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zoom RSS 藤桜 ― 秋 ― 第七話

<<   作成日時 : 2008/12/28 00:00   >>

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以前、江利子が誰かのことを、
「人間の消えた楽園に住みたい」
と評した事実は、本人を除けば一人しか知らない。
聞かされた当の志摩子も、本当の意味で理解したのは後々になってからの事である。



かつて、聖自身が心中で述懐したこと。

自分を含めた世の中の大部分を、好ましい物として認識出来ない。単純に幼かったとするには、少々年季の入った観念だ。
無論、その者にこそ問題が有るという自覚はあった。適合出来ない人間には、適合出来ない分だけの責任がある。
ただし、履行する義務も無いとなれば、大人しくしているだけが精々だ。
何かが欠けていると理解しても。
それを具体的に示す事すら出来ないのなら、結局は同じこと。

そんな自分だからこそ。
本当に大切なものを得た時は、それしか見えなくなったのだろう。
周りの状況を考えず、自分勝手に走り回った挙げ句、失ってしまうまで。
壊してしまったのかもしれない。
別離による平穏を忌避したのか、足音を立てずに去ったのは死の気配。元は、招いたのも自分だった。
自分が壊れなかったのは、単に自分以外が優しかっただけなのだ。




――――並べられたのは。
何ら方向性を持たず、周囲との断絶すら志向しない言葉の羅列。
具体的に何があったのか、何を得て今に至ったのか。
それは一切話されなかった。

(鳥、だったかしら)
ギンガは、下げられていく皿をぼんやりと眺めた。
それなりに美味かったはずのメインディッシュは、何かのソテーだった事くらいしか覚えていない。
フォークだけで何とかなる程の柔らかい肉と、周りを華やかに飾った彩り。
おそらく、秋野菜を生かした料理だったのだろう。
辛うじて舌に残っていた後味も、ホットコーヒーが流してしまったから、検証するには最早手遅れ。

今はデザートを、小さなフォークが何となく切り分けている。

「やり直し?」
「そう」
いつもと同じ調子に戻った相手は、至極あっさりと話を続ける。
「大学に入ったのは、別に勉強する為じゃなくてね。気持ちの折り合いを付ける為だったんだ」
もちろん勉強もしてるよ、と聖は照れくさそうに笑った。
「学生をもう一回やってみようって。だから、やり直し」
「何となく、分かります」
脳裏に、何度か引っ繰り返したはずのパズルが浮かんだ。
あと、一つ。

「それで、隣の女子大学なんですね」
「まあ、そうだね。かと言って、頻繁に古巣へ顔を出すなんて事はしてないよ」
「出すと頼られちゃうから、とか」
「さあ?」
意味ありげな表情に、ギンガは小首を傾げてから――すぐに思い付いた。
「出さなくても、向こうから相談に来るんでしょう?」
「そこら辺は、ノーコメントにしとこ」
口調からすると、当たらずとも遠からずといった所か。

(相談に来たくなる人の気持ち、分かる気がする)
きっと、答えを与えてもらう為に来るのではなく、切っ掛けを貰いに来るのだと思う。

デザートを一欠片、口に運ぶ。下地がパイ生地のモンブラン風。
甘さを敢えて抑えず、栗の味を主張させている。
視線を上げると、にこにこと微笑む姿が眼に映った。
数分前の様子が、まるで嘘のようだ。

(でも、ちょっとだけ降りてくれたのよね)
不器用な自分の為に、自ら望まぬ深い場所に降りてくれた。引き摺り下ろしてくれたとも言えるだろう。
手招きされた水の底。
言い方としては不適切極まりないとは思うけど――これはこれで凄く新鮮。
子供の頃に経験すべき感情かもしれないが、クイントに保護された時、彼女は既に幼いとは言えない年齢だったのだ。
違法な研究施設で育ち、本来の意味で子供時代を持てなかったギンガは、こういった感情に疎かった。
知識としては知っていても、妹との年齢差が体験の機会を失わせたのである。
言い換えれば、こんな風に自分の事だけで気分が重くなるのは、初めてかもしれない。
(これが、落ち込むって事なの?)
暗澹とした気分というよりも、何もかも吐き出してしまいたくなる。

本当は、意味の無いことだ。
もしも自分に語ってくれたなら、嬉しかったと思うけど。
そうでないから、正直に言うと少し悔しい。

いや――やっぱり嬉しいかも?

(別に、僻む必要も無いわよね。これは正直な気持ちだもの)
実際に言われた者が誰であれ、今の言葉は、ここに居る自分にも届いている。

「聖さま」
「ん?」
「詳しく話せない事ばかりで、支離滅裂になると思うのですが」
「もしかすると、長丁場かな」
彼女の今までにない声を耳にした聖は、テーブルの上に手を伸ばし。

「コーヒーのお代わり、要る?」
銀製の呼び鈴を、ちりんと鳴らした。


      ◆   ◆   ◆


夜間の都市上空から見下ろした光景は、本来煌びやかなものだ。
不夜城の立ち並ぶ空は暗闇を知らず、光の帯が縦横に走った地上には、良くも悪くも活力が満ち溢れている。
だが、復興の遅れた地域は、櫛の歯が欠けたように闇を漂わせていた。
地平線の大半が明るいのに、眼下が黒一色では居心地の悪い違和感を感じるかもしれない。

例えば――地の底に通じる洞穴の様な。



「駄目だ」
かなりの時間に渡り、高度な広域探索用魔法陣を維持していたユーノは、やがて諦めたように首を振った。
「魔導師どころか、人っ子一人いないよ」
「うん」
隣で同じような魔法陣を稼働させていたフェイトも、右腕のバルディッシュを軽く振り回す。
瞬く間に光は消失し、闇が戻った。
そもそも、専門家であるユーノに見付けられないのであれば、彼女には無理な話か。
「人以外は?」
「いない事はないけど、ネズミ大程度の小動物くらいだね」

「本当に、誰もいないのかな」
お互いの顔も見えないような、ほんの僅かな星明かりの下。
彼女は、軽く唇を噛んだ。
(ここ以外って可能性はあるの?)
連絡も無く、念話に応答が無い時点で、本人に何かが生じたのは間違いない。
使用出来ない状況下にあるか、または意識が無いか。
捜査や戦闘中、意図的に拒否する場合もあるが、捜査官としてのギンガに独断専行は無い。
例え自分のみで犯罪の糸口を掴んだとしても、一人で手柄を求めたり、無理な行動を起こさないと断言出来る。
問題は、自分自身の事を理解しているかどうかだ。
決して本調子ではないのに、昨今の熱意溢れる仕事ぶりには、多少なりと不安を覚える。
無茶も無理もしないはずだが、それはあくまでも本来の自分と比較しての話。
以前と同じ調子で、本人の気付かぬ先走った行動をしていないだろうか。

「ここが一番近いけど、もっと遠くって可能性は?」
と、今まさに考えたことを指摘され、フェイトは改めて考え直す。

(向こうは任せてあるし、夜遅くに家から遠ざかるとも思えない)
先程連絡があったシグナムには、ナカジマ家周辺の捜索を頼んでおいた。
廃棄区画を含めた、監視外の場所。その数は多くはなくとも、残り二名で捜索するには広過ぎる。
だとしても、応援を頼める程の緊急性は見えず、魔導師三名が参加している時点で過剰と判断されかねない。
今は、どこも人手が足りないのだ。
第一、いたずらに人手を増やす必要も無いだろう。

「……考えにくい、かな」
やはり、ここが一番可能性が高いことは否定出来ない。
「ただの無断外泊って線は?」
「それこそ無いと思う。例え喧嘩したとしても、連絡無しで家族に心配を掛ける子じゃないから」
「だろうね」
肩を竦めたユーノは、再び魔法陣を描いた。
「もう少し精度を上げてみるよ。時間は掛かるけど、魔力よりも生体反応を中心に据えて――」

「待って」
不意に、やや硬い声が遮った。
「な、なに?」
「さっきの捜索対象は、魔力と、人間大の生体反応だったよね?」
「そうだけど」
「念の為、変更して欲しいんだ」
暗闇の中で彼女が振り向く気配と、強い視線。

「今度の対象に――――と、破壊されたデバイスを加えてくれる?」

「……!」
一瞬、驚愕の表情を見せたユーノは、慎重に言葉を重ねる。
「要救助者と、かつてデバイスだった物、だね?」
「うん」
「分かった」
彼は頷くと、即座に広大な魔法陣を展開した。

探索魔法とは、遭難救助、あるいは災害支援や被害調査等でも活用される。
言うなれば怪我人の捜索は、最も多用される使用法の一つだ。
様々な場面に対応する為、それぞれ専門の術式が知られており、その対象も特化していた。
例えば、遭難。
要救助者を対象とした体調や怪我の確認、更には極めて重要な要素として、周囲の状態把握がある。
崩壊しそうな建物、歪んだ地盤、天候、水質、気温に湿度等々。
無論、対象は生者だけではない。
残念ながら手遅れ――亡くなったばかりの遺体も、当然ながら含まれる。

(根拠のない楽観は厳禁だけど、悲観的なのも良くないな)
膨大な知識を管理する無限書庫司書長、ユーノ・スクライアが極限までに特化させた魔法と、付随する複数の魔法陣が煌々と輝く。
もう一つの捜索対象。
起動中の魔力を帯びたデバイスではなく、機能停止中のそれを捜索するのは難しい。
待機状態ならともかく、完全に機能を停止した場合。単なる無機物としてでは、探索条件に引っ掛かり難くなるからだ。
フィルタリングするにも、特定する為の物質は絶対量が少な過ぎる上に、構成の詳細な把握も必要となる。
まして、破損もしくは破壊されたデバイスとなると、難易度は極端に跳ね上がるだろう。



(それでも、ユーノなら)
魔力光が照らし出す彼の横顔を、フェイトは絶対の信頼を抱いて眺めていた。
背中を預けられる親友たちとは別の意味で、こういう場面に於いては、ユーノ以上の存在を思い付かないのである。
敢えて言うなら母親だが、あの人は色々な意味で別格だから、適所を想像出来ない。
結界構築や強制転送、細かい条件付け探索等の補助魔法については、やはり彼がトップクラスだと思う。
範囲については親友の方が遙かに上だろうが、分析を加味した場合は異なってくる。
(それに、デバイスにも凄く詳しいし)
専門家のマリエル技官には及ばずとも、極めて高いレベルにある事は確かだ。
総合的に見て、これ以上の人材は無いと言えた。


待つこと数分。

「見付けた、かもしれない」
「!」
フェイトは、安堵を緊張へと切り替えた。
朗報を告げる声に、微かな震えが混ざっているのに気付いたからである。
嫌な予感の通り、対象はかなりの重傷。
それも一刻を争う事態か。
「さすがユーノ。――転送をお願い。すぐに病院へ連れて行くから」
戦闘時と同様、感覚を刃の如く研ぎ澄ませていく。
バルディッシュには、先端技術医療センターの空床確認と、ギンガの主治医たるマリエル技官への回線を確保させる。
「センターには直接転送出来ないから、私が運ぶよ。全力で飛べば、そんなに掛からない」
いざとなれば奥の手も。
「フェイト」
感情を押し殺した声が、深刻な状況を確定させる。
「いいから急いで」
構わず、フェイトは淡々と応じた。
「大丈夫だよ。ギンガなら多少の怪我では」
「そうじゃない!」

「え?」
声の大きさよりも、その声音に含まれたモノに衝撃を受けて、彼女は大きく眼を見開いた。
ゆっくりと視線を隣の――蒼白な顔に向ける。
「ユーノ?」



「転送なんて、出来るわけないじゃないか」
何故なら。
彼は、己の歯が軋る音を飲み込んだ。
大破したデバイスの側から感じるのは、散乱した僅かな金属反応と、有機物の残骸。
あそこには、『誰も』いない。

少なくとも。
「もう……人の形をしていないんだ」










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