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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第五話

<<   作成日時 : 2008/08/14 23:09   >>

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小さめに切り揃えた野菜が、とろみのついたソースに良く馴染んでいる。
色は香りに合った赤が基調。緑黄色野菜との対比が鮮やかだ。
娘に作っていた癖が抜けないのか、パスタの量はやや多め。食べ切れるかどうかギリギリかも知れない。
(でも、美味しそう)
辛い物は得意じゃないけど、この香りは食欲をそそる。

「それでは、いただきます」
「おう」
使い込まれた銀食器を手に取った。
この系統の料理だと、スプーンの上で具と上手く絡ませるのが約束事かも。
フォークで少量のパスタを巻き上げたフェイトは、それをゆっくりと口に運び入れた。


「あれ?」
首を傾げる。
香りは凄く辛そうなのに、食べてみると意外と舌に優しかったのだ。
よくよく考えれば、胃に悪いからと言って作ってくれた物が刺激的なわけがない。
それでも嗅覚には鋭角的な刺激が伝わってくるから、辛い物を食べている感覚だけは味わえる。

「面白いですね」
「まあな。子供にも食える物をってんで、女房が探してきたんだよ」
思っていたよりも腕が落ちてなかったか、とゲンヤは食べながら頷いた。
素材としてはハーブに近いのだろう。
近場の市場に置いてある様な物ではなかったから、任務の合間を見てまとめ買いしていたそうだ。

女房――クイント・ナカジマ。
ゲンヤの夭折した妻であり、娘二人の様々な意味での師でもある。
無論、フェイトと面識があるはずも無いが、殉職の要因となった事件は自分の出自とも繋がっている。
(最初は偶然だったけど)
幼少のギンガをある事件で救うまでは、この家と面識すら無かったのだ。
急激に動き始めた状況が、彼女たちを引き寄せたのか。――それとも、自分たちから飛び込んでいったのか。
(多分、必然なんだよね)
そういう意味では、フェイトと彼女の息子もナカジマ家とは縁があると言えた。

「奥様は、お料理が得意だったんですか?」
「ある程度はな。ただ、こいつを作るのは苦労したらしい」
「小さい子は、辛い物苦手ですからね」
「……親が食ってると食べてみたくなるらしくてな。スバルなんざ、つまみ食いして泣いたりしたもんさ」
「スバルが、ですか?」
フェイトは食べる手を止めた。少し意外だったのだ。
「小さい時は内気で大人しい子だったって、ギンガに聞きましたが」
一人で本を読んでるようなイメージだったから、つまみ食いする活発さが昔からあったとは思わなかった。

「何にでも興味持つ奴だったのさ。その辺りに素養はあったんだろう」
「かも知れませんね。今は『積極的』の見本みたいですから」
「だな」
食卓に、二人の楽しそうな笑い声が響いた。




(夜はいらないなー)
何とか食べ切った彼女は、ついカロリー計算をしそうになる思考を抑え付けた。
こういう時の感想は、素直に『美味しかった』だけで良いのだ。
それでも、明日の訓練は多めにしようと決心してしまうのは――癖だから仕方がない。

(そうじゃなくて! ……今ならいいか)
よし、と思考を切り替える。

「あの、三佐。聞いてもよろしいでしょうか」
食後の冷茶を置くと、慎重な声音で呟いた。
「ん? ああ」
コーヒーを啜っていたゲンヤは、苦笑して肩を竦める。
「構わねえよ。どうせ、そいつが目的だったんだろ?」
「お仕事の方も本当だったんですけど」
フェイトは居住まいを正した。
執務官としての口調を心掛けながら、淡々と問いかける。

「ギンガの事ですが、最悪の場合、――――――する事も考えています。如何でしょうか」

ゲンヤは眉を顰め、深々と椅子に座り直した。
その彼の視線が、一瞬だけ妻の遺影を通過した事に彼女は気付いている。
「つまり、選択の権利を与えるって事か」
「それが筋だと考えます」
「だがよ。そいつは――俺が口にしていい台詞じゃねえな」
「はい」
「ついでに言わせて貰うが、お嬢が口にしていい台詞でもねえぞ」
腕を組んだ彼の視線に、殺意にも似た力が籠もる。

「…………私は」
軽く息を吐く。
己の背後まで貫こうとする意志に、フェイトは真っ向から向かい合った。
背後――即ち母親とその友人たちの威光。自分の提案が、それを前提にしているのではないかという疑念。
表向きの理由がそれでも、裏には幾重にも編まれた底意が無いか?
だが。
彼女に『そのつもり』は欠片も存在しなかった。そもそも、腹の探り合いは苦手なのだ。
「私はこの程度の事に、不可解な意図が絡むことを望みません」
「この程度、か」
「たかが一人でしょう?」
「なるほどな」
相手の表情を確認したゲンヤは、肩の力を抜いた。

「お嬢が、いつの間にか腹黒女の仲間入りしたのかと、つい疑っちまってな」
「腹黒って……」
「側に良い見本がいるじゃねえか。将来は大狸に化けそうな奴がよ」
「はやてが聞いたら、泣きますよ?」
フェイトは腰を上げた。
冷蔵庫を開け、冷茶を少し継ぎ足した。気分的に喉が冷たさを求めていたからだ。
一息で飲み干してから、改めて氷をグラスに放り込む。
「それで?」
「要らねえよ」
半ば予想していた答えが、あっさりと返ってくる。
「気に掛けてくれるのは有り難いが、あいつが自分で何とかするって決めたんだ。俺にどうこうする権利はねえな」
「時間は有ると思います。でも」
「そん時は、あいつも覚悟してるさ」

「そう――ですか」
深々と溜息を吐くと、彼女は再び腰を下ろした。



「ま、とにかく」
からりとした声に戻ったゲンヤが、呆れたように笑った。
「若いうちから心配性だと、あっという間に老けちまうぜ? ただでさえ、嫁に行く前からの世帯持ちだしよ」
「ふ、老けちゃいますか?」
「まあな。それともお前さん、母親並みの強心臓かい?」
「とんでもない!」
フェイトはあたふたと手を振った。
母と自分を比較するなんて、考えること自体が有り得ない。魔導師レベルがどうの、戦闘技術がどうのという事とは次元が違う。
「そりゃ母さんは未だに若いですけど、私にはとても――」
しどろもどろに話を続けようとした時。

『フェイトさん?』
唐突に思念通話が飛び込んできた。

『え? ティアナ?』
ティアナ・ランスター執務官補佐。もう一人の補佐官と共に、現在休暇中の直属部下である。
『今どこですか?』
『えっと……』
ゲンヤと視線を合わせると、念話だと察したのか頷いてきた。
彼は魔導師ではないので、会話には加われない。
『ちょっと用事があって、ナカジマ三佐のお宅にお邪魔してるんだよ』
『用事ってなんですか? いつご自宅にお戻りになります?』
『大した事じゃないよ。夜には帰るから。――何か急ぎの用? 今日はお休みだよね?』
『ええまあ。ですから、シャーリーさんからの伝言を、一つだけお伝えしようと思いまして』
『なに?』

僅かな沈黙の後。

『部下を騙すような上司には、それなりの罰が必要と思われます。心当たりのある方に、その場を動くなとお伝え下さい』
『…………え?』
『伝言は以上です』
それきり、念話はぷつりと途絶えた。

「誰からだ?」
「えーっと、その、それが」
呆然、と言うよりも顔を青ざめさせた彼女。
その様子にゲンヤは相好を崩した。
予想はしていたが、二日目の昼となると少々早い。それだけ執務官殿が迂闊という事だろう。
彼女は身内に対して、些か無防備な所がある。
「要するに、優秀な補佐官にバレちまったんだろ?」
「な、なんで」
図星を指されて困惑する相手に、

「ま、他に気を配る前に――――まずは自分の足元を固めろって事だ」
と、彼は重々しく忠告した。


      ◆   ◆   ◆


話が弾むと、時間はそれこそあっという間に過ぎてしまうもので。
食事を終えて店を出たのは、三時を回った頃である。

半時間ほど移動した後、江利子の発案で海岸際の駐車場に車を停めた。
この近辺は散歩コースになっていて、幾つかの遊戯施設も並んでいる。
僅かばかりの砂浜もあるから、泳ぐ者も居ないでは無いが――家族連れは近場の海水浴場に流れているらしい。
それ故、どちらかと言えば夜の方が人は多いそうだ。



(何で夜の方が多いんだろう?)
先を歩く聖に質問してみたが、後で分かるとの事で教えて貰えなかった。
取り敢えずの行き先は、前方に見える展望台。昼食前に帰る時間を聞かれたので、特に決めてないと伝えた結果がこの状況である。
おそらく夜まで付き合うことになりそうだ。
先程スバルが念話で連絡を取っていたから、問題は無いと思う。

ちなみに、お昼は凄く美味しかった。
海の幸を使った珍しい料理は、潮の香りと彩りの鮮やかさが印象的。
サラダのドレッシングが甘めだった事も新鮮だったと思う。
お米をベースに据えていたが、以前リンディ提督宅で御馳走になった物と異なり、ほんのり味が付いていたのも面白い。
(調味料を買っていったら、家で作れる?)
幾つかはこの辺り独特の料理だそうだから、もしかしたらナカジマ家の先祖も食べたのかも知れない。

作り方の載った本もあると聞いたので、機会があれば試すのも一興だろう。

などと自分の料理の腕を分析しながら、ギンガは何気なく呟いた。
「今日も深夜まで仕事でしょうけど……お昼、ちゃんと食べたかな」
「父さんのこと? 大丈夫だよ」
スバルがあっさりと懸念を否定する。
仕事に集中していたとしても、食事を抜いて無理をするような父ではない。
もちろん有事の際は、体力が尽き果てるまで現場に立つことも厭わないはず。要するに、力の使い所を心得ているのである。
「忙しい時こそ、食事と睡眠に気を配れっていつも言ってるじゃん」
「耳に痛いなあ」
そう苦笑したギンガに、

「ふうん。やっぱりそんな感じになるのかしら」
振り返った江利子の、しみじみとした声が届いた。

ナカジマ家の家庭構成を聞いてから、彼女は『妻を亡くした父親』という存在に興味を示していた。
正確に言うなら、そういった家庭の娘の視点に、である。
もちろん、ただの興味本位では無く――――と言うよりも、些か切実な理由があったのだ。
「教育熱心とは違うみたいだけど、結構細かいところまで見てるって事なの?」
「そうですね。父さんは仕事で忙しい人ですが、それでも出来る限り家に帰るようにしてました」
「よくお料理もしてくれたよね」
「私が仕事に就いてからも、色々と気を遣ってくれて」
「あたしが寮に入ってから、やっとゆっくり出来るようになったのかも」

「つまり、お母さんの分の仕事もこなしてたって事かしら?」
「そう、かな?」
「うん。そうだよね」
娘が家事をある程度引き受けていたとしても、仕事と家庭の両立は大変だったはずだ。

そして、その様子を見て育った子供と親の良好な関係。

「そっかー……」
難しい顔で顎に手を当てた江利子の肩を、聖がぽんと叩いた。
「前にカトーさんにも聞いてたのに、今更悩んでるわけ?」
「今更だから色々と考えるのよ。こういう事が一番大切だと思うもの」
「だよねえ。父と一人娘の間に入っていくわけだもんね。いやー、想像するだけで大変そうだ」
「他人事なんでしょうけど、そうハッキリ言われると言い返したくなるわね」
「だって、アドバイスしようが無いじゃん」
ああだこうだと言い合う二人。


「何だか、想像出来ないなあ」
「うん」
ギンガの呟きに、スバルも深々と頷いて同意した。
鳥居江利子が追い回した十歳年上の男。つまり現在交際中の相手は、リリアンの隣にある男子校の非常勤講師だそうだ。
年の差もさることながら。
妻に先立たれた経歴が有り、更には娘も一人いるという難しい立場の人である。
しかも、交際を始めた切っ掛けは彼女からのプロポーズ。
「凄いわよね」
「江利子さん、そんな風には見えないもんね」
情熱的とは程遠い雰囲気だから、想像が追い付かなくて違和感がどうにも。
「でも、珍しく大人しいのね。いつもなら目を輝かせてるのに」
「え? そうだっけ?」
「スバルって、恋愛話は好きな方じゃなかった? よくアルトさんと噂話してたじゃない」
「それはそうなんだけど、何かこういうのは違う気がして」
えへへ、と笑いながら頭を掻くスバル。
「ま、何となく分かるかな」
「なのはさんたちと、同じくらいなんだよね」
「そうね。なのはさんとフェイトさんの二人も、既に子供がいる所は同じだけど……」
少なくとも、現時点では独身。
フェイト執務官に至っては、浮いた話すら無い。自分も人の事は言えないけど。

「近いうちに、後妻として家庭に入り、娘を育てる、か」

口にしてみると、もの凄く重い内容だったりしないだろうか。恋愛話なんかでは軽く流せない響きに……?
「?」
ふと気付くと、前方を歩いていた二人が足を止めていた。こちらを振り返って苦笑している。
スバルさえ、横からじっと見詰めていた。
「な、何ですか?」
「なんかさー、そういう言い方をしちゃうとさ」
「生々しい感じがする。そっか、私って後妻になるのね。――ふうん、改めてそう言われると」
「凄い語感だよね。ドラマを見てる気がしてきた」
笑いを堪えた聖が、何故かスバルの頭を撫でる。
「スバルちゃんのお姉さんは、本当に素直でいいなあ」
「同感。真面目なところがすごく可愛いわね」
「ギン姉って……」



「ど、どういう意味です!? 言いたいことがあったら、ハッキリ言って下さい!」
三人の微妙な笑顔に晒され、ギンガは顔を真っ赤にして怒鳴ったのだが。
「まあまあ、気にしないでよナカジマさん」
「そうよ。貴女はそのままの方がいいわよギンガさん」
「あたしも、その方がいいと思うよギン姉」

「――――!」
ぶつん、と何かが切れる音がしたのかどうか。
わざとらしく耳を押さえて逃げる二人の薔薇さまと、その後に続く裏切り者の妹を追い掛けながら。

響き渡るギンガの猛抗議は、青々とした晴天に吸い込まれていった。










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