空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS FIXATIVE 第01話

<<   作成日時 : 2008/05/26 00:08   >>

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天地学園には、剣技特待生――略して剣待生と呼ばれる制度がある。
読んで字の如く、剣技に優れた者を競い合わせる制度であり、その見返りも学費免除というレベルではない。
各地より腕に覚えのある者達が腕を磨く為、または財や力を得るために学舎に集う。

学園長天地ひつぎの常日頃から口にする言葉が、簡潔に表している。
学園は輝ける者を育てる場所だという。
ここで言う「輝き」とは、高い目標を持ち、頂点を目指し日々邁進することである。
彼女は、こうも語る。
「輝きを失わない天地の乙女達に、金・権力・名声、全てを惜しみなく与える」と。

一つ勝利を得る毎に得られる賞金。
頂点を極めた時に得られる地位や権力。
そして――剣そのものを追求し、激戦の中に見出せるものを求めて。
その理由の是非や如何が問われる事は無い。
得たい物はそれぞれ異なるだろう。が、それらは全て勝つ事でしか得られない。
故に。
この地では、様々な意味で剣に魅入られた者たちが、己の腕を磨き上げるのだ。




もっとも、ついでに付け加えるならば。
学園長――生徒会長の相方を務める宮本静久は、一言でこう評したらしい。

「つまり、やる気があればなんでもいいんですよね。ひつぎさんは」


      ◆   ◆   ◆


稀代の術者、犬神五十鈴が母校の学園を――――と称する少し前のこと。


「お、重い……」
肩に食い込むバッグに冷や汗を流しながら、上条槙は小道をふらふらと歩いていた。
せっかくのジャケットに皺が残りそうだが、気にする余裕すら無い。
茶系統のスーツは大人びた雰囲気を作り上げ、まるで二十歳前後に感じさせるが――今は逆効果。
事務の人以外の何者でもないだろう。

重さの中身は、主に美術書と画材。
それ等がびっしり詰まった状態ともなると、とても女性が持てる代物ではない。
剣待生として鍛えているとしても限度がある。
(ちょっと無理があったかなあ。最初は大丈夫だと思ったんだけど)
一歩歩く毎に、爪先まで染み込む重さ。
無計画そのものと言えるが、久々の外出で大規模書店に立ち寄った結果、こうなってしまったのである。

本来、巨大な敷地と様々な施設を持つ天地学園は、基本的に学内で何でも揃ってしまう。
美術部に所属している槙も、普段は内部で画材等を調達していた。美術資料室にも古今東西の美術書が並んでいる。
故に、個人レベルで外部から仕入れる必要性は無いのだが、
「た、たまには外もいいものよね」
韜晦する様に呟くと、電柱に体重を預けて息を整える。
久々に海外から戻った母親から呼ばれたのは、良い機会だったのだろう。
絵を含めて色々と、たまには『外』の空気を吸わないと停滞してしまうから。

夕暮れが近い。
茜色に染まる西の空を見遣る彼女は、今日の戦果には満足していた。
買った本に繊細なタッチで描かれていた、様々な空と広い草原。
とても真似できる技法ではないけれど、それがどんな気持ちで描かれたのかを想像すると楽しくなる。



筆を取る者にとって、美術書は必ずしも参考書というわけではない。技法については知識より実践が物を言うからだ。
無論、最初の一歩目は極めて大事だし、日頃から構図の取り方等について学ぶのも重要だろう。
しかし、槙の場合は既にある程度作風が固まっている。
幾つかのコンクールで入選を果たし、それなりに名は知れ渡っていた。模倣を中心とした技術習得の段階は越えたと言っていい。
その実力は高等部一年の身で美術部長を任される程。面倒見の良い性格も、歳の上下を問わず信頼されている。

敢えて問題があるとすれば、それは。



「明日辺り鐘が鳴りそうだから、筋を痛めたら大変ね」
左肩に下げていたバッグを、右に移動させた。
当然右腕が痺れることは避けられないが、左腕を疲れさせると明日剣が振れなくなる。
(大通りに出たら、タクシーを拾わないと)
吹き出る汗を拭うと、再び歩き出す。

本だけだったら、まだ良かったのだ。
問題は、美術書に触発されて画材店に入ってしまった事にあった。
怪しげな効果を表現するメディウムだの、変な仕上がり方を演出するコート剤だのを、つい試し買いしてしまったのである。
もちろん。
店員の話し上手に押され、断り切れなかった自分が悪い。
(つくづく弱いと思うのよね)
美術部の後輩で刃友の染谷ゆかりが見たら、怒ると同時に呆れるだろう。
普段から、押しの弱い自分をフォローばかりしてくれる子だ。これがバレたら――何を言われるか想像するだけで怖ろしい。
「……せめて明るいうちに帰らないと、大変な事になりそうね」
見付からないように、こっそり戻らねば。
門限までには余裕があるから、少々遅くなっても先程まで会っていた母に連絡が行くことは無いはず。
(大丈夫よ、きっと)
頬が引き攣るのは、座った目でこちらを眺める相手を思い浮かべたからだろうか。

それはそれとして。
「――もう限界。ちょ、ちょっと一休み」
積み重なった疲労で肩が外れそうだ。
必死に荷物を抱えた槙は、目に付いたコンビニに歩み寄っていった。



たまたま選んだその店が、とある青年のバイト先であったのは純粋な偶然である。
少なくとも。
彼女が後に、中等部の犬神五十鈴や雉宮乙葉と関わるようになるまでは。


      ◆   ◆   ◆


荷物を雑誌棚の脇に邪魔にならないように置くと、解放された肩が微かに震えている。
「本格的に肩が凝りそうね。――どうしよう」
周りを見回すと、レジの近辺にタクシーの番号が書いてあった。この時間なら呼べば直ぐに来ると思う。
(焦らなくても大丈夫そう)
安心した彼女は、何気なく近くの女性誌を手に取った。
この手の雑誌は学内では読めない。
積極的に読みたいわけではないが、興味が全く無いわけでもないから。一応、年頃だし。
――などと心中で言い訳して、ページを捲っていく。
最近の女性誌は表紙の割に内容が過激だから、つい隠すように隅へと移動する。

内容は予想通り。
とは言え天地学園は女子校なので、浮いた話はあまり無い。実体験記とやらも小説のようで実感が湧かなかった。
まあ、小説として読んだからと言って、刺激が薄まるわけでもなく。
(すごいわね)
ほんのり頬を染めつつも、誌面からは目を逸らさない。



――――と。
一瞬、視界の隅を長い髪が流れたような気がした。
どきりとして横を見るが、誰もいない。
(誰かの視線を感じたような気がしたんだけど)
自意識過剰?
そんな癖など無いから、再び誌面に目を落とす。

しかし。
自分がページを捲る度に、何故か強い視線を感じるのだ。
まるで――誰かが後ろから覗いているような。
落ち着かなくなって後ろを振り向いたが、当然誰もいない。
(変ねえ)
不思議に思いながら、雑誌を閉じた瞬間。

(――え?)
槙は大きく目を見開いた。
右側の扉。トイレに通じる入り口の鏡に、女性が映っていた。
歳は自分と同じくらい。左右を編み込んだ長い髪が、ふわりと風に流れている。
今時珍しいスタンダードなセーラー服は半袖で、涼しげな水色の夏服。
柔らかな造作の顔立ちは、妙に明るい印象を与えてくるが――――
「な、な、な……」
意識が上手く纏まらない。
こういった光景は良く知っている。
テレビや映画で散々見たし、一種古典的と言えるこの状況は、子供の頃から記憶に焼き付いていたから。
主にホラーで。

鏡に映った女性が、自分の背後で宙に浮いている。

後ろには誰も居なかった。今だっていない。――絶対に、いないはず。
ただ、振り向いて確かめる事なんて出来なかった。その人は、たった今閉じた雑誌を残念そうに見詰めていたから。
気付かれたらどうなるのだろう?
硬直した身体を何とか動かそうとした時。
その人は、ひょいと視線を上げた。
鏡を見詰めている槙の様子に気付き、同じように鏡を見て、
「ひ」
ひくりと喉を鳴らした彼女と、ぱったり視線を合わせる。
……やたらと長い数秒が過ぎた。
驚いたように目を丸くしたその人は、にへっと緊張感の無い笑顔を浮かべて。

「――きゃあああぁっ!?」
限界を迎えた槙は悲鳴を上げると、脱兎の如く身を翻し――ペットフードの並んだ棚に、景気良く飛び込んでいた。



まあ、何と言うか。
滝のように落ちるネコ缶だのドライフードに埋まったのは、初めての経験だったし。

とにかく、やたらと痛かった。


      ◆   ◆   ◆


「もう泣きたい……」
じんわり涙を浮かべながら、槙は足を引き摺る様に歩いている。
駅までは歩いて十分ほど。大した距離ではないはずなのに、今は果てしなく遠かった。

なにしろ荷物が増えている。

盛大にばらまいた商品は、バイトの青年と一緒に急いで拾い集めた。
ほとんどは軽いために無傷だったが、高い位置から落ちた缶の類はへこんだり傷が付いたりで弁償するしかなかったのだ。
数にして十個。さほど多くはないがそれでも重いことは重い。既に両腕とも感覚が無いくらい。
ただでさえ限界だった荷物に追加、しかもタクシー代が出なくなってしまった。
最近のネコ缶は高いのだ。

ここで捨ててしまおうとしない所が、彼女の融通の利かない生真面目さ。

「それにしても、随分親切だったわね」
先程の青年を思い出す。
品物を散らかして迷惑を掛けたのに、まるで自分の方が悪かったかの様に恐縮していたのは何故だろう。
挙げ句、弁償を断ろうとして押し問答になってしまった。
長引きそうになったのだが、一刻も早く店から離れたかった槙は代金を無理矢理押し付けてきたのである。
そう、逃げたくなった原因。
「……でも、幽霊なんて」
背筋を震わせる。自分には霊感なんて無かったはずだけど。
ああいったモノが、あんなにハッキリ見えるなんて想像もしていなかった。
もっとも、見た目は普通の女の子だったことは有り難い。あれなら夢で魘される様な事はない――と、思いたい。
映画だと死んだ直後の状態を再現していたりで、もの凄く怖いのだ。

つい想像してしまったせいだろうか。
倍加したような疲労感で、深い溜息を吐いた時。ちりん、と自転車のベルが背後で鳴った。
振り向くと、見覚えのある顔が手を振っている。
半袖のカッターシャツにジーンズ。ラフというより自然体そのもの。
「ちわっス」
「こ、こんにちは。……あの?」
戸惑う彼女の横に自転車を寄せると、彼は荷物に目を遣った。実に露骨な悪戦苦闘だ。
「重そうですね。俺、帰りがこっちなんで乗っけましょうか」
「えっと」
さり気ない感じの相手に、槙は戸惑った。
背はやや高いが、外見的には平凡な感じに見える青年。自転車も普通で、何の他意も無さそうだ。
とは言え。
「大丈夫です。お構いなく」
「あー……」
やや警戒を含ませた返答に、相手は頭を掻いた。
「や、別にナンパじゃないんだけど?」
「そうですか」
にっこりと微笑み返して、彼女は再び歩き始める。
言いたくはないが。
あのコンビニからわざわざ追い掛けてきたとなると、ストーカーの類かもしれない。
(外見に騙されちゃ駄目よね。本当にいい人かどうかなんて分からないんだから)
これ以上誰かに振り回されたら、ゆかりに怒られる理由が増えるだけだ。

勢いよく足を速めようとしたが――残念ながら、身体の方が着いてこなかった。

「あ」
左で握っていた荷物があっさりと落ち、再び道端へと散らばるネコ缶。
「…………」
「手伝いますよ」
真っ赤になった槙の横に自転車を止めると、彼はそれ等を次々と拾い上げて自転車の前カゴに放り込んでいく。
「ちょっと」
「はい、そっちの荷物も。マジで下心なんて無いですし、どうも俺の知り合いが迷惑かけたみたいなんで」
「あのですね――――!?」
抗議しようと肩を怒らせた彼女は、ふと思考を止めた。
「知り、合い?」
「です」
立ち竦んだ槙から、重さに眉を顰めながらも荷物を取り上げた相手は淡々と続ける。
「さっき、コンビニで見えちゃったんじゃないスか?」
「な……何を?」
呆然と呟く彼女の前で、荷物をカゴに固定したその青年は。



「その、幽霊かな」
「――――!」
と、何故か自分の横の空間を見上げて苦笑したものだから。
「じゃ、行きますか」
「ま、待ってください!」
顔を青ざめさせた槙は、その場から逃げるように慌てて後を追っていった。










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