空色硯 sorairo-suzuri

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zoom RSS FIXATIVE 第03話

<<   作成日時 : 2008/06/25 22:24   >>

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「うわひゃあっ!?」
「何なのよ、もう!」
間の抜けた叫びに続いて、気合いの入った怒声が響いた。


「キジっちゃん、邪魔しないでよっ!」
唐突な悲鳴を上げた刃友――雉宮乙葉を顧みる事なく、猿楽未知は横殴りの斬撃を紙一重で躱していた。
振り抜かれたと言っても、隙を見せてくれるほど相手も甘くない。瞬く間に切っ先が返される。
通常の間合いだったら、未知の技量では為す術が無い程の連撃。
だが。
彼女にこの距離まで踏み込まれた不運を、跳ね返すには至らない。

「よっ」
体を沈めると同時に、左足で円を描くように出足を払う。
剣はともかく、体術に於ける技量は逆だ。
「わ……!?」
たまらず体勢を崩した相手から悲鳴が上がる。
狙うは腰の後ろ。
払った足――前掃腿の勢いそのままに、半回転しながら体を跳ね上げた未知は、
「えいさぁっ!」
手刀を打つ要領で、剣を相手の星に叩き付けていた。




ほぼ同時に、背後でも星が落ちた証のブザーが鳴った。

「猿楽・雉宮組の勝利です!」
「よしっ!」
審判の旗が上がるのを確認して、彼女はぐっと拳を握る。
ト、トンと軽やかなバックステップで距離を置くと、悠々と剣を納めた。
やや癖のあるショートヘアが陽差しを反射して、活動的な性格を印象付ける。額の汗を拭う仕草も明るさが伴っていた。
(けどさ)
勝利の余韻を残した笑顔を、ふっと曇らせる。
(どうもしっくり来ないなー。もうちょっと短いといいんだけど)
自分の得意とする動きと、剣の長さが噛み合ってない。
習ってる事が応用出来ないのだ。
今のだって踏み込みをミスっていたら、負けていたのはこっちだったと思う。
(いっか。勝てたんだし)
まあ剣は規定で決められているから、文句を言っても始まらない。

それはさておき。
くるりと振り向き、口を尖らせる。
「あのね、キジっちゃん。星奪りの最中に邪魔するなんて酷くない?」
「べ、別に邪魔したつもりはないよ!」
メッシュの入った長い髪の奥から、ややきつめの眼差しが睨み返した。
口調に鋭角的な雰囲気が伴うと、長髪を考慮に入れてすら少年の様な印象。
剣の腕は水準以上でしかないが、彼女は屈指の言霊使いでもある。いざ事に臨めば――発する言葉は額面通りに収まらない。
もっとも。
いつも通りに声が震えてるから、怖さなんて微塵も無いが。

「また何か見えたんだ……」
「ああ見えたさ!」
じっとりとした視線に晒されて、乙葉は抗弁を試みる。


先程、剣を交えていた時の事だ。
(な…………!?)
精霊召喚の為に間合いを取った時、眼前の空間をいきなり複数の影が通り過ぎた。
自分よりやや歳が上くらいの女の子に、二十代半ばの革ジャンを着た女性。
そして、朝の連ドラに出て来そうな書生風の青年が、こちらの視線に気付いて目を合わせてきた瞬間。
(――――!)
踏み込んできた相手の剣を、必死で躱しながら。
乙葉は、自分でも情けなくなるような悲鳴を上げてしまったのである。

その悲鳴に驚いた相手の隙を突けたのは、儲け物だったけど。

(び、びっくりしただけさ)
今までも散々経験のある事だったが、今日は根本的に違う。あそこまで明快に存在を主張してる連中は初めてである。
怖いことは怖いが、本当に驚きの方が大きかったのだ。
(何だったんだアレ)

とにかく。
「見えたけどさ、そんな言い方する事はないでしょ。いくら未知にこの気持ちが分からないからって――」
「分かんないよ。見えないもん」
つん、と未知は顔を背けた。
「勝ったから良いけど、集中力無さすぎでしょ」
「それは……」
「だいたい、いっつもビビリでさ。全然進歩無いじゃん」
彼女の遠慮無い指摘が、ぐさりと突き刺さる。
「――ビ、ビビリって! キミね!」
「じゃ、あたしは先に帰るね。キジっちゃんもさっさと戻った方がいいよ」
未知はあっさり話を終わらせると、小走りで去っていく。
今から戻れば、まだ授業には間に合うはず。

剣待生とて、星奪りの時間以外は一般学生と同じだ。
開始の鐘はいつ鳴るか分からない。週に一度から数回のペースだから、運が悪いと同科目の授業を連続で逃してしまう。
テストも近いこの時期、それは出来る限り避けたい。



「ちょっと、未知――」
呼び止めようとした乙葉の声は、尻すぼみに小さくなる。
所在なげに手を彷徨わせた後、抜いたままの剣を――もたくたと鞘に納めた。何故か、ずしりと重い。
軽く唇を噛む。
(先に行くことはないじゃない)
同学年なんだから、校舎に戻るくらいは一緒でもいいのに。

深々と溜息を吐いた。

自分の力が未知に不評なのは分かっていたけど、もしかしたら負担になり始めてるのかもしれない。
ビビリと言われたのだって反論できない。昔から色々と見えたりしてるのに、未だに身体が竦むことが多いから。
(怖いんだから仕方ないじゃないか)
だけど、そんな自分を見て未知が不愉快になってるとしたら?
刃友として上手くやれてないのは事実としても、それ以上の迷惑は掛けたくない。
「もし、未知が私と組む事に嫌気が差してるんだったら……考えなきゃいけないな」

校舎に向かって歩き始めた時、三つ目の鐘が鳴った。
学園の各所では、今まさに激戦が繰り広げられているのだろう。鋭角的な戦意が伝わってくる。
それ以外に感じられる方は、少々困りものだが。
(変わった所だね、この学園ってさ)
やたら広いだけではなく、あちこちから澱みが感じられるのだ。
グレートスピリットに触れるには良い場所とも言えるが、『雑音』だらけなのは、ちょっと。
「さっきのみたいに、外部から入ってくる人達もいるみたいだからね」
呆れたように肩を竦めた。

どう見ても学生じゃなかったし、学園が出来る前からの住人でもなさそうだ。

「――と。そんな事より、急いだ方がいいか」
思考は足を鈍らせる。
余計な事を頭から追い出すと、乙葉は刃友の後を追う様に走り去っていった。


      ◆   ◆   ◆


三つ目の鐘が鳴った直後。


「!」
「どうしたの?」
星奪りの最中だというのに、ゆかりの意識が眼前から逸れた。ほぼ完全に視線を外している。
この状況では有り得ない。
(何故?)
いくら明確な技量差があるとしても、油断などする性格ではないはず。
何かを目で追っている様だが、自分まで振り向くわけにはいかなかった。
誰にでも分かる程、不可解かつ大胆な隙。
無論、それに配慮する義務も義理も無いから、相手の二人は構わずに飛び込んでくる。

棒立ちの彼女に、槙の方が慌てた。
「……ゆかり! 来るわよ、ゆかり!」
呼び掛けても反応が薄い。
ゆかりに相対した相手は、走りながら剣を担いだ。一撃に込められた裂帛の気合いが襲う。
一瞬の対応遅れも致命的。
フォローに回ろうにも、一人が自分を牽制している。打ち倒してからでは間に合わない。

だが。
彼女の感覚が、敵意を見逃すはずもなく。

剣同士が打ち合わされる、鈍い音。
「!!」
我に返ったのはその後である。
無意識の内に身体が反応したのだろう。右腰を狙った斬撃を、ゆかりは咄嗟に受け止めていた。
「っち」
思わず吐き捨てる。
柔らかなウェーブのかかった黒髪が揺れた。普段は隠された方の眼が僅かに覗く。
その眼差しの先にあるのは、先程視界に映った光景。
それは――かつての刃友が、自分の代わりに新たに得た相方と、共に戯れる姿だった。
脳裏に、一体何が浮かんだのか。
彼女の瞳に怒気が漲った。ぎり、と剣を握る腕に力が込められる。

再び、鈍い――しかし、比べものにならない程の音が響く。

「きゃ……!」
悲鳴と共に、有利な体勢だったはずの剣が天高く弾き飛ばされた。
ゆかりらしくない、力任せの強引な一撃が跳ね上げたのである。過大な衝撃を手首に受け、相手の顔が歪む。
(え?)
槙は戸惑った。
彼女がここまで荒々しい剣筋を見せるのは、初めてかもしれない。
更に。
素手になった相手に対し、手加減すら見せる事無く。

そのまま深々と足を踏み込むと、ゆかりは容赦なく『地』の星を撃ち抜いていた。




「つっ!」
「ちょっと、大丈夫!?」
やはり手首を痛めたのだろう。踞る刃友に心配そうな声が掛かる。
向こうの天――髪を両サイドで束ねた方の子が、こちらへの警戒も忘れて気遣っているのだ。

それを見遣った槙は、声を掛けそうになって――
「先輩」
「は、はい!」
囁かれた平坦な声に、びくっと身体を震わせた。
数瞬前の様子が信じられない程、気配を感じさせず――まるで幽鬼の如く体を正したゆかりが呟く。
「どうぞお願いします」
「はい」
と、反射的に答える。
地を落としたからには、あとの勝敗は天同士の一騎打ちのみ。この技量の相手ならばサポートも不要。
自分の腕を信頼してくれてるからこその発言だと思う。
ただ。
(怖い……今日のゆかり)
何だってこうも迫力満点なのか。
理由を後で聞いてみたい気もするが、絶対に無理。怖すぎて聞けっこない。
せっかく体力を温存させてもらったのに、残った疲れが倍になった様な気分。

とにかく。
ここで頑張らないと、何だか後が大変な気さえしてくるから。

「……じ、じゃあ……やっちゃいましょうか……」
「…………」
自分と同じく、戸惑った風情の相手と向き合った。
剣を交える前に、別の人間に気圧されるほど間抜けな話も無いと思う。向こうもそう思ったかも。
第一、互いに萎縮した状況では、碌な結果にならないなあ、と。




槙が何とか勝利を収め、勝敗が決したのは十一分四十七秒。
――――星奪り終了の、僅か十三秒前の事であった。


      ◆   ◆   ◆


「……疲れた」
おかしい。
何だか昨日も同じような台詞を呟いた気がする。
(気のせいよ、気のせい)
一つ溜息を吐くと、そっと眼を開けてみた。

薄暗い天井。ぼんやりと見える壁時計は、既に陽が落ちた事を示している。生徒達が就寝前の入浴に赴く時間帯。
およそ四時間は寝ていたことになる。

部活を休み、寮にふらふらと戻った後の記憶が無い。
鞄を机の脇に置き、ベッドに腰掛けた所まではかろうじて覚えているから、その後の事は容易に想像出来た。
「夕飯、食べそこなっちゃったわね」
油を差したくなる様な身体を、なんとか起こしてみる。
思ったよりも軽いが、それでもあちこちに張りがある。この状態で朝まで寝る方が不安。
(このままじゃ筋肉痛が長引きそう……どうしようかな)

少し考えた後。
彼女は襟元に手を掛けた。

それにしても。
制服のままだったら分かるのだが、しっかり寝間着に着替えているのはどういう事だろう。
我ながら器用と言うべきか。
そのおかげで、疲労感は残るものの――意外と意識はハッキリしている。
手早くジャージに着替えると、練習用の木刀を手に取った。
起き抜けだから空腹感は無い。
(動いた後はお腹が空きそうだけど、たまにはいいわよね)
朝御飯が美味しいかも。
と、心の中で楽観論を組み立てた槙は、扉に手を掛けた。

軽く身体をほぐして入浴した方が、安心して眠れると思ったのである。





彼女は、寮の明かりが僅かに届く場所で足を止めた。
涼しい夜風が嬉しい。

星奪りの後半。
普段と違い、あまりにも動きの悪い自分が気になったのか。ゆかりから気遣うような視線が注がれていた。
怒ると怖いが、普段は生真面目な上に気の利く子である。
サポート不要と判断しても、怪我をしないか心配している様子は良く分かった。
あまり表には出さない、彼女本来の優しい性格が垣間見える。

だからこそ、とも思う。
――年下の刃友が、星奪りに於いて本当にしなければならない事。
自分と、約束してくれた事は?

槙は木刀を振り上げた。
友人達からいつもマイペースだの、何でも器用にこなすくせにテンションが低いだのと言われる自分にだって、熱意はある。
人には言わないけど、絶対に譲れない物も――追い求め続けるモノだってある。
(どっちつかずだけど)
それでも。

――染谷ゆかりは、『地』の位置に居た方がいい。

その上で、もしも。
自分を守ってくれるはずの彼女の前で、『天』の自分が納得のいかぬ負け方をしたら?
「だから、もっと頑張らないといけないのよね」
どうにも自分には、執着心が足りない……らしい。真っ直ぐに見上げる気概が足りない。
と言うより――決断力が、昔っから全然足りなかったり。

力を入れ過ぎないように、大上段に構えた練習刀をゆっくりと振り下ろす。
感覚として、左手七分に右手三分。
それで充分なはずなのに、どうしても左手が定まらない癖は抜けない。これは避けようの無い事だ。
右半身で振ることに違和感がある。――いや、剣で『撃つ』こと自体にも。
幼少の頃から母に学んだ事を、ほとんど生かせないから?

(いい加減、慣れないといけないのにな)
皆が同じ規定の剣を使っているのだから、無い物ねだりは無意味なのに。

「……雑念も多すぎるのよね」
素振りの最中にこれでは、何にもならない。
まあ身体を解す程度の効果は見込めるから、もう少し動いたらお風呂にしよう。
そう考えて、再び足を踏み換えた時。




「――更衣室はともかく、風呂場ってなダメだろうよ」
「その区別の根拠は、どっから来るんかの?」

(はい?)
唐突に聞こえてきた声に、彼女は壊れた玩具の様に動きを止めた。

「源さん、そんな事してたの?」
「しとらんて。未遂じゃ未遂。……お前さんも人が悪いの」
「自分から未遂って言ってるじゃんか」

喉が鳴った。
知らずに唾を飲み込んでいたのだろう。
ついでに、何だか嫌な汗が額を流れてる気もする。

――何故。

「しかし、面白い学校じゃの。随分とまあ、勇ましい限り」
「悪趣味だけどね」
「ボク、ここの事って知らなかったよ。最近始まった制度なのかな?」
「そうさな。わしも初めて知ったしの」

何故、だろう。
頭の中で鳴り響く疑問を、必死に無視しようとする。
が。
(む、無理よ)
槙は震える唇を噛み締めた。ざあっ、と血の気の引く音が聞こえた気がする。
理解出来ないのではなく、したくない。
どうして。
話し声が――自分の『真上』から聞こえるのか。

震える手を下ろそうとしたのが悪かったのか。力を失った指から、練習刀が滑り落ちた。
からん、と思った以上に大きな音が響く。

それと同時に――――頭上から聞こえていた話し声が、ぴたりと止んだ。



体感として、永遠に等しい静寂の後。
恐々と上空を振り仰いだ槙は、三人分の視線に出迎えられた。
革ジャンを着込んだ、ジーンズ姿の女性と。
その後ろで面白そうに見下ろしてくる、映画に出て来そうな書生姿の青年と。
そして。

「あ、槙ちゃんって、やっぱり見えるんだ」
宙を漂いながら、にっこり笑った少女の笑顔を認識した瞬間。


「――――――……」
無言のまま。
彼女は、まるで糸の切れた人形の様に――ぱったりと気絶した。










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