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zoom RSS 藤桜 ― 春 ― 第七話

<<   作成日時 : 2008/04/29 13:42   >>

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海鳴市上空、夜。
陽の残光が消えたばかりの街並みは、少しずつ営み方を変えている。
義務から解き放たれた喧噪へ、そして静寂前の下準備へ向かう人々の群れ。
忙しなく歩く姿が、それぞれの目的地に吸い込まれていく。

時折、空を見上げる者も居ないではないが、今宵は月も無く、街灯りで星すら見えぬ空に興を引く対象は皆無と言えた。
何故なら――夜鴉の類など、人の視界には映らぬからである。



星明かりの下、一人の魔導師が黙然と空を漂っていた。

僅かに金色の髪が輝く以外は、しなやかな肢体を覆う黒衣と白い外套と共に、今は闇へと沈んでいる。
妖精と見紛う者も多かろうが、ある種の者にとっては死神と映るだろう。
白い肌の四肢は、細いが鋼の様に引き締まっており、右腕に無骨な斧を携えていた。
閃光の戦斧、バルディッシュ。槍、鎌、大剣と様々な姿を併せ持つ無比のデバイス。
そして、それを代名詞の一つとするのは、この二十歳前後に過ぎぬ女性である。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。
玲瓏と言える美貌。
軽く眼を閉じた彼女は、一切の感情を浮かべていない。

だが。
その張り詰めた気配から、微かに――焦慮の念を窺い知る事が出来るだろうか。

『フェイト!』
怒鳴るような思念通話が襲ったのは、その直後である。
眉を顰めた彼女は、薄く眼を開けた。
「なに?」
『エイミィが掴んだよ。デバイスの起動反応!』
「……座標は? それから現地の状況を」
フェイトは、初めて声音に緊張を滲ませた。
捜索対象がデバイスを起動したという事は、明らかに緊急事態だ。
無論、彼女の脅威となる存在がさほど居るとも思い難いが、何事にも例外はある。
親友二人に限らず、この世界は強力な魔導師を幾人か輩出しているからだ。

(そう言えば、ナカジマ三佐のご先祖様もここの出身だった)
もっともゲンヤ自身は、この世界に来た事など無いそうだが。
『大丈夫、戦闘や結界構築の反応は無し。取り敢えず向かう先は……』
「分かった」
伝えられた方角を確認した瞬間、彼女の姿は閃光の様に消え去った。


残像すら残さぬ程の加速。
速さを信条とするフェイトにとって、それすら巡航速度と変わらない。

夜空を風が切り裂いて行く。
「とにかく、幸いと言えば幸いかな。こうでもしてくれないと見付けられなかった」
『そうだねえ。今のギンガを捜すのって苦労するからなー』
彼女の使い魔、アルフが愚痴りながらも詳細な座標データを送ってくる。
(とすると、それを考えてのデバイス起動?)
自分の位置を知らせる為に行ったと考える方が自然か。
緊急時以外の起動だった場合、正確には規定違反だろうが――まあ、迷子も広い意味で緊急な事態である。

(私にも責任のある事だから、早く迎えに行ってあげないと)
聞いていた誤差からして、精々街一つか二つ分の距離だろう。全力で飛ばせばさほど掛かるまい。
座標データを確認。
(ん?)
彼女は、何やら怪しげなパラメータに眉を顰めた。
何故そんな数値になるのか。
急いで現地の地図データを呼び出し、照らし合わせる。海鳴がここで、この方角にこうだと……?

「――――は?」
高速で飛んでいたフェイトは。
器用にも、空中で転ぶ様に大きく体勢を崩していた。




「な、何でそんなに遠い所なの!? 私、ずっとこの街の周辺を捜してたんだよ!」
『そんな事はマリーに言っとくれ。それと、フェイトが帰ってくるまで気付かなかった誰かさんにも』
『それって、やっぱり私のことなの?』
「だって!」
割り込んできた緊張感の無い声に、フェイトの口調は自然ときつくなる。
「母さんには、今日はギンガが来るって言っておいたのに。……まさか半日も放っておくなんて」
と、遠慮がちに責めてはみたが、
『それはそうだけど』
百戦錬磨の母、リンディ・ハラオウン総務統括官には通じない。
『でも、何時に来るかなんて言わなかったじゃない。てっきり一緒だと思って、お昼からずっとお料理頑張ってたのよ』
『あー、そういやそうだ。あたしも気合い入れてたっけ。――じゃあ、やっぱりフェイトのミスじゃん』
「アルフまでそんな事言うの!?」
あっさり寝返った己の使い魔に、フェイトは愕然とした。
仕事疲れと気疲れが重なっている身で、ほとんど休まず捜索を続けていたのに!

『あー、もう、うるさいっ!』
「ひゃっ?」
唐突に現れた空間モニターが視界を塞いだ。
その中から、義姉のエイミィが座った眼差しで睨み付けている。黒々と隈の浮いた顔で。
「あ、あの」
『なに。何か言いたい事があるの?』
どんよりと曇った声音には、いつもの明るさと覇気が微塵も感じられない。

最近元気を余らせている二人の子供に振り回され、育児疲れでストレスが溜まっていた。寝不足も少々。
旦那のクロノは長期航海中だから、解消用に弄る相手もいない。
そんな中で迎えた本日は、来客の為の片付けと料理。
ギンガに会う事自体は大歓迎だからと、それなりに張り切ったのだ。
そして。
準備万端整った後、一休みしようかと思ったら。
飛び込んできた義妹に頼まれ――何時間も延々と探索機器とのにらめっこを続けていたのである。

やっとの事で見付ければ、何だか自分だけ蚊帳の外。
そろそろいい感じで切れそうだ。

――ちなみに、空気を読んだ母と使い魔は、さっさと念話を打ち切っている。


『フェイトちゃん。あたし、お客様は失礼の無いようにお迎えするべきだと思うんだ』
「そ、それはもちろんそうだよ」
『だったら――――』
彼女は、びしっとこちらを指差して。

『とっとと行ってきなさいっ!』
「りょ、了解っ!」
怒声に撃ち抜かれたフェイトは、慌ただしい敬礼を一つ残し。

モニターから逃げ出す様に、あたふたと全力で加速した。


      ◆   ◆   ◆


砂利の転がる山道は、中央部が舗装されただけの農道と変わらない。
小型車両は言うに及ばず、工事用の大型車両とてハンドルに道の悪さを感じ取れる程である。
少なくとも、自転車にも劣る軽車両には厳しい路面状態と言えた。

故に、この光景は有り得ない。

幻の様な白い影の、夜気を払う丁寧なコーナリング。
人、だろうか?
僅かな音すら立てず、それは闇を縫うように走り抜ける。
その迷いの無さは、まるで陽差しの下に居るかの如く。
万が一誰かが擦れ違ったとしても、あまりの非現実感に目を疑うのではないだろうか。
たとえ風に舞う長い髪の輝きが――見た者に強い印象を植え付けたとしても。



風鳴り。
耳の側を通る大気が、轟々と音を立てて流れて行く。
幸いな事に、今のところ目撃者は一人。先程擦れ違ったオートバイの若い男性だけだ。
急角度の曲線が迫るが、コーナリングは慎重に。
本来ギンガと妹のスバルは、いざとなればこの速度からでも直角に曲がる事が可能だ。
無論、横Gを無視すればの話で、それに耐えられる身体か魔法による慣性制御が前提となる。
少なくとも、一般人には耐え切れまい。

曲線に差し掛かる前に小刻みな減速。狭い道ながらも、大きなアウトインアウトを心掛けた。
更には彼女の意を受けたデバイスも、路面からの衝撃吸収と静音を重視してくれている。

木陰から覗く街の光。
後少しで山を降りた市道に出る。そこから先は閑散としたゴルフ場沿いの道路になるから、人気も少ない。
目撃されたとしても、減速しておけば大丈夫。……だと思う。
(でも、そこから先の道は分からないのよね)
ギンガは、軽く唇を噛んだ。――問わねば先へ進めないが、言葉を発する事は出来そうになかった。

背負った重み。

震えが伝わってくるわけではない。
自分の首に柔らかく腕を回した相手からは、緊張感すら伝わってこなかった。
だが。
走り初めてから、彼女は一言も発していない。

(もしかしたら、怖がられてしまったかも)
理解し難い寂寥感が胸に広がる。
昼日中の光景を思い出す。彼女の人懐っこい笑顔と、どこか愁いを含んだ遠い眼差し。
場合によっては、二度と自分に向けられる事は無いかもしれない。
(でも、それは)
仕方の無い事のはずだった。
本来は存在しない出逢いだし、そもそも今日明日には別れる相手だ。
住んでいる次元が異なるのだから、恐らくは二度と会えない。
それは、彼女自身からも伝えられた事ではないのか。

(それなのに、こんなにも寂しくなるのは何故だろう)
もしかすると。
自分は良い別れを迎えたかったのかもしれない。
思いも掛けない出来事を、楽しい思い出として持ち帰りたかったのだと。
だから――
「ナカジマさん」
「!」
考えに耽っていたギンガは、不意に掛けられた淡々とした声に、びくりと背筋を震わせる。

「一つだけ聞いていい?」

無造作に投げ掛けられた問い。
それが何を意味するのか、まるで分からないが。
「……何でしょう?」
少しばかりの沈黙を挟んだ彼女は、やがて――絞り出す様な声を上げた。


      ◆   ◆   ◆


怖いのかな、と思ってみる。

暗いし風も凄いから、あまり眼を開けていられない。体感としては凄い速度で走っていると思う。
それなのに、車みたいな箱で包まれた安心感は無いわけで。
(感覚的に近いのは、ジェットコースターかなあ)
但し安全装置無し。
転んだら痛いでは済まないだろう。率直に言って『交通事故』と同じである。

聖は心の中で首を傾げた。

よくよく考えれば、だ。
今日知り合ったばかりの変な旅行者。
しかも出身地不明で正体不明、挙げ句にこんな常識外れな行動をする人に自分の命を預けている。
(有り得ないよねえ。普通は夢だと思う)
今の状況でなければ、頬を抓って確かめたいところ。
ただまあ、夢でないのは十二分に理解出来ているし、それに何より。
(ちっとも怖くないんだもん)
自分を背負った華奢な身体。
だが、触れてみて初めて分かった。か弱さとは程遠い鋼鉄の如き強靱さと、鞭の様な躍動感が伝わってくる。
相当鍛えているのだろう。人一人を苦も無く抱え、それを全く感じさせない力強さ。
何れかの格闘技か。インラインスケートなんて履いてるのを見ると、意外とストリートダンス系の人なのか。
――それとも?
(そっちの方が有りそうな気がする。不思議な印象にも合ってるしさ)

荒唐無稽かもしれないが、それに妙な説得力があるのは事実。
彼女のどこから出したか分からない『相棒』だって、そう言う事なら納得出来たりしないだろうか。
(そう言えば、一瞬光ってたっけ。そこら辺が如何にもって感じだけど……どうなんだろう)
答えの出そうにない事を、つい色々と考える。
多分、聞いても応えてくれそうにないし、応えて貰う権利も無い。

しかし、やっぱり聞いてみたい。
もし話せない様な秘密なら、そう言ってくれるはず。
こっそり彼女の横顔を窺った。
緊張しているのか、僅かに強張った顔は――ほら、全く怖くない。

だから。
「ナカジマさん」
いきなりで驚いたのか、彼女は僅かに肩を震わせた。
集中している所に申し訳無い気もしたが、そろそろ道案内をしなければならない位置に来ている。
「一つだけ聞いてもいい?」
「……何でしょう?」
自分でも意外に思える程の自然な口調に、戸惑いを隠せない声が応える。
声を掛けたからには、迷っても仕方が無い。
遠慮無く聞いてしまおうと決心した聖は、

「あのさ、ナカジマさんって――正義の味方と悪の手先、どっちの方?」
と、極めて真面目な顔で問い掛けた。



無限に続きそうな静寂。

山道を抜けたギンガは、勢い良く市道に出て。
夜間照明に照らし出されたゴルフ場を横目に、五分以上走った頃だろうか。
長い長い沈黙を経て発せられた言葉は――たった一言。

「…………はい?」
呆然と呟いたギンガの顔は。
後で本人が真っ赤になって否定するほど、実に間抜けな代物だったらしい。










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