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zoom RSS 藤桜 ― 冬 ― 第一話

<<   作成日時 : 2008/12/31 00:00   >>

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師走も初旬を終えようとしていた頃。
腰まで届く長い髪を揺らした彼女は、ふとコンビニの前で立ち止まった。
学園前のバス停に一番近い店である。
徒歩でここまで帰ってきたのはいいが、時刻表は三十分近い待ち時間を示していた。休日の昼時は、こんなものかもしれない。
普段なら待てる程度の時間だが、今日はそうもいかなかった。

寒い。とにかく寒い。

マフラーを持ってこなかったのが失敗だと思う。
最近気に入っている物がクリーニング中なので、週明けまで我慢出来ると思ったのだが――これは少々厳しい。
朝のテレビで、寒波がどうの放射冷却がどうのと言っていた気もする。

(雪が降りそうな天気)
細川可南子は、低い雲で覆われた空を見上げた。

昨晩電話をくれた父親の現住所は、既に大雪になっているそうだ。
向こうと比べれば遙かに暖かいとしても、都心はビル風が強く、体感温度も数字通りとはいかない。
時刻はそろそろ正午に差し掛かろうというのに、未だ気温は一桁半ば。
風速を考慮したら、気分はもう氷点下である。外出は控える方が賢明だろう。

とはいえ、用事があったのだから仕方ない。
大型書店での目的は、既に達成済み。
部活関連の書籍を買い求めたのは良かったが、ここまで冷え込みがきついとは思わなかった。
どこかで少し暖まらないと、部活でこしらえた肩の打ち身に響きそうだ。
(でも、喫茶店に寄るわけにもいかないし)
昼は家で食べるつもりで出てきた為、食事して帰るのも問題がある。
休日のデパートで人混みに揉まれるのも面倒。
コンビニに立ち寄るくらいが丁度良いわけだが、入るのは何となく躊躇われた。

その理由は――まあ、些細な事だ。

荷物は重い本数冊だったから、部活で使っているスポーツバッグを持ってきたのは必然として。
この寒空の下では、ロングコートは正解だったと思う。ベージュのトレンチにしたのは、一番厚手だったから。
それでもジーンズだけでは寒かったので、一番頑丈なブーツを選んだ。
ヒールが七センチ近くあるのは、この際我慢。プレゼントしてくれた『母』に悪いからと、ずっと取って置いた物だ。
結果的に、こういう日は本当に助かる。首回り以外は完全装備。
いつもだったら、もう少しは服装に気を配るのだが、今日は寒さ対策しか考えなかった。
おかげで、地味な上に無愛想極まりない格好に仕上がっている。

さて。
高等部一年の時点で、既に身長が一七九センチだった自分。
現在はバスケ部所属の、あと数ヶ月で進級となる二年生である。当然ながら成長期真っ最中。
それにヒールの分を足すと、視点はどれだけ高い位置に来るのであろうか?

(計算したくないな)
身長の単位が繰り上がらないだけ、マシかもしれない。
分かってはいても。擦れ違う人たちに次々と驚きの眼で見上げられるのは、正直気分が良くないのだ。
身長に加えて、この格好だと変な迫力を感じるらしい。失礼な話である。
とにかく。
寄り道せずに早々に帰宅しようとは思うのだが……やっぱり寒い。
「ちょっとだけ寄っていこう」
ついでに、ホットティーと使い捨てカイロでも買えば、自宅までは保つだろう。

店内に入ると、いつもと同じく店員や数人の客から視線を感じた。
この程度なら気にする程でもないので、店内をぐるりと歩くことにする。買うつもりのない化粧品に文具。
雑誌のコーナーを通過する時に、足元に置かれた大きな荷物に気付いた。
この冬空には全く似合わないもの。
何となく、雑誌を立ち読みしている持ち主に眼を向けると、相手の珍しげに見上げてくる視線と合った。
反射的に顔を逸らそうとして、
「あ」
「おや」
同時に零れる、驚きの混ざった呟き。
お会いした回数はさほど多くはないものの、この端正な顔立ちは忘れようがない。

「おひさ。夕子ちゃんは元気?」
「おかげさまで。――佐藤聖さま」
あっさりとした挨拶に会釈を返した後、彼女は深々と頭を下げた。



「何度か顔は見てるけど、こうして会ったのは久し振りだね。学園祭以来?」
「はい。その節は、大変お世話になりました」
「私、何かお世話したっけ?」
疑問符を浮かべる相手に、可南子は指を立てた。
「ほら、反復横跳びの」
「……あー、匿った時のあれか。懐かしいな」

目を細める彼女の名前は、学園祭で会った夕子先輩――今の母親に聞いた。

二歳年上の先輩、細川夕子はリリアン出身ではない。
彼女は、高校一年の時に可南子の父親の子を宿して中退し、出産後は夫婦揃って新潟で暮らしている。
父親は可南子の実母と正式に離婚した後、実家の農業を継ぐことにしたからだ。
その辺りの紆余曲折の結果として、可南子は同居を選ばずに残っている。
当然ながら、夕子がこちらに来ることは滅多に無い。気軽に往復するには新潟は遠過ぎた。
ところが昨年、後輩こと義理の娘を訪ねた学園祭で、聖と僅かな縁が出来たのである。

「皆様方のおかげで、誤解も解けました。あの時、夕子先輩と会わせて頂いたおかげです」
「それについては、私が第一発見者じゃないからね。蓉子に伝えておくよ」
軽く手を挙げた聖は、思い付いたように向き直った。
「コンビニで立ち話ってのもあれだしさ。暇なら、いっそお茶にする?」
「それは、まことにありがたいお誘いなのですが」
「あ、用事があるの? そりゃ残念」
「すみません」
「別に謝ることじゃないっしょ。ま、そういう事なら、私はそろそろ行くとするか」

重そうに荷物を持ち上げた彼女は、持っていた雑誌をレジで精算した。
何故か、似つかわしくないパズルの本。

「このお店に、よく寄られるのですか」
「最近はね。今日は車を家族が使ってるんで、バスで来たわけ。――よいしょっと」
「重そうですね」
「ん。でも近いから」
「近い……もしかすると、大学に運ばれるのでしょうか?」
「いーや、ちょいと訳有りな場所でさ。リリアンの直ぐ側には違いないけど」
意味ありげな笑いに引かれて、可南子は何気なく聞いてみた。
「あの、何か重大なご用件とか」
「重大? まあ、そう言えなくもないような」
彼女は、多少気を持たせるような間を置いてから。

「何せ、お墓参りだから」



「……え?」
やたら楽しそうな調子で言われた内容に着いていけず、可南子はぽかんと口を開けた。


      ◆   ◆   ◆


食事を共にすること自体は悪くない。
日頃から仕事で世話になっている相手の買い物に、付き合うのも良いだろう。
試作料理の味見を頼まれるのも、ある程度以上の腕だと分かっている場合は期待が持てる。
しかし、それが全部セットとなると――如何に年齢を重ねても、些か腰の座りが悪かった。

「少し曇ってきましたね」
「そうだな」
「昨日は一日中良いお天気だったのに。でも買う物は買えましたし……今日は何がいいですか?」
「いや、んなこと言われてもよ」
助手席で窓の外を眺めながら、ゲンヤはこっそりと溜息を吐いた。
休日の朝から、妙に楽しげな執務官やランスター執務官補佐、最近は八神特別捜査官までが押し掛けてくるのは定番になりつつある。
自分との接点に共通項の無さそうな三人が、入れ替わり立ち替わりで順番に。
今回は娘の不在を聞いた執務官が、二日間連続で自分を連れ回している。

何故こうなったのかは、今一つ分からない。
以前、執務官が自宅に来た時に手料理を振る舞ったのだが、そこに二人の補佐官が怒鳴り込んできてからややこしくなった。

最初は、糾弾する声が響いていた気がする。
嘘を吐いてまで仕事を一人で抱え込む上司に対し、部下としては怒りよりも困惑や後ろめたさがあったはずだ。
ところが。
微妙な感情を持て余して訪ねてみれば、仕事の大先輩に手作り料理を御馳走になり、のんびりとお茶を啜っている。
これでは、言いたいことが山程並ぶのが当たり前だ。

玲瓏とした美貌のフェイト執務官が、嫌味や理詰め非難の嵐でへこむ姿は、ある意味で微笑ましい。
そこまでは、ゲンヤも横目で観察していたから知っている。
問題はその後で、彼がリビングの端に避難してからが本番だったらしい。
フェイトを糾弾するティアナに、もう一人が横から何かを指摘してから、空気ががらりと変わったのだ。
複雑な表情で俯く二人に対して、熱弁を振るうシャリオ・フィニーノ執務官補佐。
内容については特に注意を払わなかったが、随分と説得力のある事を並べたようだ。

その翌日以降、何故か――こうなってしまったわけである。
(どこから聞き付けやがったのか、最近は八神まで出張って来やがる)

「何を言ってたんだか、聞いときゃ良かったぜ」
「三佐? どうかなさいましたか?」
「こっちの話だ。……お嬢、前から言ってんだが、俺に味見を頼んでも意味ねえぞ」
料理なんざ大してやってねえんだ、と頭を掻くゲンヤに、フェイトはくすっと笑った。
「それでも、舌は確かじゃないですか。正直に評価して頂けるだけ嬉しいです」
「もっと他に適任がいるだろう。若い連中で暇な奴はいないのか?」
「もちろんいますよ。でも、年配の男性って、知ってる範囲では三佐だけですから」
若いとどうしても濃い味を好む上に、男と女では味に対する反応や表現が異なる。
そう言われてしまえば、納得出来ないことはない。
「ま、年寄りは口うるせえってのが相場だ。評価させる意味はあるか」
「年寄りって程ではないでしょう? まだまだ現役じゃないですか」
「そうは言うけどな。俺はお嬢の父親かって位の歳だぜ。さっきの店でも勘違いされたろ?」
「そ、そうですよね!」
不可解に頬を染める彼女に気付かず、言葉を続ける。
「しかもなあ……ここんとこ、娘の気持ちも分からねえバカ親でよ」

「ギンガが、何か?」
自嘲の響きを聞き取ったのか、フェイトも声音も変えた。
「ちょいと前から、変に上機嫌でな。料理やら洗濯やら、たかが家事一つでも気合いが違うのさ」
「確かに。この前お邪魔した時も、凄く楽しそうに料理を手伝ってくれました。何かあったんですか?」
「何かってえと、例えば何だ?」
「そうですね。嬉しいことがあったとか、待ち遠しい楽しみが増えたとか」
向こうの世界に出掛ける事も増えているから、何かに巡り会えたのかもしれない。
何にせよ、明るくなったのは良いことだ。
「最近は落ち着いてますし、これからはもっと良くなって――」

「そうじゃねえ。ありゃあ違うんだ」
ゲンヤは、表情を歪めて遮った。
娘は昔から、興味を示した事に真っ直ぐ走る所はある。人の話を聞かない強引さもある。
良い意味で単純明快な姉妹だ。近くで見ていれば、何を考えているのか大抵は読み取ることが出来た。
だが、知らぬ内に余計な演技力を身に付けたらしい。
「お嬢に気付かれてねえんだから、大根役者じゃなさそうだがよ」
「何か、隠してるんですか?」
「細かいことは知らんが、おそらくな」
父親としての勘である。
表面上は笑顔だが、色々と複雑な感情を抱えているらしい。自棄とまではいかなくとも、今までにない感情が垣間見える。
諦観――と言えるほど単純でもなく。
とにかく、見える部分が取り繕ったものである事は間違いなかった。

「……直接聞いてみたら、如何です?」
フェイトは、伺いを立てるような口調で問い掛ける。
「家族なんですから、素直に答えてくれるかもしれませんよ」
「その家族を、あいつは必要以上に意識するからな。自業自得なんて負い目を持っちまったら、言いやしねえよ」
「なるほど」
二人とも、申し合わせたように苦笑した。妹のスバルも、頼ることは知っていても寄り掛からない。
その辺りは、如何にも姉妹である。
「ギンガは、今日帰るんですよね?」
「その予定だな。昨日は向こうに泊まったんだろ? お嬢の知り合いの」
「そのはずです。アリサがいつも――と。少々お待ち下さい」
「おう」
運転しながら、他に意識を向けるフェイト。

おそらく緊急の思念通話が入っているのだろう。俄に表情が厳しくなる。

数分後、彼女は車を加速させながら呟いた。
「三佐、今のは母からでした。つい先程、地上本部に到着したそうなので、そちらに向かいます」
「リンディ提督が?」
厳しい表情に、ゲンヤは眉を顰めた。この来訪は聞いていない。
例え後方に控えていようと、楽隠居を決め込まない人である。
その提督が直接動かねばならない案件だとすると、洒落にならない規模が予想された。
「いえ、そういった事ではありません」
至急手配を、と通信機器に手を伸ばそうとした彼を、フェイトはやんわりと制止した。
しかし、否定した割には、声音の緊迫感は消えていない。
「母は、人を迎えに来たと言っていました」
「どういうこった?」

「……先程の念話の中身、正確には、母に連絡を頼んだ私の友人からなんです」
法定速度の超過を気にも留めず。彼女は、愛車を更に加速させた。




それが。
――――細川可南子が聖の言動に振り回される、およそ一ヶ月前の事である。










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