは、自分で作ったりもしたいのよね」
「甘党なんですか?」
「そ。つい食べ過ぎちゃうから、いっつも息子に怒られるんだけど」

「そんな!」
シエスタは大きく目を見開いた。
「息子さんって……そんな人を、一生使い魔にするなんて」
酷い、と呟いた彼女に、リンディは苦笑した。
「大丈夫よ。みんな自立しちゃってるから。息子だって、お嫁さんを貰って随分経つのよ?」
「な、何を言ってるんですか!」
シエスタの声が跳ね上がった。何事かと厨房中の視線が集まる。
それに気付いたリンディは、椅子の上で身を縮めた。
「あ、あのね」
「一生離れ離れになっていい家族なんて、あるわけないじゃないですか! 何でそんなに平気なんです!?」
「で、でも、こうなっちゃったのは偶然なのよ? だから、ちょっと旅に出たのかなって位にしか思って――」
思わぬ語気に戸惑いながらも、何とか宥めようと試みたのだが。

「だったら尚更です! 今頃、必死に捜してるに決まってるじゃないですか!」
引き攣った笑顔の彼女に、シエスタは真っ赤な顔で怒鳴っていた。


      ◆   ◆   ◆


「捜してる、かあ」
逃げるように厨房を後にしたリンディは、ルイズを待ちながら、言われたことを思い返していた。
それは、人に言われるまでもない事だけど。
「みんなごめんね。心配かけちゃって」
囁くように口にする。
届かないとは理解していても。想像の中で頭を下げるくらいしか、今の彼女には出来ないのだから。



リンディがこの世界に来てから、既に相当な時間が経過している。
無論、捜索はされているはずだ。
率先して動いているだろう息子と娘、そしてその親友たち。過度に親切な同僚や上司もいる。
自分たちの立場を忘れ、暴走している者すらいるかもしれない。
どれほどの騒ぎになっているか、想像も出来なかった。

だが、だからこそ。
関わる者の全てが、見当外れな方向に動くのは間違いなかった。誰一人、正解への糸口すら掴む事なく、徒労を積み重ねている。
残念ながら、それは断言していい。
自分が要人だという、厳然たる事実が存在するからだ。

今まで管理局高官として、あらゆる部署と関わり、折衝し、取り纏めを行ってきた。
利害関係も多岐に及ぶ。口八丁手八丁で渡り合ってきたわけだから、怨恨だってそれなりに存在するだろう。
そして何よりも。引退して十年以上経つとはいえ、現役時代の事は風化していないのだ。
直接関わってきた事件だって、二桁どころではない。世界を滅ぼしかねない程の、大規模な物も含まれている。
更には、息子や娘が関わった事件も含めると、数えるだけ無駄かもしれない。

その結果。

いずれかの関係者による誘拐か暗殺。もしくは、それに類する害意を持った者の犯行かもしれない。
つい先日の事件同様、市井の狂的科学者が犯行対象とした可能性はないだろうか。
外部依頼等の間接的な手段まで考慮に入れれば、幾らでも範囲は広げられる。
が、誰が主犯にせよ、被害者は管理局高官を務める高ランク魔導師だ。
殺意の対象とするには充分だろうし、捕らえたのであれば、その後の利用価値は極めて高いと思われる。

――と、そういった思考に及ぶしかない。
自分ほどの要人が、全く無関係な人間に、しかも観測されたことも無い世界に飛ばされたなどと、誰が考えるだろう。
有能であればあるほど、思考するはずのない事例。
事件の可能性を排除出来ない限り、事故の可能性には及ばないのだ。
もし自分が同じ立場だったとしても、同じように対処する。

今頃息子たちは、自分の関わってきた膨大な事件と人脈を調べているはずだ。
以後の物理的な捜索範囲としては、関わってきた世界と周辺の管理外世界全て。当然ながら、隠蔽されている可能性も高い。
単純な広域探索魔法の使用だけでは結論を出せず、時間をかけた綿密な調査が必要となる。
それは即ち――天文学的な量と広さに及ぶということ。
考えるだけでも途方に暮れる作業だと、容易に想像がついた。

それに第一。
(事故だと分かっても、捜せっこないものね)
確かに、台所には空間の歪んだ痕跡が残っていた可能性もあるが、それは短時間で消滅してしまうものだ。
自分が消えたという異変に気付き、さらには近辺の空間歪みに気付いて綿密な計測をする――そんな時間は無かったはず。
そもそもリアルタイムの観測ですら、転送を追跡出来ない事も少なくないのである。
息子の嫁は現役時代、相応に有能なオペレーターだったが、それでもそういった事を幾度か経験している。
加えて、ミッドチルダ式でも古代・近代ベルカ式でもない、未知の魔法による未知の世界への転送。
(絶望的よね)
リンディは肩を竦めた。

こちらから救援を要請する方法に至っては、さらに厳しい。
念話――魔力を用いた思念通話だって、無制限に届くわけではない。
これだけ異質な、魔力濃度の高い場所だ。
近隣の次元にまで捜索の範囲が及んだとしても、届かない可能性の方が高かった。

唯一、期待出来る状況があるとすれば、リンディが使い魔と契約していた場合だろうか。
ミッドチルダにおける使い魔との契約。それは主人が死ねば使い魔も消滅する、存在と存在の契約なのだ。
例え念話が届かない状況が生じても、その契約が断たれる事はない。
もしかしたら。
このような特異な状況でも、使い魔は主人の元に辿り着けるかもしれない。


「まあ、無い物ねだりしたって仕方ないかな」
彼女は現時点で使い魔と契約をしていない。なので、考えるだけ無駄。
と言うか、そもそも自分がルイズの使い魔なわけだから、その立場を生かすべきだろう。
「出来ることから始めるしかないわよね」
ぐぐっと胸元で拳を握る。
何とかするしかない。
この世界の未知なる魔法システムを解明し、無数の文献を読み漁り、記録にも無いような召還魔法で帰還するのだ!

「……わたし、帰れるかしら?」
気合を入れることに失敗したリンディは――深々と溜息を吐いた。



「何やってんのあんた」
「ちょっと、ポジティブシンキングのトレーニングをしてみようかなーって」
「なにそれ?」
ふふふ、と力無い笑顔を浮かべたリンディに、ルイズは訝しげな視線を向けた。
「と、とにかく、朝食のことは悪かったわね。次からはちゃんと用意させるから」
「それについては、大丈夫みたい」
先程の件を説明すると、ルイズも不承不承ながら納得した。
「やっぱり、平民が貴族と一緒に食事するのはまずいでしょう?」
「平民なんかじゃないくせに。でもまあ、目立ちたくないなら仕方ないわね」
だったらその格好も何とかしなさいよ、という抗議に、無理、と満面の笑みを返すリンディ。
「まったく」
「授業は魔法に関してでしょ? 使い魔も見てていいのよね?」
足を速めたルイズの後を、のんびりと追う。
「当たり前でしょ」
「学校なんて何年ぶりかしら。すっごく楽しみ」

「なに年寄りみたいなこと言って――」
怒鳴り付けようとしたルイズは、慌てて口を閉じた。
今、自分は言ってはいけない事を言いそうになった? あんた幾つよ、とか?
いや、あっさり答えが返ってくるのだろうが、今聞いたら夢に見そうだ。さっき聞いたことも忘れたい。忘れられないけど。
保留にしよう。
さっきの件も、今は保留って決めた方がいい。
「と、とにかく、大人しくしててよね!」

「わかってます」
懐かしい学習意欲を味わいながら、リンディは楽しそうに微笑んだ。



が。
「げ、元素変換……しかも遠隔で瞬時に……」
頭が固くなったと思いたくないけれど。
錬金、固定化、物質転送。他にも色々。そして、予備反応無しの小規模爆発。
物質がこれだけ魔力に浸りきってるなら、そういう方法もあるのかなあ――などと必死に解釈してはみたが、全く追い付かないわけで。
ああそうだ。自分の主人が何故ゼロと呼ばれているのかだけは、とても良く分かったかも。

(わ、わかってた事じゃないの。一から学ぶのよ一から)
ルイズの錬金失敗で教室中が混乱する中、彼女は激しく痛む頭を抱えていた。


      ◆   ◆   ◆


「いいんですか? 手伝ってもらっちゃって」
「これからお世話になるんだもの。こちらからお願いしたいくらい」
昼食を終えたリンディは、下働きの一人として食後のデザートを配り歩いていた。
先程は言い過ぎました、と頭を下げたシエスタに、じゃあ仲直りとして一緒に仕事しましょうと言ってみた結果である。

「それにしても、さっきのフライパンは凄いですね。やっぱり魔法なんですか?」
「ええ。先祖代々使ってきた物なの」
何のことかと言えば。
賄い食をご馳走になったお礼にと、ちょっとしたパンケーキを作ってみせたのだ。
シエスタが境遇を話したからか、マルトーは快く調理場を貸してくれた。
やたらと降り注ぐ同情の視線の中、彼女が使ったテフロン加工のフライパンに、全員が驚愕したのである。
何しろ、油を使わなくても焦げ付かない。
マルトーが入手先を熱心に尋ねてくるものだから、つい家宝のマジックアイテムだと説明したのだ。
「初めて見ました。みんな、凄く羨ましがってましたね」
「たまになら貸してあげるわよ。――あら?」
リンディは持っていたトレイをテーブルに置くと、足元の小壜を拾い上げた。

透明感のある、紫色の液体。
(魔法絡みの薬品かもしれないけど……香水かしら?)

落としたのは、先程から恋愛談義に興じていた少年だ。
二枚目を気取っているのか。少し背伸びしたところが、いかにも年頃らしくて微笑ましい。
(だけど、ちょっと鈍いのかな?)
すぐ後ろに立った自分に気付かず、話を続けている。むしろ話し相手の方がこちらを注目してるくらいなのに。
リンディは前に回り込むと、彼の前で恭しくお辞儀した。
「な、何だね君は?」
「落とし物ですよ」
彼の手をそっと握り、小壜をその中に押し込むように渡してあげる。
「高価な物なのでしょうから、大事になさってくださいね」
「え? いや、これは」
妙齢の女性に、至近から囁くように言われてしまっては、咄嗟の対応が出来るはずもない。
見ようによっては、見目好い平民の女に手を付けてるようにも見えるわけで。
二枚目の少年――ギーシュが気付いた時には、栗色の髪の少女と、巻き毛の少女に取り囲まれていた。



つまるところ、あの小壜は浮気の証拠物件だったらしい。
(ごめんなさい。だけど、もっと上手にやらないとダメよ?)
二人の少女に詰問された挙げ句、散々な目に遭わされるギーシュを見て、リンディはこっそりと舌を出した。
まあ、こういう恋愛模様も学生の特権だ。
こういう事を繰り返して大人になっていくのだから、みんな頑張りなさいねー、などと微笑ましく見つめていると、
「き、君は何を笑っているのかね。誰のせいだか分かってるのかい?」
気に障ったのか、少年が詰め寄ってくる。半ば以上八つ当たりだろうが。
「あら、どなたのせいなんでしょう?」
「君だよ! 君が余計なことをしたおかげで、二人の――」
「まあ」
リンディは、にっこりと微笑んだ。
「お二人も恋人がいらっしゃるんですか。凄いですねえ」
「は? いやそういう事ではなく、名誉の」
「でも、いけませんよ? お二人を一緒にという事なら、双方に納得して頂きませんと大変ですからね?」
「だから、そうではないと言っているだろう! 君は人の話を」
「例えばそうですねえ。一度、三人でお茶会など開いてみたら如何でしょう?」

さっぱり噛み合わない会話に、周囲から笑い声が上がる。
羞恥と屈辱で、徐々に紅潮する少年の顔。
つい息子や孫を思い出してしまったリンディは、楽しそうに会話を続けていった。

が。
どうやら弄り過ぎたらしい。

「いい加減にしたまえ! 何て無礼な平民なんだ。女でなければ礼儀を教えてやるところだよ!」
息を荒らげるギーシュに、リンディは首を傾げた。
「教える、ってどうなさるんですか?」
「君が男だったら、決闘を申し込むってことさ。貴族らしくね」
はん、と彼は馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「貴族らしく、って事は、魔法を使われるんですか? でも、お相手が平民でしたら、魔法は使えませんのに」
「その時は、武器を使わせてやるさ。平民共には相応じゃないか」
「わかりました!」
ぽん、と手を打つ音が不意に響く。
注目を浴びる中。
訝しげな表情のギーシュに、リンディは満面の笑みを浮かべて。

「じゃあ、決闘しましょう」
「な!?」
実に朗らかに告げられたその内容に、辺りは、しん、と静まりかえった。










テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

夏色四片 第05話 空色硯 sorairo-suzuri/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる