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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第四話

<<   作成日時 : 2008/08/05 22:24   >>

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四人を乗せた車は、交通量の多い都心を避けて臨海部に入った。

高架線沿いのメインストリートは混んでいるものの、脇の小道に入り込むと思ったよりも空いている。
埋め立て地を橋で繋いだこの近辺は、住宅街と工場街が絡み合っていて――生活動線と通勤路線の距離が近い。
平日渋滞の影響を受けやすい代わりに、休日は人影が見当たらなくなる通りも多かった。
特に、この時間帯の下り路線は不可解な程に閑散としている。

空いているのは有り難いが。
信号が多い上に曲がり角も複雑で、目的の方向に進んでいるかどうか迷いそうだ。

「本当に、この辺りでいいの? 見ると住宅街の真ん中みたいなんだけど」
「道は覚えてないんだけどさ。住所だけは間違いないよ」
「聖の記憶力を疑う訳じゃないけど……あ、そこ左ね」
「了解ー」

(海が見えるのっていいなあ)
ギンガは聞こえてくる会話を楽しみながら、窓の外に目を向けた。
風が出始めたのか。
細かい波で表面を埋めた海が、きらきらと輝いている。
多数の船が見えるという事は、通商ルートとして活用されているのだろう。泳ぐには適さないのかもしれない。
(海岸沿いが、全部港って感じだもの)
陽差しはやや傾いている。
と言っても、まだまだこれから暑くなるという気配。

「江利子さん。こっちの道だったら、次で曲がった方が良さそうです」
「あら本当。――聖、あの信号を右折したら左車線を維持して」
「おおせのままにー」
「スバルちゃん、地図見るのって慣れてるのかしら?」
「仕事柄、地図や船舶の構造図を確認することが多いんですよ」

後部座席では、スバルと江利子が仲良く地図を広げている。
漏れ聞こえる会話からすると、少しずつボロを出してる気もするのだが――本人は全く気付いていないようだ。
隣の席を見ると、聖も苦笑していた。
それでも敢えて止めないという事は、何かを知ったとしても言い触らすタイプではないという事だろう。

そこまで考えて、ギンガは思い出した。

佐藤聖――元白薔薇さま。
それは、あと二種の薔薇と共に生徒会を統べていた名であったはず。
紅と黄。もしかしたら、あの人はその何れかではないだろうか?
もちろん、以前知り合った加東景は違ったから、薔薇さま以外の友人も多数いるのかもしれない。
(でも、何となくだけど)
彼女の綺麗に整った着こなしは、気品を感じさせる。

聞いてみようかな、と考えた時。ふと隣から視線を感じた。
運転手が、横目で自分を観察していたらしい。
「聖さま?」
「何を考えてたのか、当ててみようか」
にやっと笑った彼女は、指を一本立てた。
「当たってたら、さっきのは帳消しにして貰える?」
「いいでしょう。それに、こだわってた訳でも無いんですよ」
「本当?」
「ええ。久し振りの再会は、もう少し風情のある方が良かったなあって思ってるだけですから」
「む。さりげなく怒られてる気もするけど……まあいいや。では挑戦」
「はい」
自信に満ち溢れた笑みに釣られて、ギンガは居住まいを正した。
やや勿体振った間を置いてから、聖はさらりと言い放つ。

「黄色だよ。ロサ・フェティダ」



「……何だか、凄く悔しいんですけど」
正直な感想を一言呟き、満面の笑みを浮かべた横顔を睨み付けた。
後方からは――どういう経緯で自分の事を言われたのかと、興味津々といった視線がこちらを窺っている。
「って事は」
「ご推察通りです。私、そんなに分かりやすいですか?」
「分かりやすいって言うか、素直だからね」
くすっと笑った聖は、ウインカーに手を触れた。
お目当ての物が見えたのだろう。さほど大きくは無いが、竹で編んだ様に見える印象的な看板。

やがて、車は古風な外観の店に滑り込んだ。


      ◆   ◆   ◆


この辺りは、かつて遠浅の海岸が広がる静かな漁村だったそうだ。
海沿いには点々と店や住宅が並び、その背後を貨物列車が走るだけの鄙びた場所。

その頃から海を眺めていた店は、喫茶店と言うより『甘味処』といった風情である。
「よくこんなお店知ってたわね」
「カトーさんに連れてきて貰ったんだよ。その時は晩御飯だったけど」
「結構メニューがあると思ったら、食堂も兼ねてるのね」
奥座敷に案内された四人は、靴を脱いで上がり込んだ。
テーブルの下は足を伸ばせる様に一段下がっているから、正座する必要は無い。

「私たちはお茶でいいけど、ナカジマさんたちは御飯にした方がいいよね」
メニューを開いた聖は、以前見掛けた品目を眺めて頷いた。
「お魚は大丈夫? 生なんだけど、美味しいよ」
「えっと」
ギンガとスバルは目を合わせた。
こちらの生魚を食べた経験は無いから、味が全く想像できない。
「よく分かんないけど、美味しいなら食べてみようよ」
「そうね。では、注文はお任せします」
「了解。二人とも箸よりレンゲの方がいいかな……あ、それと聞いておきたいんだけどさ」

幾つか『重要なこと』を確認すると、彼女は注文を並べ始めた。
宴会場もあるので、そういうメニューが豊富な上にやたらと安い。一定量以上だとほとんど値段が変わらなかったりする。
「じゃあ海鮮丼の宴席用七人前と、あとパーティサラダのラージ、それから」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
無茶な内容に、江利子は慌てて止めようとする。
「大食い大会じゃあるまいし、何を考えてるの? 私は少しぐらいしか付き合えないわよ?」
「大丈夫だと思うよー」
そう言った聖の表情が――――これがまた、実に怪しげな笑顔なものだから。

「…………」
江利子は、何も言わずに沈黙した。





「なるほど」
達観した表情でお茶を啜ると、一言だけ感想を述べる。
「凄いわね」
「凄いでしょ」
「別に、聖を褒めた訳じゃないんだけど……」
店内は空いていたのに、一番奥の座敷を選んだ理由に納得する。
もしもカウンター席だったら、今頃は店内中から注目されていたかもしれない。

傍目だと、美人のお姉さんと可愛い妹。
目立つことは目立つだろうが、こういう特技まであるとは予想外。――希少にも程がある。
色々と、言いたかったり聞きたかったりもするのだが、
(余計な事を考える方が野暮でしょうね)
食後の抹茶アイスを嬉しそうに頬張る姉妹は、見てるだけで幸せになりそう。

「ま、とにかく」
江利子は、昨日言われた事を思い出した。
「聖の言う通りだわ」
他にも隠し球が有りそうだし。つくづくリリアンに在籍して欲しかった人材である。
学生生活がより充実しただろうに――などという贅沢な愚痴を、彼女は心の中で呟いていた。




「それにしても、お話してみると納得出来ますね」
暫く雑談を楽しんだ後、ギンガは思い出したように苦笑した。
「江利子さまは、いかにも生徒会長って感じで安心しました」
ゆったりとした口調もそうだが、穏やかな所作と整った服装が、大人びた印象を与えてくる。
「お褒め頂いて光栄ね。でも、聖の人気って凄かったのよ?」
「それは学園の様子で分かりました。ですけど、もし三人とも聖さまみたいだったら」
「そうねえ。生徒会が成り立たないかもしれないわね」

「……スバルちゃん。お姉さんの言い草、どう思う?」
「ええっ!? あの、その」
「酷すぎるよー。私だってデリケートな年頃なのに……今日は虐められてばかりじゃないかぁ」
「ちょ、ちょっと」
突っ伏した聖を、スバルが慌てて慰めようとする。

「泣き真似は止めて下さい! 私は別に、聖さまの事を悪く言ったつもりはありませんよ」
ギンガは呆れたように肩を竦めた。
聖の包容力は充分に理解しているが、万事がこの調子では――規律という言葉自体が置き去りになりそうなのだ。
アクセントとしては素晴らしくても、組織を一色に染めるには少々クセが強すぎる。

「第一、生徒会長って品行方正な方がなるものでしょう?」



「へえ?」
その一言を聞いた聖は、にやりと笑った。
「そうは言うけどねえ、ロサ・フェティダ?」
「そうね」
「……何です?」
思わせぶりな二人の様子に、ギンガは眉を顰めた。
江利子が、楽しそうに指を組む。
「ま、確かに聖は、生活指導室にお馴染みな人だったけど」
「お馴染みは酷くない!?」
「失礼。――常連だったけど、私も呼び出された事があるわよ」

「はい?」
ギンガと、ついでに隣のスバルも目を丸くした。
教師に『生活指導』されるような人だとは、とても思えなかったからだ。
「しかも、父親と兄三人の全員セットで」
「家族もですか!?」
親どころか、大勢の身内まで呼び出し。その内容だけでも大事である。
「当然だけど、学校中に知れ渡ったわ。校内新聞のトップ記事を飾ったりもした」
「何か事情があったんですよね、江利子さん?」
「事情――そう、事情は有ったわね」
思わず割り込んだスバルに、

「十歳年上の男を追い回してたのが、バレちゃったのよ」

相手の動揺を眺めながら、そう爽やかに告げた元黄薔薇さまは。
――聖と同様、茶目っ気たっぷりに微笑んでいた。




「と、言う事なんだけど?」
「……薔薇さま方って、クセ者しか居ないんでしょうか」
あまりにもお約束な展開とは言え、この短期間に耐性が付くはずも無く。
本日何度目だか分からない頭痛を堪えたギンガは、精一杯の抗議を込めて相手を睨み付けた。

まあ、それが聖に通用するかと言えば――――極めて絶望的だったのだが。


      ◆   ◆   ◆


「それでは、こちらを確認して下さい」
「あ、はい」
不可解な面持ちでパネルに触れる。
認証と共に手渡されたのは、一枚の書類。


父に怒鳴られた後。
謹慎を命じられたギンガは、とにかく引き継ぎだけはと頭を下げて出勤した。
出向先の部隊長には連絡済みだったらしく、作業は滞り無く終了。
ついでにシフト表を確認すると、自分の予定は全て抹消されていた。――その手配の速さに、少し驚く。
とは言え、原隊復帰の手続きは本人の確認が必要なはず。
そう考えて事務室に出頭すると、いつの間にか休暇申請が提出されていたのである。

本来、書類改竄は明白な規定違反なのだが、休日出勤した事を『記録に残さない』場合の明確な罰則は無い。
敢えて言えば、手当が出ないという事自体が罰則であり、書類不備も譴責処分が精々だ。
しかし。
今回はそれが意図的であったという事。そして総務・人事としても見逃せない過度な勤務状態だった事。
それ等が発覚しないように、各隊の責任者に異なる口頭報告を行っていた事。
以上から、それなりの処分が下されるだろうとギンガは覚悟していた。

(それなのに、これって)
手元の書類を眺める。
繰り越しになっていた休暇が纏めて申請された上、全て許可が通っていた。
何の不備も無い書類。
併記された内容から、その意味は明らかだ。
総務部を経由したレティ提督直々の勧告。驚くべき事に、総務統括官のサインまでが付記されている。
書類の日付は、全て同日。任務中であれば代理提出が可能だから、記された父の名にも注目すべき点は無い。
問題は――果たして勧告が先だったのかどうか。

「考えるだけ無駄かも」
ギンガは平坦な口調で呟いた。
どうせ、非の打ち所のない手続きに違いないのだ。
自分の倍以上生きてる上に、能力は十倍どころじゃない海千山千の者が関わってるとなると――――?

(とにかく、今日は帰った方がいいのよね)
溜息を吐いてから、あっさりと身を翻した。
それ以外の選択肢は全て塞がれている。その事を、彼女は諦めと共に受け入れたのである。





「星が綺麗ね」
夜空を眺めながら、のんびりと歩く。
静けさの中に退廃を孕んだ夜気。
この朽ちた街道は、不本意ながら弾幕驟雨の中を走り抜けた場所であり――更には、妹と死闘を演じた場所でもあった。
廃棄区画の一つだが、最近は再開発の話が持ち上がっているそうだ。各所の残骸は近日中に整理される事になる。
しかし建物の崩壊ぶりは多種多様。什器や資材の再利用が可能とは考えにくい。

とすると、結界を構築した上での破壊処理が適当だろうか。

「旧六課の人たちが全力で模擬戦をしたら……あっという間に終わっちゃいそうね」
つい、正直な感想が口から零れた。
それは冗談としても、破壊作業自体は否定できない。
一般業者が強力な魔導師を手配するか、管理局の方で整地するかは計画の内容次第という所か。

「――――!?」
不意に襲ってきた突風に煽られ、彼女は髪を抑え付けた。
夜の闇に浮かび上がる、朽ちかけた摩天楼。
ビル風にしては妙な方向だと思ったら、崩壊直前の展望台が生み出した旋風だったらしい。
(……あの建物って、確か)
見覚えのある崩れ方は、自分が原因だったような気がする。
妹の攻撃を躱そうとして、切り返しの足場に使った記憶が僅かに残っていた。

ギンガが定期的にここを通るのは、自分の不甲斐なさを悔いる為――などでは無い。
手薄になりがちな区域の定期巡回も、己の責務だと思うからだ。

「温度が下がってきたみたい」
少し、肌寒さを感じる。
過労の上に寝不足だから、早く帰った方がいいのだろう。が、夜勤のつもりでいたからか眠気は無かった。
第一、今日は寝付けるかどうか分からない。
帰ったら、父とどんな顔で話をしたらいいのか。――それを考えるだけで、胸が苦しくなる。
自分は、何故いつも心配ばかり掛けてしまうのだろう。




(別に、気にしてないと思うんだけどなあ)

「え?」
唐突に響いたお気楽な声に、ギンガは慌てて周囲を見渡した。
誰かがいるはずは無い。彼女の感覚で捉えられない存在なんて、そうはいないのだ。
それなのに。

(親が子供を心配するのは当たり前でしょ。もしも完璧だったら、寂しくなるんじゃない?)

聞き覚えのある声が、少し呆れたように話を続ける。

(逆に、分かってくれない時とかは、こっちが悔しくなったりもするけどね)
「そんな事はないです」
(仲良いんだねえ。……ま、とにかくお父さんに心配掛けたくないって?)
「そうです! だからこそ」
(前にも言ったよね。肩の力が入りすぎだって。私は――――……)



「わたし、は?」
もう声は聞こえない。

続きが聞きたい――そう心の底から願った彼女は、ぎりと唇を噛んだ。
何故かは分からない。
(聞こえるはずが無いのに)
そもそも、あの優しい声の持ち主は誰だったのか。
そして、どこから聞こえたのか。

ようやく、その疑問を浮かび上がらせようとした瞬間。
「?」
ギンガは歩みを止めた。
目の前の建物から小さな異音。何かが走り抜けた様な気配が、僅かに尾を引いている。
(人……ではなかったわよね)
おそらくは小動物の類だろう。気にする必要などないはずだ。


それでも、彼女はその建物へと足を向けた。
こんな何も無い廃墟で生き延びている彼等を、自分の目で確認したいと思ったのである。










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