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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第三話

<<   作成日時 : 2008/07/26 20:15   >>

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次元航行部隊所属の艦船数隻は、本日も到着しないとの事。

予定外と言えば予定外だが、特に懸念と言えるほどのことでもない。
自然発生した小規模次元震は既に終息している。もう一日推移を観測するのは、あくまでも念の為。
慎重な某提督らしい判断である。


しかし、彼等の意見調整を待たねばならない方としては少々困る。
通信で処理出来る範囲の案件は常に山積みだが、それはそれで逐次処理は進んでいる。
問題は、それに収まらない骨子の部分。
複雑怪奇な上に機密事項に溢れた内容となると、どうしても直接顔を合わせる必要があった。


(スクリーン越しで読める程、薄い面の皮じゃねえしな)
そういった連中の中でやり合うには、それなりの経験と素質が必要だ。
例えば、幼少の頃から執務官を務め上げる様な。
『彼女』の兄など、優男風の割には結構なやり手なのだ。母親に至っては――形容詞すら見当たらない。
(一家揃って、大したもんだよ)
ゲンヤは資料を確認しながら、机の反対側に目を遣った。

黙々と書類作成に励むのは、美貌の執務官。



結局、もう一日休みを取ることにして、気楽に作業を進めていたゲンヤが連絡を取ったのは昼前である。
幾つかの質問と確認を行った後。

「いや、こんな有様じゃ仕事にならねえからな。溜まってた分を使う事にするさ」
『いいことです。休んで頂いた方が、いざという時に目一杯頼れますから』
「言うじゃねえか。ま、そういうわけで今日は一日家にいるぜ。何かあったら――」
『あ……それでしたら』

確かに、提案自体は悪くなかった。
例の事件に関わる内容だと、二人掛かりで進めた方が効率がいい。
だが。
彼が苦笑を隠して了承した理由を、おそらく提案した本人だけが気付いていない。

(一人じゃ気が滅入っちまうって事だな)
一晩中部屋に閉じこもって書類に埋没していた彼女が、逃げるように押し掛けてきた気持ちは良く分かる。
間の悪い事に、親友の一人は長期任務、もう一人は彼氏と娘を連れて小旅行。
愚痴を言う相手もいないわけだ。
一応、直属の部下が二名ほどいるのだが、そちらにはしっかり休暇を与えたらしい。
この辺りが彼女の欠点である。
(どうせ、自分も休むって伝えたんだろう)
二名共、負けず劣らず律儀な性格だ。
上司が仕事を抱えていると知って、自分だけ休むような連中ではない。

(後で知ったらどう思うか。なんてこたあ、考えねえんだろうな)
つい娘のギンガと重ねてしまう。
生真面目なのは結構だがよ――そう呟きかけて、彼は強引に思考を切り替えた。
こういう事は、他人がどうこう言う事でもないだろう。
(こじれる様な付き合いでもねえか。っと)


ふと気が付くと、彼女が四杯目のカップに手を触れている。
深い芳香の漂う本格的なもので、母から送られた豆を挽いた物だそうだ。
味は良いかもしれないが、これはどうも。

「お嬢、ちと胃に悪くねえか?」

「……はい?」
独り言じみた忠告が、ようやく耳に入ったのか。
書類に没頭していたフェイト執務官は、およそ二時間ぶりに声を上げた。


      ◆   ◆   ◆


「そう、スバルちゃんね」
「あの、呼び捨てでも構いませんよ」
「スバル、って?」
江利子は首を傾げた。
男の子みたいな響きだけど、元気そうな感じは似合ってるかもしれない。
もちろん、女の子らしさは充分過ぎるほど。
瞳が印象的な顔はとても可愛い。姉に良く似ているから、将来は保証されているようなものだ。
(それに、姉妹揃ってスタイルもいいのよね)
刺激的というよりも、夏の開放感を体現した半袖とミニスカート。声を掛ける者は多かろう。
その一人目が、聖だったわけで。

「でも、スバルちゃんって方が可愛いから、それでいいかしら?」
「はい、江利子さん」
そう囁かれた声に、スバルは笑顔で頷いた。



まあ、それはそれとして。

先程から二人が声を潜めているのは、前席の沈黙のせいである。
「……変な静けさね?」
「ギン姉の方も、怒ってるってわけじゃないんです」
空気自体は柔らかい。
「そうでしょうね。まあ、これはこれで面白いけど」
「江利子さんって、あたしの知ってる誰かに似てるかも。悪ノリするところとか」
「あ、この。可愛くないわね」
苦笑いのスバルを小突くと、江利子はそっと前を窺った。

ゆったりと腰掛けて運転する聖は、何を考えているのか分からない。
表情はとても楽しそうなのに、時折難しげに顔を顰めるのは――また何か変なことを考えてるせいだろうか。

そして、助手席の女性。

穏やかな笑みを浮かべたまま、流れる景色を静かに眺めている。
静寂に溶け込んでいるような透明な雰囲気。
もしかしたら、この沈黙を一番楽しんでるのかもしれない。




江利子たちが車を停めたのは、食事を終えて店を出た直後の事である。
ホテルの入口から大通りに出る場合、あの道を通るのがスタンダード。リリアンにも通じているから覚えやすい。
「ほら、選択の余地無し」
「少しは努力したら? 物覚えが悪いってわけじゃないんだから」
近道だろうが遠回りだろうが、一度知っている場所に出ないとダメというのは……聞かない話でもないか。
大概は方向音痴が理由だったりするのだが、聖の場合は単なる怠け癖だ。
つまり、今更言っても無駄かも。

学園とホテルの中間くらいだっただろうか。
だらだらと走る車内で、地図を眺めていた時。
「ありゃ?」
「きゃっ!?」
驚愕の声を上げた直後、聖が限りなく急ブレーキに近い停め方をした。

「いきなり止まるなんて、危ないじゃない!」
思わず怒鳴りつけたが、
「…………あれー?」
「って、聞いてる?」
ぽかんと口を開けた相手の様子に、すぐに機嫌を直した。
こんな感じの聖なんて、そう滅多には見られない。
視線を追うと、道の遙か先に二人連れが見えた。暑い中をのんびりとした歩調で歩いている。
(多分、姉妹ね。髪の色が変わってるけど……染めてるのかしら)
遠景には黒っぽく見えるが、おそらく青に近い紫。
スラッとした体型で腰の位置がかなり高いから、外国の人かもしれない。
聖との接点は何だろう?
以前、イタリア旅行に行ったときに知り合った人が、偶然通りかかったとか?
(ありそうな話だけど、ちょっと違うかな)
その程度の偶然で、こんな驚き方をするとは思えない。

とにかく、今日は充実した一日になりそうだ。
あちらもそうだが、こちらの観察対象も反応が楽しい。目を細めたり擦ったりしながら、次々と変わる表情。
――笑いを堪えるのに必死になる。

やがて。
「よしっ! 本人には間違いなさそうだし、お茶もいいよね」
頭のどの辺を使ったのか知らないが、実に不可解な笑顔が宣言した。
(何をするんだか分からないけど……お手並み拝見)
極力無表情を装った江利子は、寸劇を観察する事にしたのである。




(いきなり口説くとは思わなかったけどね)
あの後、軽く会釈して助手席を譲った。
相手の女の子――スバルに聞いたらギンガさんって名前らしい――は何か言いたそうだったが、江利子は笑顔で首を振った。
聖が首を捻ったままなのだから、その結論が出てからの方が面白そうだ。

通りに取り残されたスバルを手招きで呼び寄せ、半ば強引に後部座席に放り込む。
事情がつかめなくて混乱していたが、それはこちらも同じ。
ひそひそと小声で話すうちに聞けたのは、彼女たちが海外からの旅行者だという事ぐらいだった。
無論、それも本当の事ではなさそうだ。
ああも露骨では、考えながらの言い訳だと丸分かりである。しどろもどろな様子に、嘘の付けない性格という事は良く分かった。
(深入りは禁物かしら。他にも色々と面白そうだから、焦ることはないわね)

と、ほくそ笑んだ時。

「ギブアップ!」
赤信号で車を停めた聖が、実に情けない声を上げた。




「そろそろご勘弁。……あのさ、随分と厳しくない?」
「大甘だと思うんですけど」
微笑んだギンガは肩を竦めた。
「それで――」
シートベルトの位置を合わせながら、悪戯っぽく指を立てた。
もちろん、二本。
「どっちの方ですか?」
「どっちもだよ。ナカジマさんの事、どこまで話していいか分からないし」
「口説き文句も思い付かない、と」
「分かってて言うなんて酷いよねー。少し意地悪になった?」
「ええ。誰かさんのせいで」
澄ました顔で頷くと、彼女は後部座席に振り返った。

「結局、こういう事になりました」
「そうね。そうなるんじゃないかと思った。聞こえてたと思うけど」
「江利子さま、ですね。ご挨拶が遅れました。私はギンガ・ナカジマと申します」
「スバルちゃんから聞いたわ。それと紹介の件だけど……ギンガさんたちは旅をしてる人って事でいい?」
「そうして頂けると助かります」


「えっと?」
微笑み合った視線の意味を図りかねて、スバルは首を傾げた。
ついでにバックミラーを覗いてる人と目が合った。いきなり姉を口説いた変な人が、自分を観察している。
挨拶すべきだとは思うのだが――実は、まだ誰からも彼女を紹介してもらってない。

(そのはずなんだけど)
何故か見覚えがあるような気がする。
「あの」
「貴女は、ナカジマさんの妹さんなんだっけ」
「はい。スバルです」
「そっか、スバルちゃんか。いい響きだね」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、相手は意味ありげに笑った。
「?」
「いや。本当に良く似た姉妹だなって思ってさ。――そうだ、お昼は?」
「えっと、まだですけど」
「ごめんね。私たち先に済ましちゃってたから。前にナカジマさんとケーキ食べに行ったお店でさ」
だからもう一度ってのは入りにくくてね、と言いながら右折する。どこかお目当ての店があるのだろうか。
(あれ?)
それにしても、どこかで聞いた話だ。
スバルは眉を顰めた。
こめかみに指を当ててじっくりと思い出す。
イメージが余りにも違うので、直結しなかった事があったような……それが何なのかと言うと?
確か――――写真!
ギンガの隣で微笑んでいた落ち着いた感じの人に、良く似てる気がする。

「もしかして、聖さま!?」
「……何で疑問形なのかな」
「だって、その」
聞いていた話と全然違う、軽薄……じゃなくて明るい人だったから。



「姉妹揃って酷いなあ」
スバルの表情に浮かんだ驚きの色に、聖は口を尖らせたのだが、
「私の責任じゃないですよね?」
「ギンガさんが美化して伝えたのは仕方ないわね。昔からよくあるのよ」
「ギン姉、あたし、何か変なこと言っちゃった?」
「ううん。スバルは何も気にしなくていいわよ」
「そ。聖の自業自得だからねー」

「……味方はいないんだ」
容赦のない言葉に打ちのめされ、しょんぼりと溜息を吐いた。


      ◆   ◆   ◆


「あの、三佐。私も」
「いいから座ってな」
台所で大きめの鉄板を用意したゲンヤが、慣れた手付きで野菜を炒めている。
横では深鍋の中でパスタが泳いでいた。お湯には塩以外の香辛料も入っているのか、香りにやや鋭角的なものがある。
茹でるところからとなると、味付けは結構辛いのかも。
フェイトの実家がある世界風に言えば、アラビアータが一番近いだろうか。
「女房が逝っちまってからは、俺とギンガが当番制で作ってたからな。ま、最近は腕も錆び付いちまってるが」
だから期待すんな、と彼は笑った。

「いえ、そんな」
フェイトは椅子の上で縮こまった。
何だってこんな状況になってるのか、未だによく分からない。



切っ掛けは、先程のナカジマ三佐との会話だった。
「……はい?」
「空きっ腹で飲んでたんじゃ体に毒だぞ」
「でも」
「寝不足も追加されてるみてえだしよ。若いうちから目に隈を作ってると、皺が増えるぜ」
「し……!?」
慌てて頬に触れた。
朝早くから続けていたせいで、疲れが顔に出てるのかも。
「昼は過ぎちまってるな。腹空いてるんじゃねえか?」
「そうでしょうか? ……そうかもしれませんね」
眉を顰めたフェイトは、お腹の辺りに手を当てた。――言われてみれば、しくしくとした感じを自覚する。
(本当だ。朝が早かったせいかな)
大きめのテーブルに広げていた書類を、手早く片付ける。
「それでは――すみませんが、何か買ってきます。三佐は何がよろしいですか?」
「いや。そう言う事なら、ちょいと任せてみな」
「?」
首を傾げた彼女の前で、ゲンヤは無造作に席を立った。



(てっきり、何か届けて貰うのかと)
まさか三佐自らが厨房に立つとは思わなかった。
男性のこういった姿を見るのは初めてではない。親友の父親が喫茶店のマスターなので、幾度か見たことはあった。
ただ、こんな風に普通の家でとなると。
(すごく、変な感じがする)
こうしていると違和感と言うか――何て言えばいいのか分からなくなる。

「おう、そろそろ出来るぞ。……何か飲むかい?」
「え?」
「酒でも構わねえが、昼間っからじゃ仕事にならんしな。何か冷たいもんでも――」
「私が!」
フェイトは、冷蔵庫に向けられた視線を遮るように立ち上がった。
「それくらいは手伝わせてください」
「そうかい。それじゃ頼むとするか」
「はい!」
味付けの最終段階に入った音を聞きながら、彼女は食器棚の扉を開けた。
何故こんなに焦ってるかなんて、自分にだって説明出来ない。

とにかく。
これ以上『お客様』をしてると、混乱しそうだったのだ。










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