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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第八話

<<   作成日時 : 2008/09/15 20:30   >>

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一瞬、目の前の風景が歪んだらしい。

「まいったな、こりゃ」
振り返った姿勢のまま、聖は途方に暮れたように頭を掻いた。

らしい、と言うのは、今一つ現実味が足りなかったからだ。
立ち眩みの経験はほとんど無いし、最近はダイエットもしていない。貧血になるような要因は思い当たらなかった。
第一、お昼はしっかり食べたのだ。
腹八分目で抑えた江利子と異なり、ウエストが気になるくらい景気良く。
ここの所ヘルスメーターに乗ってないから、今日の夜は挑戦した方が良さそうである。

まあ、それはそれとして。

(気のせいって思った方がいいかねえ)
今の奇妙な感覚が、眩暈に似ていたのは確かだ。
空が別の色に変わった様な、薄気味悪い違和感。
それは瞬きする間に消え去ったので、強引に納得するのも悪くない。
少し離れた場所で、潮干狩りの真似事をしている親子連れが、騒ぐ様子も無いとすると――そういう事になるだろう。
しかし。
数瞬前に響いた、悲痛な叫び。
(スバルちゃん以外に有り得ないじゃないか)
あれは断じて空耳では無かった。とすると、それすらも幻聴だったという理屈は通らない。
通らないが、自分以外には届かなかったようだ。
見回してみても、他に反応した人影は見当たらなかった。

「うーむ」
何となく腕を組む。
海を眺め、砂浜を見下ろして。
それから上を見上げた。
深みを増した蒼に、アクセントの白が混じり始めている。もう数時間したら朱に染まる浜辺の空。
現実感しかない様で、どことなく非現実感の漂う昼下がり。

「さて、どうしようか」
悩むような口振りで呟きながらも、彼女はあっさりと歩き出した。



「どこに行っちゃったかなー」
声から間を置かずに振り向いたはずだが、先程の場所に二人の姿は見えなかった。
光る道の様な残像が見えた気はする。が、それについては全く自信が無い。波の輝きを見間違えたのだろうか。
確信出来るのは、何かがあったという事だけだ。

スバルが、姉を強引に連れ戻したと考えるのが妥当ではある。
でも、万が一。
(洒落にならない事が起きたとしたら? ……だとしても、さっき自分で言ったんだよね)
何が出来るとも思えなかった。
ただ、このままでは気になって仕方が無い。下手すると一晩中起きている羽目になりそうだ。
「とにかく戻ってみるか。帰った可能性は高いけど、それならそれでいいしさ」
置きっ放しのブルーシートも片付けないといけない。買出しに出る前に江利子が話してたから、どこで借りたのかは分かるだろう。

と、やや足を速めようとした聖は、途中の松林に奇妙な物を見かけて足を止めた。

「……えーっと?」
焦っていた様な眼差しが、何故か極端に冷たくなる。
奇妙と言うよりも、これは?


はて――――何と言えばいいのやら。


      ◆   ◆   ◆


「こんな所で魔法を使うなんて。幾ら人目が無いからって、万が一って事もあるじゃない」
様子を見届けたシャマルは、大きく胸を撫で下ろした。
指で光るデバイスを含め、バリアジャケット着用の完全装備。
結果的に不要だったとしても、慎重な性格の上に近接戦闘が苦手な身としては当然だ。

結局の所。
ただ待つという選択肢を選べなかった彼女は、念話を打ち切った直後に転移魔法を使用したのである。
幸い、身を隠す場所が近くにあったから、そこからこっそり状況を窺った。
(バレたら怒られちゃう)
そうでなくとも、呆れられるのは情けない。
思わず飛び出したくなる場面もあったが、任せると言ったからには大っぴらに助けるわけにはいかず。
ほんの一瞬結界を張るぐらいが関の山。
会心のタイミングだったので、おそらく気付かれなかったと思う。
一般人を一人結界内に取り込んでしまったが、それは致し方ない。結界に気付かれたとも思えないので問題無し。

そもそも、あの女性は一般人と言うより関係者の一人である。

どちらにせよ、状況はスバルに任せて良さそうだ。
「あれなら大丈夫。後でまた迎えに来ればいいわよね」
がさごそと横に置いておいた紙袋を掻き集める。買い物途中だった服と靴が結構重い。
(さすがに、他の物を転送するわけにはいかないもの)
化粧品と調理器具については、ザフィーラへ早々に送りつけておいた。
しかし、服などは色々と怪しげな物も入っているので頼めない。
女物の下着を今更気にする相手ではなくとも、無駄遣いが見付かってしまうと小言が怖いのだ、
「はやてちゃんに言い付けられたら、大変だもん」
自分の給料で買ってるんだから、別に良いじゃないか――などと言えるはずもなかった。

とにかく、一度元の場所に戻って、それから連絡を待った方が無難。
「よいしょっ」
と、両手一杯の袋を抱えて、魔方陣を描こうとした時。

「――――重そうですね」
「はい?」
背後からの平坦な声に、彼女はつい振り向いてしまっていた。




堤防の端から僅かに数歩。
自分でなくても、気付かれるのが当たり前だと思う。
(これだけ派手じゃなあ)
いつか見たナカジマさんの先輩も、目立つ黒服だった。
ただ、白いマントさえ外せば都心を歩けなくもない気もする。金髪のモデルさんなら変わった服装も見逃されるから。
もちろん、あくまでギリギリの範疇。
しかし。
(これは完全にアウトでしょ)
眼を細めると、相手はさっと視線を逸らした。

頑丈そうなブーツに深い緑のスカート。白が基調の貫頭衣と萌葱に近いジャケット。
と、表現していいのか分からない服は、ゲームに出てくる神官と看護婦を足して割ったような風変わりな代物だった。
不思議と似合ってはいる。
(見てるだけで暑くなりそうだけど)
それに、こういう物を着るには些か歳が気になった。二十代半ばを下るまい。

と、言うことで第一印象。

「コスプレお姉さん?」
「な! ち、違いますっ! ……あ」
反射的に反論してから、失敗に気付いたらしい。その人は再び視線を逸らした。
冷や汗が浮いてるように見えたのは、この際目を瞑ってあげる事にする。
両手に抱えた都内有名デパートの袋が重そうだ。あちこち回ったらしく、多種多様な色合いが買い出し感を強めていた。
服だけならともかく、調味料や健康食品まで。せっかく美人なのに、過度な生活感がそれを帳消しにしている。

普通に考えれば、余計なことは言わない方が良さそうだが。
「暑くないんですか?」
「…………」
「この前の人は、マントを着てたけどミニスカートだったんですよね。制服はみんな違うんですか?」
「……制服?」
「ナカジマさんたちも、こういうの着てるのかなー」
「あ、あの子たちは、また別の」
「ほほう」
「!」
ひょい、と横に回り込んで顔を覗き込むと、慌てて反対側を向くお姉さん。
暫く見詰めていたが、今度は硬直したように動かなかった。放っておくと首筋を痛めるかも。

「別にいいですけど」
肩を竦めた聖は、くるりと相手に背を向けた。
態度を見ていると自分の事を知ってる様子だったが、今はそれより優先事項がある。
海岸の人影に気付いたのだ。
姉を両腕に抱え、海からしっかりとした足取りで上がってくるスバル・ナカジマ。
何故海中に飛び込む羽目になったのか、どうやってあの一瞬であんな場所にまで到達出来たのかは分からない。
インラインスケートで水上は走れないだろうから。
だけど。

「さっき、大丈夫って聞こえたような……それは二人共って事でいいのかな?」
「ええ」
独り言の様に呟くと、これもまた囁くような返事が返ってくる。
「このまま一緒にお帰りになる?」
「そうしたいのは山々ですが、ギンガの認識に欠落を作りたくないんです。あの子が意識を失ったのは」
「多分あそこですね。シートが敷いてある場所かな」
「だとしたら、あの場所で少し様子を見るように伝えて下さい。起きた時に混乱させないようにって」

(なるほど)
その言葉に含まれた真摯な響きに、聖は納得した。
少なくとも、この人も本気で心配しているのは間違いなさそうだ。

「よく分かりませんが、委細承知しました」
軽く頷いて、足を踏み出す。
それに合わせて立ち去ろうとする気配を、
「……あ。ちょっと待って」
「はい? 何でしょうか?」
ある事に気付いて呼び止めた。
「二人共びしょ濡れみたいです。シャワーは何とか探してみますが、着替えが無いんですよ」
「あ、そうよね。スバルは……はやてちゃん用でいいとして、ギンガの分はどうしよう」
紙袋の中身を吟味している音が続く。
「これでいいかしら。シグナムに着せてみたいからって、はやてちゃんが面白半分で頼んだ物だもの」
(面白半分?)
「うん……ちょっと派手だけど、サイズはだいたい合ってるわ。下着と靴も入れておくわね」
がさっと袋を置く音が聞こえた後。

「それじゃ、あの二人を宜しくお願いします」
最後に柔らかい一言を残し、その気配は消え去った。


      ◆   ◆   ◆


「色んな先輩さんが居るもんだね」
袋を拾い上げて砂浜に出る。
こちらに気付いたのか、スバルの驚いたような仕草が見えた。まだ距離があるので、軽く手を振り慌てないよう伝える。
(お姫様だっこだと疲れそうなのに、びくともしないんだ)
全く乱れを見せない歩調に感心した。
さすが正義の味方の妹である。

ブルーシートの辺りで合流すると、スバルは姉を抱えたまま恐縮した様子で頭を下げた。
「すみません。聞こえちゃったんですね」
「まあね。あれを無視して帰るわけにはいかないでしょ。――と言うより、無視するのは無理」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。何だか色々ありそうだから、仕方無いさ」
聖は微笑むと、彼女の腕の中に目を向けた。

以前と同じ、意識を失ったギンガの寝顔。
それがやや曇っている事に気付いて、濡れた前髪に手を触れた。目に掛かっていたそれを、そっと横に流してみる。
(夢でも見てるのかな)
口元が僅かに動いた気がした。
耳を近付ければ、また何か面白い事が聞けるかもしれない。
「どうしよう……聖さまがいる場所で、呼んじゃっていいのかなあ」
「あーそうそう」
ついでに、何やら悩んでいるスバルにも声を掛ける。
「スバルちゃんに伝言があるんだ」
「伝言? あたしにですか? 誰から――」
「緑のお姉さんから」
不思議そうな相手に、聖はにやっと笑いかけた。




「……そうだったんですか。シャマル先生、やっぱり来てたんだ」
「どうしよっか?」
「言われた通りにするつもりです。その場合、夜になっちゃいそうですね」
「いいんじゃない? 元々そうするつもりだったし」
少し迷った二人は、とにかく江利子と合流する事にした。
最終的にはこの場所に戻ってくるにせよ、ギンガは当分起きない。濡れたまま潮風に晒しておくわけにはいかなかった。

「あ、そうだ」
駐車場に向かって歩きながら、聖は先程の袋の中身を確認してみた。
スバル用の方は、スタンダードなシャツとハーフパンツ。下着は別の袋に入っていたスポーツ系でイメージ通り。
もう一つがギンガ用という事になるが――――
「うわ」
聖は、微妙な表情で沈黙した。

派手というか、可愛い事は可愛いのだ。
色合いも原色という程の物ではないから、単体として見れば良い方だと思う。センスも悪くない。
問題は一つ。


「まさか、あの人が着るつもりだったとか?」
何故か表情を消した彼女は、沈痛な声で呟いていた。










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