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zoom RSS 夏色四片 第09話

<<   作成日時 : 2007/10/03 00:09   >>

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『土くれ』のフーケにとって最大の不幸だったのは。
その日に限り、極めて有能で知られた総務統括官が『手際の良さ』を放棄していた事にあっただろう。



巨大ゴーレムは、轟音を上げて振り向いた。
動くだけで大気を押し退け、大地を揺らす圧倒的な質量。攻城戦で使われる物を遙かに超える巨体が、闇を圧している。
力そのものを体現したその姿に、徒手空拳にて対峙する者など有り得ない。
しかし。

「先住魔法、ってことかい」
『使い魔』が杖を持っていないことを確認し、フーケは舌打ちした。

高度二十メイル程まで浮かび上がった相手は、そのままこちらを見据えている。
空を飛ぶこと自体は、魔法の使い手なら出来て当然と言えたが、問題はどれだけの速度で動き回れるかだ。
残念ながら、ゴーレムはさほど機敏ではないのだから。
(それに、あれが厄介かもしれないね)
使い魔の周囲に、手で握れるほどの大きさの光が数十と浮遊している。
効果は不明だが、おそらくは撃ち出して使用するもの。

疑問に不安を織り交ぜて、唇を噛んだ。
(あれだけの数を一度に撃たれたら、避け切れっこない)
例えゴーレム本体が耐え切れても、術者である自分を狙われたら一巻の終わりである。もちろん、相手もそれを狙っての事だろう。
出来る限り視線を避けようと、彼女はゴーレムの首に身を寄せた。
いざとなれば――周囲に壁を構築する方法もある。
とにかく死角を作らないと危険。

(――来るか?)
使い魔が手を上げるのに合わせて、フーケは杖を振った。
自分の前に、土壁を作り出す!

防いだ、と確信した瞬間。
連続した轟音と共に、ゴーレムが大きく揺らいだ。光球が一斉に着弾したのだ。
「ちょ、ちょっと」
慌てて壁から顔を出すと、ゴーレムの各所が抉れていた。
一発につき直径五十サント程。単発での威力はさほど無いが、数十箇所ともなると話が違う。
火系統の魔法に近いが、速度が比較にならない。
矢よりも早く飛ぶ魔法が複数――インチキにも程がある。
「……冗談じゃないよ」
背筋が凍り付いた。
(一発でも当たったら、死んじまうじゃないさ)
幾ら何でも数が多過ぎる。
そう考えた彼女の視界の隅に――有り得ない物が映った。
「な……」
土煙に紛れた光球が一つ、迂回するように自分の後ろに回りこんでくるのが見えたのだ。

回り込む?
自由自在に誘導出来る火球なんて、聞いたこともない!?
「ひっ!?」
彼女は、悲鳴を上げる事しか出来なかった。




全て直撃だ。
リンディは、全方位から放った魔力弾が、ゴーレムに着弾したことを確認した。狙った位置に寸分狂い無く。
何らかの力が阻害を試みた形跡も無い。
(やっぱり、どのタイプの防御魔法も使用してないみたい)
傀儡兵の類であれば、この程度の攻撃は通らないのだが。
気になるのは、着弾時の威力が想定よりも低いこと。
魔力濃度が高いこの世界では、距離による減衰率が異常に高いのだろう。
更には、もう一つの可能性。
(次はこれね)
一つだけ非殺傷設定で作り出した誘導弾を、盗賊に向けて射出する。

防壁を回り込むように飛んだそれは、あっさりと相手に着弾した。


      ◆   ◆   ◆


殴られたような衝撃だった。
フーケは、固く閉じていた目を開けた。唾を飲み込もうとしたが無駄。身体の震えが止まらない。
直撃した背中に、恐る恐る手を触れた。
あの威力の火球を食らったのだ。即死してない事を不思議に思う。――どうせ死ぬなら、麻痺したままの方が苦しくなくていい。
おぞましい感触を予想して、届く範囲で肩から手を撫で下ろしていく。
肩、背中、腰。更には大腿部まで。
何も無い。ただ布地の感触のみが続いている。

無傷?
「え?」
慌てて首を捻ってみると、出血どころか、何の痕跡も残っていない。
疲労感が増したような気がするだけだ。
「どういうことよ」
再び見下ろす。
使い魔は、先程の位置から全く動いていなかった。穏やかな笑みを浮かべたまま、黙ってこちらを眺めている。
「……そういうことかい」
フーケは、自分の腕が震えだすのを自覚した。
恐怖などではない。手加減されたことに対する、苦痛にも似た怒り。
あの笑みは嘲笑。――つまり、自分程度は『いつでも』殺せると言っている。
虫を殺すが如く、片手間に。
「な、な」
僅かに残っていた恐怖を、別の感情で塗り潰す。
先住種族だか何だか知らないが、そこまで馬鹿にされる程、自分は軽くないはずだ。

「――なめやがってぇっ!」
咆哮と共に、ゴーレムに命令を下す。
どんな形でも構わない。捻り潰さずに終われるものか。




(……本当に無いのかしらね)
直撃させた感触で、理解出来たことが幾つか。
ゴーレムに対してもそうだが、術者である盗賊自身も防御魔法を使用していない。
つまり、威力の減衰を考慮に入れても、非殺傷設定の魔法で充分に対処出来ること。
そしてバインド等の捕獲魔法にも、おそらくは対抗する手段を有してないこと。

そういう事なら。

「ごめんなさいね」
激しい憎悪を向けてくる盗賊に、先に謝っておく。
リンディは、ルイズたちを見下ろした。その驚愕を浮かべた表情を確認する。多少の畏怖もあるだろうか?
しかし、あくまで驚いているだけだと思う。ルイズが、自分の使い魔を誇れるようになるには、これでは足りないのである。
捕らえるだけでは、意味が無い。
(でも、あれを完全に破壊するっていうのは、結構大変かもしれないわね)
先程の着弾跡は既に修復されていた。
再生速度の高い相手を、破壊速度で上回る必要がある。
今の体調で使える自分の魔法は向いていないし、儀式魔法は準備に時間が掛かり過ぎる。
とにかく、現状で制御出来る魔力では多少厳しいのだ。

(久しぶりだけど、借りてみようかな)
技量は求められるが、高ランクの魔力使用を絶対条件としない攻撃魔法なら、実のところ心当たりがある。
単独作戦の多かった息子が保有している、詠唱速度を重視した射撃魔法の数々。
直接教えたのは、自分ではないけれど。
一つ覚えるたびに褒めたら、いつも仏頂面で照れを誤魔化していた息子の、子供の頃を思い出してしまう。
思い出すように生成してみる。
スティンガーブレイドと呼ばれる魔力刃を八本。息子ほどの精密なコントロールは、多分必要ない。

「さあて。それじゃ、派手にいくわよ!」
リンディは、殴りかかってくるゴーレムに向けて、楽しそうに加速していった。


      ◆   ◆   ◆


闇の中、轟音と光の輪舞が続いている。
縦横無尽に走る緑の輝き。それを追って大気を掻き回す巨大な腕。
影絵の様なそれは――偶像と妖精の戯れにも見える、どこか幻想的な光景でもあった。

軽く息を吐く気配。
風鳴りに沿うような軌道で、リンディは正面に回り込んだ。
振られたゴーレムの腕を最小限の動きで躱すと、彼女の射出した魔力刃は左肘の部分に着弾した。
爆発。
崩れそうになった腕は、すぐに再生を開始する。
その間に、まるで瞬間移動したかのような速度で下がったリンディから、魔力弾が撃ち放たれる。
高速で飛来したそれは、ゴーレムの左膝を貫通して反転。繰り返し射抜くことで足を切断する。
倒れそうになった巨体が何とか踏みとどまった。
喚きながらフーケが修復に全力を上げる間に、リンディは自分の前方に大きめの魔法陣を描いている。

立ち上がった途端。
そこから放たれた光線が、ゴーレムの胴体に風穴を開けた。



「何なのよ、あれは」
震える声で問うキュルケに、誰一人応えない。
目の前の戦闘は、既に常軌を逸している。
三十メイルもの巨大なゴーレム。それが手足を振り回すたびに、どこかを抉られ、破壊されていくのだ。
だが、破壊された部分は瞬く間に再生される。
あの盗賊、おそらくは土系統のトライアングル以上。
対する使い魔は――既に理解出来る範囲を超えていた。
火系統に似た攻撃魔法を自在に使い、風系統以上の速度で飛び回っているのだから。

「しかも全部、マジックアイテムによるものだっていうわけ?」
あの変な服に、それだけの力があったという事だろうか。
「そんな馬鹿な話、あるわけないでしょうに」
仮に、他に持っていたとしても。
あんな速度や機動性を発揮するアイテムに、あんな攻撃魔法を使えるアイテム?
御伽噺ならあるかもしれないが、少なくともキュルケは知らなかった。

「それだけじゃ、ない」
厳しい顔のタバサが、疑問を呈する。
彼女は後ろを振り向きながら呟いた。
「学院から誰も来ない」
「――そうね。これだけの騒ぎに誰も気付かないなんておかしいわ。それに」
あの使い魔は、目撃者は誰もいないと言ってなかったか?
誰も気付かない舞台で、見たこともない戦いが繰り広げられている。しかも幻ではなく。
頭に浮かぶのは、やはり一つだけだ。

先住魔法。
だとすると、あの人間の様に見える使い魔は、実は自分たちの知らない種族ではないのか。



「ルイズ?」
二人の視線を受けながら、ルイズは視線を逸らさず見上げていた。
自分の使い魔。
先住魔法の使い手。変なマジックアイテムの所有者。今のを見てると、それだって怪しい。
甘いものとお茶が好き。スタイルが良くて、美人で、髪を梳かすのが上手。
ちいねえさまと同じくらいに見えても、家族を何人も持っている。
変な格好だけど、何故か良く似合ってて。
呼び出したのが、ほんの数日前なんて信じられない。
羽だって消えたままなのに。
本当の事なんかさっぱり言わない。

「わたしだって知らないわ。リンディが何者かなんて」
だけど。
「使い魔が、見てて、って言ったのよ。主人のわたしは見届けなくちゃ」
視線を二人に向けたルイズは、自分に言い聞かせるように呟いた。


      ◆   ◆   ◆


再生速度と破壊速度の勝負の様に見えるが、その実態は持久戦だ。
未経験の相手に対するには、危険度はそれなりあるわけで。

(ま、そろそろかな)
息を乱している相手の様子に、安堵を覚える。
(これがただの盗賊っていうなら、この世界ってやっぱり怖いわね)
リンディは感心しながら、三度目の魔力弾――スティンガースナイプを放っていた。
たかが土だと馬鹿に出来ない。
圧倒的な質量とこの再生速度があれば、戦場でどれだけの脅威になるだろうか。
それとも、これが脅威にならない程の魔法が、この世界の戦場では飛び交うのだろうか。
(あまり想像したくない、かな)
スナイプショット、と発音で弾を加速させると同時に、リンディは最後の魔法を準備する。



「畜生!」
フーケは汗に塗れた顔で吐き捨てた。
何も出来ない。
ひたすら破壊されるゴーレムを修復するだけ。あんな動きについていけるわけがない。
風系統のメイジにだって、何とか出来るかどうか。
撃ってくる魔法も、当たれば自分なぞ一発で消し飛ぶようなものばかり。
しかも疲れすら見せないのだ。こちらの気力ばかりが減っていく。

降り積もる絶望感を、生存本能で強引に塗り潰す。
あの化け物は、おそらく笑いながら自分を殺すだろう。そんな死に方だけは願い下げだ。
最後の賭けに出る。
(いくら化け物だからって、当たれば壊れるだろ)
ゴーレムの右手。
それを攻撃が何度も射抜いていく。先程のように切断しようとしているのであれば。
「同じことばかり、してんじゃないよ!」
切断直前、右手を振り上げながら自ら砕いた。大量の土砂が使い魔目掛けて降り注ぐ。
土煙の中、微かに聞こえた悲鳴。
「くたばれ!」
フーケは残る力の全てを使い、ゴーレムの左拳を打ち込んだ。



土煙が晴れる。
勝利を確信し、乾いた笑みを浮かべたフーケは、目の前の光景に硬直した。
振り切られたゴーレムの左腕。
その肘の辺りに――使い魔が浮かんでいる。
「そ、んな」
何かに激突した衝撃はあったのだ。外れたはずは無いのに。
まさか、効かなかったというのだろうか。
絶望で霞む目の前で、使い魔は軽くゴーレムの肘に触れた。

途端、鈍い音と共にそれは砕け、切断された腕は落下しながら崩れ去っていく。
「あは、は」
無性に笑いたくなった。
彼女には、使い魔が自身の腕力のみで、ゴーレムを砕いたように見えたのだ。
何故、こんな化け物と関わる事になってしまったのだろう。
引き攣り笑いを漏らすフーケは、

「はい、ここまでね」
――リンディが浮かべた笑みを見た瞬間、完全に意識を手放した。


      ◆   ◆   ◆


「大したものね」
フィールドで気絶した女性を支えながら、リンディは高度を下げていく。
最後の相手の攻撃は、ついシールドで受け流してしまった。模擬戦なら、備考欄に記載しても良いくらいの機転。
術者が意識を失ったからだろう。崩壊していく土の量に、ゴーレムの大きさを改めて実感する。
これがただの盗賊だなんて、本当に勘弁してほしい。
それと。
(あんな目で見られると、ちょっと傷つくわよね)
リンディは肩を竦めた。
残った腕を振動破砕で砕いた時、盗賊が浮かべた表情。
それはまさしく、化け物を見るようなものだったわけで。



降り立ったリンディに、最初に声をかけたのキュルケだった。
多少、腰は引けていたが。
「リンディ、あなたって――って、ミス・ロングビル!?」
「あら、お知り合い?」
「知り合いも何も」
慌てふためいたキュルケは、気絶した女性に駆け寄っていく。
タバサが警戒しながら後ろにいるので、大丈夫だろう。

「ただいま」
「おかえり」
買い物帰りのようなリンディに、ルイズも同じような口調で答える。
「もう終わり?」
「ええ、おしまい。頑張りましたからね」
「ふーん」
ルイズは少し不機嫌そうな表情になると、リンディに指を突きつける。
「わたしの使い魔なんだから出来て当然ね。明日からは、もっとこき使ってやるから覚悟しなさい!」
「でも、少しはお休みも下さいね?」
「……! 知らない!」
彼女はそう怒鳴ると、キュルケたちの方へと歩いていく。

(当面は、大丈夫かな)
後を追いながら、リンディはこっそり胸を撫で下ろしていた。
少なくとも、彼女の負い目を減らす事は出来たと思う。
自分の出自も、使用する魔法についても話せない。――そういう状況なのだから、今はここまで。



介抱されて意識を取り戻したフーケは、名乗った後、表情を消して沈黙を保っていた。
杖を取り上げられた上、気力の欠片も残っていない。何も出来ないのは自分自身が一番理解しているのだろう。

キュルケとタバサが警戒する中。
見覚えのある理知的な顔に、ルイズも改めて驚きの表情を見せていた。
「やっぱり知り合い?」
「!」
後ろから近付いてきた『使い魔』に気付き、フーケは露骨な恐怖の色を浮かべた。
苦笑するリンディを、盗賊に同感という表情で眺めるキュルケ。
「本当にミス・ロングビルなのね」
「どういう方なの?」
呆れたように呟いたルイズに、リンディは尋ねた。
キュルケが肩を竦めて説明する。
「学院長の秘書なのよ。そして『土くれのフーケ』っていう盗賊らしいわね」

説明によれば。
どうやらこの女性は、世間を騒がす大怪盗らしい。
昼間に街で聞いた噂の相手に、その日のうちに会えるなんて思ってもみなかった。
「で、どうするのよ?」
「学院長に言うしかないでしょ。その後は、城かどこかに連れて行かれるんじゃない?」
キュルケの当然という口振りに、
「ま、そうよね。それじゃリンディ」
ルイズもあっさり賛成すると、結界を解くように指示を出そうとする。
が。

「城に渡すのはダメ」
不意にタバサが、強い口調でそれを止めた。



「そうすると、この人のことも城に知られてしまう」
「あ」
全員がリンディに注目する。
「そうだね。この化け物の事を黙ってる義理は無いからね。聞かれりゃ言うよ、わたしは」
フーケが肩を竦めた。
「化け物って」
抗議しようとしたルイズを、フーケは睨む。
「化け物だろ、こいつ。こっちをいつでも殺せたくせに、散々遊びやがって」
吐き捨てるように言うと、彼女はリンディを指さした。
「言っとくけどね。こいつの本当に怖いところは、凄い速さで飛び回ることでも、攻撃魔法でもないんだ。それは――」
「黙って」
続けようとしたフーケに、タバサが杖を突きつける。
「タバサ?」
キュルケは話しかけようとして、相手の厳しい顔に気付く。滅多に見ない表情だ。
彼女はルイズたちを見回すと、ゆっくりと学院を指さした。
「知られたら大変なことになる。利用したがる人は多いから」
言われてキュルケも気付いた。
そうだ。リンディの使った魔法で最大の脅威は、攻撃魔法でも防御魔法でもない。

「結界、ね」
ルイズは、ぽつりと呟いた。

結界。
任意の目標を、一定のエリアに封じ込める魔法。
リンディの使用したそれが、どの程度の範囲まで及ぶのかは分からない。
だが、フーケの例から見ても、閉じこめられる側に選択権が無いのは明らかだ。
だとしたら。
どれだけ人目がある場所でも、結界に相手と共に閉じこめられてしまえば、何をされても知られることは無い。
大きな街の真ん中で、いきなり死体が見つかるという可能性すらあるのではないか。
そこまで考えて、ルイズは恐ろしい仮定に思い当たった。

もしも、だ。
誰かが数人のメイジと共に、城近くで結界を張ったとしたら?
そして封じ込める対象に姫――アンリエッタを選んだら?
警護なんて無意味。誰一人目撃者のいない中で、誘拐でも暗殺でも自由に行われるという事だ。



「わかったかい? 仮にこいつの魔法が他のヤツに使えないものだったとしても、こんなの生かしておくわけないさ」
フーケの言葉に、全員が黙り込む。否定出来る要素は全く無いのだから。
噂に聞いたことが本当なら、フーケに与えられる刑は相当厳しい。おそらくは縛り首。
そんな人間に口止めを頼んでも無駄だろう。そもそも捕らえた者の言うことを聞くはずがない。
城に知られないようにする選択肢は、一つしか無いのである。

「覚悟の上、って言い方ね?」
事態を見守っていたリンディが、フーケに話しかける。
「あ、ああ。少し考えりゃわかるだろ」
つい向き直ってしまったフーケは、慌てて視線を逸らした。――どうしても恐怖が抜けてくれない。
「どうせ殺すなら、普通に殺してよ。なぶり殺しはご免だね」
「あのね……」
リンディは溜息を吐いた。
一体どういう風に見ているのか尋ねたくなったが、止めておいた方が無難な気がする。
「こんなことになるんなら、あの時、踏み潰しておけば良かった」
吐き捨てるフーケ。
「そうね。なら、何故あの時、そうしなかったの?」
「それは――」
リンディに問われて、フーケは視線を彷徨わせた。
やがて、ルイズに目を留める。
「こいつだよ。近くにいただろ。こんなガキを巻き込むのが嫌だったのさ」
「わたし?」
ルイズは戸惑った。
今更、理屈に合わない事だとは思うのだが。
自分を見逃したせいで、フーケは死ぬかもしれないのだ。妙な引っ掛かりが心に残ってしまう。
困ったような視線に、キュルケの判断を促す視線と、タバサの厳しい視線が合わさる。

その雰囲気を壊すように、リンディが楽しそうに指を立てた。
「フーケさん。あなた、わたしの事怖い?」
「……ああ、怖いさ! こんな化け物を飼ってる奴の気が知れないね!」
「ちょっと!」
あまりの言い様にルイズは文句を言おうとしたが。

「じゃあ、こうしましょう」
リンディの朗らかな声の前には、黙るしかなかった。










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