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zoom RSS 夏色四片 第07話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:07   >>

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長引いた闘争を眼にする機会は多々あるが、こうも退屈なのはどうだろう。
見物人の呆れ顔には、真に同感。
第一、午後の授業を欠席させてしまったわけだが、果たして良かったのかどうか。
(とは言ったものの、当事者以外は数人程度か)
大鏡の前で、コルベールは顎を撫でながら呟いた。

「ふーむ。そろそろでしょうか。かなり疲労しているようですし」
「そうじゃなあ」
生返事を返したオスマンは、既に自分の椅子に戻っている。
早い話が飽きたのだ。
秘書のミス・ロングビルを呼び戻した彼は、他の書類に目を通すことに余念がない。
「あの壁の前で、同じ様にティータイムを楽しむくらいの余裕があれば、疲れもせんじゃろうがな」
書類を眺める振りをしながら、薄目で秘書の足下を観察する。
残り1メイルほど。
彼女の下着の色を確認するという大役を担い、使い魔の鼠は順調な行程を消化しつつあった。

しかし。
「今度やったら、王宮へ報告すると言いましたが」
世にも冷たい視線が、ロングビルから突き刺さる。
「今回は証人も居ます。よろしいですね?」
「むう」
素知らぬ振りで、使い魔を退避させるオスマン。
ちら、と鏡を注視したままのコルベールを邪魔そうに見やり、彼はやれやれと溜息を吐いた。
「早く出ていってくれんかの」

まったく。
あんな変化の無い見せ物、何が面白いのやら。


      ◆   ◆   ◆


防御魔法は二層に分けた。
外層は出来る限り薄くしてみる。物理的強度は艦内の隔壁程度。対抗すべき材質が青銅ならば、充分過ぎる程だろう。
衝撃吸収と防音効果はやや高め。不自然にならない程度に、自分にも相手にも優しく。
もちろん、第二層は通常通りの物を展開してある。
万が一、彼が自らの制限を越えた力を発揮したとしても、全力で対処出来るように。

――と、色々考慮してみたわけだが、
(結局、よく分からないのよね)
残念ながら、念入りに構築した意味はあまり無かった。

把握出来た事と言えば。
ゴーレムの生成プロセスは早く、初回以降は発声等の呪文詠唱も無いこと。
その攻撃が、全て物理的な物だということ。何ら副次的な効果は見られない。
学生が行使する魔法にしては、十二分に殺傷能力があること。
そして、それだけの魔法行使が、一体どんなシステムなのか全く分析出来ないことである。
行使に必要な情報伝達、魔力集積や圧縮、物質生成時の構築手順等々。
根本的な、魔力の制御方法が認識出来ない。

学生知識にも及ばぬ外来者なのだから、未熟が原因で理解出来ないのは仕方がない。
問題は、ミッドチルダでも差異があるのと同様、この世界用の魔力的資質が自分に無い場合である。
(つまり、わたしが本当に『平民』って場合よね。この世界の魔法は絶対使えないってことだし)
使えないという事は、認識も理解も出来ない可能性がある。
自分が修得する事が可能なのか、不可能なのか。その辺りのことは、徐々に調べていくしかないだろう。
調べた結果、この世界の送還魔法が行使出来ないと判明したら?
その時は――開き直って別の方法を探すだけ。

結局のところ。
今回の件は、前途多難の再確認をしただけという事かもしれない。

(……どちらにしても、そろそろ終わりにしないと駄目よね)
リンディは最後の菓子を摘み上げた。
日が傾き始めている。
ただでさえ陽差しの入りにくい西側の地なのだ。少し肌寒くもなってきた。

正直な話、ここまで頑張ったギーシュという少年は、凄く立派だと思う。
彼が諦めないのは残念だが、そもそも意地を張らせるようにした自分が、一番悪いような気もする。
可哀想なことに、かなり疲労させてしまった。
(疲れで気が抜けてくれれば良かったんだけど、まだ怒ってるのよね。ちょっとやり過ぎちゃったかな)
別に謝ってしまっても構わないのだが、下手に出過ぎて、主人の名誉を傷付けてしまうのは避けたい。
(ルイズさんも見てる事だし……どうやって謝ろうかしら)
などと考えた瞬間。

何の前触れもなく、『それ』は起こった。


      ◆   ◆   ◆


ガラン、と音を立てて、青銅の剣が目の前に落ちた。壁に弾かれて飛んできたのだろう。

のろのろと拾い上げたギーシュは、ぎりと唇を噛み締めた。微かに血の味がする。
何一つ通用しない。
個人用の槍、剣、鎚。思いつくままの物を使用させてみたのに。
果ては大槍を三体のワルキューレに抱えさせ、助走付の刺突を試みてみたのだが、それすら無駄だった。
憤りで目の前が霞む。それが怒りなのか絶望なのか、ギーシュ本人にも分からない。

それでも、敢えて言葉にするなら――これは『屈辱』だ。
相手が平民だ女性だなどという事は関係ない。
自分の力が通用しないという現実が、何よりも悔しかった。
「武器、か」
手の中の物を眺める。自分のワルキューレが使用した剣。そして非力な平民共の牙。
一瞬、自ら目の前の壁に斬りかかりたい衝動に駆られてしまう。
それを貴族としてのプライドで抑え付け、

「くそっ!」
彼は激しい苛立ちと共に、握りしめていた物――羽のように軽い剣を、ワルキューレ達に投げ返した。




轟音。

風鳴りは後から。一体、どれほどの速度だったのか。
飛来した剣は、ゴーレムごと第一層の防御結界を貫通した。
凄まじい威力である。
(ふうん。これが彼の奥の手ってことね)
リンディは嬉しそうに微笑んだ。
最後の最後で、これほどのものを見せて貰えるとは思っていなかったのだ。
やはり未知の世界とは油断ならない。ただの学生が、これほどの恐るべき力を持っているのだから。
(それに、ちょうど良かったわ。これなら)
謝る理由にもなるではないか。
賞賛と謝罪の意を表そうと、リンディは腰を上げた。
切り札を防がれたのだ。おそらく、相当悔しそうな顔をしているはずの少年と視線を――

「あれ?」
合わせようとして、失敗した。



ギーシュは、呆然と自分の左手を眺めていた。
今起きたことが理解出来ない。
何度も握ってみる。肩を回してみたがいつも通りだ。痛くもない。近くの小石を拾って投げてみると、力無く飛んで落ちた。
少なくとも、矢よりも速く飛ぶなんて事は無いわけで。
「な、なんだったんだ」
左手の指を、右手で一本一本捻って確認してみても、特に何の変化も無いし……?
「あ」
不意に気付く。

右手。

硬直し、恐々と前方を眺めれば、不思議そうな表情の使い魔と目が合った。
そのまま、二人揃って足下に視線を下げる。そこには、右手で持っていたはずの薔薇。
思わず口元が引き攣った。
もう一度、そろそろと顔を上げると――使い魔はそれを指さし、ぽつりと呟いた。
「わたしの、勝ちですか?」
「いいいや、こ、これはそうだね」
慌てて取り繕うとした彼に、

「「あんたの負け」」
ルイズとキュルケの、呆れたような声が突き刺さった。



「いや、でもだね、僕は負けてな」
「そんな事はどうでもいいわよ。ギーシュ、あなた今のどうやったのよ〜」
しどろもどろに抗議しようとしたギーシュに、キュルケが飛びついて話しかける。
「ねえ、やって見せてよ」
「あ、ああ」
好奇心で瞳を輝かせる彼女に気圧され、彼は薔薇と剣を拾い上げた。
「た、確かこうだったような」
と、改めて投げられた剣は、軽い音を立てて地面に落ちた。

「……まぐれ?」
「し、失敬だな君は!」

「ま、あれは放っとくとして」
何やら騒いでいるのを横目で見ながら、ルイズは大仰に肩を竦める。
「終わりが締まらないけど、あんたの勝ちでしょ」
「そうみたい」
リンディがフライパンを地面から引き抜くと同時に、緑色の光は消えた。地面には何の痕跡も残っていない。
「お疲れ。あー足が痛くなった。長くて退屈だったわよ。リンディも暇してたでしょ?」
「そんな事ないわ。冷や冷やしてたもの。あの子、見かけより根性あるのねえ」
「あれは、しつこいって言うのよ」
ちら、と視線を向ける。
彼女の持っているそれは、やはり何の変哲もない。
「リンディ、それ」
「ん? いいでしょう?」
にこにこと微笑む使い魔を眺めて、ルイズは不愉快そうに口を閉じた。
本当にマジックアイテムなのか、とか、何で主人である自分に説明しなかったのか、などと聞いてみたい事は山程あったのだが。

「言う気ないでしょ、あんた」
「何のことかしら?」
韜晦するリンディを、軽く睨み付ける。
「今度、本当のこと教えなさいよ。今日だけは我慢してあげるから――ってあんたたち、何やってんのよ!」
そう言い捨てた彼女は、いつの間にか言い争いを始めたキュルケたちの方に走っていった。



(説明してもいいんだけど、ルイズさん、正直過ぎるんだもの)
疑問に思った人間にカマをかけられた時、あっさり顔に出すであろう事が容易に想像出来た。
微笑ましいとは思うが、もう少し状況を見てからの方が無難かもしれない。
「あの、リンディさん。よろしいですか?」
「あ、お茶ありがとね」
背後からの声に振り向くと、シエスタが敷物を巻き始めていた。
その横顔に微かな涙の跡を見付けて、リンディは眉を顰める。
「どうしたの? 何かあった?」
「いえ、何でもありません」
無理に表情を消した彼女の様子は、ことさらに不可解で。
「でも」
「リンディさん」
腰を上げたシエスタは、真っ正面から視線を合わせてきた。

そこに浮かぶ感情は、複雑過ぎて分からない。
悲しみや同情などではなく、もっと違った――

「お体を大切にして下さい。決して無理はしないで欲しいんです」
「え」
「失礼します」
頭を下げた後、しっかりとした足取りで歩いていくシエスタに、リンディは問うことが出来なかった。
ほんの僅かだが、見間違いではなかったと思うのに。
最後に見えた感情の揺らぎ。

何故、それが憎悪だったのだろう。


      ◆   ◆   ◆


「詳しいことは分からないけど、とにかく、それであんたは身を守れるのよね?」
「ええ」
リンディに着替えさせて貰いながら、ルイズは再度確認した。
「ですから、ルイズさんを守るのは任せてくださいね?」
「使い魔なんだから、当然でしょ」
ベッドに入った彼女の髪を、リンディは流すように整える。
隣に寝る自分の髪と絡まったり、変な寝癖がつかないように。二人とも寝癖は悪くないが、長髪はこれを怠ると大変だ。
「だけど、何か足りないのよね」
「どうして? 敵から主人の身を守るのが、使い魔の仕事なんでしょう?」
「それはそうだけど……それだけじゃないの!」
何故か、顔を赤くして怒鳴るルイズ。

「あ、そうだ。リンディ、あんた武器を使える? 例えば剣とかって無理?」
「え? そうねえ」
リンディは知人を思い出した。
剣型デバイスを主武器にしている者なんて、知り合いでも一人しかいない。
あそこまでの技量は無いが、
「うん、多分使えるかも。かなり触ってないけど、何とかなると思うわよ」
訓練校や様々な研修、そして何よりも実戦で、近接戦闘の経験は山ほど積んできている。
剣自体は訓練以来ほとんど触れていないが、ある程度は体が覚えているはずだ。
「使ったことあるの? ふうん。そんな感じには見えないけど、まあいいわ」
ルイズは目を閉じた。
「明日は虚無の曜日、つまりお休みだから、街まで行きましょ。剣か何か買ってあげる」
「でも、わたしは別に」
「買ってあげる! わかったら、さっさと寝なさいよね!」
反対側に顔を向けてしまった為、ルイズの表情は見えなかった。
――真っ赤な耳は見えているけど。

「わかったわ。ありがとう」
苦笑ぎみに礼を言うと、リンディはゆっくりと目を閉じた。



眠りに意識を落とす前に、先程の事を思い起こす。
最後にギーシュ少年が見せた魔法。
本人があれほど驚いていたところを見ると、偶然の産物だったのかもしれない。
だが、最下層レベルの術者であるはずの学生が、あれほどの威力を発揮出来たのは事実だ。
教職や軍属のような、高度な技術を持つ存在が行使する場合となると、現状では想定する事自体が危険かもしれない。
いずれにせよ――そういった問題を含めても、今回の件で得られた情報は極めて少なかった。

ただ、一つだけ結論は出せる。

解析は後回しにして、対処方法だけは早急に確立しなければならない。
まずは、少年が作り出した半自律型ゴーレムの解釈を変える。
材質は既存物質に見えたが、そうではない。あれ等は魔力利用によって構成された、擬似物質だと判断するのだ。
参考に出来る例が身近にある。
息子の親友に、獣状の擬似生命体を無数に作り出せるレアスキル保有者がいる。
娘の部下にも、対物センサー等で質量が計測出来る程の分身を作り出せる、幻術使いがいる。
魔法の遠隔使用は、基本的に自らが放出する魔力を利用するしかない。が、上記の場合はそれが極めて分かり難いのである。
これ等と近似だとして対処するという事。

――それは、ある意味で最悪の想定だろう。
この世界は、溢れんばかりの魔力によって、生命体、物質の全てが満たされている。
貴族の魔法が、外部の魔力を直接利用出来るという事なら、それら全てに干渉出来るということだ。
物質のみならず、生命体や精神に直接作用し得る魔法や、マジックアイテムの存在も想定すべきかもしれない。

貴族を畏怖の対象とする平民。そういう意味では、自分もさほど変わらない。

(意外と、怖い世界なのかしらね)
意識を沈めながら、リンディはそう呟いていた。










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