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zoom RSS 藤桜 ― 冬 ― 第二話

<<   作成日時 : 2009/01/03 00:00   >>

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「ここ……ですか?」
「うん」
可南子は、不可解そうな面持ちでそこを見上げた。
何の変哲もないマンションの入口。先程の店から五分程歩いた場所である。
外観は瀟洒と言うより堅実。内部に入る為のキーはパスワードではなく、静脈認証という所が新しさを感じさせた。
八階建てとそう高くはないが、道路からの距離を含めて余裕のある敷地取りをしている。
バルコニーの広さからすると、おそらく各部屋の間取りも相当なものだろう。
「いやー、助かった。さすが運動部員は違うね」
荷物を引き取った聖は、感心したように頷いた。
「いえ。これくらいなら大した事はありませんから」
「そう言えるところが現役の証拠じゃない?」
「はあ」
曖昧な表情を浮かべる可南子。
本当に負担とは思わなかったので、感謝される程の事をした実感が湧かなかったのである。
実際、かさばった事は間違いないが、その原因は過剰気味の断熱梱包だ。重さ自体は大したことはない。
体格を生かして両手で抱えてしまえば、背中に回した自分の荷物の方が重く感じられるくらいだった。
「ごめんね、付き合わせちゃって。バスを待ってたんだよね?」
「私から言い出したことです。それに、今から戻ればちょうど次のバスに間に合いますので、大丈夫です」
「そっか。じゃあ、いつか必ず埋め合わせするから」
「どうぞお構いなく。それでは、失礼します」
手を振って扉の奥に消える聖を、彼女は会釈して見送った。


(結局、よく分からなかった)
振り返ってみても、やはりマンションはマンションである。ただの集合住宅で、先程の『お墓参り』とは結び付かない。
ポケットからホットレモンティーのボトルを取り出すと、少し口に含んだ。
大した時間は経ってないので、ちょうど良い案配。
荷物を運んだことで身体も暖まったから、あのままコンビニで暖を取るよりは有意義だった。

バス停へと歩き始めた彼女は、抱えた疑問に意識を傾ける。

短い道中、多少なりと話は聞けた。
聖が向かった一室は、現在とある大企業の社長令嬢が借りているらしい。
別に家庭内で不和を抱えている訳ではなく、会社の借り上げ社宅制度で確保していた場所を、一時的に利用させてもらっているそうだ。
令嬢などという存在自体は、リリアンでは珍しくもない話で、その人と聖が知り合いだとしても不審な点は無い。
しかし。
ほとんど話もした事がないとなると話は別だ。
聞いた時は一瞬理解出来なかった。
インターホンで呼び出さず、自分で開けて入っていったという事は認証登録済み。単なる客人とは異なるはず。
そこまで親しいのに、部屋の主とは僅かな面識しかない――そんな事が有り得るのだろうか。
本当は親しいが、滅多に会えない?
一人暮らしなのに?
いや。話をしないからって、会っていないという事にはならないかも。

先程のあれが、悪趣味な冗談だったとすると。
「もしかして、実はお見舞いってこと?」
現在、何らかの大病を患っていて、ほとんど会話出来ないとか。
が、その場合は、あの荷物が納得いかない。
第一、病院ではないのである。自宅療養が可能であれば、ああいった表現を使う可能性は低いと思う。

それ以前の話として、だ。
元白薔薇さまが、病気や人の生死を冗談にするような人とは思えない。
だから、目的地がマンションだったとしても、目的は言葉通りだったのだろう。

考え込みながら歩いていた彼女は、やがて無造作に足を止めた。
後方から重量のある物が近付く気配。バス停に記された時刻を、ちょうど腕時計が指し示している。
ふっと溜息を吐いてから、可南子は軽く首を振った。
「考えても仕方がないのかしら」
停まったバスに乗り込みながら、改めて実感する。

薔薇さま方は本当に素敵だけど、たまに――どこか手の届かない遠い場所に行ってしまうことがあるらしい。
以前、現紅薔薇さまに言われたような遠い星に。
まあ、つまり。
地上の自分たちに理解出来ない事があっても、それは当たり前ではないだろうか。


      ◆   ◆   ◆


彼女の葬儀は、参列者の数と比べれば質素なものだった。

任務中の殉職ではなく、休暇中に独断で行った調査での事故死。
それも、人目に触れないような場所である。
発見されたのは二週間以上経た後であり、消費された時間や人員を考慮すると、部隊に与えた損害は大きかった。
時期が時期だけに、新たな犯罪絡みかと推測されての大々的な捜索。
ただでさえ人員不足に陥っている昨今、自分勝手な行動で各所に迷惑を掛けたという事実は、記録にも残る。
何ら功績を残したわけでもなく、逆に犯罪者に利用され、少なからず荷担した経歴を持つ者だ。
例え被害者であったとしても。特異な体質を本人が理解していたのであれば、最初から捜査官などにならない方が良かったのである。
故に。
死は自業自得であり、知人以外からは同情の声など上がらなかったという。




桜舞う春。

久々に休暇を貰ったスバルは、以前訪れた学園に足を運んでいた。
姉が亡くなってからさほど時を経ていない。それでも、自分を含めて周囲の者たちの立ち直りは早く、既に過去の話となりつつある。
今は週に一度お墓参りをしているが、仕事が忙しくなったら月に一度、年に一度となるはずだ。
実際、最近はまた仕事が押してきている。

今日こちらに来たのは、溜まっていた休暇を消化する為だった。
向こうと違って、自分を知る者がいないのは気楽でいい。

「ここですよー」
「あーごめんごめん。ちょいと遅れた」
待ち合わせ場所に現れたその人は相変わらずで、気さくに挨拶をしてくる。
「久し振り。今日は一人?」
「はい。ちょっと臨時でお休みを頂いたので」
「向こうで何かあったの?」
「まあその……色々と」

「色々かあ。お仕事、大変なんだね」
その人は近くの桜を見上げた。
無限の花弁に包まれた豪奢な天蓋が、視界一杯に延々と続いている。
まるで、広大な地平線を全て埋め尽くすかのように。少し異様だとも思ったが、以前見た時もこうだったかもしれない。
「しがらみを捨てて、何も考えずにのんびりするっていうのも、たまにはいいと思うよ」
「説得力のある言い方ですね。いつもしてるから――だったりします?」
「こら」
調子に乗ったスバルを小突くと、彼女はさっさと歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「いいところ」
「いいところって? 変な所は困りますよ」
「つべこべ言わない。ほら、置いてくよ」
「あ、はい」
小走りで後を追いながら、スバルは苦笑いを浮かべた。
やっぱり、この人は少し意地悪だ。



ふと気が付くと、どこかで見たような店に停まっていた。
こちらの世界の車は、燃料を特定の施設で補充しないと走れない。
独特の匂いが漂うガソリンスタンドで、どこかで見たような店員さんが笑っている。多分、携行缶を借りた時の人だろう。
もっとも、借りた覚えは無いのだけれど。
「ちゃんと入れておかないと。途中でガス欠になったら悲惨だし」
「そうですよ。今度こそ騒がれちゃうかもしれないですから」
「今度こそ?」
「……あ、いえ、何でもないです」
問われたスバルは、間抜けなことを言ったと気付いて、あたふたと手を振った。
来た事もない場所で訳の分からない想像をしている。考えてみると、あまりにも情けない。
さっきからどうにも注意力が散漫だ。
何をしたいか、何をするつもりなのかは分かっているはずなのに、これでは寝ているのと同じである。
「よし。じゃあ行くとしますか。どうする? 途中で何か食べていく?」
「お腹はそんなに空いてないんですよね。だからケーキとかなら」
「ケーキバイキングって手もあるけど、少し戻らないといけないか。……時間も間に合いそうにないよ」
「だったら、またの機会でいいですよ」
「そうは言うけど、なかなか会えないしねえ。帰りに寄ろうか。夜もそれなりって話だよ」
「あそこのお任せコースって、今日は何でしょうね?」

「今日は?」
「あれ?」
つくづく思うのだが。
今日の自分は、本当に間抜けである。



暗い山道を車で登っていくのは、様々な意味で風情がある。
仕事上は浅海や多層構造の船内に潜ることが多い為に、ゆっくりと細道を進む雰囲気には、既視感と新鮮さの両方を感じられた。
生い茂った広葉樹林。徒歩で行けば過剰な程の森林浴が味わえるだろう。
常緑ではないから、他の季節には別の色に染まるはず。
無論、この辺りの秋は見たことが無いので、想像は出来なかった。
学園の銀杏並木だけは、直ぐに思い描けるのだけど。

「ほい、到着」
「うわ」
車から降りたスバルは、大きく目を見張った。
山腹の開けた場所。閑散とした雰囲気を、たった一つの存在が全く違う物に塗り替えていたからだ。
見たこともない程の巨大な桜が、山間の風に揺らいでいる。
高さも枝振りも尋常ではなく、その規模は山一つに相当するのではないか。
現実離れしているとは思ったが、実際そう見えるのだ。
葉擦れの音も、まるで嵐の如く鳴り響いている。

更に。
「まるで、雪みたいです」
「桜吹雪って言うくらいだからね」
辺り一面に舞い踊る、淡い色。
降り積もった分で、足首まで埋まりそうだ。大地を覆う天然の絨毯。
「本当に凄いです。あたし、こんなの初めて見ました」
「そっか」
満面の笑みを向けると、彼女は嬉しそうに頷いた。
それを確認してから、スバルはもう一度周囲を眺める。心に染み込む程の圧倒的なこの光景。
素晴らしいの一言では言い尽くせない。何かいい表現方法はないかと考えるが、残念ながら思い付かなかった。

思い付かない?

(何だろう……何かが違う気がする。凄いことは凄いんだけど)
だけど――何となく物足りない。
明るい陽差しの下で見る風景には、それなりの良さがある。それは充分に分かっているけど。
だったら、夜は?
星明かりに映し出された桜。それが生み出す静謐な時間。
不思議な郷愁を感じて、スバルは思わず口に出した。
「ここで、ずっと待てば……」
「夜になるね。暗い中で見る桜もいいもんだよ」
「でしたら!」
そう、夜まで待てば、もう一度あの光景を見られるかもしれない。
そんな期待の色を溢れさせたスバルに、

「でもね。夜が来る前には、夕焼けがあるんだよ」
どこか素っ気ない声が、言葉を紡いだ。




何時間経ったのだろう。
陽は傾き、風は冷たくなった。桜は散り続け、視界は一色で塗り潰されている。昼過ぎから、既に半日以上過ぎたと思う。
しかし、何故か夜の帷は訪れなかった。
(何でだろう)
心の中に疑問が浮かぶ。おかしいな、と思う気持ちはあるのに、当然だと納得する自分がいる。
それ以前に、自分――スバル・ナカジマは、こんな風に途方に暮れたりするだろうか。
疑問を前にして、足踏みしたりするだろうか。
違うのなら簡単だ。答えてくれる人に聞けばいい。答えてくれないと分かっていても、自分は聞くはずだから。
「……何で」
「ん?」
小首を傾げる相手に対し、嘆くように問い掛ける。
「何で、夕方にならないんでしょうか」
「そりゃあ」
簡単でしょ、と彼女はあっさりと肩を竦めた。

『貴女は、ここの夕焼けを見ていないもの』

「見て、ない?」
『そうだよ。夕焼けが綺麗だった時間、ずっと寝てたでしょ。寝不足だって言ってさ』
「寝不足……そんな事は」
『言ってました。覚えてないって事は、やっぱり言い訳だったんだ』
「でも」
尚も言い張ろうとしたスバルは、今更ながらそれに気付いた。
あの人の姿が、どこにも無い。
数瞬前まで会話していた相手が、いつの間にか居なくなっている。

『まあ、確かに。私に会う前に亡くなった人が、私に会える訳はないよね』
呆れたような、困ったような笑いの中に、僅かに感心を織り交ぜて頷く気配。
『どんな状況でも、客観的に見られるのは立派だけど、あまりいい趣味じゃないね。自分のお墓参りって』
「自分のって」
『もう何回目かな。スバルちゃんはそんなに淡泊じゃないよ。きっと何度だって大泣きすると思う』
深い溜息を吐いた後、声は続ける。
『あの子は捜してるよ。貴女と会える方法を一生懸命調べて、考えて。貴女をずっと捜してる』

「捜している?」
そんなはずはない。
だって、あの子が言ったのだ。他の人達だって、みんな同じ事を言っていたはず。
『私』は、ここにいる。ここにいるんだって。
いつも言ってくれていたのだから。
「だから――」
『……ああ、そうか』
抗弁を遮るように、相手は言葉を続けた。
『やっと分かった。つまり、貴女は――――ってこと』

「!」
その声が耳に届いた時。一瞬、意識が真っ白になった。
混乱と衝撃で、胸が苦しくなる。自分自身が壊れてしまいそうな、圧迫感と激しい痛み。
もう一度聞かされたら、どうなってしまうか分からない。
そう震える彼女に。


『もう一度言うよ。ナカジマさんは、ここにはいないんだ』
無慈悲にも、声は淡々と繰り返した。










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