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zoom RSS 藤桜 ― 秋 ― 第二話

<<   作成日時 : 2008/11/03 20:53   >>

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イチョウ。
文字は銀杏。読み方は二通りあって、もう一つは『ぎんなん』と読む。
ぎんなんとは実の事であり、果肉ではなく種の部分が食用に適すとのこと。独特の風味ながら、好む者も少なくない。
料理によっては入れるのが定番だから、好まぬ者にも知名度は高いようである。
ちなみに。
同じ文字で木と実の双方を表す例は、滅多に無いそうだ。



「それに、性別がはっきり分かれてるのも面白いな」
説明されたギンガは、立ち並ぶ木々を見上げた。
五割方が一つの色に染まりつつある様子は壮観である。以前見た桜とは、まるで異なる鮮やかさ。
色合いとしては暖色系とも言えるのに、季節感から寒色といった印象を強く伝えてくる。
案外、この違和感こそが、紅葉や銀杏の魅力を作り出しているのかもしれない。
(でも、桜がこの季節に咲いてたら、違和感が強過ぎちゃうんだろうな)
もう一度銀杏並木を眺めてみた。
ほぼ同じ樹齢のようで、手入れもそれなりに行き届いている。

雌雄それぞれ違うそうだが、区別は出来ない。

「何だか、全部同じに見えるけど」
「そうかもしれませんね」
隣を歩く志摩子が、ふわりと微笑む。
「でも、よくよく見ると違うそうですよ。例えば」
あれと、あれ。それから、ここの二本。――細い指が、何の迷いもなく指し示す。
その様子は、随分と楽しそうだ。

「うーん」
曖昧に頷いてから、ギンガは目を細めた。
視覚を切り替え、本気で見分けてみようと試みる。
(枝振りが違うかな……横に広いのと、縦に長いのがあるような気もするけど)
確実に雌株と思えるのは、実らしき物が付き始めている数本だけ。
しかし、すぐ近くで識別された二本については、明確な差異を見出せなかった。
葉の形にも規則性がありそうだが、それも確実とは言いにくい。
彼女は何故、あれほど簡単に見分けられたのだろう?
もしかすると、何か高度な技術が必要なのかもしれない。ベテランの勘が計測器を上回るケースは、珍しくないからだ。

もっとも――この場合『ベテラン』という称号は、些か語弊があるような気もする。
学生が在籍出来る年数には、限りがあるのだから。

つまり。
「さすが現役のロサ・ギガンティア」
「――え?」
正直な感嘆を漏らすと、相手は戸惑い気味に振り返った。
そのちょっとした挙措にすら淑やかさを感じて、ギンガは納得したように頷く。
並外れた美貌に、年齢からは考えられない程の、落ち着いた印象。
そして、母校を隅々まで把握している様は、まさに生徒の鑑――これぞ薔薇さま。
誰かさんのせいで揺らいでいた常識が、ようやく矯正の機会を得られたらしい。
「前から思ってたんですよね。学園の代表たる人は、こうでなくちゃって」
「はい?」
「江利子さまも、最初は薔薇さまって感じだったのに、この前は悪ノリするんだもん」
初顔合わせの翌月。
改めてこちらに来た時、彼女に着せ替え人形にされてしまったのだ。
大手百貨店、それも高級衣料品店ばかりを巡る苦行の旅。同行した聖も、止めるどころか一緒になって暴走していた。
ほぼ半日振り回された記憶は、思い出すだけで疲れる。
「本当にもう。途中で泣いちゃおうかと思った」
「あの、ナカジマさま?」
「それに聖さまは、その……落ち着きとか威厳とかはちょっと、って感じだから」
「ええと」
全くフォローのしようがないので、表情の選択に困る志摩子。

「それにしても」
ギンガは首を捻った。やはり気になる。
「私、これでも間違い探しは得意な方なんだけど、全然分からないなー」
「何がでしょう?」
「さっきのイチョウの話」
違いは何となく分かっても、断定するコツが掴めない。


「そのことですか」
志摩子は、気恥ずかしくなって両手を合わせた。
問われたことについて、隠すつもりなど毛頭無い。……無いけど、ここまで感心されると言いにくい。
「別に、大したことでは――」
「何? 本当は簡単なの?」
遠慮がちに説明を試みようとするが、瞳を真っ直ぐ覗き込まれて口籠もる。
まるで子供のような輝きに、妙な罪悪感さえ感じてしまう。
「大したことでは、ない、と言いますか、その」
「やっぱり勘なのかしら? それとも私が勘違いしてる? いったい、どこで見分けてるの?」
「ですから」
「もし良かったら、ご教授賜りたいな」

「――違うんです」
「?」
「実は、見分けたわけではなくて」
疑問符を浮かべるギンガを、小さな声で遮ってから。

「昨年、銀杏を拾い集めた時に、覚えてしまったんです……」
頬を染めた彼女は、恥ずかしそうに俯いた。


      ◆   ◆   ◆


考えてみれば。
写真を撮られたこともある上に、同じ敷地内に何度も足を踏み入れているのだ。
自分が関係者に知られていても、何の不思議も無い。
白薔薇さまを二期勤め上げている藤堂志摩子は、佐藤聖の『妹』だったのだから尚更である。

もっとも、彼女が自分を知ったのは、祐巳から見せてもらった写真だそうだ。
学園祭で蔦子が展示した物も見たとのこと。
一通り自己紹介を済ませた後。聖との待ち合わせ時間まではと、志摩子は散策の同行を申し出た。
まあ、彼女なりにフォローを入れたつもりかもしれない。



ぎんなんについてと、その美味しい調理法。それから定番の茶碗蒸しの話は面白かった。
学内での収穫となると予想外で、これだけの美人が嬉々として拾い集める姿は、想像すると微笑ましい。
持ち帰る為に袋を幾重にも重ねたりとか、持ち帰った後の苦労も興味を引いた。
食べる為には、何段階かの工程が待っているそうだ。

「でも、雌株の位置をほとんど覚えてるって事よね?」
種明かしされても、それはそれで立派だと思う。明確な印が付いているわけでもないのに、これだけの本数を把握出来るとは。
記憶力が並外れているというより、並々ならぬ熱意を感じる。
「それとも、ぎんなんが凄く美味しいのかなあ。一度、食べてみたいな」

「あの、好まれない方も多いので……」
やっぱり凄いな−、と感心した表情に、志摩子は何とか話題を変えようと視線を彷徨わせた。
校舎の方から吹いてきた冷たい風に、首筋を震わせる。陽差しは暖かいが、晴天の冷え込みは早い。
――とすると、上着。
「暖かそうですね」
「ああ、これ?」
ギンガは袖口を振ってみせた。軍人が着そうな意匠の、やや大きめなハーフコート。
「今朝方、父さんから勝手に借りたの。多分、今日は着ないと思うのよ」
「どうしてですか?」
「私の先輩に、車で連れて行かれちゃったから。最近、色々と大変みたい」
「はあ」
口元に手を当てて苦笑する彼女を、訝しげに眺める。
この楽しそうな様子は見覚えがある。
以前、江利子が浮かべていた笑顔に似ていて――目撃した令が青褪めるような、怪しい予感を伴ったもの。
要するに、状況を楽しんでいる?

(聞かない方が良いのかしら)
志摩子は、思案気に首を傾げた。
父親と仲が良いのは間違いないし、楽しそうな話とも思えるのだが。
万が一、込み入った内容だと大変だから。
自身の生い立ちや家族構成について、語ることに躊躇いは無い。しかし、自ら言い触らす内容でもなかった。
彼女も同様かもしれない。
(そうね。もし話題がそちらに向かったら、また考えましょう)
時間は、まだ十五分以上残っている。

少し気になったのは、先程から感情豊かに振り回されるのが、左手のみだという事だ。
もう片方は、コートのポケットに入れられたまま。
「右手、どうかなさったんですか?」
「えっと、ね」
一瞬、不思議な笑顔を浮かべたギンガは、手をあっさりと引き出した。
空を見上げながら、志摩子の前で大きく開く。
「ちょっと冷え性というか、この程度の寒さでも痛くなるの」
「そうだったんですか」
傷一つ無い白い指先は、確かに、細かく震えているようにも見えた。
「右手だけなんだけど、おかしいかな?」
「いえ、おかしいだなんて。とても綺麗な手をしてますよ」
「そう? ……そっか。ありがとう」
薄く微笑んだ彼女は、そそくさとポケットに戻した。
「もう少し時間があるから、裏手に回ってみようと思うんだけど――まだ大丈夫?」
「あ、はい。ご一緒させて下さい」
ギンガの後を追い掛けながら、志摩子は薔薇の館に視線を向けた。
乃梨子なら、多分待っててくれるはずだ。他に気懸かりもないから、もう少しお付き合いしよう。

ただ。
何故彼女は、自分の『右手』から目を逸らしていたのか。
――その疑問を、志摩子は言葉にしなかった。



その頃。

「ふむ。二人とも居ないとは予想外」
講義終盤、混乱気味の質問タイムから脱出してきた聖は、学生ホールで呆っと佇んでいた。


      ◆   ◆   ◆


建物の入口から覗いてみると、基礎が相当痛んでいるのか、縦横無尽に走る亀裂が目に付いた。
おそらく公的施設だったのだろう。内部には、集会場を兼ねた大規模空間を有している。
高層建築だというのに、下層通路部分の天井も高い贅沢な造り。
この手の構造は、大黒柱的な主柱ではなく、壁面全体で維持していることが多い。

「とすると、結構危険かも」
ギンガは慎重に足を踏み入れた。
ブリッツキャリバーを手に取ったが、私的理由で起動するのも気が引ける。周囲の索敵と分析だけ頼むに留めておく。
亀裂については、ほぼ全てが古い物のようだ。
(現状は大丈夫そうね。崩壊してる部分も見当たらないし、人の気配も無いか)
当然ながら足跡も無く、室内の空気は澱んでいた。
しかし、先程の小動物が通り抜けた気配――温度変化の痕跡は残っている。それも複数。

だからこその不審。

「水場がありそうには見えないな。食物があるとも思えないけど……」
食物連鎖が成り立つ為の最低条件。それは水分である。
最下層は菌糸類でも構わない。
だが、如何に複雑な階層を築こうとも、水が無ければほとんどの生命体は活動出来ない。
砂漠にも生態系は存在するが、大気がここまで乾燥しているとなると、この手の場所では少々厳しい気もする。
高度に抗菌処理された部材が、苔一つ生えることを許さないから。

無論、魔導生命体や非炭素系生物、更にはロストロギア関連の存在は話が別だ。
自分の所属する108部隊は、そういった特異な存在に馴染みがあり、その危険性についても良く理解している。
それ故、どんな状況でも可能性を完全否定することは無い。

入口の受付を通り過ぎ、エレベーターホールで周囲を見回してみる。奥の非常階段の扉は外れているようだ。
(でも、そこまで警戒することもないかな)
彼女の視覚は、そこに向かう幾筋かの移動痕を捉えていた。
長い時間を経た廃墟に、独特の生態系が構築される例が皆無とは言えない。
ミッドチルダの建材が、どれだけ頑丈且つ無菌加工を施された物だとしても、耐久性には限度がある。
案外、それなりの植生が築かれたのかもしれない。

そう気楽に考えた彼女は――それを視界に入れた途端、考えを改めた。

砕け散ったガラスの破片。
最近の物ではないが、周囲と比べれば明らかに新しい。おそらく数ヶ月以内に外部から持ち込まれた食器の類。
生体の残留反応は感知出来ず。とは言え、見過ごすにも無理がある。
誰かが勝手に住み着いた挙げ句、そういった結果を招いたとしたら?
越権行為な気もするが、ここは確認すべきだろうか?
(どうしよう。……あの時だって、何も無かったけど)
『彼女』の友人が住む下宿先の大家さんだって、単に外出していただけだった。
あの件は、結局笑い話で済んでいる。
だったら、今回だって――――?


「あれ?」
不可解な迷いを感じて、何気なく頭を掻いた。
頭痛とは異なる、僅かな眩暈。
思い起こせば、ここ一週間のスケジュールは限度を超えている。体質で対応可能な範囲以上の寝不足。
一度気付いてしまうと、立ったまま寝てしまいそうな激しい眠気に襲われる。
(うわ……本っ気で眠たい)
くらくらする額に手を当ててから、もう一度前方を確認した。
崩壊の激しい上層階は、確率が低いから除外するとして――非常階段から地下に下りる程度なら大丈夫かも。
多分、管理用設備と駐車場くらいしかないはず。

眠いことは眠いが、探索に大した時間は掛かるまい。
こういう事は、さっさと終わらせた方がいいに決まってるのだ。

「よし。このまま帰っても、気になって仕方ないものね」
気懸かりを片付けたら、早く帰ってぐっすりと寝よう。
どうせ、明日以降はお休みなんだから。










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