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zoom RSS 夏色四片 第08話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:08   >>

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虚無の曜日。
昨日の件がどうしても気になって、キュルケがルイズの部屋を強引に訪ねた頃。


部屋にいるはずの二人は、のんびりと馬を走らせていた。
街道筋は些か素っ気ない風景が広がっていたが、それでも澄んだ空気が見た目を鮮やかにしている。
どこかでお弁当を広げたい道行き。
しかし、残念ながら街までは距離は大したことないそうだ。

爽やかな風が髪を撫でる。
「やっぱり、外は気持ちいいわねー」
多少、髪に絡まる砂を気にしながら、リンディは空を見上げた。
吸い込まれそうな青だ。上層に混じり物の無い、透き通った空気が見せる本物の空。
「そうね」
ルイズも、珍しく素直に頷いた。
上機嫌のリンディを見る表情は、それよりも更に満足そうである。
「まあ、そのうち気が向いたら、いい所にも連れてってあげるわよ」
「本当? 期待して待ってるからね」
「う、うん」
満面の笑みから、ルイズは慌てて顔を逸らした。どうにも子供っぽく見えて混乱するのだ。
(とても子供がいるとは思えないわよね)

「そ、その話はまた今度!」
誤魔化すように声を張り上げる。
「そろそろ急ぐわよ! ちゃんと着いてきてよね」
「あ、はーい」
楽しげな笑い声を振り撒きながら、二人の馬は加速していった。
街に着いたら、気ままに過ごす予定の一日が待っている。



――はずだったのだが。

「休みは同じだから仕方ないけど」
早々に計画が崩れたことを理解しながら、ルイズはじろりと横目で睨んだ。
「あんたも暇よね」
「そうでもないわよ。こんなにのんびりした休日なんて、滅多に無いんだから」
豊かな胸を見せびらかすように、キュルケは大きく伸びをした。
そう言われれば、確かに気怠さが垣間見える。
「滅多に無いって?」
「昨夜のお相手が多過ぎたのよねー。だから、今日は全員キャンセルしちゃったってわけ」
「キャンセルって、あんた……」
「二日連続だと腰にクルのよ」
「聞かない聞こえない聞きたくない!」
前方で騒いでる二人を見ながら、リンディは隣に声をかけた。
青い髪の小柄な少女だ。表情に乏しいが、整った顔立ちがどことなく気品を感じさせる。
「タバサさんは、いつも何してるの?」
「これ」
最小限の動作で、所持していた本を見せた。
「読書? 本が好きなのね?」
否定も肯定もせず、彼女は黙って前を向いた。視線はキュルケを指し示している。
んー、と思案するように首を傾げたリンディは、唐突に思い付いた。
「もしかして、いつも通りに本を読むつもりだったのに、キュルケさんに無理矢理引っ張り出されたとか?」
「頼まれたから」
呟いた顔の微妙な変化に、彼女は納得したように頷いた。



キュルケたちが、タバサの使い魔――風竜に乗って追いついてきたのは、二人が街の入り口に差し掛かった頃だった。
「何しに来たのよ、ツェルプストー」
「あらご挨拶ね、ヴァリエール」
冷ややかな視線を合わせたのも束の間、キュルケはにやりと笑った。
「あなたに用は無いわ。あるのは、そっちの凄く変な使い魔っぽいの」
「わたし?」
「今の条件に当てはまるのなんて、他には居ないじゃない」
「でも、ただの使い魔ですよ?」
リンディの不思議そうな顔に、キュルケは呆れた表情で肩を竦めた。
「平民で、そんな格好で、しかもあれだけ目立っておいて何言ってんのよ。ねえ?」
「…………」
話を振られたタバサは、何のリアクションも起こさなかった。
当然と言えば当然だ。彼女はあの決闘の日、学院を留守にしていたのだから。
「えっと」
キュルケは、そのあまりに素っ気無い態度に気を削がれたが、
「と、とにかく。ルイズから少しだけ聞いたけど、あなたの変な服もマジックアイテムだそうじゃない?」
取り繕うように話を続ける。

「あら」
言っちゃったの? という視線に、ルイズはフイと視線を逸らした。
決闘時の動揺につけこまれて、つい色々と喋ってしまったのだ。
もちろん、リンディが先住魔法の使い手だという事は言わなかったが。
「どこから、あんなマジックアイテム持ってきたの? あと幾つ持ってるのよ? 街に来たって事は、店で売ってるの?」
たたみ掛けられた質問に、リンディはにっこりと微笑んで、
「内緒」
と、立てた指を唇にあてた。



(実は、一つも持ってないなんて言ったら大変ね……?)
先程の事を思い返していたリンディは、やや強い視線に思考を中断された。
「何かしら?」
「聞かせてほしい」
柔らかな口調に応じる、平坦な声。
隣から見上げるタバサの雰囲気が変化している。隠しているのだろうが、それは随分と鋭角的なものだ。
攻撃的と表現しても大差ない。
「他にも持ってる?」
「マジックアイテム? 持ってるわよ。みんなには内緒だけどね」
「何?」
おどけたような言葉には取り合わず、彼女はただ自分の問いのみに固執する。
冷たいようで、どこか突き通すような眼差し。
その様子に、リンディは笑みを納めた。
「わたしが持ってるのは、わたしにしか使えない、身を守るためだけの物よ。他には無いわ」
「身を、守る」
「違う言い方をすれば、戦うための手段かもしれないわね」
タバサは視線を戻した。やや俯いて、ぽつりと呟く。
「あなたは、エルフ?」
「違うわ」
「……そう」

それきり、一行が武器屋につくまで、彼女は一言も喋らなかった。


      ◆   ◆   ◆


武器屋では、大した物は見付けられなかった。

そもそも、メイジである貴族は、武器に触れる機会がほとんど無い。
杖を武器代わりにする、あるいは武器状の物を杖にするメイジも居ないではないが、それも限られた者だけの話だ。
来てはみたものの、ルイズも当然ながら武器の良し悪しは分からないわけで。
同様にキュルケも退屈そうにしてたし、タバサに至っては黙々と本を読んでいた。

結局、出来る限り安いのをとリンディが選んだのは、錆の浮いた長剣だったのだ。
それがインテリジェンスソードという『意思を持った剣』だと判明したのは、買う寸前になってからである。
「もっと良いのにすればよかったのに」
「あまり大きいのだと持てないし、これ、面白いから」
リンディは嬉しそうに剣を抜いた。鞘に入っていると喋れないそれは、抜かれた途端にわめき散らす。
「そんな理由で買ったんかよ! 女の細腕で、俺を使いこなせるわけねえだろ!」
「そうかしらねー」
話しかける彼女は、随分と楽しそうだ。
この剣が、自分の世界の意思を持った魔導器具、インテリジェントデバイスを思わせるからだろう。

「それに、おめ、何か気持ち悪いんだよ」
剣――デルフリンガーがぶつぶつと文句を言う。

「握られてるのに、何故か握られてる気がしねえ。本当に素手か、おい」
「もちろんよ。ほら」
と、リンディは左の掌を振って見せた。バリアジャケットと同様のフィールドで包まれた左手。見かけ上は素手に見える。
そして、そこには薄く文字が浮かんでいた。
「そのルーンだって、見覚えねえぞ」
「あら、意外と博識なのね。他にどんな物を知ってるのかしら?」
「そりゃあ……いや、うーん。どうだったかな」
妙な沈黙が漂った直後、ルイズはデルフリンガーを鞘に叩き込んだ。
「やかましいのよ! やっぱり返してこようかしら」
「そんな事言わないで。ね?」
「だいたいね、こんなの持ち歩いてたら、みっともないって言われるわよ」
「でも、話し相手としては楽しいと思うの」
「買ったのは剣よ。武器なのよ。分かってる?」
宥めようとするリンディに、ルイズが延々と愚痴を並べていく。

「なーるほど。あれが変なアイテムを集めるコツってわけね。買い物はやっぱり直感かしら?」
「ちゃんと選んだ方がいい」
このままでは、しょっちゅう衝動買いに付き合わされると危機感を感じたのだろう。
輝く目で周囲を見回し始めたキュルケに、タバサはぼそっと釘を刺した。


      ◆   ◆   ◆


全員で夕食を取り、帰途についたのはかなり遅くなってからである。
ちなみに、帰る直前にも問題が起きた。
半日以上街の外で待たされていた風竜が、タバサに何か喚いたのだが――何事かを呟かれた途端に、盛大に落ち込んだのだ。
大きな身体を丸めたまま、何を言われても動こうとしない。
「先に行くわよ。こっちは馬なんだし」
「そうしてくれる? そのうち追いつくから」
待ちくたびれたルイズに、キュルケは苦笑して頷いた。



「……あーあ。結局詳しい話を聞けなかったわね」
キュルケたちが追い付いたのは、行きと同様、学院に到着する直前だった。
「無駄じゃない? 主人のわたしにすら、こうだもの」
「らしいわね」
素知らぬ顔のリンディを、ルイズとキュルケは睨み付ける。
「主人のわたしを信用してない、って言われても文句は言えないわよね」
「その辺は、あなたがもっと頑張るべきじゃない?」
「わかってるわよ。そのうち喋って――って、どうしたのよ?」
再び念を押そうとしたルイズは、相手の様子に眉を顰めた。

「ルイズさん」
硬い声と共に、リンディはある塔の上部を指差した。
昨日の夕方、学院内を色々と案内してもらったのだが、その中でも有数の重要施設とされていた場所。
「あそこは確か、宝物庫でしたよね?」
「そうね」
ルイズは適当に相槌を打った。中を見たいとでも言うのだろうか、このアイテム収集家は。
もしもそうだったら、どうしてくれよう――と怒鳴りかけたが。

「夜中に、あそこの外壁に忍んでいるというのは、どんな事情を持った人でしょう?」
「は?」
あっさりと言われた内容に、ルイズたちは困惑した。



リンディがそれを見つけたのは偶然だ。
街灯も無い夜間、馬で長い道のりを帰るということに、彼女は不慣れだったのである。
こっそりと魔法を使用し、視覚強化や周囲警戒を維持しながらの行程の最後――彼女は宝物庫の周辺を眺めていた。
様々な伝説のアイテムや史料があるはずの場所。
出来る事なら中に入ってみたいと思うのは、その人影と同じだったのだ。

その人影――フーケは、教師の一人から聞きだした情報を元に、宝物庫の外壁を調査していた。
『土くれ』の二つ名を持つ盗賊の彼女は、この壁を外部から破る方法を探っていたのである。
狙いは、破壊の杖と呼ばれる大宝。
詳細は分からないが、知られているからにはそれだけの価値があるはず。
が。
「厚すぎだね」
念入りに調べた結果、彼女は肩を竦めた。
「これじゃわたしのゴーレムでも壊せそうにないか……ちょっとやり方を考え直すかね」
このまま続けても、早々に事態が好転するとは思えない。今日は諦めた方が良いかも。
――そう彼女が考えた瞬間。

下方から飛んできた火球が、すぐ近くで爆発した。

(見つかった?)
見られるようなドジを踏んだ覚えはない。
が、再度火球が爆発した際に考えを改めた。相手は、明らかにこちらの場所を把握している。
正体までは気付かれていないとしても、これだけの騒ぎである。すぐに逃げ道は閉ざされるだろう。
「あーあ、これまでかい」
フーケは、秘書ロングビルとして長期間潜んだ成果を諦めた。
今後、宝物庫の警戒は相当厳しくなるはずだ。
色仕掛けで学院長や教師共から聞き出した情報は、いつか別の機会に生かすしかない。
(だとしても……上手く逃げ切っちまえば、知らぬ振りで戻れるかもしれないね)
内部犯と推測されるような証拠は残していない。それどころか、まだ何もしていないのだから。

予定通りにいかない事には慣れている。
そう割り切ったフーケは、杖を大きく振り上げた。


      ◆   ◆   ◆


「ちょっと、いきなり」
「どうせ盗賊に決まってるでしょ。今どの辺り?」
「あそこですよ」
リンディの指先に合わせて、キュルケは再度火球を撃ち込んだ。
「こんな暗闇なのに、よく見えるわね。結構役に立つじゃない」
「だから、リンディはわたしの使い魔なの! 勝手に使わないで!」
素直に褒めたキュルケを、ルイズは腹立たしげに怒鳴り付ける。
「けち」
「う、うるさいわね! ――そんな事より、ちょっとリンディ」
抱きつくようにリンディに近寄り、小声で確認する。
夜目がきくとは聞いてないから、先住魔法を使ったのかもしれない。
「本当に誰かいるんでしょうね?」
「ええ。ローブで顔を隠してたから、盗賊の可能性は高いと思う」
リンディがそう答えた時。

タバサが唐突に杖を振った。
ウィンディ・アイシクル。彼女が得意とする強力な攻撃魔法が、盛り上がりかけた『何か』を直撃する。

だが。
「なによ、あれ」
キュルケは息を呑んだ。
「……ゴーレム」
自分の魔法が全く効果が発揮しなかった事を確認し、タバサも眉を顰める。
確かに、土塊に氷槍を撃ち込んでも意味はない。
それは瞬く間に成長し、高さ三十メイルはあろうかというゴーレムを形成したのである。
視界の半分をも埋め尽くす巨大な壁。
内部が空洞の塔などとは異なる、圧倒的な質量が大気を震わせた。

「とにかく逃げるわよ!」
キュルケの言葉に、全員が我に返った。
地響きと共に動き出したそれの進路に、自分達が位置している事は間違いない。このままでは下敷きになる。
(じょ、冗談じゃないわよっ!)
状況を理解したルイズは、慌てて走り出そうとした。
――いや、そのはずだったのだが。

「え?」
「あ」
彼女は何故か、リンディの持っていた剣を地面に叩き落としてしまったのである。

一瞬、二人の動きが止まった。
「ルイズさん?」
「あ、あれ?」
戸惑った表情を向けられても、彼女は何一つ口に出せなかった。一番混乱していたのは自分だったから。
ルイズは、リンディの腕を引こうとしたのだ。
咄嗟に出た行動だが、何故そうしようとしたのか――本人にも分からない。
「リ、リンディ……わたし」
「行って!」
リンディはそう叫ぶと、跳ね飛ばされた剣に駆け寄った。ゴーレムに踏み潰されて無事に済むとは思えない。
いざとなれば、魔法でいくらでも――

「危ないっ!」

「えっ!?」
シールド構築に集中したリンディが、その余りにも予想外な行動に対応出来るはずもなく。
――全身で飛び込んできたルイズに、彼女は勢い良く弾き飛ばされていた。


      ◆   ◆   ◆


衝撃を感じたフーケは、ゴーレムの肩先から不可解な面持ちで見下ろした。

遙か下方で、巨大な足の一部が欠けている。
足下に転がっている学生、あるいはその使い魔が何かしたのかもしれない。魔法かとも思ったが、両方とも杖は持っていなかった。
だが。
(あいつは)
彼女は腹立たしげに舌打ちした。
使い魔の方には見覚えがあったのだ。昨日学院長室で注目を浴びた、マヌケな決闘の当事者である。
確かマジックアイテムを使用していたはず。
となると、何かした可能性が高いのは、こちらの方だろう。
「危険……かねえ?」
少しばかり思案する。
踏み潰した方が安全という気もしたが――その側に倒れている子供を見て、止める事にした。
無力な学生を巻き込む事に、何となく嫌悪感を感じたからだ。
「それに、気にしてる暇なんざ無いしね」
小物に構って逃げ遅れたら、それこそ本末転倒だ。

彼女はゴーレムの足首を急ぎ修復すると、再び前進を命じていた。




「ルイズさん!」
リンディは、自分を突き飛ばした相手に駆け寄った。

薄れゆく土煙の中、ルイズは無事だった。慌てて展開した防御魔法が、何とか間に合ったのだ。
無傷の彼女を見て、思わず安堵の溜息を吐きそうになったが――それを振り払うように叱り付ける。
「何てことするの! 死ぬところだったのよ!?」
「!!」
それが耳に入った途端、ルイズは弾かれたように顔を上げた。
恐怖に染まった表情を覆い隠す、激しい怒り。
「それはこっちの台詞でしょ! あんたこそ、何てことすんのよ!」
震えた声で怒鳴ると、彼女はリンディの胸倉を両手で掴み上げる。
「え……?」
「剣なんてまた買えばいいでしょ! 死んじゃったら、死んじゃったら……」
怒鳴りながら、徐々に相手の胸に顔を埋めた。
理解出来ない激情が、意志とは関わり無く言葉を紡ぐ。
「いい加減にしなさいよ……わたしの前で死んじゃうなんて、許すわけないじゃない」

あんたはわたしの使い魔なんだから。
――そう呟いたルイズの前で、リンディは凍り付いていた。



身体に、力が入らない。
崩れるように座り込んだ彼女は、駆け寄ったキュルケにルイズを託した。タバサが何か話しかけてきたが、それすらも耳に届かない。
心の奥底が沈んでいくのを、他人事の様に理解する。
背筋を流れる冷たい汗。
肩に降り積もる澱みは、刃物のように鋭く――鉛のように重かった。

そう。
自分は今、『手遅れ』になる可能性に触れていたのだと理解したのだから。

(母親失格ね。わたし)
深々と溜息を吐いた。
自分の未熟さに呆れてしまう。子育ての経験なんて、こういう時にしか生かせないのに。
一体今まで、ルイズの何を見てきたのだろう。
彼女がこれ程の罪悪感を抱いていると、何故気付かなかったのか。
使い魔の出自に対する遠慮も、剣を与えようとした事も。それは彼女自身すら意図せぬ、自責の念の裏返しだ。
もしかすると自分は、気付いていながら敢えて放置していたのだろうか。
己の保身のため? それとも、帰還出来ないという焦燥から?

いずれも、些細なことではないか。

ここが瀬戸際である事に、彼女は気付いていた。
子供が抱く罪悪感は、反省を促すと同時に、慎重な性格と広い視野を育てるかもしれない。
だが、過ぎれば自信喪失を招くことになる。経験としての挫折とは異なる、心の歪み。
それは精神のあらゆる成長を阻害する。

積極性や消極性は、それらを生かせぬ者には何の意味もない。
ルイズの美点も欠点も、前に進むことでしか生かせない。振り返るのは、辿り着いてからで充分。
当たり前の話だ。
(恐れずに進めるのは、若いうちの特権だもの)


腰を上げたリンディは、巨大なゴーレムに視線を向けた。
それから、確認するように話し掛ける。
「お二人は、ルイズさんの友達ですよね?」
「そう、ね」
キュルケは小首を傾げると、腕の中のルイズを見下ろした。
嗚咽を漏らす小さな身体。
触れてみて初めて分かることもある。彼女の肩は――こんなにも細かっただろうか?

今更ながらに気付くのだ。
彼女の心が、この小さな体躯を如何に大きく見せていたか。

いつも強気な、怒った顔ばかりだったから。
(ルイズ。今のあなた、いつものヴァリエールらしくないじゃない)
口元を綻ばせたキュルケは、こくりと頷いた。
その様子を見ていたタバサも、同じように黙って頷く。
「でしたら、お願いがあります。これから見ることは、誰にも言わないで欲しいんです」
「わかったわ。あなたが何かは知らないけど、ルイズの使い魔であることに変わりは無いんでしょ?」
「主人を守るのが使い魔」

「ありがとう」
リンディは微笑んだ。
これだけ真摯な響きの言葉を聞けたのだ。ならば何の憂いも無い。
「ルイズさんをよろしくね」
そう呟くと、彼女は魔法を発動させる。

次の瞬間。
唐突に生じた奇妙な違和感に、ルイズ達は思わず身体を竦めていた。


      ◆   ◆   ◆


何かにぶつかったような衝撃。

「えっ!?」
突如足を止めたゴーレムの上で、思わず体勢を崩しそうになったフーケが驚きの声を上げる。
「何よ、何なの?」
再度ゴーレムに前進を命じたが、まるで壁があるように進めない。

――違う。
「ほ、本当に壁があるわけ?」
彼女は呆然と呟いた。
何となく感じられるのだ。自分の進行方向に、巨大な目に見えない壁が広がっていることが。
そして、その恐ろしい程の強固さも。

「結界を張らせて頂きました。もう、どこにも逃げられませんよ?」
「何だって?」
夜気を貫いた声に、フーケは慌てて足元を覗き込んだ。
先程の使い魔が、穏やかな笑顔を浮かべたまま、こちらを見上げている。
いや。
――あれは本当に笑顔だろうか?
(し、知ったことか!)
予感の様な不愉快な感覚を無視して、彼女は問い質した。
「これは、あんたの仕業かい。何をどうやったのさ!」
「さあ?」
相手の笑みは崩れない。

(っと)
風で捲れそうになったローブを押さえた。どこに人目があるか分からないのだから。
「大丈夫ですよ。ここには、あなたとわたし達しかいません。予期せぬ目撃者なんていませんよ?」
「な、何を言って」
「だから、遠慮しないでくださいな」
使い魔の足元に光っていた、魔方陣らしき物が消える。
それなのに、壁が消える気配は一切無い。
「あなたが何者かは知りません。どんな事情があるのかも分かりません。ですが――」
「…………!」
彼女は唾を飲み込んだ。喉がカラカラに渇くのを感じる。
あれは、断じてエルフなどではない。だが、何か別のヤバイモノだ。
そして。

「犯罪者であるからには、罰せられる覚悟もありますよね?」
足元の使い魔、いや『化け物』は、爽やかな笑みでそう宣告した。




「ルイズさん」
ゴーレムと対峙した彼女は、独り言の様に囁いた。
背後から感じたのは、主人である少女の身動ぐ気配。
涙に濡れた顔を思い浮かべたのか。リンディは僅かに目を細めると、右手をゆっくりと水平に上げる。
同時に、彼女の周りを無数の光球が包み込んだ。小さいながらも、凝縮された強い光。
足元に広がるのは、煌々と輝く複雑な紋様の魔方陣。
ただ、背中に未だ羽は戻らない。

光に包まれたその姿に、少女は何を見たのだろうか。

震える声が、何事かを呟いた。
もしかしたら、それは御伽話の妖精を表するものだったのかもしれない。が、前方の彼女までは、到底届かなかったはずだ。
それでも、リンディは頷いた。
「そこで見ていてくださいね」
ふわりと舞い上がる彼女から、諭すような言葉が響き渡る。
全力とは程遠い力。だとしても。

「――あなたと契約した使い魔は、何一つ失っていませんよ」










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