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zoom RSS 藤桜 ― 秋 ― 第九話

<<   作成日時 : 2008/12/30 00:00   >>

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「バルディッシュ!」
「――――Sonic Drive」

「わっ!?」
ユーノは、反射的に防御魔法を展開した。
隣から膨大な魔力が吹き上がり、周囲の大気が激しく帯電したのである。
しかし、それも一瞬の事で、後は急速に平穏を取り戻していく。
親友に勝るとも劣らない強大な力が、狭い器の中に押し込められようと収縮しているのだろう。
器――それはフェイトの身体に他ならない。

真・ソニックフォーム。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の現時点に於ける切り札であり、管理局『最速』の具現でもある。
ただ速さのみを求め。
人の感覚には納まらぬ世界に入る為、五感の強化と慣性制御、更には分厚い空気抵抗を排除する表層結界。
纏うバリアジャケットは薄く、外的干渉を一切考慮していない。
高速機動に特化した、艶やかなボディスーツ。
彼女だけの時間に潜るという意味では、ダイバースーツに近いのかもしれない。

魔導師として有数の圧倒的な魔力。
AMF――無効化フィールド等の抑圧要因も無く、全ての力を余すことなく顕したその姿は、根源的な畏怖すら感じさせる。
だが。
本来、このフォームの時は大剣か双剣にして使われるデバイスは、未だ戦斧形態。
無手の左拳は、指が白くなるほど握りしめられている。



「ユーノ!」
「は、はい!」
何故ここでと疑問に思う暇すら与えられず、ユーノは冷厳な声に意識を引き戻された。
それは友人としてではなく、謹厳実直な執務官としてのものだ。
「対象周辺を、出来る限り広範囲で上空に転送。移動後に気圧や温度変化の影響が無い様、周囲の大気を調整して」
「え? て、転送って言っても」
「それと、転送する際は負荷厳禁。相対位置を変えないこと」
「し、しかしフェイト」
「急いで! 準備出来たら、合図お願い!」

「りょ、了解!」
魔法を組み上げながら、彼は混乱した思考を強引に整理する。

おそらく最悪の結果となっているはずだが、それでも要救助者の状態は不明。
高層建築物の最下層に埋もれているから、救出は極めて難しく、また、それだけの人員を手配するだけの時間が有るとも思えない。
ましてや今の有様では。正直に言ってしまえば絶望的だ。
と、彼が詳細を伝えた直後、フェイトは力を解き放ったのである。

(可能性は、ほとんど無い)
対象の特異な体質については聞いている。
一般人よりも遙かに生存率が高い、極めて頑健な身体。――だとしても限度がある。
出来る限り広範囲との指示は、対象の『全て』を助けるつもりだからか。
該当箇所を上空に転送しても、膨大な質量を中空で支える事は出来ない。
確かに、一定量の重力制御は可能だが、落下速度の減衰を図る程度。
これ以上の負荷を防ぐ意味でも、ある程度以上は自由落下に任せるしかないが、その間に果たして救出が可能なのか。
戦斧で瓦礫を削り、魔力を纏った拳で砕く。繊細で、しかも時間を求められる作業。
如何に、彼女の速さが尋常でないとしても。
(……いや、悲観的になったら怒られるな)
ユーノは、弱気な思考を振り払った。
疑問や分析は構わない。
しかし、為すべき事を為さないまま悲観論など並べたら、最愛の人に怒鳴られるだけでは済まないのだ。
フェイトの親友は、常に全力で行動する人だから。

それでも、一つだけ疑問が浮かぶ。
(こんな一か八かの賭けに出るなんて、らしくないな)
如何に一分一秒を争うとしても、機会は一度。やり直しが利かないどころか、最悪の結果を確定することになりはしないか。
彼とて捕獲魔法を得意としているから、外殻の除去にも力を貸せる。
そういう意味での成功確率はそう低くないが、それでも賭けには違いない。
第一、自分の助力を計算に入れているようには見えないのだ。
横目で観察すると、こういった場面では最も冷静なはずの執務官の表情が、いつになく厳しい。
張り詰めているのとは異なる、余裕の無いそれは、明らかに焦燥に染まっていた。
(こんなフェイトは、最近見なかったな)
その時、夜風が小さな声を運んでくる。

「絶対に、連れて帰る……約束したから」

(ああ、そうか)
耳に届いた微かな呟きに、ユーノはようやく理解した。
友人を助けたいという気持ちは、もちろん本当だと思う。だけど、ここまで必死に動揺を抑えている姿は何故なのか。
その答えを得られたような気がする。
彼女は知っているから。
親が娘を失うという事が、一体どれほどの意味を持つのか。

(だったら、余計なことは考えなくていい)
全てを注ぎ込むと言うなら、自分も全力で応えるだけだ。
「フェイト!」
対象の相対位置と上空の座標を送ると同時に、転送を開始。
幾重にも重ねられた繊細な魔法が、その目的に向けて過不足無く実行される。

その瞬間。
一際輝いた金色の光は、残像すら残さず飛び立っていった。


      ◆   ◆   ◆


薄く、眼を開けた。

何が見えるわけでもないが、耳元の音を確認したくなったのだ。
声を出してみようかと思ったが、止めた。もう念話も使えないから、相棒の声も届かない。
が。

(あれ?)
本来、深い暗闇の中では、自分がどんな状態かは分からないはずだ。
それでも、上半身が瓦礫の僅かな隙間に入り込んでいる事は理解出来た。
耳元で囁きのような声を上げていた『彼女』の輝きが、周囲の狭い空間を照らしていたから。
(……ブリッツ、キャリバー)
最後に小さな光を残し、相棒のデバイスは機能を停止した。
今度こそ、完全な闇が落ちる。
ギンガは微かに唇を震わせたが、感謝の言葉すら出せそうになかった。一応、向こうで伝えたつもりなのだが、伝わったかどうか。
瞼を塞ぐ血は既に乾き切っているから、あれから相当な時間が経過したのだと思う。




些か動揺していたのは間違いない。
過剰な勤務で、気付かない内に計算外の疲労を抱えていたのも確かだろう。
粗雑な行動と、鈍い反応。全てが手遅れとなった。

石碑の如く立ちはだかった大きな瓦礫。その後ろにあった扉。
その隙間から見えた――白いもの。それを眼にした途端、身体は勝手に動いていた。
思い返せば、短絡もいいところである。
場所が場所だけに震動厳禁。デバイスのそんな警告もあったのだが、幾ら彼女でも素手で動かせる程の膂力は無い。
無造作に振り抜いたリボルバーナックルの一撃は、瓦礫をあっさりと弾き飛ばした。
その衝撃で扉も傾ぎ、広がった隙間から足を踏み入れた時。
彼女は、自分でも意外なくらい呆然と立ち竦んだ。

休憩室と思われる室内は、既に外と同様の有様だった。
壁は崩れ、天井も半ば崩落している。もしも扉を塞がれたのが先だとしたら、前兆を感じても逃れられまい。
もっとも、外部に連絡を取った形跡も無いから、崩壊はほぼ同時だったのかもしれない。

部屋中に散らばった貴重品や装飾品の数々。
量からして、相当の期間を掛けて集めた物と思われた。無論、本来の持ち主の不同意で。
状況を想像する事は容易い。
監視外区域。復興の遅れた立入禁止地区。かつては大都市の一部だった場所。
魔導師であれば探知されるかもしれないが、その素質の無い者達にとっては、極めて魅力的で安全な場所だったのだろう。
崩れそうな建物の最深部。
確かに、治安監視網の再構築が終わるまでは、誰の目にも触れまい。
それ故。
誰が探すことなく、誰に気付かれる事もなく。この人達は、ここでひっそりと今を迎えたのだ。

だから――やはり、あれは石碑だったのだと思う。
墓を暴く者には、それ相応の報いがあるという事なのか。

相棒の警告に対する反応は、自分でも呆れるほど鈍かった。
先程の僅かな衝撃が、辛うじて保たれていた建物のバランスを崩したのである。
単に建築材の寿命を使い果たしたという可能性もあったが、そうでなくとも、基礎部分の崩壊は建物全体に終末をもたらした。
室内にいなければ、もう少しどうにか出来たとは思うが、振り向いた時は既に遅かったのだ。

一気に崩れ落ちる上層部。四方を塞がれた地下駐車場跡に逃げ場は無い。
デバイスの起動はやや遅れ、防御魔法の展開も焼け石に水だった。
次から次へとのしかかる巨大な質量相手では、少々魔法が使えたからと言って、何が出来るわけでもない。
多少なりと悪足掻きをしたおかげで、即死だけは免れた。

もちろん、客観的には意味が無かったのだろう。
過負荷を考慮せず、限界まで支えてくれたデバイスは半壊した。自分もこんな状態では――とにかく、どうにもならない。
体調を含め万全の態勢であれば、天へ駆けながら遮る物を撃ち砕く事が出来たかもしれない。
自賛するつもりは無いけど。
それ以前に、こんな不注意自体が自分らしくなかった。
(一瞬、足が動かなかった)
捜査官として嫌と言う程に見慣れた光景に、何故あそこまで動揺したのだろう。
暗闇に浮かんだそれが予想外だった? 自分が思う以上に、精神まで疲労していたのか?
多分、違う。
(親子……だったのかな)
明白な体格差が、印象として残っている。
一体、どんな事情があったのか。それも今となっては分からない。同情すべき点があったのかどうかすらも。
ただ。
ギンガは、頬の痛みを思い出した。もうどこが痛いかなんて分からない位なのに、それだけは残っている。
父が、どんな気持ちで腕を振り上げたのか。
それが分かれば分かる程、いつまでだって痛いだろう。



(父さん、もっと怒るかも)
上の方で、何かが崩れる音がした。まあ、どれほど困った事態が起きているとしても、気にするだけ無駄である。
身体の大半が潰されてしまっているから、今更足掻く気も起きない。
狭い空間の空気も澱み切っている。
(そう言えば、志摩子さんはお父さんと喧嘩とかしないのかしら)
かなり傍迷惑というか面白い人のようで、一人娘の彼女は、悪意の無い悪ノリに振り回されたりしているらしい。
機会があれば、是非ともお会いしてみたかった。

……などと、先程まで見ていた人達を思い出す。
デバイスから伝えられる仮想空間データは、思考内訓練で限りなく実戦に近い経験を得る事を可能とする。
高町教導官に限らず、こういったデバイスを持つ魔導師なら、誰でも行っている事だ。
ただ、姉妹機と相互にデータ補完を行うナカジマ姉妹のデバイスは、提供する仮想空間の現実味が違う。
訓練以外に使用した事は無かったが、その気になれば本物と寸分違わぬ世界を与えてくれる。
実時間では数時間に過ぎなくとも、その世界では充実した時間を過ごす事が可能かもしれない。

例えば。
――半年以上の長きに及ぶ、別の次元世界との心温まる交流、とか。

(こんな事が出来るなんて、思ってもみなかったけど)
実際に体験させて貰ったのだから、これが『事実』なのだろう。
最初に、弱音を吐いたのは自分だったと思う。
暗闇に閉ざされた場所で。激痛に喘ぎ、救助を求めることも不可能と知った時。
悔恨と家族への謝罪を並べる中で、違う人生を過ごせていたら、と口にしたような覚えがある。
詮無い事と溜息を吐いた記憶もあった。
それ以降、朦朧となった意識が無防備だったのは確かだ。
相棒が、保有している膨大なデータを放り込んでも、何の抵抗もしなかったはず。
まあ、夢だと思えても仕方がない。

大半の機能を失ったブリッツキャリバーが、最後に選択したこと。
死を迎える主人に何かを与えたい。――そう考えてくれたのは、彼女にだって理解出来る。
残念ながら、ブリッツキャリバー自身が体験した内容では、現実以外の世界を用意出来なかった。
ミッドチルダを主な舞台にしてしまうと、少々の事では違和感を感じさせてしまう。
幸い、最近外部から得られたデータに、使用出来そうな物があった。
姉妹機マッハキャリバーが数日間に渡って蓄積した、ある都市近郊の風景。そこで交わった現地の人達。
それが。
(きっと、リリアンの薔薇さま方だった)
スバルはあの次元世界を何度も訪れたそうだから、四季の変化も記録していたに違いない。

信じられない、という気持ちもある。
デバイスの構築する仮想空間が、あんなにも現実感の溢れるものだなんて。

春に写真を撮ってくれた人。プロのような出来映えは素晴らしく、自分の部屋に何枚か飾ってある。
写真を届けてくれた人。素直で真っ直ぐな印象で、今は現役の紅薔薇さま。
その時のお茶会を開いてくれた人。眼鏡の奥は冷めたように見えるけど、実は細やかな世話焼きさん。
夏の海岸で、一緒に花火を楽しんだ人。相手の娘さんとは、上手くいってるのだろうか。
そして、秋。
現役の白薔薇姉妹に、黄薔薇さま。

一言で幻と言い捨ててしまうには、鮮明過ぎる記憶が残っている。
自分の願望が入り過ぎて、有りもしない人格を造り出したのか?
いや。多分、ほとんどは現実に即した事なのだ。
実際に会った妹が見た光景を。話してみて感じた人格を、忠実に違和感なく再現したのだろう。
だからこそ、自分が本当に会えたなら、同じような会話を楽しめたと思う。


『――――そうかなあ?』


(そうですよ)
心の奥から聞こえる、不思議と懐かしい声にギンガは笑った。泣きたいけど、笑った方が楽しいから。
パズルは埋まっている。
こんな結末を認めたくないから、完成させる事を何度も拒んだのだ。
だけど、幾ら先延ばしにしたって、今の現実が最後のピースであることに変わりはない。
桜の下で。
妹たち同僚の模擬戦を眺めた記憶は、今よりも遙か前。
それなのに、その時点で『あの人』の気配を感じていたとしたら、それは間違いなく虚構ということになる。
(だって、聖さまと初めて会ったのは、あの日なんだもの)
視界一杯に舞い散る桜の花弁。
例え嘘だったとしても、絶対に忘れられるはずがない。


『忘れてもいいよ。忘れたら、また行けばいいんだから』


(嫌です)
この期に及んで、意地悪な台詞だなあ、と思う。
本当は、悲鳴を上げたかった。こんな終わり方なんて望んでなかった。
幼子のように恐怖で泣き叫ぶとしたら、これが最初で最後の機会だったかもしれない。
でも。
相棒が与えてくれた楽しい記憶と、あの人の面影を感じてしまったら。




地の底の、深い暗闇の中で。
動きを止めた彼女の指先が、最後に一度だけ――何かを掴もうと土を掻いた。
かり、と小さな音が響く。

それは、口元に浮かんだ微笑みと同じくらい、ささやかなものだった。










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