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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第七話

<<   作成日時 : 2008/09/07 23:51   >>

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以前、スバルが姉に聞いた話。


母が語った打撃系のスタイル。それは『刹那の隙に、必倒の一撃を叩き込む』こと。

戦いの場に臨んだ時、ついあれこれと考える。
自分の力や技量、能力の差異と限界点。つまり――自分と相手のどちらが強いか。
際した状況と目的、導く過程と期待される結果は常に異なる。思考が分析を試みるのは当たり前だ。
だけど、と彼女は語った。
そんなことは全て関係無い。本質を見失っては無意味。

そう。
その場に於いて狙う事。求められるのは、相手の『急所』を穿つ正確な一撃。
ただそれだけなのだ、と。




悲鳴の様な激しい呼気が、喉を圧迫する。

全力で稼働した身体に、呼吸が追い付かない。膨大な処理を試みる肺が過負荷を訴えている。
弛緩していた状態から、いきなりトップレベルまで引き上げたのだ。無理が生じても文句は言えない。
いや。
そもそも、意識すら未だに追い付いていないのか。
「……ありがと」
荒らぐ息の合間に、スバルは相棒に感謝した。
足元に着用されたインラインスケート型のデバイス、マッハキャリバー。
咄嗟に起動した彼女が、混乱する意識の代わりに指示を与えてくれたのだ。身体が反応出来たのは、積み重ねた訓練の賜物だろう。
更にはブリッツキャリバーの警告が無かったら、それすら間に合わなかったかも知れない。

足元を見下ろす。
前方から繋がる轍。全速で後退した証が、砂浜に深々と刻まれている。
視界に映るのは、彼女の姉――ギンガ・ナカジマ。
彼我の距離は僅かだから、本来は決して安全な距離とは言えない。普段であれば一息で踏み込まれる間合い。
過去に幾度となく目にした『それ』が、どれほど凄まじいモノか充分に理解している。
しかし。

腕に残る打撃の痺れを噛み締めたスバルは、ぽつりと相手の名を呟いた。



見上げた姉の瞳が、何も映していない――そう認識してからでは遅かったはずだ。
例え明確な意志が無かろうとも、相対する者を無力化する事に不足無く。
真上から鎖骨を狙った手刀は、首筋から胸の急所を撃ち抜く必倒の一撃。続けられた連撃も的確に急所を狙っていた。
捌いた後ですら寒気を覚える、恐るべき技量。
無論、常人であれば怪我では済まない。
(でも)
スバルは唾を飲み込んだ。
(相手があたしだって分かってたからだよね)
理解出来るからこそ悲しくなる。
こんな状態になっても、姉は無力な一般人に手を出す事はない。
今のだってそうだ。
自分の懐に踏み込んだ脅威を、反射的に取り除こうとしただけ。



敷かれたブルーシートから、ギンガは一歩だけ前に出た。
黙然と立つ彼女の髪が、海からの爽やかな風に靡いている。前髪が目に入りそうになったのか、手櫛で無造作に整えた。
その所作はいつも通り。
柔らかい印象も揺らいではいない。口元には微笑みすら浮かんでいる。

それなのに――その瞳には何も映っていなかった。

かつて死闘を演じた時は、自分を捕獲対象として認識していたはずだ。
少なくとも明確な戦意は有った。
強制されていたとは言え、為すべき事を為そうとする意志も有った。
今は、何一つ無い。
「ギン姉」
もう一度、スバルは姉を呼んだ。
視線がこちらを向く。その中に何が映っているのか知りたい。が、知りたくないと拒否したくもなる。

深々と息を吸って、肩の力を抜いた。
買い物に明け暮れている人に念話を繋ぐ。
『シャマル先生』
『どうしたの? 予定変わった? 帰るなら迎えに行くわよ』
『いえ』
『……まさか』
こちらの緊張感が伝わったのか、相手のトーンも低くなる。
『ギンガに、何かあったの?』
『前と同じです』
『――――そう。ザフィーラはすぐに動けるわ。アルフも協力してくれるはずよ』
『でも、ブリッツはあたしが持ってますし、あれも封印中ですから』
『一人で大丈夫って事?』
『はい』
スバルの口調に気付き、シャマルの溜息を吐いた様な気配が感じられる。
『分かったわ。あなたに任せます』
それきり念話は途絶えた。

(任せるって言ってくれたけど、シャマル先生の事だもん)
心配性な人だ。必要ないと分かっていても、こちらに転移してくるのは間違いない。
取り抑えるだけなら、遠隔で捕獲魔法を使えるシャマルの方が、遙かに適任なのだから。

そう理解していても、譲るつもりは無かった。

リハビリに苦労した姉は、現時点では魔力に於いて自分に及ばない。基礎体力も良くて互角だろう。
総合的な評価となる魔導師ランクも、自分が上回っている。
もう一つのモードに至っては、念入りに封じられているから比する事すら叶わない。
それでも。
亡き母より受け継いだ事の全ては、姉の中でこそ鮮やかに生き続けている。



「あたしは、ここに居るよ」
一歩だけ歩を進める。
空気に緊張感は生じていない。しかし、相手の警戒範囲に入ったのは事実。
ただ立っているだけの姉に、隙は見えないから。
「ギン姉だって、ここに居るんだよ」
こちらの緊張が伝わらない様に、静かに話し掛ける。
人目もほとんど無い状況では、無理に取り抑えなくても大丈夫。このまま暫く対峙してるだけで構わなかった。
以前と同じであれば、あと少し経つと眠ってしまうはず。

「でもね、今聞いて欲しいんだ」
スバルは微笑んだ。
「今日は良い一日だったよね? あたしは凄く楽しかったし――嬉しかったよ」
久々に見た自然な笑顔と、からかわれて怒る姿は昔通りの姉だった。
それだけでも今日という時間と、出会えた人たちに感謝している。

ギンガは応えない。
この気持ちが少しでも届いてくれたのか、そうではないのか。
(それでもいいんだ)
満足ではないけれど、姉が頑張ると決めた事だ。自分に出来る範囲で助けられれば、それで良い。

――と、自分に言い聞かせたのだが、どうやら目の前に集中しすぎてしまったらしい。
背後の足音を聞き逃すなんて、後から考えてもどうかしていたと思うのだが、



「スバルちゃん!」
「!」
後ろから掛かった声に、彼女は顔を引き攣らせた。


      ◆   ◆   ◆


たまに、以前と同じように盤面を引っ繰り返してみたくなる。

(疲れたってわけじゃないけど)
座ったまま、彼女はゆっくりとピースを置いた。盤面ではない枠の外。
半分近く埋まっているのだから、景気良くやったら壮観かもしれない。直後に後悔で苛まされそうだが。
無論、意味は無い。
と言うよりも、自分の苦労を台無しにする趣味も無かった。

要は単なる逃避だったり。

こういう物は過程を楽しむのも重要だが、やはり完成させてこそだと思う。
が。
「ちょっと無理があると思うのよね」
彼女は不機嫌そうに髪を撫でた。
角と外周のピースが揃わない、あるいは存在しないパズル。全体像が掴めないから、進行の度合いすら分からない。
そもそも、こんな細かい作業を延々と続けるなんて気が滅入る。
(報告用の書類に埋もれてた方がマシかな?)
何となく想像を試みた。

机に積み上げられた案件の数々。付箋だらけで、どれが本当に重要か分からなくなった引き継ぎ分。
古参にしか分からない戸棚に、参照し難い資料の数々。停滞した空気の中で、時間だけが黙々と過ぎていく。
気付けば真夜中。こんな時間では買い出しも守衛に迷惑だ。
空腹を抱えて朝日を迎えるなんて、最近は珍しくないから――――?

「……な、何だか泣きたくなってきちゃった」
いつの間にか床で頭を抱えていたらしい。
自分の想像で盛大にへこんだ彼女は、のろのろと顔を上げた。
先程置いたピースに手を伸ばす。
大体、これがいけないのだ。
他のピースと組み合わさっているわけではない。大きさも形も平凡な物だ。重要そうには見えなかった。
色合いだって、周囲に埋没しそうなほど特徴に欠ける。

でも、手に取るとずしりと重い。

自分にも良く分からなかったが、もしかしたら?
(凄く大事な物なのかな。それとも……希少な欠片だったりする?)
有り得ない事ではない。
物事が如何に大きかったとしても、たった一つの些末な出来事で方向が決まる事もある。
たかがパズルの一片。されど唯一の一欠片。

「あれ?」
ふと気付くと、額に汗が滲んでいた。
ピースを持つ指が震えている。理由は分からない。――分からないのに悩むなんて、考えてみると凄く間抜けな話だ。
そもそも、ここを埋めないと他が進まない。
「そうなのよね」
思わず笑ってしまった。
選択肢は元から無いのに、何を色々と考えているのだろうか。いや、考えようと努力しているのだろう。

誰かさんなら、あれこれ考える前にまず進めてしまいそうなのに。

(もう。じっとしてるから変な事を考えるのよ)
躊躇っても仕方ないではないか。
そう割り切った彼女は、肩を竦めて盤面に向き直った。
さっさと進めないと、何かに間に合わない気がしたのである。


      ◆   ◆   ◆


「ダメだよー、姉妹喧嘩なんて」

砂浜で対峙した二人に近付きながら、聖はやれやれと首を振った。
ちら、とスバルの厳しい表情と足元を眺める。
以前見た物と同じインラインスケートには、特に疑問を持たなかった。そういう物なのだと納得してたから。
それに、どうせ問題はそっちじゃない。

「あの、下がっていてください」
「何で?」
「何でって……それは」
「派手な喧嘩をするから、邪魔するなって事かな? ――その辺はどうなの、ナカジマさん」
無造作に呼び掛けられたギンガの表情に、変化は無い。
寂しく思ったが、認識はしてくれた様な気がする。それなら良いかと聖は思い直した。

「聖さま!?」
逆に、慌てたのはスバルの方だった。
緊急、それも無用な刺激は避けるべき状況で、現地一般人の介入。問題点が多過ぎる。
と言うよりも。
誰が見ても異常な事態なのに、聖の平然とした態度はどうかしている。
「い、今のギン姉には、その」
「そうだね。ちょっと気楽に言い過ぎたかな」
苦笑すると、聖は表情を引き締めた。

前方に見えるのは、確かにナカジマさんだ。いつもよりも呆っとした感じな気もするのはご愛敬。
他の事は……この際どうでもいいか。

「実はさ、前にも倒れそうになったんだよね。何か関係有る?」
「……あります」
「そっか。寝不足が原因って言ってたけど、そうじゃなさそうだ」
その辺りの事は薄々気付いていたから、不思議とは思わなかった。
以前、助手席に横になった事を思い出す。その時は疑問に思わなかったが、後々になって気付いた事は多い。
夢物語にしたって限度がある。
「私に出来る事は無さそうだけど、心配しなくてもいいみたいだね」
「はい」
「詳しいことは聞かないよ。それで、スバルちゃんはどうするつもりかな?」
「もう暫く様子を見ます。もう少ししたら眠ってしまうはずなので。でも、そうじゃない場合は」
「帰っちゃうのか。ま、仕方ないかな」
聖は頭を掻くと、ふむ、と顎に手を当てた。
前回と異なる意外な別れになりそうだったが、まあそれも良いかもしれない。
複雑な事情が有りそうなのは、元々分かってた事だし。

「いつかまた、会えるといいね」
「……え?」
「見てたら困るんでしょ? だったら私たちは帰るよ」
彼女はギンガに目を向けた。視線は合ったが、果たして自分を見てくれているのかどうか。
この声も届かないのかもしれないが、
「ナカジマさんも、またどこかで会おうよ。約束はいつでもいいからね」
あっさりとした口調で告げた彼女は、軽く手を振って踵を返した。

学内で出逢った友人とする様な、極自然な別れの挨拶。



スバルは呆然と立ち竦んだ。
聖の歩調は緩まず、規則正しく砂に足跡を刻んでいく。振り返りもしない。
その態度は、淡泊で冷たいとも思えるのに。
(そう、なんだ)
ほんの少しだけ、理解出来た気がする。
何故、あの人に敬意を抱いたのか。
普段はあんなにいい加減なのに、何故色々な人に慕われているのか。

何故、ギンガが彼女を姉の様に感じたのか。

難しくて、言葉では言い表せない。
それでも。
あの人に受け入れてもらった事が、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
友人とか、家族とか。そんな括りとも違う自然な距離感。
(あんな人もいるんだね)
一歩間違えば、疎外感すら感じられる程の素っ気なさ。
だからこそ、もう一度会ってみたい。会わせてあげたい。
そう、思った。


「フェイトさんも、似たような事を感じたのかな」
呟いた彼女は、再び姉の方に目を向けた。特に変化は無さそうだったのだが――
(まさか)
スバルはある事に気付いた。
立ち去りつつある聖を、ギンガの視線が追っている。口元が微かに動いているのは、何かを呟いているのか。
「ま、待って、ギン姉」
彼女が足を踏み出したのを見て、慌てて前に立ち塞がった。
緊張感も無く、ゆったりとした歩調で足を進める姉。今まで無かった事だ。何かしらの好転の兆しだろうか?

だとしても、このまま後を追わせるわけにはいかない。

何気ない仕草で腕を掴まれる。
「……くっ!?」
その瞬間、スバルは表情を歪めた。万力のような握力が、自分の腕を握り潰そうとしたからだ。
反射的に見上げたが、その視線は彼方を眺めたまま。
害意は無く、関心すら無い。

彼女は、その手を上から握りしめた。
腕が軋んだが、バリアジャケットを着用する気にはなれない。
何故なら。
「何度も言ったじゃない。嘘じゃないよ、全部本当のことなんだよ、って」
眼を閉じた。
何度伝えても、そして何度頑張る姿を眼にしても――結果は同じだったから。

どれほど力強くても、姉は縋っているのだ。

俯いた彼女は、震える唇で言葉を紡ぐ。
「あたしも――聖さまも、ここにいるんだよ!」
そう叫んだ彼女は一端腰を沈めると、跳ね上げるように相手の身体を浮かせた。
「だから――」
泣きながらスバルは絶叫する。

「戻ってきてよ! ギン姉!」

「――――Wing Road!」
主の意を汲んで響くデバイスの声。
描かれた光の道は海へと続き、同時にマッハキャリバーの駆動音が全力稼働を宣言する。



そして。
姉を抱え上げた彼女は、数十メートル先の波間に飛び込んでいった。










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