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zoom RSS 藤桜 ― 夏 ― 第九話

<<   作成日時 : 2008/09/15 20:31   >>

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「借りれた?」
「ええ。具合が悪くなった子がいるって伝えたら貸してくれたわ。その代わり、夕食を取ることになったけどね」
「高いのかな」
「まさか。一般客向けのコースもあるのよ」
「とすると、条件としては破格だね。予約してたわけじゃないんだし、正直運が良かった」
戻ってきた江利子に、聖は大きく頷いた。



駐車場に到着した聖たちを待っていたのは、不機嫌そうな江利子だった。
キーを受け取り損ねた彼女としては、車の外で待つ以外の選択肢が無かったのである。
もっとも、不機嫌な理由の大半は、蚊帳の外に置かれた事にあっただろう。
意識を失ったギンガを見て、さすがに慌てたものの――心配無用との説明に表面上は納得したらしい。
その後は特に疑問を口にする事無く、相談に加わった。

問題は、やはり海水に濡れた事だ。
普通の海水浴場なら常設されているはずのシャワー施設は見当たらず、車に乗せる事にはスバルが難色を示した。
座席を汚す事を気にしたらしい。
聖は後で洗えばいいと言ったのだが、塩水の厄介さを知っている彼女は譲らなかった。

色々と話し合った結果、江利子が近所の割烹旅館に掛け合う事で妥協したのである。



建物は鉄筋四階、外装を木造仕立てに整えてある。昼に食事した場所とは違うが、どこか似通った雰囲気に感じられた。
この界隈では、さほど珍しくないのかもしれない。
「借りたのは和室よ。一階の食堂がお座敷になってるでしょ? そこが満室になったら使うこともあるみたい」
「なるほどね。食事する客としてなら、堂々と借りれるわけだ。――お風呂は?」
「備え付けがあるけど、広くはなさそうね」
「と言っても、大浴場はまずいか」
ただでさえ目立つ四人組だ。
注目を浴びる事態は出来る限り避けたい。
「あたしがギン姉とお風呂に入ります」
ギンガを背負ったスバルが挙手をして発言する。
ある程度の水気は落ちたが、このまま乾くと大変だ。髪に砂が絡んだままだと後が困る。
「軽く流すだけなら、一人でも大丈夫ですから」
「いや、私も一緒に入るよ。意識の無い人をお風呂に入れるのって、凄く力が要るって聞いたからさ」
「でも」
「まあ力持ちなんだろうけど……それに」
楽しげに紙袋を抱え上げる聖。
「こんな難しそうな服、一人で着替えさせるのって大変だよ」
「難しい?」
気になったのか、江利子も中を覗き込む。
「なにこれ?」
「さるお方からの提供品でございますな。具体的に言うと、ナカジマさんの先輩さんから」
「……貴女、私を虐めてるでしょ」
彼女は、じとっとした眼差しで睨み付けた。
あれこれ聞きたいのを我慢してる者にとって、随分と酷な説明である。

「と、とにかく。スバルちゃんたちは、部屋に上がったらお風呂に直行」
聖は素知らぬ風で話を続ける。
「で、私も手伝うけど、江利子はどうする?」
「私は遠慮するわ。幾ら何でも四人には狭すぎるから、大人しく食卓で待ってるわよ」
「もしかして、拗ねてるの?」
「拗ねてません。言っておくけど、ギンガさんに変なコトはしないように」
そう言い捨てて先行する元ロサ・フェティダ。



「何てこと言うかな」
人聞きの悪い内容に、思わず苦笑する。いやまあ、確かに言われても仕方ないが。
「聖さま、まさか?」
「ちょっとスバルちゃん、何その疑いの目は」
何故だかやたら不安そうな視線に気付いて、彼女は慌てて取り繕った。
「私が、無抵抗な人に何かするように見えるのかなー?」
「それは見えませんけど……」
「だったら安心して、お姉さんに任せなさい」
ぐっと親指を立てて江利子の後を追う。先にタオルを借りておかないと、廊下を汚すかもしれない。
それと。
じゃあ、何でそんなに嬉しそうなんです? と、背後で呟かれた声については。

聞こえなかった事にした。


      ◆   ◆   ◆


最後の問い掛けに、答えらしき物は与えられなかった。
明快な指針を求めたわけではないが、あそこまで突き放されると少々悲しい。

(でも、それが当たり前じゃない)
彼女は諦めたように首を振った。
ここで人に頼ってるようでは、あまりにも情けない。
確かに、自分だけで出来る事が全てじゃない。
頑張れるだけ頑張ったら、遠慮無く頼れという忠告も理解出来る。――だとしても。

「私、精一杯頑張ったのかなあ」
もう一度だけ振り返った。
何かが、決定的に違ってしまったパズルの盤面。
まだ半分。だけど、残り半分は今までより遙かに早く進むと思う。
それだけを確認した彼女は。

青く染まった視界の中で、寂しそうに微笑んだ。





パチパチと何かが弾けるような音が聞こえる。
(何の音だろう?)
意識を向けてみると、どこか聞き覚えのある声を伴っていた。

(スバル? それと――)

「連発花火は、手に持ったら危ないわよー」
「やり方が違うんですか? でも、さっきのと同じ大きさですよ?」
「そうだけど……あ、もう遅いか」
「ひゃあああぁ!?」
悲鳴と共に、真横に走る光。
それが次々と続くのに併せて、喧噪も更に騒がしくなる。
「こここれ、どうやって止めるんですか!?」
「止められません。三十連発だから、最後まで我慢するしかないわね」
「だ、大丈夫ですよね?」
「さあ? いきなりドカンといったら諦めて」
「そんなあ!」

「あーあ、江利子も容赦ないなー」

(今のは?)
耳元で上がった声に、拡散していた意識が集中する。

「流れ弾が飛んで来そうなんですがね。危ないから、もっと海の側でやったら?」
「了解ー」
「りょ、了解ですっ!」
ばたばたと幾人かが走り去る気配。

「あれじゃ、線香花火しか残らないかもね」

先程まで会話していた声に良く似ていたが、現実感はまるで異なる。
いつの間にか、周囲の風景が変わったような気がして。

彼女は、ゆっくりと眼を開けた。




周囲は既に暗かった。
一瞬、自分がまだ眼を閉じているのかと錯覚する。
徐々に焦点を合わせると、やや明るめの夜空が広がっていた。星明かりが霞む程の都市光が、上空の薄雲を照らしているのだろう。

「あ、起きた?」
「……聖、さま?」
ふと気付けば、屈託のない笑顔が覗き込んでいた。
同じように相手の瞳を見詰めてから、混乱した頭を整理する。
どうやら砂浜に横になっているらしい。シートの下に広がる砂の感触と、枕代わりの柔らかい包み。
「あ、と」
「前と同じだよ。いきなり寝ちゃったんだ」
「…………そうですか」
ギンガは深々と溜息を吐いた。
微かに覚えているのは、見上げてくるスバルの驚いた表情と――――

(やっちゃったかな)
両腕に痺れが残っているのは、気のせいでは無さそうだ。
「何か、ご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
「どれの事か分からないな。ナカジマさんの言ってるのは姉妹喧嘩の事?」
「多分、そうです」
「私は見てただけだから、それについては迷惑って程じゃないよ」

聖の口調に動揺は見られない。
だからといって何も無かったはずもないのだが、少し心が軽くなる。

「ついでに、お土産」
「わ」
いきなり、顔の前に何かが差し出された。
「これは――」
「暗くなるまで時間が余っちゃってね。江利子たちに、さっきの植物園で買ってきてもらったんだ」
「可愛い花ですね」
桜色よりも、やや赤に近い五枚の花弁。
それが三輪程の小さな花束は、髪飾りを意図した物らしく、束ねた紐にヘアピンが付いている。
「何て名前ですか?」
「内緒。こっちよりは似合うと思って」
聖はもう一輪の花を取り出した。やや尖った白っぽい花弁の大輪が、ちょっとした圧迫感を感じさせる。
「大きいでしょ。原種だから仕方ないんだけど、可愛いって感じじゃないよね」
「……それも内緒なんですか?」
「うん」
悪戯っぽく笑うと、彼女はギンガの頬を撫でた。
「本当はこの時期に咲く花じゃないんだ。その上、この二種には共通点がある」
「全然似てないのに?」
「調べれば直ぐに分かるよ。でも、偶然分かった時の感想が聞きたいな」
髪を手櫛で梳いた彼女は、以前と同じ位置に花を留めた。
「赤い服に似合うかも」
「そうですね。……赤い?」
言われて、ギンガはようやくその違和感に気付いた。
着ている服の肌触りが全く違う。自分はこんな赤い――重い物を着ていたはずがない。

「ええっ!?」
慌てて身体を起こした。
身に纏っているのは、フリル付きの真っ赤な衣装。
(これってヴィータ副隊長の?)
細かい点は異なるが、かつて同僚だった魔導師が着用するバリアジャケットに良く似ていた。
帽子は無く、各所の意匠は異なるものの、全体の雰囲気はそっくりと言っていい。

無論、自分には欠片も似合わない。

「あれこれあって、海に飛び込んじゃったらしいんだ。それで着替えさせたってわけ」
「それにしても、これをどこから」
「緑の服を着た先輩さん。金髪で、ナカジマさんよりちょっと年上って感じの」
「シャマル先生……また何か、変な事を考えてましたね……」
本人が聞いたら、全力で無実を主張しそうな事を呟いた彼女は、
「あれ?」
もう一つ重要な事に気が付いた。

自分の髪に触れてみる。
風呂上がりの様にさらっとしていて、微かにコンディショナーらしき芳香を伴っていた。肌にも爽やかな感触。
(ま、まさか)
横で怪しげな笑みを浮かべる聖を無視して、首を傾げる。
「スバルが洗ってくれたのかしら。そうよね、海水に濡れたままじゃ」
「髪が傷んじゃうもんね。長い髪はこういう時に大変だよ。ま、私が念入りに洗ってあげました」
「……き、着替えは、前の時もスバルが」
「こういうゴスロリっぽい服は難しいかなって思ったけど、意外と簡単な物もあるんだね」
「…………し、下着くらいは」
「サイズがちょっと違ってたかな。でも今日だけだから、肩が凝る心配は無いでしょ」
「………………最初に、着てた服」
「コインランドリーで洗濯した後、スバルちゃんがタオルで包んで枕にしちゃった。皺にならないのかな」
「………………」
「それにしても、実に羨ましくなるプロポーションだねえ。肌も凄く綺麗で」




「聖さま!」
涙目で睨み付けてくる視線が、否定を希望しているのは重々承知。が、残念ながら容赦はしない。
「いや、隅々洗ったのも着替えさせたのも私だよん。真に眼福でござった」
にんまりと笑う前で――相手は表情を染め上げていく。耳だけでなく首筋まで真っ赤である。
同じ赤面でも、怒るよりこういった顔の方が可愛い。

ただ、本気で泣き出しそうだ。
「あー、ごめんごめん」
俯いてしまった相手を抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩く。
「何も泣くことはないじゃない」
「泣いてません!」
耳元の怒鳴り声に顔を顰めながらも、聖は楽しそうに笑った。
「お、元気。これなら平気かな」
「何がですか!」
「色々と、だよ。悩んでばかりじゃ疲れちゃうでしょ。たまには怒るぐらいがいいさ」
お父さんの事とか、と囁かれて、ギンガは驚愕の色を浮かべた。
「聖さま……まさか」

「さて、そんな事よりも」
何か言いたげな相手にウインクを返すと、砂浜で花火に興じている二人を眺めた。
「そろそろ向こうに合流しよう。このままだと全部無くなりそうだ」
「あ、はい」
ギンガは慌てて立ち上がった。
海岸線の各所では、他にも何組かの家族連れが花火を楽しんでいる。
時折打ち上がる光はロケット花火だろう。笛のような音と光が夜空に吸い込まれていく。

「さっき、ナカジマさんに一度お別れの挨拶をしたんだ。――覚えてる?」
「いいえ。申し訳ありません」
「あ、いや、いいんだ。聞かなかった事にして欲しいから」
彼女は自分で言った台詞を思い出した。
(またどこかで会おうよ、ね)
それはわくわくするような希望を伴った約束事だ。
しかし、無理に偶然を期待する必要は無いかもしれない。会いたい時に会えるという『前提』が必要な時もある。


「いつでもおいで」
「はい?」
「滅多に来られないんでしょ? だったら私が合わせるよ。来た時はいつでも声を掛けて」
「でも、聖さまのご都合が。学業の方もあるでしょう?」
「見くびられては困りますな。一日二日のハンデで後れを取る程、この元白薔薇さま、甘くはございませんぜ」
「さぼってばかりと聞いた気もしますが」
「はて」
大仰に首を捻る様子に、ギンガはくすっと笑った。
「そうですね。落ち込んだり、悩んだりした時は甘えに来ます」
「素直でよろしい」
聖は頷くと同時に、携帯を取り出した。
「それにさ、こういう格好がこれっきりじゃつまんないよ。今度は別の服にチャレンジしない?」
「? ――ああっ!?」
いつの間に撮られたのか。
小さな画面の中に浮かぶのは、真っ赤な服を纏ったギンガ・ナカジマの艶姿。

「ちょ、ちょっと聖さま! そういうのは本人に許可を取って下さい!」
「カメラちゃんには許可出したじゃん」
「あれはあれ、これはこれですっ!」
「聞こえなーい」

追いかけっこしながら走ってくる二人に気付いたのか。
江利子の呆れたような苦笑と、スバルの泣きそうな笑顔が出迎えている。





やや強い海風が、四人の間を通り抜けた。
――――孕んだ熱気が減ることも無く。暑い夏は、まだこれからである。










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