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zoom RSS 藤桜 ― 秋 ― 第四話

<<   作成日時 : 2008/11/17 21:02   >>

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本局の夜も深まり、そろそろ夜間シフト以外の局員がいなくなる時間帯。
髪を後ろで束ねた学生風の青年は、友人と久し振りに顔を合わせた。


「はい、これ」
「ありがとう、ユーノ」
データカードを受け取ったフェイトは、どうしようかと一瞬迷った。見た感じが官給品とは思えない。
おそらく、私物ではないだろうか。
会える機会は極めて少ないから、預かっても返却はかなり先になるはず。
それは少々心苦しい。
(でも、早い方がいいよね)
先日解決したロストロギア絡みの事件について、事後の検証を頼んでおいたのだ。
この手の業務が苦手ではないにしろ、彼の緻密さとは比較にならない。
取り敢えず、高度に圧縮されたデータの保存をデバイスにお願いしようとして――止めた。何となく嫌な予感がする。

「明日の予定は?」
「早朝から学会の用事で出掛けて、戻りは明後日だね」
「そっか」
物が物だから、第三者に頼むのは避けた方がいい。例え身内でも。
そもそも服務規定がそうなっている。
「その頃には私たちの方が出ちゃってるし……ちょっと待って。まだ起きてるはずだから」
空間モニターを開き、補佐官を呼び出す。

久々の自室時間を趣味に費やしていたのか、モニターで囲まれた相手に就寝する気配は無かった。
「シャーリー。ユーノ先生から、先日の検証データを頂いたんだけど」
「……あ! はいはいはい! 待ってましたよー!」
やたら嬉しそうな声が上がり、慌ただしくパネルを操作する様子が映る。
「っしょっと。準備出来ました!」

「ユーノ、あの子に直接送信出来る?」
「出来るけど、守秘レベルの高い内容だし、効率も悪いから」
頷いた無限書庫司書長は、複数の魔法陣を描いた。
局内での気軽な魔法使用は良くないが、彼はそれだけの権限を持っている。
しかし。
「あのね、ユーノ」
「座標? 大丈夫、大体分かるよ」
フェイトには真似出来そうにない、ガラス細工の様に繊細な魔法が紡がれた。
単純な転移用なのに、何故こうも緻密で細やかなのか。

瞬く間にカードは消え去り、
「送ったよ」
「はい、確かに頂きました。至急データをコピー……って何ですかこれ!?」
受け取ったシャーリーの悲鳴が聞こえる。
特別仕様のストレージ、しかも容量一杯に詰め込まれているのでは当たり前だ。バルディッシュでも対応出来なかったはず。
「データ重っ! こんなの、すぐには処理できませんよ!」
「ゆっくりやっていいよ。送った場所に置いといてくれれば、朝方に遠隔転送で回収するからさ」
「た、助かります」
モニターの中で頭を下げる相手に、ユーノは笑いながら手を振った。

(うーん)
その様子を眺めていたフェイトは、一度天井を見上げてから眉を顰めた。
幼なじみの彼は、十年以上昔からこの通りである。
華奢に見えるくせに、かつてアルフやヴィータと直接渡り合ったこともある風変わりな魔導師。
無論、戦闘に関しては既に一線級と言えないかもしれないが、探査や分析等に関しては尋常でない能力を保持している。
この歳で無限書庫の司書長を務めている事実が、あらゆる評価に優先すると思う。
(方向性は違うけど……母さんや、他のレアスキルを持った人たちに近いかな?)
他者の追随を許さないという点では、似たようなものだ。
考古学会の方でも名を知られているし、JS事件以降は無限書庫の重要性が再認識され、注目度も高まっていた。
管理局有数の逸材であることは間違いない。

そんな人に仕事をして頂いた身としては、お礼以外に言うことは無いと思うのだが。
この場合、他にある気がする。

「ねえユーノ」
「なに?」
「今、女の子の私室に、気楽に物を送ったね」
「え?」
思いも掛けない内容だったのか、ユーノの笑みが面白いように強張った。
「回収も後でするんだよね? それは、あの子が眠ってたとしても?」
「そ、そのつもりだったけど」
「そうなんだ」
こっちが何を言いたいのか、彼はまるで理解していない。
今は仕事でしたことだけど、私生活でも全く同じ調子。
女性の扱いが苦手ってわけじゃないのに、どうしていつまで経ってもこのままなのか。

――などと、似たような事を自分がアリサに言われた事実は放っておいて。

「何かまずかったかな? の、覗き見なんてしないよ?」
「シャーリーは気にしないかもしれないけど」
済ました顔で話を続ける。
「男の人が、女の子の寝ている部屋から、こっそり物を持ち出すってことになるんだよ?」
「そ」
それは、と反射的に言葉を続けようとしながら。
聞いた内容を頭の中で反芻しているうちに、体裁の悪さを漸く理解したらしい。
「ちょ、え、あれ?」
目に見えて狼狽するユーノ。

デリカシーが無い、ということではなく、彼は基本的に親切で『いい人』なのだ。
例えば――結婚したばかりでも、同僚の女性に頼られてしまうような。要するに、お嫁さんに浮気を疑われるタイプ。
有事に際しては深い思考を見せるのに、普段はどうにも無警戒というか。
ただでさえ女の子の知り合いが多いのに。

「送ってくれて凄く助かったけど、ちょっとだけ配慮が足りなかったと思うんだ」

彼女は、微妙な笑顔で指摘した。
これだから、親友のゴールインが遠いままなのだ。……人のことは言えないけど。


      ◆   ◆   ◆


芯まで冷えそうだった身体も、ここでこうしていると直ぐに温まる。
苦手な場所とはいえ、この際は実にありがたい。
(そういや、私が居た時はどうだったっけ)
どこかで聞こえる悲鳴を聞き流しながら、聖は大仰に首を傾げた。

視線の先。
黄薔薇の名が書かれた札で、丸っこい字が躍っている。
咲いてないから断定は出来ないが、多分――名称通りではなくペルシアーナ。それなりに人気のある品種の方だ。
(確か、物によっては難しいって聞いた気がするし)
誰が言っていたのかは考えないようにして、温室の内部を見渡した。
ここは温度調整が微妙なせいか、咲き方がどうにも不規則である。

なにしろ。
(この時期に『これ』が咲いてるってのはどういう事よ)
彼女は不満そうに唇を尖らせた。
見覚えのある色が、堂々と花弁を広げている。
立派だけど、相変わらず可愛げが不足気味。いくら温室とはいえ、四六時中咲かせたい花ではなかろうに。
おかげで、見られたかもしれない楽しい反応を、見逃してしまった。
これは想像してた以上に悔しい。

つい腕に力を籠めると、胸元の騒音が大きくなった。
仕方がない。こめかみを小突くのは止めて、スキンシップに切り替えることにする。



ついでに、江利子から聞いた話を思い出す。
正確には彼女経由で届いた令の話で、更には中身自体も由乃の話。
あの暴走機関車が、聖と同じく二年下の『妹』を得た。名前は有馬菜々。上首尾と言っていい。
どんな組み合わせになるかと思っていたら、菜々嬢にはどうも江利子と似たところがあるそうだ。
物事に対するポイントが、少々変な方向に偏ってるというような。
基本的にクールな子だが、たまに由乃を超える暴走をするというから面白い。
その場合は『姉』も引き摺られるので、止める者が誰一人いなくなる。
志摩子や祐巳ではどうにもならず、辛うじて乃梨子が太刀打ち出来る程度。まさに無敵の姉妹である。

問題は、どうも菜々の方が『強そう』に思えることだ。
暴走時以外は年齢以上に落ち着いており、言動も丁寧でそつがない。由乃のコントロールもフォローも心得ている。
似たような例としては、昨年の新聞部部長コンビがそうだろう。
あそこも、暴走しがちな築山三奈子を山口真美があしらっていた。図式としては良く似ている。
たまに真美の方が突っ走るところも。

黄薔薇先代の支倉令は逆で、由乃に振り回される方が多かった。
いや、江利子の行動に気を揉むことも多かったから、令が特殊だったのかもしれない。
マイペースな行動で誰かを振り回すのが、黄薔薇の特徴だとしたらの話だが。

(どっちにしろ、次の薔薇さま方は、もの凄く強力だよねえ)
もう一人、演技派の瞳子は、人に対する態度が必要に応じて千変万化。それでいて、根っこの部分は気が強い。
菜々と合わせて、このクセの強い二人を纏めるのが乃梨子なのだ。
理不尽であれば上級生に噛み付くことも厭わず、物事を明快に判断出来る彼女。
以前、大学構内の喫茶店でこっちの襟を掴み上げたように、いざとなれば結構怖い。違った、結構頼もしい。



などと評価対象になった乃梨子といえば、温室の隅でロサ・ギガンティアと内緒話に耽っていた。
(あれじゃ入れるわけないよ)
(そうなの? でも、乃梨子には前にも話したのに)
(そうかもしれないけどさ……あちらの方の話も、かなり重かったじゃない)
(あの時みたいに、重荷になりそうだった?)
(そうじゃないけど)
小首を傾げる志摩子の様子に、彼女はどう表現しようか迷った。

先程、聖と一緒に探索を続けた結果。
予想通り、温室内に対象を発見した二人は、聖の提案で様子を窺うことにした。
室内の和やかな雰囲気に、お邪魔しにくかったということもある。
で、壁に貼り付いて聞き耳を立てれば、聞こえてくるのは出自に関する重い話ばかり。それも、話題に合わない爽やかな口調。
この状況の中に平然と入っていく自信は、全く無かった。
志摩子の件は、当然二人とも知っていたのだが――お相手については、聖も初耳だったらしい。

という事で。
寒風の中、震えながら待っていたわけだが、いつまで経っても話は終わらなかった。
どうやら、待ち合わせを忘れてしまったらしい。
それに気付いた聖が怪しげな笑みを浮かべ始めた直後、志摩子がやっと気付いてくれたのである。
もう少し遅かったら、どうなっていた事か。

「そろそろ許してくださいよー……って、ちょ、ちょっと聖さま! どこを触ってるんですか!?」

まあ、『あの人』にとっては、今でも充分に酷い状況か。



「そこ。いつまでも内緒話をしなーい」
聖が声を掛けると、二人は似たような表情で振り向いた。
抗議というか、同情というか――そんな感じの。何故か、同志なはずの乃梨子まで。
(理不尽だなあ。待ち合わせをすっぽかされた身なんだから、怒ってもいいじゃんか)
もっとも。
聖にだって、本当は責めるつもりなど無かったのだ。
ただ、自分には打ち明けてくれなかったことが、何となく不満に思えただけ。
ついでに、花の件も含む。
(ちょっと八つ当たりだったか。そろそろ許してあげようかね)
中腰の相手に覆い被さっていたので、こっちは楽だが彼女の方は足が痺れたかも。正義の味方だから平気だろうけど。
念のため、お詫びに頭を撫でようとした聖は、あることに気付いた。

自分の両手の位置。

無意識のまま放っといた自分の手は、随分とお行儀が悪かったらしい。
胸元から見上げるナカジマさんは、首筋まで真っ赤な上に、今にも泣きそうな程に涙を浮かべていて。
――申し訳ないが、やたらと可愛かった。


      ◆   ◆   ◆


話してる内に何故かへこんでしまったユーノを慰めていると、ティアナから通信が入った。
今は先日の事後処理で、現地に残っているはずだ。

「どうしたの? 緊急?」
「いえ。ナカジマ三佐から連絡がありましたので、そちらにお繋ぎしてもいいですか?」
「仕事関係だったら直接――」
「それが、プライベートな内容だそうです」
ティアナにスバル、他数人にのみ連絡があったらしい。
戸惑いながらも、フェイトは空間モニターを開いた。

「夜分遅くに済まねえな、お嬢」
「とんでもない。それで、どうかなさいましたか?」
「ん……まあ、何があったとも言い難いんだがよ」
珍しく言い淀むゲンヤ。
彼の話によると――この時間になっても、ギンガが自宅に戻っていないのだという。
本日は夜勤も無く、勤務を終えたことは確認済。
だが。
「連絡がつかないんですね?」
フェイトが確認すると、ゲンヤは黙って頷いた。
その様子に、彼女は僅かな疑問を抱く。
娘の帰宅が遅いからと、動じるような性格ではない父親が、こうまで苛立たしい表情を見せるのは何故なのか。
(ギンガとの間に何かあったのかな? 親子喧嘩するようには見えないけど)
家族なのだから、たまにはケンカするのかも。

が、それはそれとして、対応を早く考えた方がいい。
ギンガ・ナカジマはJS事件の当事者で、被害者であり、同時に加害者にもなっていた。
ある意味、保護観察の対象に含まれているのである。
もちろん、定期検診時に報告書を上げる程度の気楽な立場で、内容は主にリハビリの経過報告だった。
外見上の怪我は完治したが、魔導師としてのそれを含め、現在も様々な後遺症が残っている。
(前に会ったときは、絶対無理はしないって言ってたけど)
あの性格だ。何かあったら、真っ直ぐ突き進んでしまう事は容易に想像出来た。

第一。
律儀な彼女が、連絡も入れずに遅くなるはずがない。
「他に動いている人は?」
「スバルはシフト上戻れそうにねえな。八神の方はシャマルが手を離せないってんで、シグナムを回してくれるそうだが」
「探索は得意じゃないですからね。何か、心当たりはありませんか?」
聞きながらも、フェイトは即答を期待しなかった。
あるのであれば、真っ先に伝えてくれたはずだ。
返事を待つ間に、夕方まで居た場所の地図を画面に呼び出し、ナカジマ家の位置までを直線で結ぶ。
その周辺を帯状に表示、目立つ施設をピックアップ。
「どうですか?」
「思い付かねえな。その辺りで話を聞いた場所はねえし、ちと範囲が広すぎる」
「ですね。それなら私は――」

「いや、ちょいと待てよ」

表示された地図を、ゲンヤは目を細めて睨み付けた。
「お嬢。少しばかり弄ってくれ」
「はい?」
言われるままに、彼女は空間モニターの表示内容を修正した。
目立つ場所と主要幹線。人口の密集地に、管理局の関連施設。――要は、地上部隊が把握し、定期巡回を行っている場所。
それらを全て非表示にする。

すると。
「あ……この場所って」
「あいつの事だ。如何にもありそうじゃねえか?」
「確かに」
フェイトは大きく頷いた。人手不足を十二分に理解しているギンガであれば、例え内緒にしてでも。
更にナカジマ姉妹は、この寂れた場所に因縁がある。

「行ってみます。もしかしたら、時間を忘れてるだけかもしれませんし」
「間抜けなツラを晒してたら、遠慮無くぶん殴ってやってくれ」
「それは三佐にお任せします」
くすっと笑うと、ゲンヤは苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。

(あー……やっぱりケンカしたのかな)
何となく想像してから、空間モニターを切り替える。
平時の都市部上空は飛行申請が必要だ。執務官権限があるとはいえ、今は勤務時間外。曖昧な理由で押し通すには無理がある。
母なら事後報告でも完璧な物を用意出来るだろうが、自分は到底真似できない。



「一緒に行こうか?」
その様子を黙って眺めていたユーノが、口を挟んだ。
「え? だけど」
「僕なら申請は通せるし、事後報告なんてしょっちゅうだからね」
「そうなんだ? 意外と――」
「クロノに鍛えられたんだよ。あいつ、航海中の『気遣い』処理を、たまに回してくるんだ」
現場の人であるクロノ・ハラオウン提督は、お役所仕事を好まない。
目の前の現実を正しく認識し、法と情の距離を違わずに行動する。それには様々な詭弁――ではなく気遣いが必要だ。
さりとて規律の重要性も充分理解しているから、臨機応変の後始末はどうにかしないといけないわけで。
幸い、書類仕事に長けた知り合いが一人いる。

「ふ、ふうん」
兄の所業のフォローを考えて、失敗したのだろう。
何とも判別しにくい笑顔のフェイトを前に、ユーノは表情を引き締めた。
「とにかく。急ぐんだったら、この方がいいよ」
「うん」
彼女も、同様に表情を改める。
「では、ハラオウン執務官。自分はこれより、廃棄区画の調査に向かいます。宜しければ、同行をお願いします」
「了解しました。ユーノ・スクライア司書長」

互いに敬礼を交わすと、二人は同時に走り出した。

「ところで、どんな理由にするの?」
「JS事件の資料を補填するとか何とか! 適当に考えるさ!」










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