空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS 藤桜 ― 春 ― 第二話

<<   作成日時 : 2008/03/31 18:50   >>

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一通り構内を歩いた二人は、前方に見える建物を目指していた。

高等部で咲き誇っていた桜は、校舎の裏手にあたるとの事。
この辺りは銀杏並木となっているから、敷地内の木は桜一辺倒というわけではなさそうだ。
未だ葉を広げぬ様々な枝は、華やかさには欠けるものの――逆に新緑の予感を感じさせる。
昼休みの時間帯。
今日は休日の為、今のところ人影を見掛けない。
もっとも、運動場や体育館の方からは、部活動に勤しむ生徒の声が聞こえてくる。



「私立リリアン女学園、ですか」
「うん。古風な名前だけど、出来たのは百年以上前の事だから……その時は随分とハイカラだったんだろうね」
元は華族の令嬢を通わせるために設立された、カトリック系の学校である。
幼稚舎から大学までの一貫校。
時代が移り変わっても古式ゆかしい校風を維持し、十八年も通えば温室育ちのお嬢様出来上がり、となるわけだ。
無論、中途入学の道も開かれている。募集人数こそ少ないものの、受験に関して家柄等の審査は無い。
しかしながら――昨今の一般学生は格式張った生活に入る事を好まないので、さほど多くはなく。
承知の上で受験する者は、当然のように自ら校風に染まる事になる。

私は幼稚舎からだから生粋だね、と聖は笑った。
今は大学生だそうだ。

「だから、みんなお嬢様なんだよね」
「そうですか」
ギンガは曖昧な笑みを浮かべた。
何と言うか――失礼だとは思うのだが、この佐藤聖という人はあまりお嬢様には見えない。
しかも。
「先程、元生徒会長って」
「ここは少し変わっててね。生徒会長は三人制なんだ。私はその一人だったってわけ」
「なるほど」
と、素直に納得する。
一人がフランクな性格でも、残り二人が真のお嬢様ならフォローして貰えるのだろう。
「……何か失礼な事考えてない?」
「まさか」
悪戯っぽく笑う聖に、ギンガは引き攣った笑みを返した。
――しっかり見抜かれていると分かっていたが。



目的地に着くと、満開を迎えた大きな桜が並んでいた。
「そう言えばさ」
立ち止まった聖は、くるりと振り向く。
「ナカジマさんは、今日はどうしてここに来たの?」
「何となくです。歩いていたらつい」
「桜並木に引っ掛かって、そのまま入って来ちゃった、と」
なるほどねえ、と頷いた。
まあ、分からないでもない。
遠くから眺めると、大学構内の淡い色がずっと続いていて――桜色の雲に校舎が浮かんでいるように見えるくらいだ。
(派手だもんなあ)
ふらふらと吸い寄せられる気持ちは、充分理解出来る。
まして初めて見たとするなら、その光景はかなり衝撃的だったのではないだろうか。

「だとしたら、運がいいね」
「何故ですか?」
「ここ数日雨が降っててさ。今日は一気に暖かくなったから、あと数日で散っちゃうと思う」
満開直前から霧雨に耐えてきた花々は、最後の力で春を謳歌している。
もう少ししたら、豪勢な葉桜として生まれ変わる事だろう。

「そう――ですか」
ギンガは、少し残念そうに呟いた。
「スバルにも見せたかったな。こんな光景、滅多に見られないのに」
「誰?」
「妹です。とても素直な子だから、子供みたいに喜んでくれるはずなんですけどね」
「そっか」
良く似た姉妹なんだ、という感想を聖はこっそり飲み込んだ。
子供のように、という表現は目の前の彼女にも言えること。見上げる眼差しは――少し眩しいくらいに輝いている。
そういう事なら。
「そうだ、カメラとか持ってないの? 旅行で来たんでしょ?」
「それが、その」
曖昧な表情で笑うギンガ。
小首を傾げた聖は、視線を僅かに上下させた。

彼女の薄着は、春の陽気にとても似合っていると思うが、
「……もしかして、手ぶらなんだ?」
「はい。お財布とかも全部忘れて来ちゃって。ちょっとうっかりしてたんです」
ぱん、とポケットを上から叩いてみせる。
確かに、何一つ入ってなさそう。

「じゃあ、これで撮るしかないかなあ」
聖は携帯を取り出そうとしてから、ふと思い出したように頷いた。
陽差しはまさに最高潮。
長雨以前から曇りがちだった空が、久々に晴れ上がったわけだ。そして、桜が散るのは早い。
(こんな希少な機会を見逃すはずないから、もしかすると)
さっと周囲を見渡してみる。

確率は五分がいいところ――いや。
「カメラちゃん、見っけ」
「……聖さまにはかないませんね」

呆れたような口調が、ほんの少し悔しさを滲ませて応えた。


      ◆   ◆   ◆


え、とギンガが目を丸くする中。
木陰から女生徒が一人、頭を掻きながら歩み寄ってくる。
ここの制服なのだろう。
微かに緑の混ざった黒の、プリーツワンピース。
襟元のセーラーカラーはフロントで結んでタイに。黒のラインが一本、アイボリーの下地で映えている。
スカートは膝下な上、三つ折り白ソックスに革靴。

まあとにかく――絵に描いたような『お上品』。

(本当に、お嬢様が通ってるんだなあ)
と、一瞬思ったのだが、
「私たちを盗撮してたでしょ?」
「ええまあ。あの、ちゃんと許可を頂きに伺いますよ?」
「その辺は信用してるよ」
何やら不穏当な会話が続いたりしている。

ついでに、向けられている視線に気付いた。
大仰なカメラを手にしたその子の目が、フレーム無し眼鏡の奥で光っている。興味津々という態度が丸見えだ。
強い、のではなく、見通すような鋭い観察眼。

ギンガは何となく居心地悪さを感じて、身動ぎした。
こういう時に、自分がこの世界の部外者である事を感じて困る。相手に知られているはずはないのだが。
「こちらの方は?」
「この子は写真部所属で私の二つ下。今日は多分、これを撮りに来てたんでしょうね」
聖は、ひょいと指を立てた。

「ご明察。さすがですね」
桜を指さした悪戯っぽい笑顔に、カメラちゃんこと武嶋蔦子は苦笑した。
正確には、これを背景とした被写体探しだ。
「で、こちらはナカジマさん。旅行中の人なんだ」
紹介に合わせ、ギンガが会釈する。
「ついさっきお友達になったから、リリアンを案内してあげようかなって」
「それは――申し訳ございません。てっきり同じ大学の方かと」
蔦子は慌てて頭を下げた。

彼女が被写体として選ぶのは基本的に人物だが、自然体を求めるから、どうしても盗み撮りが多くなる。
もちろん撮った後には必ず相手に許可を願う。不許可であれば未練無く破棄するし、逆に焼き増し依頼等にも応じたり。
とは言え盗撮は盗撮だから、本来なら抗議されてもおかしくない。
そうならないのは、学園の名物になるほど変人振りが知れ渡っている事と――誠実な職人としての人柄あっての事だろう。
実際、学内でイベントが有る度に、彼女は撮影依頼で引っ張りだこである。

「じゃあ、私も写したんですか?」
「はい。――すみません」
「あ、別に抗議してるわけじゃないですから、気にしないで下さいね」
とっておいていいですよ、と言われて、蔦子はほっとした顔で礼をした。
正直に言うと、破棄するには惜しかったから。
彼女が写したのは、桜吹雪の下に佇む印象的な二人組。

一人は日本人離れした風貌の飄々とした女性。そしてもう一人は――――

「感謝します。ご旅行なさっている方の場合、再びお会いする事は難しいでしょうから」
「だよねえ」
深々と頷く聖。
一期一会。
しかも住まいが国外だとしたら尚更だ。

「宜しければ、焼き増ししてお送りしますが」
「それは」
「――いいよいいよ。出来上がったら私に頂戴な」
口籠もりそうになったギンガを遮り、彼女は自身を指し示した。
「ちゃんと渡しておくから。ね?」
「はい」
「……そう言う事でしたら、近日中に聖さまへお渡ししておきます」
一瞬、目配せをした二人の様子には気付かぬ振りで、蔦子はあっさりと頷いた。
何れにせよ愛機は銀塩カメラだから、色々と手間が必要だ。すぐに渡せるはずもない。
それに。
「なんでしょう?」
「いえ」
真っ直ぐこちらを覗き込んでくる、澄んだ瞳。
――なるほど、さすが元白薔薇さまのご友人という事。
暗室に入ってからが腕の見せ所だろう。


「そうだ。ちょっとこっちに」
「?」
聖はギンガの手を取ると、一際見事な枝を広げている桜の元に歩み寄った。
逆光にならないように、それでいて日光を直視しないで済む位置を選ぶ。あまり近くても駄目だ。
今回、被写体としての自分たちは準主役。
「ついでだから、もう一枚撮ってくれる?」
「喜んで」
蔦子は拝むような彼女の意図を察すると、離れながらレンズキャップに手を掛けた。


      ◆   ◆   ◆


大気を押し潰す大質量。
崩れてくるのは、廃ビルの上層部分だろうか。
確か――基礎部分を損傷した為に、近日中の分解処理が決まっていた建物。

(だった、と思うんだけど)
自分が夢を見ている事を、朧気ながら理解する。



JS事件終息後、市街地の修復は急ピッチで進んでおり、市民生活に大きな問題は生じていない。
もちろん、即応出来ない大規模被害の一部については、対応がやや遅れている。
例えば。
建築物として致命的に損傷した大型商業施設などは、結界内で破壊または分解を行う必要が生じたり。
再建計画も平行せねばならず、場合によっては企業共同体が組まれる事もある。
更に生活圏での結界構築は手続きが煩雑な上、魔導師の手配が必要、と。

ましてや昨今のご時世。
一見平和そうな市井の裏側では、並々ならぬ努力が費やされている。
地上部隊の再編成も進んではいるが、一度不安定化した治安を維持する為には根本的に人手不足。

そう、とにかく足りないのだが――簡単に増えないものは、仕方無いではないか。



「待ちな」
「はい?」
着替えを取りに戻った家で、ギンガは戸惑ったように足を止めた。
部屋の入口を塞ぐように、父のゲンヤ・ナカジマ三佐が仁王立ちしていたからである。このままでは外に出られない。
腕組みした彼は、滅多に見ない顔でこちらを睨んでいる。
感情の無い――いや、憤怒を包み隠した無表情で。

「父さん?」
何を怒っているのか、心当たりは無かった。
理不尽な怒り方はしないはずだから、やっぱり自分が悪いのだろう。幾つか思い浮かべてみる。
が、今はとにかく時間が無い。
事情を話せば、説教は後回しにしてくれるかも。
「あの、私これから夜間シフトに」
「前に帰ってきたのはいつだったか、覚えているか?」
ゲンヤは淡々とした口調で遮った。
「出向する前に言った俺の言葉を、覚えているか?」
「え」
「どうだ?」
そのあまりに平坦な響きに、ギンガは背筋を凍らせて立ち竦んだ。

子供の頃に感じた、数少ない恐怖が蘇る。
本当に凄い人が放つ気迫という、精神を奥底から揺るがす圧迫感。
思わず唾を飲み込んだ。

――父が、本気で怒っている。

「レティ提督の目は節穴じゃねえ。あの程度の改竄なんざ、子供の嘘と同じだろうよ」
無表情を崩したゲンヤは、忌々しげに吐き捨てた。
ここ二ヶ月間の娘の勤務表。
指摘されるまで気付かなかった。
記憶を辿ってみれば――外出着で遊びに行く姿を見た日が、全く反映されていない。
多忙を極めるレティや総務を統括するリンディの目が、常に末端まで届いているわけではない証左だろう。
確認させると、改竄箇所は瞬く間に判明した。
生物として有り得ない程の、過度を通り越した勤務時間の連続。
ただの『人間』であれば、最初の一週間で過労死している。
「他のヤツの負担をある程度引き受けるのは構わねえ。臨機応変の範疇ならな。だが、お前のやってる事は単なる自己満足だ」
「私、そんなつもりは」
「人の三倍四倍行動出来る奴が、いきなり潰れちまった後の事を考えてみたか?」
組織の長たる視点。
彼とて娘の責任感と誠実さは理解していた。
未だリハビリを終えぬ自身の身体を、碌に省みない無鉄砲と焦りも良く知っている。

しかし。
「ギンガ」
「あ……」
怒声を押し殺した父が、自分の前で腕を振りかぶるのを感じながら――

彼女は、嵐で雨に打たれる小鳥の様に、固く目を閉じていた。










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