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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第六話

<<   作成日時 : 2008/08/26 00:17   >>

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こう言っては何だが、ナカジマさんは弄りやすい人である。

ただし。
基本的に真面目一辺倒なので、迂闊な冗談だと本気にされかねない。
その辺りさえきちんと見極めれば、怒られる事は無いだろう。……多分だけど。


「だから、そろそろ機嫌直してよー」
聖は出来る限りの笑顔を作り上げると、三段重ねのアイスを差し出した。
一階の店で買ったから、コンビニで売ってる物とは段違い。
定番な専門店製のそれは、メロンに苺、そしてオレンジという彩り豊かな三色である。見るからに美味しそうだ。
ところが。
海辺に張り出した展望台の隅っこで、少々剣呑な雰囲気を纏ったまま海を眺める美人さんは――こちらを見向きもしてくれない。
ぴりっとした緊張感から察するに、
(ありゃ、思ったよりも不機嫌?)
彼女は少し表情を改めた。
考えてみれば、今日は昼から弄り過ぎた気がする。

ナカジマさんの事を全面的に任せる事にしたのだろう。江利子とスバルは、少し離れた場所の植物園に向かったようだ。
無責任と言うよりも、それだけ信頼してるということか。

元々、この展望台は大して広くない。
利点は並んだベンチとエアコン。つまりは休憩所としての活用がメインだろう。
一階に並んだ店舗のオマケみたいな場所で、高さも足りないから昼日中から寄る物好きも少なかった。
先程の家族連れが降りていった後は、自分たちの二人だけ。
静かなのは良いが、少しばかり空気が重い。

「怒りんぼだなあ。ちょっとしたお茶目なのに」
「――――っ!」
相手は一瞬何かを言おうとしたが、結局膨れっ面のまま動かなかった。
意固地になったとなると、こういう人はかなり手強くなる。
放っておくと当分は黙ったままだ。
む、と口をへの字にした聖は、両手に持ったアイスを確認した。
展望室内は冷房が効いているが、それでも表面が溶け始めている。せっかくの三段重ねが勿体ない。
(仕方ないか。どーせ祐巳ちゃんにもやってたもんね)

彼女は怪しげに笑うと――――いきなり後ろから抱き付いた。



「うひゃぅ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げたギンガは、当然ながら慌てて振り解こうとする。
しかし。
「動かないで! アイスが落ちちゃうから!」
「!?」
続けられた警告に動きを止めた。
両手にアイスを持ったまま抱き付いた相手の腕が、自分の目の前で交差している。
その手にあるのは色鮮やかな冷菓。
(あっ、と)
築かれた小さな塔が目に入ったからには、もう動き様が無かった。
確かに、無理に暴れれば落ちるかもしれない。

加えて。
自分の顔のすぐ横には、頬を寄せてくる軽薄な気配。強張った自分の肩から、徐々に力が抜けていくのを実感する。
(……この人って、本当に)
何故だか溜息すら出なかった。
頭の中の思考が一つも言葉に出来ない。色々な感情を通り越して、虚脱感さえ感じてしまう。
振り向かずとも分かるのだ。
独特の含み笑いを浮かべたまま、こちらの動静を窺ってる相手の様子が。

「早く食べないと、溶けちゃうと思うよー?」
タイミングを見計らったかの様に、口元にそれが差し出されてくる。

反射的に受け取ろうとした腕を何とか留めて、無言のまま一口囓った。
舌の上に広がる冷たい刺激。
細かな氷を含んでいて、食感はアイスとシャーベットの中間くらい。甘さは随分と上品だ。
まあとにかく。
ひたすら悔しいが、美味しい事は間違い無い。
――溶けてしまうと勿体ないのも、明白な事実だから。

「どう?」
「……頂きます」
渋々ながらも、彼女は敗北を受け入れた。




展望台から見える海は、近くの海岸以外は近代的な埋め立て地が中心だ。
自然の風景とは言い難い。が、遠景で行き交う大型船が郷愁を感じさせる。旅行く者が残す独特の空気。

「夏の海は賑やかなんだけど、こういうのもいいよね」
聖は腕の中の相手に話しかけた。
黙々とアイスを食べる彼女は、未だに不機嫌そうな表情のままだ。
ただ――雰囲気が随分と和らいだのは、多少なりと機嫌を直したのか。
または諦めたのかのどちらかだろう。
「泳いだりするのが定番だけど、のんびりと海岸を散歩したり、浜辺で潮風を味わったり」
「展望台から陽差しに輝く様子を眺めたり、ですか?」
「そうだね」
ぼそりと呟かれた声に、聖は嬉しそうに同意した。
声の感じからすると、諦めたというのが正解らしい。
正義の味方にしては往生際が良いが、これ以上の悪ノリは危険なので厳禁。

と、心の中で決心しても。

「……そろそろ離して頂けませんか?」
「暑いの?」
「いえ」
「じゃあ食べ終わるまで待って。もうちょっとだから」
自分の分を囓りながら、聖は何となく譲らなかった。腕の中の柔らかさが惜しかったからである。
呆れたような深い溜息を吐かれたけど、気にしない。

「おんぶして貰ったの、結構前だね」
あの夜の事を思い出させてくれる、逞しくも女の子らしい細い肩。
胸元には以前と同じペンダントが光っている。
「そうでしたね」
「あれから、ナカジマさんはどうしてたの?」
「特に何事も無く、でしょうか。家で家事をして、買い物に行って。後は妹と近場に出掛けたり」
「今日みたいな?」
「時折、一緒に出歩いてるんです」
妹さんの引率かな、と微笑んだ彼女に、ギンガはほんの少し表情を曇らせた。
「どちらかと言えば、私の方が付き添って貰ってるんですけどね」
「どっちにしろ仲が良いんだ」
その様子を気にした風も無く、聖はさらりと流した。
「あんな所で会えたって事は、私は運が良いのかな」
「聖さまと再会出来たのは――半分はお節介な先輩のおかげで、もう半分は偶然です」
「先輩って言うと」
心当たりがあるとすれば、夜空に浮かんだ死神さん。もちろん名前は知らない。
「ああ、あの黒い人か」
「……死神よりはマシですね」
味も素っ気もない形容詞に、苦笑するギンガ。

それでも名前を教えてくれないのは、妹と異なり何かしらの配慮をしているという事だろう。
色々と秘密があるとしても、納得出来るから仕方が無い。

そもそも、一年に二度も会えるとは思ってなかった。
海外に留学した後輩がいるのだが、その子とはもう随分長いこと会っていない。
一応、住所も電話番号も控えてある。
ただ――自分も相手も、この距離感を楽しんでいる気がするのだ。
(どうしてもって時は、志摩子に頼めばいいんだろうけど……それもちょっとね)
再会は思わぬ所で起きるから面白い。

「意外と『こっち』に来る機会は多いのかな」
「そうでもないですよ。用事がないと『こちら』の方には来れないんです」
「そっか」
聖は自分とギンガのニュアンスの違いに気付いたが、何も言わなかった。
「用事があったんだ。スバルちゃんも同じなの? 何か似たような仕事してるっぽいし」
「ええ、まあ」
「多分ライフセーバー……ライフガードだっけ。あの歳でっていうのは凄いなあ。みんな若いうちから仕事するの?」
「就業年齢が低いんですよ。私もそうでしたから。……あの、聖さま、スバルの事は」
「もちろん詳しくは聞かないよー。だけど」
突っ込みを我慢するのは大変だった、と笑うと、ギンガも困ったように頷いた。
食べ終わったのか、コーンの包み紙をくしゃりと丸める。
「隠し事は苦手な子なんです」
「その辺は、如何にもナカジマさんの妹って感じだね。素直って大切だと思うよ」
「褒められたと思うことにしますね。――ところで」
未だに抱き付いたままの聖の眼前で、彼女は指を立て、それをそのまま左に倒した。
指先の方向にあるのは、展望台への階段口。

そこに見慣れたヘアバンドを見付けて、聖は眉を顰めた。

「何してるの、江利子?」
「何だか、声を掛けるタイミングが掴めなくって」
手摺りの脇に隠れていた江利子が、バツの悪そうな顔で上ってくる。
後ろには、同じく照れたような顔のスバル。
「何で?」
「あのね聖。今自分がどんな格好してるか分かってる?」
「どんなって」
聖は首を傾げた。
ほぼ真後ろからとしても、相方に腕を回すなんて――ありふれた光景のはず。
まあ確かに。
人気のない場所で、妙齢の女性が二人で抱き合ってる様に見える危惧はある。と言うかそのままだが。
しかし正面からという訳じゃないので、微笑ましいの範疇だろう。
「何か変?」
「変とは言わないけど、ギンガさんは祐巳ちゃんじゃないのよ。……そろそろ限界じゃない?」
「あ」
江利子の指摘に、ようやく思い当たった。
祐巳の時は客観的なストッパーが監視していたのだ。蓉子や祥子といった紅薔薇の面々が。
当然ながら、今は不在なわけで。



「さて、と」
聖は慎重に腕を解くと、晴れやかな笑顔で振り向いた。
「江利子、何かお菓子でも買いに行かない? 外で摘めそうなやつ」
「別にいいけど」
「スバルちゃん。すぐに行くから、お姉さんと一緒に砂浜で待っててね」
「へ? あ、はい」
きょとん、としたスバルにひらひらと手を振りながら、自然な歩調で歩き去ろうとする。

が。
幾ら運動神経が良い方だとしても、咄嗟に反応出来る事には限度がある。無言で背後からとなると尚更。
他の二人が忠告する暇も無いわけで。
「あ痛ぁ!?」
投げ付けられた包み紙に悲鳴を上げた彼女は、ばたばたと逃げるように階段を駆け下りていった。


ちなみに。
結構、本気で痛かったらしい。


      ◆   ◆   ◆


「まったく!」
「あはは」
憤然とした足取りで歩くギンガを、スバルは苦笑しながら追い掛けた。
手には筒状に巻いたブルーシート。
ここは正式な海水浴場ではないので、海の家等の仮設店舗は無い。これは近くの土産物屋で借りた物だ。
何でも夜は結構賑わうそうで、家族連れに貸すことが多いとのこと。

もっとも、そういった情報を得たのも、これを借りたのも江利子である。

砂浜に人影は少なかった。
遠景に見える数人程度。湾内なので波乗りを楽しむ者もいない。穴場と言っていいのだろう。
「悪ノリが好きなのは構わないけど、限度があると思うのよね!」
「そうかも。……あ、ちょっと待って。この辺でいい?」
松の並んだ場所から少々離れた位置。ここなら羽虫が飛んでくる可能性も少ない。
スバルは大きめのシートを広げた。
重しは見当たらないので、四辺を強引に砂に埋める。上から力任せに圧縮したから、風で飛ばされる事は無いだろう。


靴を脱いで座ると、海風が髪を薙いだ。
陽差しの強さは残っているが、これだけ風があれば充分に過ごしやすい。
スバルにとっては見慣れた光景だ。
しかし波の輝きは千変万化。場所が違えばそれなりに新鮮だった。
「まだまだ暑いけど、風が気持ちいいよね」
「そうね。泳ぐのにも良さそう。でも、海水自体はあまり澄んでないのね」
「――多分、あっちの河口が影響してるんだと思う。流れによっては遊泳禁止にした方が良いかも」
「なるほど、さすが専門家」
同じように横に座ったギンガが、のんびりと空を見上げる。
昼頃に浮かんでいた積雲の群れは、既に遠方へと流れ去ったらしい。これなら雨の心配は無さそうだ。

「こっちに来て良かったね。あの人にも会えたし」
「フェイトさんに乗せられちゃったって事よね。でも、良かったのは本当かな」
「だったら、シャマル先生にも感謝しなくっちゃ」
嬉しそうな姉の様子に、スバルも満面の笑顔で頷いた。

(こんな風に笑ってるギン姉って久し振りだもん。良かったなー)
勢いよく寝転ぶと、青い空とクリスタルの輝きが目に入った。こつん、と額にぶつかったのは胸元にしまっていたペンダント。
どうやら勢いが良すぎたらしい。
スバルの相棒、マッハキャリバー。ギンガの所有するブリッツキャリバーの姉妹機である。
「あっと、ごめん」
一言詫びて体を起こした彼女は、昼間のことを思い出した。
「そうだ――ギン姉、朝の訓練データも合わせておいた方がいいよね?」
「あ、そうね」
ギンガは自分のペンダントを手渡した。

ペンダント――インテリジェントデバイス同士の同調は、単なる記録の遣り取りではない。
戦闘時に於ける状況判断の結果、それに至った経緯と分析した思考。それ等全てが経験として反映されるのである。
特に姉妹機となると、相互に行った結果はより緻密で繊細な物となり、得られる経験も倍加する。
更には、シミュレータ用の空間情報の補完。
デバイスが所有者と共に行う思考内での戦闘シミュレーション舞台は、一種の仮想空間だ。
補完し合う事で、より現実に即したリアルな状況の再現が可能となる。
「スバルと訓練する時間って少ないもの。自宅で出来るのはこれくらいだからね」

「でも、頑張り過ぎるのは良くないよ?」
スバルは以前聞いた話を思い出した。
例えば――高町教導官などは、デバイスが生み出す思考内の広大な空間で、幼少時から激しい訓練を重ねてきたそうだ。
他にも四六時中訓練に明け暮れ、その過密ぶりはフェイト執務官の兄が呆れる程だったとも聞いている。
そして。
自覚の無い無理が、自身に瀕死の重傷をもたらしたという事も。
「頑張ってる時って、無理してる自分に気付かないのは当たり前なんだよね」

「つまり、自分自身を見極める目が必要って事かな」
その言葉に、頑張り屋の姉も深々と同意した。



「それにしても、ミッドチルダとそうは変わらないのね」
少し強くなってきた風に、ギンガは髪を押さえた。再び腰を上げて思いっ切り背伸びをする。
「前に任務で来た時に、ティアも言ってたよ」
「なのはさんの家の辺りでしょ?」
「ここまで大きな街じゃないけど、見た目が似てるのは同じだね」
スバルも大きく腕を伸ばした。
潮風もやっぱり違うと実感する。こういう香りは、それぞれの土地固有の物だと思うのだ。
「この辺りは初めてだなー。最初に行った場所は、前にも通ったんだけど――」

「…………え?」

思い出し笑いを浮かべながら、スバルは二つのデバイスを首に掛けた。
データの遣り取りはもう少し掛かるだろう。
「――この前、なのはさんに誘われてこっちに来たんだ。その時にさ」

高町なのはの姉、美由希と遊びに出掛けたのは半年位前の事だ。
久々に親友と会う邪魔をするのも野暮だと思ったスバルと、妹の様子を聞きたい美由希の意図が一致したのである。
里帰りしていた兄から強引に切符を出させた後は、二日間に渡る行き当たりばったりの小旅行となった。
折角だからと都心に連れてきて貰ったのだが、道に迷ったり変な人に絡まれたり。
実に変化に富んだ旅であった。

「なのはさんのお兄さんには悪い事しちゃった。でも、美由希さんと沢山お話出来て面白かったよ」
楽しそうな笑顔で姉を振り仰いだスバルは、


次の瞬間。
――――凍り付いた様に、動きを止めた。


      ◆   ◆   ◆


「夜はどうするの? 予定通り?」
スナック菓子と飲み物をぶら下げた江利子たちは、元来た道を戻っていた。
聖の方がやや荷物が多い。ビニール袋から透けて見える華やかな色。
日が暮れた後にやる事は決まっている。夏の夜ときたら『これ』しかないという位の定番だ。

「そうだね。みんなで晩御飯を食べたら、その後はここでやろうよ」
「そう言えば、もう随分長いことやってないわね」
「お兄さん方が誘いそうだけど?」
「だからよ」
江利子は肩を竦めた。
「素直に受けてたら、どれだけの量を買ってくるか分からないでしょう?」
「だね。それも高そうなのばっかり」
「前なんか、大きな据え置きばかり買ってきたのよ」
肩を竦めた彼女に、聖は意外そうに首を傾げた。
「でも江利子は好きでしょ、そーいうの」
「ま、嫌いじゃないけど」
派手な種類も悪くないが、そればかりでは飽きる。手持ち式のささやかな物も風情があって良いのだ。
「だから――」


「ちょっと待って!」

「な、何?」
鋭い声が彼女の足を止めた。
今までに無い圧迫感が含まれた言葉。肌に突き刺さるような緊張感が、親友の後ろ姿から漂っている。
自分の前に差し出された手は、先に進む事を厳しく制していた。
「あれは……?」
「あの子たちに、何かあったの?」
視線の方向に気付き、江利子は声のトーンを落とした。
だが。
実のところ、彼女は質問を口にした時点で、自身の次の行動を決めている。
聖が見詰める前方。――そこにいるのは『彼女たち』だけだ。それ以外に要因は無い。

興味を持った対象には、とことん食い下がるのが自分の性分。
だとしても、退くべき場所は弁えている。

「江利子、悪いんだけどさ」
先程とは異なる、取り繕うような軽い調子。
「頼み事? 珍しいわね」
江利子は一歩下がりながら、聖の荷物を奪い取った。どうせ大した重さでもない。
「私はここで回れ右。車に戻ってればいい?」
あっさりとした言葉に、聖の淡々とした声が重なる。
「うん。後で呼びに行くから」
「ちょっと電話でもしてこようかしら。蓉子に話したら悔しがるだろうから、久々に令にでも」
「あ、それはいいね」
と、大きく頷いた後。


「私の分も、宜しく言っといて!」
そう言い残した聖は、防波堤の上を全力で走り出した。










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