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zoom RSS 藤桜 ― 秋 ― 第三話

<<   作成日時 : 2008/11/11 21:08   >>

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「――それで、親切なサンタさんのご用件は?」
平坦な声が、マリア像の前で冷たく響いた。


「いや、この季節にサンタさんは無いっしょ」
「どうでしょう」
嫌味すら感じさせない、淡々とした言葉の羅列。
「失礼ながら、一年中同じパターンで行動なさってると思いましたので」
「んなわけないじゃん。って言うかさ、心の籠もってない丁寧語は酷いね」
「でしたら」
無表情のまま、乃梨子は目を細めた。
「暇を持て余し気味な季節外れのサンタが、手土産無しで何の御用です? 親切なセクハラ以外で」

「……輪を掛けて酷い」
首筋や耳の後ろ、背筋や鎖骨を撫で回していた手がピタリと止まる。

「意外なほど育っても不感症は変わらない上、毒舌が割増になったよねー」
「言いたい放題ですね」
彼女は、後ろから回された腕を眺めた。
あちこち揉むわ触るわ撫でるわ、更には息を吹きかけてくるわのセクハラ三昧。それも衆目お構いなし。
帰宅中の生徒達からの視線が、とにかく痛い事この上ない。
以前より遠慮が無くなった気もするが、その辺は――まあこの際どうでもいいか。
(抱き付く癖は我慢してもいいけど……このままじゃ動けん)

「ちぇ、つまんないの」

いっそ、手の甲を抓り上げてみようか――などと不穏な考えに至ったのに気付いたのか、絡み付いていた腕が解かれる。
「久々に会ったんだから、もう少し愛想良くしてもいいじゃんか」
「必要性を感じなかったので」
振り返ると、以前同様の軽薄そうな笑顔が頭を掻いていた。
確かに、印象的な美人である。性格も気さくで、適度に軽く人懐っこいところが魅力なのだろう。
大学に上がっても、人気の高さが変わらないのは理解出来る。

――が。
虚ろと言えるくらいに眼差しから力を抜き、ぼそっと呟く。
「ご用件は? 答える気が無いなら、回れ右を推奨しますよ」



「や、相変わらず手厳しい」
問答無用で背後から抱き付いた事を詫びる素振りも無く、聖は周囲を見回した。
「あのさ、人を捜してるんだけど、見掛けなかったかな?」
「どんな方です?」
「変わった色の長い髪で、すらっとした美人さん。歳は私と同じくらい」
「外部の方は見ていません。私も志摩子さんを捜して、この辺りを回ってたんですけど」
「志摩子を? ――ま、そういう時期か」
ふむ、と思案するように腕を組む。

景に連絡を入れて、ギンガが来ている事は確認した。ただ、別れた後の事は知らないらしい。
待ち合わせ場所に姿は見当たらず、周囲の何人かに聞いてみても駄目。おそらく、どこかで時間潰しをしていると思われた。
学外には出てないはずだが、大学構内で今更見学するような場所も無い。
とすると、またこっちに来てるかも。
(待っててもいいんだけど、それじゃ退屈だしさ)
入れ違いになる可能性も考えたが、その時はその時。

「――って事で、この辺りを散歩してたんじゃないかな、と」
「何故、この辺りなんですか?」
「彼女は外国の人でね。多分、秋のイチョウは初めてなんだ」
「なるほど……?」
こちらの意味ありげな視線に気付いたのか、乃梨子は眉を顰めた。
言いたいことを即座に読み取ってくれるところは、さすが次期ロサ・ギガンティア。実に頼もしい。
「外国の方が、物珍しそうに辺りを見回しながら、散歩してたわけですね」
「しかも、同じように見回っていた学生もいたわけだ」
最後の秋を楽しんでいたのは間違いないが、名残惜しむにはまだ早い。結構、気楽に歩いていたはず。
『二人』とも。

「合流したんでしょうか」
「かもね。志摩子が案内してるって線は堅いと思うよ。でも」
「でも?」
「私も以前案内したんだよなー。銀杏並木とマリア像、桜や敷地内の施設とか」
夏以降、幾度か機会が有ったから、ほとんど案内を終えているはずなのだ。
そうなると、新規で見物している場所は想像しにくい。
「薔薇の館は?」
「外からだけ。他の人がいるんだったら、中に上げてお茶を振る舞う可能性は無いでしょ」
「そうですね」
少なくとも、今現在は黄薔薇ファミリーが仕事に勤しんでいるはず。
そこに客を招く程、気が利かないってことは無いだろう。たまに突拍子もない行動を起こすが、それは聖も乃梨子も承知している。
この場合は考慮しなくとも大丈夫。
「そうなると、聖さまが案内してなくて、しかも志摩子さんがそれに気付いていそうな場所」

「――――あ」

「心当たりがあるんですね」
唐突に声を上げた聖を、乃梨子が訝しげに確認する。
「いや、何か、あそこしか有り得ないって気も……でもなあ」
「はっきりしませんね。何でそんなに曖昧な言い方なんです?」
「場所は分かるような気がするんだ。だけど、行って欲しくなかったなってさ」
幾つかの光景を思い浮かべながら、聖は裏手の方に視線を向けた。
教材として使われている場所じゃなく、馴染みのある古い方。
外観は自分が在学中の頃からボロボロだったが、最近は手入れしてくれる学生がいるらしい。
中については、昔から華やかである。
もちろん今の様子は知らないが、少なくとも『あれ』は確実に育てられているはず。
(別に、あの三種を必須にしなくてもいいのに)
四季咲きならともかく、結構難しいと思うのだが。
「結局のところ、どこなんですか?」
「いや、思い違い。まあ、そのうち帰ってくるだろうから、待ち合わせ場所に戻ろっか」
聖は、少々強引に話の方向転換を試みた。
出来れば知らない振りをしておきたい。その方が、どんな説明をしてくれるか楽しみに待てるから。

しかし。
残念ながら、眼前の相手は二条乃梨子。女優と剣士を率いて、次代を担う鉄の女。
目上の者が相手とて、一歩も退かぬ剛の者である。
「なるほど分かりました。それで、どこなんですか?」
「えーっと……私の話、聞いてた?」
「どこです?」
いい加減にしろ、という厳しい視線の前では如何ともし難く。


「……温室」
彼女は、何故か残念そうな口振りで呟いた。


      ◆   ◆   ◆


藤堂志摩子。
小寓寺の一人娘。父親は住職を務め、母も健在。兄の賢文は家を出ているが、偶に妹を訪ねる事もあるらしい。
家が寺とはいえ、それほど厳めしい雰囲気を持たず、住職の大らかな人柄は檀家中に知られている。
無論、家庭内に不和は無く、父と兄の諍いも微笑ましい程度のものだ。

ただ――彼女は実子ではない。

実の父親は、賢文の夭逝した兄の准至である。
実母も、彼女を産んで一月を経ずして亡くなった。幾つかの事情により、二人は別々の場所で眠っている。
避けようのない死を目前にして、人が選択出来る事はあまりにも少ない。
病で倒れる直前、准至は父親に娘を託した。
行く末についても、幼かった賢文に何事かを告げる。
それは、正確に言えば依頼ではなかったが――少なくとも、彼が以後の指針としたのは確かだった。

乳飲み子だった志摩子が、事の詳細を知ったのは随分後のことになる。



ギンガ・ナカジマ。
ナカジマ家の長女。父親はゲンヤ。母親のクイントは任務中に殉職。気丈で明るい女性だったそうだ。
幼かった娘達と父親の生活は、多少なりと苦労を抱えながらも順調に推移し、今でも極めて仲が良い。
妹のスバルも、姉に勝る活発さを示して頑張っている。

だが、やはり実子ではなかった。

二人は、機械と融合させる事を前提に遺伝子加工され、人工的に生み出された実験体である。
ある事件で彼女達を保護したクイントは、夫と相談の上で養子に迎え入れた。
彼女には子供がおらず、その事も決心の土台となったのだろう。
後々判明したのだが、二人の遺伝子情報はクイントの物であった。言い換えれば、彼女達は母親の写し身という事になる。
無論偶然とは言い難い。ただ、夫婦が受け入れて然るべき事実なのは間違い無かった。

幾つかの裏事情があるにせよ、そこには家族となる必然があったのだ。




「物心ついた時には知っていました。自然と受け入れられたのは、両親の話し方が上手だったからだと思います」
「私の場合、引き取られた時には理解出来る年頃だったし……詳しいことは、後で父さんに聞いたから」
ギンガは、小さなスコップで薔薇の根本を整えた。
その横では、志摩子が陶器製の水差しで、各所を丁寧に湿らせている。

散歩の途中。
お互いの父親の話になった時、二人は何となく話題にしてしまったのだ。
血縁でありながら養子であること。そして、今はそれを自然に受け入れていること。
実の祖父母に、娘として引き取られた志摩子。
自分自身とも言える女性に、娘として引き取られたギンガ。
近いようで遠く、表面に見える部分以外は共通点も多くない。片方は要点をぼかしていたから尚更である。
それでも彼女達は、一つの共感を覚えていた。

それは、この事実が自分たちにとって当たり前で、重い話でも何でもない――ごく普通の世間話だったということだ。

「ですから、気にせず喋ってしまうと」
「重い話を聞かされたって、相手に思われちゃうのよね。こっちは気にしてないんだけどなー」
スコップを置いて、その花に触れた。
ついさっき名前を教えてもらった、シンプルな色彩の大輪。以前、誰かさんに見せて頂いたのと同じ物。
これも偶然知った内に入るのだろうか。
「人に言われないと、案外気付かない」
「どうってことのない話だって、思い込んでるんです。相手の表情を見て、ようやく気付いたり」
「もしかすると……軽い気持ちで話して、場を暗くした経験ってある?」
「あります」
顔を見合わせた後、二人はくすっと微笑んだ。

「ナカジマさまのお国では、それほど珍しくないんですね」
「こっちでは珍しいの?」
「はい」
水差しを置いた志摩子は、入口付近の花の葉を確認していた。
気になる点があったのか、僅かに眉を顰める。
多少目立つ色の変わり具合。この様子だと、扉の隙間から風が入り込んでいるのかもしれない。
「法律等の詳しいことは知りませんが、少なくとも、あまり一般的ではないと思います」
なるほど、とギンガは頷いた。
相手の話に合わせているうちに、自分の出自は代理母出産によるものとなっている。
もちろん実際とは異なるが、意味合いとして大筋では間違っていない。
「下手に教えると驚かれちゃうかな」
「そうかもしれません。――あ、水は撒き過ぎないでください」
「っと」
水を足していた彼女は、やんわりとした忠告に手を止めた。
「それにしても、外見は傷みが激しい感じなのに、中は意外と綺麗なのね。一人で手入れしてるの?」
「いいえ。他にも何人か、熱心な方がいらっしゃるようです」
「後輩かしら? それなら、卒業しても安心ね」
そう微笑みかけると、志摩子は嬉しそうに頷いた。


(こういう、のんびりした雰囲気っていいな)
一緒に作業していると、今日が初顔合わせという実感が全く湧かない。
昔からの知人と居るような楽しい気分に、ギンガは何となく外を見上げた。やや汚れの目立つガラスの向こう側。
いつの間にか、陽が結構傾いている。
木立の揺れも、先程より大きくなっているようだ。
「外は少し、寒くなってきたかも」
「そうですね。今日は風もありますし」
ぱちん、と枝を切る音。
「お昼は暑いくらいでしたけど、やはり秋ですね」
「帰る時は、暖かくしないと風邪を引きそうね。コートだけじゃ寒くない?」
「大丈夫です。マフラーも持って来ま、したか……ら」
不意に、語尾が小さくなる。
「どうかしたの?」
振り向くと、枝鋏を手にした志摩子が――顔を青褪めさせていた。
「あの、ナカジマさま」
「?」
「お時間の方……」

震える声が耳に入った瞬間、ギンガは慌てて胸元を見下ろした。が、今日はデバイスを持ってきていない。
例え持っていたとしても、この静寂の中で忠告出来たかどうか。
「ど、どう考えても、あれからかなり経ってるわよ、ね」
「そ、そうですね。どうしましょう? 聖さまも乃梨子も、きっと怒って――!?」
絶句し、呆然と立ち竦む志摩子。
「まさか」
嫌な予感に襲われながらも、ギンガは彼女の視線を追った。
温室の入口――の、反対側。茂みに隠れていたであろう人影が、恨めしそうな目付きでこちらを睨んでいる。

どうして入ってこなかったのか、とか。
そりゃ寒かっただろうとは思うけど、何でこちらのせいと言わんばかりの表情なのか、とか。
後ろの子は初めて見るけど、何故怒ったような困ったような不可解な表情なのか、とか。
聞きたい事は山程あったが。

――待ち合わせを忘れた自分たちに、聞く権利なぞ無いわけで。

「あはは」
怪しげな笑顔で扉を開ける聖たちを前に、二人は引き攣った笑いを浮かべていた。










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