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zoom RSS 藤桜 ― 秋 ― 第五話

<<   作成日時 : 2008/11/27 21:51   >>

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「それじゃ、まったねー」
「さ、さようなら。お邪魔しました……」
ひらひらと手を振る聖に、半ば引き摺られるように去っていくお客様。
何か言いたそうな視線を志摩子に向けているが、それすら無頓着に無視していくのは酷い。いや、酷いのはさっきの所業か。
あそこまでやったらイジメじゃないかと思うのだ。
ほら。
可哀想に、まだ泣きそうな顔をしている。

それにしても、結構な美人だった。
不思議な色の長い髪はきらきらと輝いていたし、モデル並みのスタイルな上に、しみ一つ無い綺麗な肌。
そして、真っ直ぐな性格を語る澄んだ瞳。
凄く真面目そうで、お気楽さんに振り回される人には見えないのに。
(何で、ああいう組み合わせになるのかな)
乃梨子は、心底理解出来ないという顔で首を傾げた。
(志摩子さんじゃないけど、やっぱり似合わない)

「……声に出てるわよ、乃梨子」
困った顔で指摘する白薔薇さま。

「そうは言うけどさ」
不満そうに口を尖らせると、もう一度ガラスの向こう側を眺めた。
両手をポケットに突っ込んで、気落ちしたように肩を落として歩く彼女の後ろ姿には、哀愁が漂っている。
隣で宥めている人に悪気が無いと分かっているから、怒るわけにもいかないのだろう。
待ち合わせを忘れ、寒い中に相手を放置していた罪悪感も、多少あるのかもしれない。
しかし。

あの場合は怒れよ。――と言いたい。全力で。

だいたい、ここぞとばかり図に乗る方が一番悪い。女子校の雰囲気を、そのまま大学まで持って行くなっての。
確かに、エスカレーター式の女子大じゃ仕方ないが、それにしたって限度がある。
こっちにやるようなノリでいるから、あんな事になるのだ。
不感症だか何だかは余計なお世話だが、誰もが無視出来るわけでもあるまい。
まったく。
遠来のお客様らしいんだから、もう少し気を遣えよ。


そもそも、
「志摩子さんだって、あの人とお別れのご挨拶をしたかったんじゃないの?」
「あ」
志摩子は大きく目を見開いた。
どうやら、言われてから初めて気付いたらしい。
「そ、そうよね。私のせいで、聖さまに怒られることになってしまったのよね」
「いや、そういう事じゃ」
「ああもう私ったら。何故、何も言わなかったのかしら」
「…………」
おろおろと取り乱す彼女の横で、乃梨子は温室の中を見回した。
何となく。本当の本当に何となくだが、どこかに穴がないか探したくなったのだ。
別に誰かを埋めたいとか、自分が埋まりたいとかじゃなくて。こう――思いっ切り叫んでみたいなあ、とか。
何の解決にもならないのだが、あの人とは話が合いそうな気がした。

ついでに、我が麗しの白薔薇さまは、きっと気付いてないに違いない。

(また会えた時に、聞くしかないか)
結局のところ。
あの人の名前を、乃梨子は誰からも教えて貰えなかったのだ。


      ◆   ◆   ◆


夕暮れ。
陽も傾き、いつの間にやら寒くなっている。未だ薄雲すら見えない状況となると尚更だ。
確かに、待ち合わせを失念した自分も悪い。悪いけど。
せめて暖かい内に合流出来れば、ゆっくりと散歩を楽しめたはず。

「なのに、何でこうなってるんですか……」
「ちょいと、ナカジマさん?」
相手の思った以上のへこみ様に、聖は不思議そうな顔で覗き込んだ。
いつもだったら、そろそろ怒鳴り付けてくるはず――と、身構えていたらしい。
「どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃありませんよ。何だってこう、訳の分からない事で振り回されなくちゃならないんです?」
「訳分からないかなあ」
しれっとした表情を視界に入れないように、ギンガは明後日の方向を次々と指差した。
「あの時も、あの時も。――そう言えば、あんな時も!」
何故かは知らないが、夏以降、弄られることが多過ぎないだろうか?
具体的に言ってしまえば。
ナンパで感慨を台無しにしたり、散々着せ替えを楽しんだり。海では人のこと、を……。

「ま、とにかく私が悪かった。反省してます」
動かなくなった相手に、拝むように両手を合わせる聖。

「いやー、乃梨子ちゃんとスキンシップした名残が、両手に残ってたみたいでさ」
「スキンシップ?」
「うん」
どよん、と濁った目付きのギンガに、彼女はあっさりと頷いた。
「過度な愛情表現っていうか、親愛感の延長っていうか」
「言葉だけ聞くと美しいですね」
「だって本気だもん」
自信たっぷりに頷く様子は、確かに本気そのものだ。行き当たりばったりな台詞で装飾はしていない。
「彼女は、志摩子の事を安心して任せられる子だから。つい可愛がりたくなるんだよ」
「はあ」
「スバルちゃんもだけどね」
「え?」
思わぬタイミングで出た名前に、ギンガは目を丸くした。
「それはどういう意味ですか?」
「そのままだけど? あ、ちょっと待って」
聖は話を遮り、すぐ側の建物を見上げた。先日教えてもらった薔薇さま方の御座。通称『薔薇の館』である。
二階の窓から、髪を二筋のおさげにした少女が、こちらを眺めていた。
その、何か問いたげな視線に気付いた聖が手を振ると、応じるように窓が開く。

「由乃ちゃん、おひさー。お仕事ご苦労さま」
「お久しぶりです、聖さま。――ところで」
どちらかと言うと、隣に立つギンガの方に会釈した由乃は、周囲を見渡しながら尋ねた。
「志摩子さんを知りませんか? 乃梨子ちゃんが捜しに行ってから、結構経つんですけど」
「さっき温室で見掛けたよ。多分、あのまま帰ったんじゃないかな」
「それは無いです。荷物がここにあるので」
「そっか。だったら、そのうち戻ってくるよ……と」

「?」
手招きされて、ギンガは首を傾げた。
近寄ると、聖がこっそり囁いてくる。
(あの子が、今のロサ・フェティダだよ。二年後輩だから、在学時からの顔見知り)
(あ、そうなんですか)
要するに、江利子の妹の妹という事になるわけだ。

「じゃ、私は帰るよ。今日は寒いから、長居しないようにね」
「わかってまーす」
気楽な挨拶を交わした由乃の視線が、ふっとこちらを向いた。
意味有りげな――どこかで見た覚えのある人なので興味はあるけど、この状況で自己紹介は失礼だから我慢しよう、というような。
確かに、大声で名乗りあうのは少し変。
そう理解したギンガは、にっこり笑って手を振った。
「江利子さまに宜しくねー」
「!?」
自分の事は江利子に聞いてみてくれと、言外に込めたつもりだったのだが。
何故か、びくっと身体を震わせた相手は、あたふたと頭を下げて窓を閉めた。
「……あれ?」
きょとんとした表情で、振った手を彷徨わせるギンガ。
「まあ、そうなるよね」
「聖さま?」
含み笑いを残した聖が歩き出したのを見て、彼女は慌てて後を追った。
「私、何か失礼なこと言いました?」
「いーや。由乃ちゃんにとって、江利子はライバルだから。気軽に聞けないんだよ」
「ライバルって」
ギンガは、戸惑った表情で呟いた。
二年離れていても気楽に話せる関係だと思ったから、ああ言ってみたけど。
もしも仲が悪いとしたら、失敗だったかもしれない。



「別に喧嘩相手ってわけじゃないから、気にしないで」
聖は寒そうに空を見上げた。
いつも通りのジャケットだったのだが、風が巻くせいで腰が冷える。そろそろロングコートの出番か。
「でも」
「ナカジマさんの事は、祐巳ちゃんか志摩子に聞くでしょ」
カトーさん宅の話だけなら、祐巳が積極的に話題にしなかったのは頷ける。加東景という存在は、あの雨の日に繋がるから。
文化祭で志摩子に話したのも、彼女が祐巳と蔦子の会話に居合わせただけだったらしい。
が、今回はその白薔薇姉妹とも接触している。本人が意図せずとも、これで現三薔薇全てに縁が出来たわけで。

明日のお昼頃には、薔薇の館で話題に上ることだろう。

「それに、みんな上手くやってるよ。喧嘩してもすぐ仲直りしてた」
祐巳と祥子の時も、由乃と令の時も。派手な喧嘩をしてないのは白薔薇くらい。
「まあ、妹が意外な程しっかりしてるって感じが、ここ最近のトレンドだからかもね」
「あ……そういう意味だったんですか」
ギンガが納得したように頷いた。
妹のスバルも同じ。即ち、姉を任せるに充分な器量があるという評価なわけだ。

「そう、ですよね」
「今日はまた、随分と暗いじゃない」
俯いた彼女の様子に、聖は訝しさを感じて肩を叩いた。
「本当に、何かあったの?」
「いえ。何もありませんよ」
慌てて顔を上げた彼女が、いつもと同じような笑みを見せる。
夏以降、幾度となく見てきた楽しそうな――――

「一直線だね」
思わず、ぽつりと呟いた。
「はい?」
「夏から、さ。どんどん酷くなってる」
「酷いって、何が……」
「あのね」
聖はギンガへ向き直ると、その空っぽの笑顔を覗き込んだ。

「ナカジマさん、落ち込み方って知らないでしょ?」


      ◆   ◆   ◆


誰だって悩むことはある。
その方法は様々で、その程度も様々だ。
悩みの大小は本人にしか分からないし、悩み方についても他人がどうこう言うものではない。

ただ。
自らの悩みを自覚し、一生懸命そこから這い上がろうと努力している姿は、見ている方も応援したくなるけど。
――同時に、少し悲しくもなる。

「貴女は凄く強いから、落ち込みそうになったら頑張っちゃうんだよね?」
「え……と」
「そういう人は、いつもギリギリで踏み止まっちゃう。悩みが深い程、悩んじゃいけないって前に進んだり」
だから、徐々に深みに嵌っていくことに気付かない。
「それは」
「と、偉そうに言える立場でもないんだけどさ」
言葉を続けようとした相手の唇を、そっと指で押さえる。
「たまには、愚痴っても落ち込んでもいいと思うんだよ? 景気良く、どかーっと深みに沈んでみよう」
「景気良く、沈むんですか?」
妙な言い回しに、ギンガは苦笑した。
「そ。今更っちゃあ何だけど、私なんか、落ち込ませたら酷いもんだ」
からっとした笑顔で語った後、彼女はふっと真顔になった。
何気なく流した視線の先。
そこには、学園の象徴たるマリア像が立っている。

数年前のこの頃――学園祭が終わった直後の自分は、どんな気持ちで『あれ』を眺めていたのか。

「そっか。それも悪くないな」
聖は車のキーを取り出した。
「今日は、これで行こう」
「あの……先程から、どう反応していいのか分からないんですけど」
ギンガの当惑しきった声が、足早に歩き始めた自分を追ってくる。
「そもそも、どこに行くんです?」
「春に行ったところだよ。あれ以来、ご無沙汰だったでしょ」
ついでに言うと、夕方以降は初めてとなる。
「そこそこ知られたデートスポットらしいよ。まあ、地の利もあるしさ」
「地の利?」
「――ごめん。そこは流して」
下世話な話だが、あのレストランは高級ホテルの一階だ。この時間帯以降は、おそらく若いカップルばかりになる。
そこに若い女の二人連れとなると、少々場違いかも知れない。
が、この際は。
「私は独り身だしねー。ちょいと侘びしいかも知れないけど……いいよね?」
「そう言われても困ります。私だって、付き合ってる人はいないんですよ」
「おや意外」
不思議そうな顔で首を傾げると、聖は改めて見つめ直した。
「折角の美人が勿体ないなあ。お相手は選び放題じゃないの?」
「まさか」
と、彼女はあっさり肩を竦める。
どうやら本当に相手は居ない上に、全く予定も無いらしい。しかも惚れた相手すらいなさそうだ。
その辺りは、お互い様だけど。

「それにしても」
ギンガは訝しげに眉を顰めた。
「江利子さまは結婚を前提で付き合ってる人がいますし、お会いしたことはないですが、元紅薔薇さまも」
「蓉子? あの子も共学の法学部だから、合コン位は行ってるかもね。でも」
今のところ、それらしい話は聞いていない。
真面目に学業に励んでいるからか。あるいは全く隙が無いせいで、男が声を掛けにくいかのどちらかだろう。

「聖さまは何故です?」
「……いや、それを本当に聞きますかね?」
「もちろん、聞きますよ」
淡々とした質問の刃。
仕返しのつもりかどうかは知らないが、また答えにくいことをハッキリと。
「女子大だからですか? もしも共学に通ってたら、それこそお相手は」
「はっはっは。そりゃ無理」
にやっと笑う聖。

疑問符を浮かべる相手を置き去りにして、さっさと車のドアを開けると。



「――柏木じゃあるまいし。私は両刀じゃないから」
祥子の従兄殿の名を挙げた彼女は、不穏当な発言と共に笑いかけた。










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