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zoom RSS FIXATIVE 第02話

<<   作成日時 : 2008/06/15 14:02   >>

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「――こっちは2人でかかってるのに、『天』の星に近付くこともできない……!」
吐き捨てるように嘆く相手を、冷ややかな眼が見詰めている。

(……と思うんだけど。こういう時のゆかりって、結構怖いのよね)
相手の動揺を眺めながら、槙は軽く息を吐いた。
自分を守るように立つ彼女は背中しか見えないから、実際の所は分からない。
ただ、ウェーブのかかった髪は一筋たりと乱れず、戦意すら現さずに相手を睥睨しているのは事実。

槙自身は抜刀したきり、一度も剣を振っていない。
立場は「天」、つまり攻撃側を司るのだが、相方で防御を務める「地」の染谷ゆかりが相手を一切寄せ付けないのだ。



剣待生による星奪りは、二人一組で行われる。
星とは各々が身に付けた徽章の様な物で、それを打つ事で各自の勝敗が判定される。打たれる事を「星が落ちる」と言う。
ただし組の勝敗に関しては天の星に依存する。
天は肩に付けるが、地は自由に場所を選べるので見えにくくするのが基本。
天は天を、地は地の星のみを狙う事が出来る。しかし、星が落とされるまでは誰と剣を交えようが構わない。

一対一を二組より、早々に地を落として二人がかりで天を狙うのも常套手段の一つと言えた。

その二人掛かりの攻勢を、染谷ゆかりは一人で防いでいる。
常に相手の先を制し、間合いを見切り、そして最小限の手数で数多の剣筋を封じ込める。怖ろしいまでの空間把握。
そもそも、狙われるのは特定の部位だけではない。
星以外に相手の四肢を狙うことは禁じられておらず、対策を取られた剣を使用していても――剣待生たちの怪我は絶えない。
だが、それでも。
染谷がこの対戦相手から、傷一つでも負わされる可能性は零に等しい。

同じ格付のBランク同士でも、ここまで圧倒的な技量差が生じている。
――それが剣待生たちの現実であり、歩まねばならない苦難と目標の高さを物語っていた。




鐘の音が鳴る。
(二つ目、か)
開始から三分毎に鳴る鐘。これが五つ鳴り終わるまでが星奪りの時間である。
槙は孤軍奮闘する相方――この制度では刃友と呼ぶ――のゆかりを、複雑な想いで眺めていた。

剣を握った両腕が、僅かに重い。

同じ美術部に在籍しているのだから、目敏い後輩に見抜かれるのは当然だった。
軽く追求されたが、疲れている原因を話すわけにもいかず。
「分かりました。序盤は休んでいて下さい。手出しは無用です」
「……はい」
そう素っ気なく言われてしまうと、槙としては何の反論も出来ない。
それに。
(ゆかりの目の前で、無様な姿を見せるわけにはいかないものね)
万が一自分が怪我でもしようものなら、生真面目な彼女は自身を責めかねないからだ。
もしかすると、美術部部長と剣待生を両立している事に無理が生じている――などと余計な気を回すかもしれない。
(両腕の疲労は、単純に私の責任なんだけど……)
昨日あった事を正直に話せば、納得して貰えるとは思うのだが。

(言えるわけないか)
こっそり肩を落とした槙は、昨日の顛末を思い浮かべていた。






さほど設備の整っていない広いだけの公園は、交通用途が唯一の取り柄なのだろう。
近道としての効用から人通りも多く、夕闇の迫る状況でも寂しさは感じられない。
人目のあるオープンなスペース。
喫茶店等ではなく、ここの簡素なベンチに無造作に誘われてなかったら――槙が素直に付き従ったかどうか分からない。

街灯がちらちらと瞬き始めた頃。

「よ、お嬢。今日は彼氏連れなんだ?」
彼が封を切ったばかりのネコ缶を置くと、黒っぽい毛並みの猫と――その後ろから恐る恐る白い猫が近寄ってきた。
「たまには豪勢にどうスか?」
なぅ、と一つ返事をした彼女は、彼氏らしき相方を強引に誘う。
その彼氏の方は、どうやら飼い猫らしく首輪付きだった。その上気弱そうだから、姐御肌の彼女には唯々諾々と従うわけで。
後は、そのまま黙々と食事タイム。

「ってなわけで、俺の方が需要を見込めると思うんですが」
「……そうみたいですね」
槙は複雑な笑みを浮かべて頷いた。
先程のネコ缶を買い取ると言われた時には、理由の分からぬ施しに反発しそうになったのだが。
こんな風に説得力のある光景を見せられると、納得せざるを得ない。
(美味しそうに食べてくれてるものね)
二匹とも満足げだけど、一缶で足りないのも事実。
残りも置いていった方が良さそうだ。
そもそも学園に持ち帰っても、生物部等に寄付するしか活用方法が無いのである。
つまらぬ意地を張っても無意味。

一つ溜息を吐くと、槙は改めて頭を下げた。
「では、お願いします」
「了解です。ええと――」
口籠もった彼に、槙は反射的に名乗ろうとしてから口を噤んだ。少し思案気に首を傾げる。
それから微笑むと、
「槙です」
「槙さんですか。巧っス」
名字を名乗らなかった相手に合わせるように、彼はにっと笑った。
先程までの距離感は無いが、無意味に縮める距離でもないだろう。お互い一期一会の間柄だ。

それに。
誰かさんの目が怖い。しかもかなり。



「お」
「あら」
催促するような声に二人が視線を向けると、猫がきちんとした姿勢でこちらを見上げていた。
背後には、綺麗に空になったネコ缶が一つ。
「早いよ、お嬢」
「二人連れですものね。仕方ないかも」
「ですね」
つい微笑み合った二人だったが、不意に巧の顔が引き攣った。
あたふたと拝むように手を合わせ、素知らぬ振りで横を向く。
「……あの、どうかしましたか?」
「いいいいや、別に、その、何でもないっス」
視線を泳がせる相手の様子に、槙は眉を顰めた。――だけではなく。
再び背筋が寒くなるのを自覚する。

何しろ彼は。
明らかに自分の背後――しかもやや上空を見て動揺したのだから。


      ◆   ◆   ◆


「それで、先程のお話なんですけど」
「ん? ――ああ、そうですね」
二個目の封を切った巧に、恐る恐る問い掛ける。
脳裏に浮かぶのは、鏡に映った少女。
「聞き間違いでなければ、確か」
「見たままですよ。ただ、別に悪さとかはしない――はずですし、するとしても滅多にしないんで」
された覚えは、まあ数える程しか無い。
「滅多にって」
「少なくとも、さっきの子はしませんから安心して下さい」
不安そうな相手の様子に、巧はつい苦笑していた。

『彼女』に限った事ではなく、『向こう側』の人たちはこの公園にも幾人か居る。
が、それは通行人と同じで、単なる風景の一部に過ぎない。
あくまで「住人」なのである。
土地に縛られたりしている者も多いので、あちこちに悪さしに行く連中がそう居るわけも無く。
基本的に、こちら側に居た時と同じような生活をしてる者がほとんどである。
無論。
ソレも皆無ではないから、極端な者は同じアパートに住む拝み屋の目に留まり、祓われたりしているそうだ。
妹がバイトとして同行した時などは、結構大変な目に遭ったと聞いている。
(ま、由美の言う事だからなあ。話が大袈裟になっただけかもしんねぇし)
そこまで行かなくとも、ある程度は自治会らしき物が構築され、古株が仕切って問題は最小限に抑えられているとの事。
このベンチを定宿にしている老人もその古株の一人で、今は席を外している。

と言うよりも、だ。
(彩子ちゃんが怖いんだよな〜)
……逃げたと見た方が正解か。
街灯の上から、腕組みして見下ろしてくる女の子の視線が痛すぎる。
いつもならストレートに怒りそうなものだが、今回は原因が自分だと自覚してる分、なんとか我慢してくれているらしい。
その代わり、後がひたすら怖そうだが。



「あの、今も居るんですよね?」
「ええ」
あっさりした返答に、槙は口籠もった。
あまりにも自然体なその言い方から、彼が嘘など言ってない事は分かる。
まるで気にしていないのは不思議だったが、見える人は案外平気なのかも知れない。
しかしながら――見えない自分としては困る。とにかく、凄く困る。
そもそも、
「何で私に見えたんでしょう? 今まで一度だってあんな事は無かったのに」
「あー……あのコンビニ、結構来るんですよ。だからたまに見えちゃうらしいですね」
「溜まり場って事ですか」
眉を顰め、テレビで聞きかじった知識を思い出す。
そういった存在がある程度集まるような場所は、一般人でも色々と影響を受けやすくなるそうだ。
「ですかね。そういや――彩子ちゃんたちに美奈ちゃん、それに」
「も、もう結構です」
指折り数える巧を、槙は慌てて止めた。
これ以上聞くと、夢で魘されそうだ。
「じゃあ、あの……一つお願いがあるんですけど」
「なんです?」
「さっきの人に、着いて来ないように言っては頂けませんか」
「は?」
巧は一瞬戸惑った。
しかし本来はこういった反応の方が自然だろう。見えない物は怖い。それが当たり前だ。
「む、無理なんでしょうか?」
「いえ。言っときますよ」
ほっと胸を撫で下ろした槙は、腕時計を見て慌てて立ち上がった。
「そろそろ帰ります。遅くなるといけないので」
「そうですか。ご迷惑をお掛けして、どうもすみません」
「いえ、こちらこそ」
「それにしても――」
荷物を大儀そうに持ち上げる彼女に、巧は感心したような声を上げる。
胸ポケットから煙草を取り出しながら、
「大変ですね。お仕事、頑張って下さい」
「――――え?」
目を瞬かせた槙は、言われた意味に気付いて顔を真っ赤にした。
スーツ姿に疲労感が演出している事は自覚していたが。

幾ら何でも、それは酷い。

「わ、私はまだ高校生ですよ!」
「…………うぇ?」
ぽろ、と咥えかけた煙草を落とす巧。
「今日はありがとうございました。失礼します!」
憤然と――いや、少々落ち込みぎみの背中を見せながら、彼女はやや覚束ない足取りで去っていく。





硬直していた巧は、相手の後ろ姿が見えなくなった頃にずるずると腰を滑らせた。
「参ったな……由美と同じくらいとは思わなかった」
膝元に落ちた煙草を拾い上げ、火を点けると一服して――がりがりと頭を掻いた。
何気なさそうに街灯を見上げる。
「あんな大荷物抱えてると、少し心配だよな」
ぽつりと呟く。
それから、慌てて視線を逸らした。
「いや、純粋に心配してるんだって。何の下心も無いよ。……分かってて言ってるでしょ、彩子ちゃん?」
芝居じみた怒りに、彼は思わず苦笑した。

どうも最近、冗談がきつくなってる気がする。
綾美の影響かもしれない。――などと口にすると、どやされそうだから言わないが。

(にしても、気にはなるよ)
先程の彼女が、無事に帰れるのかどうか。
――と、沈黙を不安に思ったのか。
謝罪と共に出された提案を受けて、巧は顎に手を当てた。
「そうだね。頼んでいいかな? 着いて来ないでって言ってたけど、遠目で確認するくらいなら大丈夫だよ」
いつの間にか隣に座っていた老人――源さんが異論を唱えるが、そこは敢えて考えないという事に。
呆れたような視線に晒されながら、
「バレたら怒られそうだから、見られないように気を付けてね」
軽く手を振ると、了承と満面の笑顔を返されて。


巧は嬉しそうに頷くと、三個目のネコ缶に手を掛けた。










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